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14.またもや、知らない男



 そうしてだらだらと二度寝を堪能し、昼近くになってロザリアはようやく起きた。すぐに部屋にやってきたベルに身支度を整えてもらって、軽い昼食を摂る。


 昨夜は屋敷で働く者達からの歓迎で豪華なアスター料理を振る舞われたが、今日はごく食べ慣れたアシュバートンの料理だった。

 ごろりとした肉の入ったブラウンシチューに、柔らかいパン。別添えで蒸した野菜。


「美味しい……! 昨日のアスター料理も美味しかったけど、アシュバートン料理も作ってくれるのね、嬉しいわ」


「料理人に伝えます。彼も喜びますわ」


 やはり食べ慣れたものの方が、胃が落ち着く。ロザリアはするすると料理を胃に収めた。


「あ、でも食後のお茶は昨日もいただいた、アスターのお茶にしてくれる? とても気に入ったの」


「はい。花茶ですね」


 給仕のメイドはアスター国出身でこの国で、一番多い銀髪に紅い瞳を持つフリュイという名の少女だった。


「奥様が気に入ってくださって、私達も嬉しいです」


 フリュイはまだ頬に丸い輪郭の残る年で、ニコニコとした笑顔が可愛い。彼女の淹れてくれたお茶をゆっくりと飲んで、ロザリアは幸福に溜息をついた。


 ロベルの外交官宿舎は賑やかな大通り沿いにあったが、アスターでは住宅街にあたるらしい。その所為なのか、お国柄なのか、屋敷の中も外もとても静かだった。


 寝室から見えていた庭は石庭だったが、今いる食堂に面している庭にも岩が多いように感じる。


 季節ごとの花々が配されたアシュバートン風の庭は美しいが、こちらのアスター風の見事な枝ぶりの木が一枚の絵のように計算して植えられた庭も凛としていて、見ていて心が落ち着いた。


「アスターの文化は出来る限り勉強してきたつもりだけど、本で見るよりもずっと素敵だわ」


「奥様は勉強熱心なんですね」


 茶器を片付けていたフリュイは、ロザリアの言葉に微笑む。


「ええ。フリュイの着ているアスターのドレスもいつか着てみたいわ。私には似合わないかしら」


 フリュイはガウンのような長衣を合わせ、刺繍の入った帯で結んでいる。淡い色の生地は、銀髪の彼女によく似合っていた。


「奥様はとてもお綺麗だから、どんな服でもきっと似合います。色の合わせもたくさんございますから、一番お似合いになるものを探すのも楽しそうですね」


「旦那様におねだりしてみては? 喜んでお仕立てしてくださいますよ」


 フリュイがそう言うと、ベルも目を輝かせた。


「旦那様は、本当に奥様のことを愛していらっしゃるんですね。片時も離れたくないご様子で」


「ええ、そりゃあもう!」


 そんな風にメイド達が盛り上がるのを、ロザリアは微笑ましい気持ちで眺める。

 人から見て自分達夫婦がどんな風に見えるのか、については早い段階で考えるのをやめてしまった。


 ロザリアは一人目の夫であるルイスに全く興味がなかったし、彼の方もそうだった。

 何せ初対面の第一声が、『お前を愛することはない』なのだから、そこから愛が芽生えたら、ベストセラーの恋愛小説もかくやの展開である。


 彼と結婚していた二年間、公務で人前に出る以外はロザリアはひたすら図書館や収蔵庫に通って知識と情報のインプットをしていたし、ルイスには献策の件以外では関わることはしなかった。


 互いに割り切っていたけれど、誰がどう見ても政略結婚な上に冷え切った夫婦関係だった。

 そんな状態だったものだから、怖い者知らずの大臣などに声高に嫌味を言われることすらままあった。


 勿論そんな相手には、小娘だろうが政略結婚だろうがロザリアは『王妃』なのだと、嫌というほど教えてあげたけれど。


 だから、今更人がどう思うかなど、関係ない。

 大切なのは、ロザリアがテオドロスと愛し合っている、ということだけだ。


「あ、そういえば奥様。キルシュ・ドーラン伯爵という方からお手紙が届いておりました」

「……そう」


 ハッと思い出した様子でベルが言ったので、ロザリアはぴく、と片眉を上げる。

 以前ロベルにいた時に届いた手紙の爵位は、ドーラン『子爵』だった筈だが、すぐに設定を忘れるところも『あの御方』らしい。


「奥様達とすれ違いにならないように、アシュバートンからアスターへ直接送られたようで、我々がこの外交官宿舎に入る前には届いておりました」


「テオは中身を確認した?」


「はい。朝、お出になる前に」


 ベルは、銀のトレイに乗った手紙を持っていそいそとやってくる。

 彼女の言う通り手紙は既に開封済で、中の便箋は再度封筒に仕舞われていた。それを手に取って、ロザリアは何の感慨もなく開く。


 中身は以前の手紙と同じ。

 何故無視するんだ、本当に大変なことが起こっているんだ、とにかく一度帰国してくれ、という嘆願が癖のある字で書かれていた。


 手紙の主は自分でこれを書き、偽名を使って送ってきているのだ。


「……もし本当に大変なことが起こっているのならば、ご自分の名前で勅命をお出しになればいいのに。馬鹿な方」


 メイド達に聞こえないように小声で愚痴を言って、ロザリアは手紙をトレイに戻す。


「返事は必要ないわ。この手紙をどう保存するかは、テオに任せる」

「かしこまりました」


 ベルが頷いて、手紙を持って食堂を出て行った

 その背を見送ると、ロザリアは大きく伸びをして窓の外を見やる。天気は快晴。


「家でじっとしているなんて勿体ないわね。散歩に出るわ」


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