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13.アスター国での初めての朝

 

 アスター国に入国した一行は、すぐにアシュバートン国の大使館へと入った。同じ敷地内に、外交官の宿舎も設けられている。


「ようやく到着しましたね。疲れたでしょうロザリア」


「うん……でもとても楽しいわ」


 そっと労わるように手を取られて、ロザリアは微笑んだ。


 それまで石造りのロベルの建物を見慣れていた彼女には、アスターの木造建築の街並みが物珍しく、目に楽しい。

 季節の寒暖差が大きく雨季まであるアスターでは、建物に湿気を逃がす工夫がされているのだとか。


「建築はあまり勉強してこなかった分野だわ。実際にその地域で暮らして、建物の構造の工夫を知れるのはいい機会ね」


 何にでも興味を持つ妻に、テオドロスはにこにこと頷いた。


「気候の違う土地に来たので、体が順応するまでしばらくは静かに過ごしてください」


 はしゃいでいたロザリアはテオドロスにしっかりと釘を刺されたので、生真面目な表情を取り繕う。

 ロベルは今の時期はかなり暑かったが、アスターはやや肌寒い。確かにここまで気候に差があるのならば、好き勝手に過ごせば体調を崩してしまいそうだ。


「そんなに離れていないように感じるのに不思議ね」


「ロベルからは、陸路だともっと時間がかかりますから、そちらで移動すれば実感も湧いたかもしれませんね」


 妻の肩をショールで抱きしめて、テオドロスはそっと彼女の旋毛にキスをする。そんな彼に寄り添いながら、ロザリアはしばらくじっとしていた。


 その日の夜は、宿舎の料理人が作ったアスター料理に大いに興味を引かれて食事を楽しみ、ロザリアのアスター滞在一日目は終わった。



 翌日。

 アスター国城へ、着任の挨拶へとテオドロスが向かう。


 アシュバートンの外交官としての正装に着替える彼を、ロザリアはベッドに寝転んだまま眺めていた。


「……そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしいですね」


 姿見に向き合って細かな装飾を確認していたテオドロスは、鏡越しにロザリアを見て恥じらう。


「何を今更。お前こそ、いつも穴が開きそうなほど私を見るじゃない」


「はい。……でも、あまり見られていると、離れがたくなってしまいます」


「じゃあ見ない」


 そう言ったロザリアはごろん、と寝返りを打って、窓の方を見遣る。大きな窓からは石庭が見えて、アシュバートン育ちの彼女からすればとても幻想的な風景だ。


「寂しいので、一緒にいる時は常に私を見ていてください」


 すると、テオドロスによってまたごろりと回転させられて、元の姿勢に戻る。


「常には無理」


「じゃあ九割」


「全然譲ってないじゃないの」


 ころころと笑い、ようやくロザリアは身を起こした。結っていない長い蜂蜜色の髪が、彼女の体の上を落ちていく。

 そのはだけた夜着の襟元を、テオドロスが指先で整える。


「誰にも、あなたの肌を見せないでください」


「メイドは見るわよ」


「……」


「え、それも嫌なの?」


 当然のように頷く夫に、さすがに呆れた。


「私の心を虜にして、体もあげたのに、まだ足りないなんて強欲な男だこと」


「貴女からの愛情ならば、いつ何時でもいくらでも欲しいぐらいです」


 朝から呆れたことを言うテオドロスに返事をせず、ロザリアはテーブルから櫛を手に取った。そして椅子を指で示す。


「ほら、ここ座って。私が梳いてあげる」


「お願いします」


 いそいそとテオドロスが椅子に座ったので、ロザリアは笑って櫛を構えた。さっきまで拗ねていたのに、現金で可愛い男だ。


「よしよし、いい男よ。さすが私の夫ね」


 彼の支度はもう既にほとんど終わっていて、髪も最初の方に自分で梳かしていた。だからこれはただのスキンシップなのだ。

 いつもよりずっと低い位置にある彼の肩を背後から抱きしめて、ゆっくりと囁く。


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 梳き終わると、テオドロスは立ち上がって正面から愛しい人を抱きしめる。

『いってらっしゃい』の言葉をもらえて、彼は感無量だ。


「はい。なるべく早く帰ります。今日は街に出たりしないでくださいね、書店も私が休みの時にご案内しますので」


「分かった。敷地の外を散歩するぐらいなら構わない?」


「勿論。私は……貴女に不自由を強いたいわけではないので」


 殊勝なことを言っているが、この男は以前ロザリアを閉じ込めたい、と言っていたことを忘れてはならない。


 とはいえ、ずっとは嫌だがちょっとぐらいならば彼のその願望に付き合ってやるのも吝かではないロザリアだった。

 この甘い姿勢が彼を調子づかせているのだが、結婚は二度目だが恋は初めてなので、彼女は気付かない。


「では、行ってきます。ロザリアは、ゆっくり休んでいてくださいね」


「ん……行ってらっしゃい。お前も無理をしないのよ?」


「はい」


 部屋を出る際に、ちょっとどうかと思うぐらい長いキスをしてテオドロスは出勤して行った。


「もう……」


 扉が閉まると、顔の赤いロザリアはベッドに戻る。さすがに移動に二日費やしたので、彼女はとても疲れていた。

 今朝はテオドロスのアスターでの初出勤だったので、頑張って見送る為に起きたが、明日からは自信がない。


 一晩寝たのにまだ体はくたくたで、どこかに船の余韻が残っているように感じる。お言葉に甘えて、ロザリアは二度寝に突入するのだった。


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