表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジーの短編まとめ

君のために強くなる

作者: 田尾風香

この作品は、武 頼庵様の個人企画『イラストで物語書いちゃおう!!』企画参加作品です。

テーマ用(1)イラストを使用しています。


「あ、上久保さんだ……」


 高校からの帰り道、桜の名所で有名な通りで、僕はクラスメイトの姿を見つけた。


挿絵(By みてみん)


 上久保かみくぼ里菜りなさん。一言で言えば、勉強ができる優等生タイプの子。綺麗で優しいから、モテる。スポーツだけは苦手のようだけど、それがまた余計にモテる要素を作り出してる、そんな女の子。


 僕にとっては、高嶺の花。碌に話をしたこともない。だから姿を見かけたからって、声をかけることもない。少し離れた場所を通り過ぎていく彼女の横顔を眺めるだけ。


 日常の、そんな一コマ。すぐ忘れてしまう程度の出来事。


 それが、忘れられない出来事になってしまったのは、彼女を中心にして現れた、大きな円形のナニカ。まるでゲームなんかに出てくるような、魔法陣っぽいそれが彼女の足元に現れたこと。そして、その円形の端っこに、僕もいたこと。


「え……?」


 呆然とつぶやいた瞬間、僕の視界は一瞬白く染まった後、これまでとは全く違う光景を映し出していた。



※ ※ ※



 僕たちは、いわゆる"異世界転移"とか"異世界召喚"とか呼ばれるものを経験したらしいと気付くまで、少々時間が必要だった。


 召喚したのはケラシヤという国。「ケラシヤ」というのは桜を意味するらしく、召喚した魔法陣のようなものが、桜の木を中心に描かれていて、気付けば僕たちはその上にいたのだ。


 召喚した人に説明するからと言われて、王城に連れて行かれて、それから一週間ほどたった。


 僕は覚えた道順を辿って、彼女の部屋に行く。部屋の前にいる兵士さんや、途中で会う侍女さんたちにギロッと睨まれるけど、気にするのはもう止めた。彼女がそれを希望している以上、彼らにどうすることもできないんだから。


「おはよう、里菜さん」

祐樹ゆうき君、おはよう」


 ほんの少し、彼女が笑顔を見せた。お互いに名前呼びだ。この国の人たちには下の名前で名乗ったから、呼び合うのもその方がいいよねって話し合った。最初は恥ずかしくて仕方なかったけど、この一週間で慣れた。


 ちなみに、召喚された直後、里菜さんに「八木やぎ君?」と名字を呼ばれて、覚えられていたことを密かに喜んだことは内緒だ。



 里菜さんは「聖女」として、この国に召喚された。何でも、僕たちを召喚されたこの桜の木は「聖木」と呼ばれる聖なる木らしく、国を支えていると言われているそうだ。


 そして別の場所にはこの聖木の対となる木があって、やっぱり同じく国を支えているらしい。けれど、最近その木が朽ちてきて、国の支えが弱くなってるとか何とか。


 いくら大きな木だって、木なんだから単に寿命じゃないの、と僕は思った。里菜さんもそう思ったらしい。ただ、説明してくれたこの国の王子様があまりにも真剣だったから、言えなかったけど。


 国の支えが弱くなると、地の底に封じ込めてある魔物達が姿を現して、人々の生活を脅かす。実際に、すでに魔物の被害が報告されているらしい。そのため、朽ちた木を復活してもらうために、伝承にある聖女を召喚した、というのが、聞かされた説明だった。


 寿命が来た木を復活させるのなんて無理じゃないのかと思うけど、昔から聖女が復活させていたらしい。


 復活させるために、浄化の力を使えるように訓練をします、なんていう話もあったから、朽ちてるわけじゃなくて、瘴気とかそんな感じのものに侵されている感じなのかもしれない。


 ちなみに、さっきから聖女聖女としか言ってないけど、じゃあ僕は何なんだ、という話になる。分かったのは、僕はただ巻き込まれただけらしいということだ。魔法陣は聖女に反応するから、今までは聖女以外の人が召喚されたことはなかったそうだ。


 よくあのでっかい魔法陣で、巻き込まれた人がいなかったなと思う。というか、今回だって巻き込まれたのが僕だけだったのって、奇跡じゃないかと思うけど。



 僕と里菜さんは、向かい合わせに座る。テーブルに侍女さんが食事を並べていく。僕の前に置くときには、やや乱暴な気がするけど。


「「いただきます」」


 日本にいたときには、こんなに丁寧に手を合わせたことなんかなかったな、と思いながら手を合わせて、朝ご飯だ。


 僕が巻き込まれただけというのが分かって、僕の処遇は揉めに揉めた。結局、里菜さんの「同郷の人に近くにいて欲しい」という言葉で、僕の役目は「聖女様の側付き」になった。


 でも、聖女様のお世話をしたい人はたくさんいるらしく、そういう人たちにとって僕という存在はジャマらしい。聖女様が望んでいるから口に出せないけど、態度には思い切り出ているのだ。


「里菜さん、今日お披露目だっけ」

「……うん。ホントは、祐樹君が一緒に出られれば良かったのに」

「まあそこは王子様も譲んなかったからね……」


 食べながら話をする。こうして一緒に食事をしているのも、里菜さんの希望があって叶ったことだ。


 今日の午後からは、聖女様のお披露目パーティーだ。がっつりドレスなんかを着て、国の人たちに紹介されるらしい。僕は参加しない。ただ巻き込まれただけの人間に、用はないってわけだ。

