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「スポーツ漫画の強豪選手をチェックする奴」みたいなノリで、夜会で他の貴族をチェックする男爵令嬢と男爵令息

 夜会とは、上流階級の人間を集めて開かれる社交の場である。

 貴族たちにとっては己をアピールし、人脈を広め、さらには伴侶を見つけ出すには格好の機会となる。

 今宵も、王国の大ホールで夜会が開かれる。

 そんな中、ある男女は赤いワインの入ったグラスを片手に、壁の近くで並んで立っていた。


 男爵家の令嬢サリア・ベントと同じく男爵家の令息デビット・トーメン。

 サリアがその淡い金髪をかき上げつつ、隣のデビットに言う。


「いよいよ始まったわね、夜会……」


 黒髪をきちっと整えているデビットが応じる。


「ああ、夜会ってのは華やかなようでいわば戦場だ。みんな上品な顔つきしつつ、目の奥はギラギラしてやがる」


「たまらないわね、この緊張感……」


「全くだ。だが、こんな場所だからこそ新しい出会いってやつは生まれるのさ」


「その通りね」


 不敵な笑みを浮かべる二人。

 今彼女らは積極的に社交には参加せず、“けん”に回っている。

 どの貴族が有力か、もっといえばどの貴族を付き合えば自分が美味しい目にあえるか、めざとくチェックしているのだ。


 デビットがワインを一口飲みつつ、サリアに問う。


「どうだ……サリア。お前から見て、めぼしい貴族はいたか?」


「まあね」


 得意げな顔になるサリア。


「さすがだな。どいつをチェックしてる?」


「まずは、あそこにいる……ユリウス・ラテス様」


 参加者の中でも、特に長身の貴族令息に目を向ける。


「彼はラテス家の子爵令息。ラテス家は代々騎士を輩出していて、彼もまた優れた剣術の使い手の騎士よ。見て、あのすらりとした長い手足」


「ほう、長いな……」デビットが率直な感想を口にする。


「あの長い手足から繰り出される剣術は敵を寄せつけないわ。そして、あの両腕で抱き締められたら、どんな令嬢もイチコロでしょうね」


「そこまで見ているとは……さすがだな」


 デビットがニヤリと笑う。サリアも似たような笑みで応じる。


「それとあそこのテーブルにいる伯爵家の令息ルーク・ヘッジ様」


 ルークは大人しげに見える青年だった。


「さっきのユリウス様に比べるとずいぶん優男に見えるが……?」


「確かに物腰は柔らかいわ。だけど彼はあの若さでもう領地経営に携わっているの」


「なに……?」デビットは目を丸くする。


「領民からは穏やかで人柄のよい領主だと崇められており、近いうちさらに躍進することは間違いないわ」


「なるほど、単に柔和なだけの男ではないってわけか」


 デビットも感心するように息を吐く。


「それとあそこにいるオズボーン・トルベル様も気になるわね」


 鋭い目つきをし、片眼鏡モノクルをかけた令息だった。

 パッと見では美形といえる容姿ではない。


「彼は頭脳明晰で、数学や物理学に長けた令息よ」


「貴族が数学や物理学に長けてて、何かメリットあるのか?」


 この問いに、サリアが切り返す。


「大アリよ。彼が設計した投石器は、王国軍事の要になっているもの。計算通りの放物線を描いて飛んでいく投石器ほど恐ろしいものはないわ」


「なるほど、攻めにも守りにもうってつけだな」


「しかも、彼は伯爵家の令息……身分も申し分ないしね」


「そこまでチェックしているお前はお前で、狙った獲物を逃さない、夜会における“投石器”といえるかもしれないな」


 デビットのジョークに、サリアも「分かってるじゃないの」と言いたげな笑みを返す。

 そして――


「あなたこそどうなの? めぼしい令嬢はいて?」


 サリアの問いかけに、今度は自分の番とデビットが語り始める。


「ああ、まずはあそこにいるシャロット・マイン嬢」


 シャロットはあどけなさが残る令嬢だった。


「男爵家の令嬢で、まだ十代前半と今夜の参加メンバーの中じゃ幼いが、今後間違いなく伸びる逸材だ」


「確かに可愛らしいわね。笑顔がとても素敵」


「ああ、しかも彼女は貴族らしからぬ天真爛漫な性格で、ああやって向日葵のような笑顔を振りまいている。今のうちから彼女を狙う貴族令息は多いぜ」


「あなたもその一人ってわけね?」


 サリアに指摘され、


「まあな……」


 と狩人のような笑みを浮かべる。


「他には?」とサリア。


「あそこにいる、バーバラ・キャップ嬢。伯爵家の令嬢だ」


 赤い髪に赤いドレス、赤いハイヒールと、派手で華やかな令嬢である。


「彼女はハーブの調合に凝っていてね。巷じゃ“香りの魔術師”だなんて呼ばれている」


「どんな香りも思うがままというわけ?」


「ああ、例えば男を魅了する香水なんてのも彼女の手にかかれば朝飯前だろう。そして、蜜に群がる虫のように男たちが彼女に集まっていく」


 バーバラの特徴を分かりやすく解説する。


「あなたはその中の一匹にならないの?」


「あいにく俺は虫じゃない……“狼”さ」


 デビットは歯をむき出すように笑う。

 もしバーバラに言い寄る時は、香りに釣られてではなく、むしろ向こうを自分の魅力に引きつけてやると言いたげだ。


「狼はハーブなんか食わないのさ」


「なるほどね」


 サリアもクスリと笑う。


「あとは……あそこに立っているリスタ・バレッジ嬢もかなりの逸材といえる令嬢だ」


 黒髪でしっとりした令嬢だった。

 身分としては伯爵家の令嬢にあたる。


「物静かで、こういった社交の場でも決して口数は多くない。だが、ほら見てみろ」


「ん?」


 リスタが他の貴族と雑談中、うっすらと微笑んだ。

 なんとも高貴で、神々しさすら漂う笑みだった。


