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11.歴史書の記述

 

 ロザリアの説明は続く。話を聞きながら、テオドロスは彼女の蜂蜜色の髪を指先でいじった。

 窓からの陽光でとろりと輝く様は美しい。難しい説明をしていてさえ、声もまるで鈴の音のように清らかな音をしている。


「聞いてる?」


「勿論」


 内容まではちょっと怪しかったが、彼がロザリアの声を聞き逃す筈はない。にっこりとした笑顔を向けると、疑わし気に眉を顰められてしまった。


「……続けるわよ」


「はい、是非に」


 ようやく読むことが出来た、アスター国で発刊された歴史書。そこにも当然、四カ国同盟のことは記されていた。

 しかし他の三カ国の歴史書とは違う記述があり、それは会談での出来事だった。


 大陸の四カ国同盟、ということで、同盟締結の調印には当時の各国の王が揃う。そこでの会談は和やかだった、と他の国では伝えられている。


 だが、アスターのこの歴史書にだけは、その際にイートン国王の裏切りがあったと書かれていたのだ。


 アシュバートンとロベルの国王には気づかれなかったが、文書の内容がアスターに対して不利になるように書かれていたのだ。


「……それは」


 話のその下りで、テオドロスの表情が厳しいものになる。

 そんな話は初耳だし、もし本当だとしたら歴史が大きく覆されることになってしまう。


 ロザリアは、引き締まった夫の頬に指を滑らせる。


 前の二つの国の王に気付かれなかったのは、内容がアスターに詳しい者にしか不利だと気付けない内容だったからで、イートンは明らかに勘違いを利用するつもりでそう記していたのだ。


 当時のアスター王はその罠に気づき、咄嗟の機転で書き損じを理由にその文書を破棄させ、新たに書類を用意させた。


 同盟が結ばれた会場はアシュバートン王城だったので、アシュバートンの者が新たに書類を用意することとなる。

 すると彼らは勿論イートンの思惑を知らない為、内容はほとんど同じだが罠のような記述は文書から消え去った。


 各国の王や文官達が再度書かれた文書を確認し、問題ないと認めたのちにその書き直された文書が正式な同盟の証書となったのだという。


「……アスター王の書き損じの話も、有名な話ですね」


「そう。その書き損じの元の文書も、アシュバートン王城に保管されていているわ」


「実物を見たことがあるんですか?」


「勿論。収蔵庫にもよく通ったもの」


 ロザリアがえっへん、と自慢すると、そこまで? とテオドロスは目を丸くする。


「貴女の好奇心には、本当に頭が下がります」


 ロザリアは実家ではどれほど勉強しようとも、褒められたことなどなかった。それよりも刺繍の一つでも多く刺して、淑女らしさを磨けだとか、社交に精を出せだとか言われていて、ウンザリだったのだ。


 テオドロスはロザリアに対してだけではなく、男性らしさだとか女性らしさといったもの全般に分け隔てがなく、ただひたすらに秀でたこと自体を称賛してくれる。


「そうでしょうとも」


 ご満悦でうふふ、とロザリアは微笑み、相変わらず笑顔が輝かんばかりに可愛い、とテオドロスも幸福になるのだった。

 彼らはずっとこうして互いを慈しみ、愛し合いながら互いを幸福にしている。


「……とはいえ、これが事実なら見過ごせませんね」


 テオドロスの言葉に、ロザリアはパチリと瞳を瞬く。


「そしてそれをアシュバートンの元王妃、それも稀代の天才政治家である貴女に見つかった、と思ったアスター国の者……ルイジャとキジャは慌てて貴女を拉致した……と」


「……ルイジャ達が一目で私が元王妃だと気づいたことには、驚きね」


「だって、こんなに美しくて可愛い人、二人といませんからね……気付いて当然では?」


「世の中はお前のように、私に夢中な男ばかりでないのよ」


「そんな馬鹿な」


 本当に驚くことを聞いた、とテオドロスの青い瞳が丸くなる。面白い男だ。


「お馬鹿さんはお前よ」


 未だにテオドロスの膝の上に座っているロザリアは、彼の額に素早くキスをして腕を組む。


「額にされると、唇にもして欲しくなるのですが」


「我慢なさい」


 ぴしゃりと言ったが、我慢するつもりのないらしいテオドロスに唇にキスをされた。チュッ、と可愛らしい音をたてて、彼が顔を離す。


「もう……お前はさっき、事実なら見過ごせないと言ったけれど、そんなことは有り得ないの」


「……つまり創作だと?」


 ロザリアは一つ頷く。


「書き損じの所為で文書が書き直されたのが事実なら、内容も正確に書き写されたに違いないわ。気楽な友達への約束の手紙じゃなく、重要な四カ国間での同盟の証書よ? そんな簡単に問題の箇所だけ省けないでしょ」


 そう聞くと、確かにテオドロスも頷かずにはいられない。

 だがそうなると、もう一方の説明がつかなくなるのだ。


「アスターの歴史書が創作なら、何故ルイジャ達は貴女を拉致したんでしょう? 探られては困るからこそ、自分達が捕まる危険を冒してまで事件を起こしたのでは?」


 またロザリアは頷いた。


「そこなのよね……ただの創作だと思っていたから気楽に調べようと思っていたのに、事件が起こって、アスター公爵から急ぎの手紙が届いた……」


 困ってしまって夫の肩に凭れると、嬉しそうな彼に抱き寄せられる。

 食事したばかりでお腹もいっぱいなことだし、船の僅かな揺れも相俟って、眠くなってきたロザリアである。


「……これじゃあまるで、イートンがアスターを陥れようとしたことが事実みたいじゃない」


 もし、それが事実だとしたら、今まで明るみに出なかったのは不自然だし、近年発刊された歴史書に書かれているのも奇妙だ。

 その謎の答えを、これからオーケン・アスター公爵に聞きに行く。


 本当に、奇妙なことになってしまった。


「……うーん。眠くなってきたわ」


「このまま眠っても構いませんよ」


「このまま?」


「はい、このまま」


 ロザリアは瞬きをして、自分の座っている場所を指し示した。テオドロスの、膝の上。

 頷く彼は、ニコニコと楽しそうだ。


「……座り心地は悪いけど、落ちる心配はなさそうだから、いいかもね」


 くったりとテオドロスに凭れかかって、ロザリアはくすくすと笑う。男性らしい彼の膝の上は、極上のクッションとはとても言えない。


「お任せください。貴女の為ならば、ぷにぷにに太って参りましょう」


「健康に悪いからやめて」


 夫の安心出来る抱擁と、船の緩やかな揺れ。

 ロザリアは現時点では結論の出ない思考を放棄して、午睡を楽しむことにした。


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