 里菜さんはかなり僕の参加を主張してたけど、王子様も譲ることはなかった。


「聖女様、食べ終わりましたらパーティーの準備を行いますので」

「……もう?」

「はい。女性のお支度には時間がかかりますが、聖女様は本日のパーティーの中心ですので、さらにお時間がかかります」

「……分かりました」


 侍女さんの声かけに、里菜さんはうつむいて答えている。


 僕は小説とか漫画とかで、異世界への転移ものを読んでいたから、多少なりとも理解が早かった。けれど、里菜さんは全くそういうのを読んだことがなかったらしく、説明をされても理解できなくて、混乱がひどかった。


 僕が話をして何とか落ち着いて理解してくれた。けれど、ふとしたことで取り乱す。僕が近くにいることを許されたのも、里菜さんがそんな状態だったからだろうと思う。


 あれから一週間たって、だいぶ状況には慣れたように思うけど、この国の人たちに慣れた様子はない。名前で呼んでほしいって言っても、「聖女様」としか呼ばないのが原因かなと思ってる。でも、侍女さんたちは僕がいるせいだからと思っているようだけど。


 僕は席から立ち上がった。さすがに着替えの時に一緒にいるわけにはいかない。里菜さんも、不安そうな顔をしても、そこはやっぱり恥ずかしさが先に立つらしい。


「里菜さん、がんばって」

「……うん、ありがとう」


 僕は何もできない。こんな言葉をかけることしかできないんだ。



※ ※ ※



 パーティーが始まる時間が近くなって、僕は通路に出ていた。側には行けないけど、里菜さんの姿が見える場所に。


 それから間もなく、僕の予想通りに里菜さんが通りかかった。ピンク色のドレスを纏っていて、綺麗で大人っぽい。ピンク、つまり桜色はこの国の色だそうで、それを纏えるのは王族と聖女のみらしい。


 つまり、王族でもない里菜さんがピンク色を纏うのは、聖女として認められた証だ。


「里菜さん……」


 僕との距離は、あの魔法陣が現れた時と変わらない距離だ。あの時見た里菜さんの顔は、笑っていた。桜の花を見て、笑顔だった。けれど、今は不安そうで泣きそうな顔だ。


 あの時は声をかけようと思わなかった。今は、かけてあげたくても、たくさんの人と通路に阻まれて、届かない。



 明日から、本格的に浄化の力を使えるように、「聖女」としての訓練が始まる。

 今までの記録だと、それに一ヶ月くらいの時間がかかって、その後旅に出る。その朽ちた木は、国の反対側にあるらしく、その場所に到着するまでにやっぱり一ヶ月くらいかかるらしい。


 到着するまでの間には、魔物が襲ってくる可能性がある。近づけば近づくほど多くなるから、腕の立つ騎士が護衛として一緒に行く。


 それらの説明を聞いて、里菜さんは黙ったまま頷いた。浄化が終われば元いた場所へ帰ることができると言われれば、拒否する選択肢なんてない。


「僕は……」


 当然、一緒には行けない。剣なんて握ったこともないんだから。戦うなんて無理だ。でも、里菜さんの泣きそうな顔が、無理だという気持ちを押し込んでいく。


「追いつくから、待ってて」


 小さくつぶやくと、まるでその声が聞こえたかのように里菜さんがこっちを見た。僕を見て、ほんの少しだけ笑顔を見せる。


 ――その笑顔で、僕の覚悟は完全に決まった。



※ ※ ※



 僕は里菜さんの姿が見えなくなると、その場を離れる。そして来たのは、騎士たちの訓練場だ。


 思った通り、そこには人がいた。パーティーであっても、あの人はもしかして訓練しているんじゃないかと思ったのだ。


「騎士隊長さん」

「……なんだ小僧」


 里菜さんとこの人が話をしているのを見たことはあっても、僕が話をするのは初めてだ。女顔のイケメン王子とは違って、この騎士隊長さんは強面だ。ギロッと睨まれると怖い。だけど、この国で一番剣が強いのはこの人だと、教えてもらった。


「僕に剣を教えて下さい。お願いします」

「…………へぇ」


 頭を下げると、騎士隊長さんの面白そうな声がした。


「で、聖女様の旅についてくる気か」

「はい」

「いいぜ、教えてやる」


 拍子抜けするくらいあっさりと、頷かれた。


「ただし、出発まで一ヶ月。その間の、地獄のしごきに耐えられたらな」

「耐えます、大丈夫です」

「よぉし、いいだろう」


 ニヤッと笑った。


 思った通り、でいいんだろうか。里菜さんと話しているときのこの人の声は優しかった。里菜さんの旅についていくと決まってから、この人が訓練を休んでいるのを見たことがない。

 今日だって、旅のメンバーとしてパーティーに参加するよう言われてたのに、訓練するからって断ってた。


 顔は怖いけど、きっとこの人は誠実な人だ。そう思ったから、僕も話を持ちかけられた。


「んじゃあ、まずはいいと言うまで、訓練場の周りを走ってこい!」

「はい!」


 頷いて、言われたとおりに走り出した。日本で真面目に運動なんかしてなかったから、きっと言葉通りの地獄になる。でも……。


「待ってて。絶対、強くなるから」


 君の不安が、少しでも少なくなるように。

 泣きそうな顔が、笑顔になるように。


 旅についていけるだけの強さを身につけるって、そう決めたんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  なんだかとんでもない事に巻き込まれてしまいましたね。里菜さんと祐樹くん。そんな中、里菜さんの力になろうとする祐樹くん素敵ですね。この先どんな試練が待っているのでしょう。  ドレス……コル…
[良い点] 凄く面白かったです。高校の帰り道でふと見かけた、クラスメイト。その彼女と、不意に異世界に召喚されて…。展開に惹き寄せられて、あっという間にラストまでたどり着きました。 旅立つ彼女を前に、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