「美しいわね……」


「そう、彼女は滅多に笑わない。が、ごくまれに見せるあの微笑みはまさに絶品。“キラースマイル”などと呼ばれるほどだ」


「確かにあの微笑みを見せられては、男性はたちまち落ちてしまうでしょうね」


「警戒しておかないと、俺も危ないかもしれないな……」


 デビットの額に冷や汗が浮かぶ。

 二人がチェックしている令息、令嬢はいずれも己の結婚相手に相応しい逸材ばかり。

 しかし、彼女らのチェックはまだ終わっていなかった。


「さてサリア、前座はここまでだ。お前が今最も注目している令息は誰だ?」


「やっぱりあの方、レストン・ウェルジュ様よ」


 レストン・ウェルジュ。

 綺羅星のような一流貴族が集まる今日の夜会において、ひときわ存在感を放っている。

 王家とも連なる公爵家の令息である。

 青さを纏った鮮やかな黒髪を持ち、古の彫刻の像がそのまま動き出したかのような、整った顔立ちを誇る。


「剣術の腕前は王国の剣術大会で優勝するほど、頭脳も弁論大会で最優秀賞を収めたと聞くわ。もちろん、忖度なんか無しでね」


「月並みな言い方だが、文武両道ってわけか」


「加えてあの容姿、国中の男女の憧れと言っても過言じゃないわ。まさに“パーフェクト貴公子”よ」


「やれやれ、とんでもない逸材が出てきたもんだな」


 同じ貴族令息としてデビットも唸る。


「だけど……だからこそ、攻略しがいがあるんだけどね」


 ニヤリと笑うサリアに、デビットは「お前も大したもんだ」と褒める。


「あなたこそ、最も注目してる令嬢がいるんでしょ?」


「ああ、あそこにいる……フレイヤ・シュタイン嬢さ」


 フレイヤ・シュタイン。

 公爵を当主に持つシュタイン家の長女。背中にかかるほどの華やかな金髪、上品な白い肌、切れ長で全てを見通すような青い眼。

 “絶世の美女”という表現がこれほど似つかわしい令嬢もいない。

 異性同性問わず、この美貌には心を奪われてしまう。


「彼女がその気になれば、どんな家の令息も、いやどんな国の王も落としてしまうだろう」


「つまり、国を乗っ取ることすら思いのままというわけね」


「だが、本人は至って善人で、そんなことはしないだろう。先日地方で起こった反乱騒ぎでも、彼女は最前線の王国軍の元に行き、兵士たちを激励したという。美女は心の中まで美しい、ということだな」


「同じ女性として尊敬するわ」


「しかも彼女は楽器の演奏が得意で、特にバイオリン演奏と来たら、独奏会を開いたら客の大半が感動して泣いてしまったぐらいだ」


「美しい顔と美しい心が奏でる旋律は、やはり美しいということね」


 そしてサリアはデビットに核心を問う。


「――で、勝算はあるの?」


「勝算もなく、夜会にやってくる男はいないだろ」


 デビットの言葉に、サリアは「それはそうね」と笑う。

 公爵令嬢フレイヤ。デビットの獲物としてはまさに相手にとって不足無し、といったところか。


 互いに有力な貴族をチェックし合った二人。

 あと夜会でやることといえば、一つしかない。

 サリアがデビットの脇腹を肘でつつく。


「じゃあ、あなた……今チェックした誰かに話しかけてきなさいよ」


「え、俺? いや、お前から行けよ……」


「私はもう少しここにいるわ。他にもチェックしなきゃいけない令息がいるし」


「俺だっているさ……。もうちょっとここにいる」


「……」


「……」


 二人とも全く動き出そうとしない。

 それもそのはず。二人は有力貴族をチェックしたり、解説したりするのは得意だが、その本人に話しかけたことは一度もないのである。


「私たち、何をやってるんでしょうね」


 サリアが自嘲気味につぶやく。


「本当にな……」


 デビットもため息をつく。


「とりあえず、今日も二人でここで飲む?」


「そうだな。それが一番いいや。ここで夜会終わるまで喋ってようぜ」


 チェックはすれど、動きはせず。

 サリアとデビットは今日も壁から動かぬまま、夜会を過ごした。

 二人は毎度毎度こんなやり取りをしている。


 そんな彼女らを、先ほど二人がチェックした公爵家のレストンとフレイヤが遠くから眺める。

 こちらの二人は公爵家の出身同士、恋仲であった。

 超一流の相手に相応しいのは、やはり超一流といったところか。


「あそこにいる二人……壁際で二人で寄り添って、とても微笑ましいね」


「ええ、私たちもあんなカップルになりたいものですわ」


 サリアとデビットは、自分たちが遥か格上の彼らからこんな風に見られていることなど知る由もない。


 この数ヶ月後、サリアとデビットはなし崩し的に婚約、そして結婚し、幸せな家庭を築くこととなる。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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[良い点] 最高に面白かったです! 他人のことをあれこれ批評するのは楽しいけど、自分のことは完全に棚に上げてるからできること。 でもそれだけチェックができる二人だから、情報通として優秀な人材になれそう…
[良い点]  まるでドラフト会議前後の某所のような会話w  或いはお馬さん系の育成シミュレーションか。  どの家の相手ならドンピシャかを語り出したら末期w [一言]  こんなコアな会話でアツくなれる相…
[良い点] この手の分析って、相応の実力者(もしくはその情報を活かせる人物に伝える情報屋ポジのキャラ)がやらないとこんなにも締まらない感じになってしまうんですね。 分析だけして特にそれを自分の利のため…
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