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15.散歩とスケッチと

 

「はい、奥様!」


 ロザリアがそう告げると、フリュイは張り切って返事をして、すぐに外出の支度を整えてくれた。

 踝までの昼間用ドレスに、踵の低い靴。ショールは毛糸のレースだ。


 鞄は、テオドロスとただの夫婦としてデートする時に持つのにちょうどいいのでは、とアスターの港町で買った籐製の小さなハンドバッグにした。

 散歩するだけなので、中にはハンカチと大陸共通通貨の硬貨が入った小銭入れ、メモ帳にペン、携帯インク壺。


「ああ……まだ護衛の手配をしていなかったわね」


 ルイジャとキジャに拉致監禁されて以来、テオドロスはロザリアの身辺に異常なほど神経質になっている。

 平日の昼間、人通りの少ない住宅街を少し歩くだけなのに物々しい護衛は必要だろうか?

 だが愛する夫の心の安寧の為に、ロザリアは護衛を必要としていた。


 テオドロスに再会するまでロザリアは旅をしていたが、それは知り合いの貴族の領地を訪ねることが主な目的だった。その為、相手方が護衛や使用人を手配してくれていたので、安全で不自由のない旅が出来たのだ。


 元王妃とはいえ、今は離婚されて侯爵家を出奔した、平民に近い立場だ。


 今の夫であるテオドロスは、アシュバートン国のオルブライト伯爵家の次男だが、彼も継ぐ爵位を持たない『貴族の男』であるだけ。


 ロザリアの認識としては、自分の今の立場は護衛されなくてはならない程高貴な身分ではなかった。

 しかし、テオドロスは例えロザリアが生まれついての平民であったとしても、護衛をつけたがっただろう。


「では自分がご一緒します」


「まぁ、ありがとう」


 屋敷を警護している兵士の一人が手を挙げてくれて、道案内役を兼ねたメイドのフリュイと三人でほんの少しだけ散歩に出ることとなった。


 門の外に出たロザリアは、ワクワクと心を躍らせる。

 屋敷の庭は美しいが、それでも散歩するほど広くはない。一応テオドロスに散歩の許可を取っておいて、本当によかった。


「まぁ……! 本当に木造が多いのね。あ、あの丸い門のなんて可愛らしいこと。両側に提げているのは、ランプかしら?」


 アスターの王都には馬車で入りそのまま屋敷の門の中まで運んでもらったので、直接外を見るのは初めてのことだ。

 何を見ても物珍しくロザリアの歩みが遅い所為で、まだ屋敷からちっとも離れていない。


 閑静な住宅街で、時折すれ違うのは裕福な身なりの夫人や子連れが多かった。アシュバートンの服装であるロザリアや護衛をジロジロと見遣る人もおらず、品の良さを感じる。


「……こうなると、アスター国の人と日常会話をしてみたくなっちゃうわ」


 自分の発音で正しいのか、ネイティブの人がどんな話し方をするのか、気になって仕方がない。

 ウズウズするものの、店の店員と買い物の際に話すならまだしも、通行人に話しかける口実がなかった。


「私でよければ、お話し相手をさせてくださいませ」


 自分よりも随分年下なのに、フリュイにお姉さんのように微笑んで言われて、ちょっとだけロザリアは照れる。


「本当? じゃあ屋敷に帰ったらアスター語でお喋りに付き合ってちょうだい」


「はい、喜んで」


 宰相の娘、王妃として生きていた頃は、はしゃぐ姿を見て微笑ましく思われたことなどなかったので、今更ながらちょっぴり恥ずかしいのだ。

 それもこれも、テオドロスが自分のことを無限に甘やかす所為だわ、と責任転嫁させておいた。


 そこでふと街路樹に見たことのない樹種を見つけて、ロザリアは瞳を輝かせる。


「フリュイ、この木の名前を知っていて?」


「申し訳ありません、存じません」


 フリュイは木をじっと見つめて、困ったように眉を寄せた。


「責めてるわけじゃないの。知らない木だったから」


「街路樹としてアスターではよく植えられていますが、名前までは……」


「そうなのね。スケッチしておいて、帰ったら調べるわ」


 ロザリアは鞄からメモと筆記用具を取り出す。するとフリュイが鞄を持ってくれた。


「ありがとう」


 メイドに礼を言ってから、ロザリアはメモ帳にざっくりと木を描いた。それから紙の余白部分に細かい特徴を付け足していく。


「絵がお上手ですね、奥様!」


 メモ帳を覗き込んだフリュイに手放しに褒められると、ロザリアとしては面映ゆい。


「本当? ありがとう。絵を褒められたのは初めてだわ」


 侯爵令嬢として生まれ一流の淑女となるべく教育された彼女は、どんなことでも出来て当たり前であり、出来なければ叱られるという環境で育った。


 自分の実力が高いことは理解しているが、それが称賛に値するという意識に乏しい。テオドロスが熱心に賛美しても、彼の気持ちが十全には伝わっていないだろう。


 熱心に木をスケッチするロザリア。彼女とフリュイが和やかに喋っている後ろで、護衛も穏やかな表情で控えている。


 粗方特徴を書き終えたので戻ろう、と一行が意識を屋敷の方角へと向けたその時、一人の男が荒々しく路地を走ってきた。


「どけっ!」


「きゃっ!?」


 男はその勢いのまま、道を先導して歩こうとしていたフリュイにぶつかり、彼女を突き飛ばして鞄を奪う。


「あ! 奥様の!」


 どん、と地面に倒れたフリュイが果敢にも追い縋ろうとしたが、男の尋常ではない様子を見たロザリアは彼女を抱きしめて止めた。


「いいから!」



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