第七話 金貨一枚
ギルドへと帰ると十二時五分前だった。ちょっとギリギリになってしまったのは、帰り道でもゾンビとの遭遇戦があったせいなのだが、もう少し余裕を持ったほうが良さそうだ。
ギルドの受付窓口に居た山田さんと渡辺さんに帰還の報告をする。
池田さんたちのパーティーはまだ帰って来てはいないとのことだ。
オレたちが三階層で遭遇したモンスターはゾンビだけで、金貨は計八枚ゲットした。ゾンビ討伐数はおっさんと二人合わせて二十五匹なので三匹に一匹弱くらいのドロップ確率だ。尚、ゾンビからドロップする金貨は常に一枚だけだった。
佐藤と鈴木に担当してもらった地図は全体が見えないので、はっきりと断言は出来ないが、――ダンジョンが四辺が等しい正方形だと仮定すれば――その形から四分の一くらいは埋まった感じだ。
罠もなかった。それっぽいものも見なかったし、引っ掛からなかった。まだ浅い階層だからか?
ゾンビの出現は一匹ずつだったが上層階に行くとまた変わるかも知れないし、出現するモンスターもおそらく階層によって変わっていくだろうから安心は出来ないが、今のところはイージーモードだ。これならなんとかなりそうだ。
ちなみに金貨以外のドロップアイテムはなかった。ゾンビといったら定番のお菓子、甘くて甘いトゥインキーもドロップしなかった。残念。
さてこの金貨八枚が、どの位の価値なのかというと――
以下は、ギルトの書記さん? の渡辺さんから、調査報告を見せて貰ったものである。
元コンビニの雑貨食料品店の飲食物は一律で金貨一枚。
五百ミリリットルのペットボトルの水も、二リットルの水もジュースも同じ値段。
おにぎりも、中の具がツナマヨだろうがイクラだろうが金貨一枚。お弁当やサンドイッチ、お菓子なども金貨一枚。
雑貨のほうはノートや筆記用具、下着やTシャツ、靴下などが売っていて、こっちも金貨一枚。
元ハンバーガーショップの肉串屋のメニューも全部金貨一枚。ヤキトリ各種、唐揚げ串、ケバブ味なども金貨一枚。
牛丼店も食券機の全メニューが金貨一枚。牛丼セットも金貨一枚だし、特盛りでも金貨一枚。お味噌汁単品や生卵、サラダも金貨一枚。
和菓子屋は異菓子屋、お団子やお饅頭、ケーキやその他各種スィーツのほか、カンパーニュのサンドイッチとかコーヒーやフラペチーノなんかも嬉しいことに売っていて、落ち着いた雰囲気の店内で、ゆっくり寛いでカフェブレイクが出来るみたい。早く行きたい。金貨一枚。
元整骨院だった教会は治療院で、治療費用は金貨一枚。
ホットヨガスタジオは宿屋となっていて、一泊一人金貨一枚。カプセルホテル形式でシャワールームとコインランドリー付き。シャワーは宿泊費に含まれるが、コインランドリーは別料金で金貨一枚。
途中で調査員の個人的な感想が入っていた気もするが、全部がぜんぶ金貨一枚だ。銀貨や銅貨などは存在せず、最小且つ最大通貨単位が金貨らしい。
中華料理店は荒物屋兼鍛冶屋では籠やザル、箒やブリキのバケツなどが売っていて、こっちは全部金貨一枚となるが、工具や金具、鉄板や木材などは金貨五十枚から。
その他の店舗では、武器や防具は安いものでも金貨五百枚、スキルブックや魔法書は金貨千枚からとなるようだ。
元百円ショップの魔道具雑貨店は調査中、取りあえず充電アダプターやケーブルが売っていないことを確認。
また、元コンビニの雑貨食料品店や牛丼店、教会と宿屋は二十四時間営業で、その他の店舗は朝七時から夜七時までの営業時間とのことである。
それにしても、ダンジョン神(自称)は、かなり適当な価格設定をしたらしい。
まあそれはそれとして、一日朝昼晩と食べるならば、一人あたり一日金貨三枚が最低必要になるわけだ。
ギルド登録した三十人のうち、今のところ十五人が攻略に乗り出す予定なので、居残り組の人たちの食事のことを考えると、オレ達攻略組はその倍となる金貨六枚が最低ノルマになる。つまりゾンビを一日十八匹くらい討伐する必要がある。という計算になる。
元ホットヨガスタジオの宿屋も一泊一人金貨一枚なので、それも入れるとノルマは一人八枚となるが、これはやってみないと何とも言えない。
明日の朝食のことを考えず、今日だけに限った緊急回避的手段として、昼は我慢で夜に牛丼特盛りを二人で分け合って食べるのならば、一回の全員の食事に必要な金貨は半分の量になるから十五枚だ。
池田さんのパーティーが七枚以上の金貨を持って帰ってくれば、午後のダンジョン調査で金貨が獲得出来ず、ゼロ枚だったとしても三十人全員が食事にはありつける計算になる。
池田さんたち四人を除いた今ギルドに居るメンバー二十六人だが、牛丼店のセルフサービスな水とお茶の無料提供という、――その人情味のなさそうな外見とは裏腹の――心優しきワンオペ店員さんのご厚意で、各自空腹の峠を何とか誤魔化せたようで、お腹が減って今にも死にそうだという人間はいない。
オレたち三人はおっさんに池田さんパーティーの捜索を申し出たのだが、おっさん曰く、三階のあのゾンビ相手に後れを取ることはないだろうから、予定していた午後の調査は順延にしてもう少し待って様子をみましょう。但し、帰りがあまりにも遅いようなら志望者を募って池田パーティー捜索隊の編成しましょう。との話になった。
あかりちゃんは、中村係長の愛玩品だった「すこんぶ」にすっかりハマっているようだ。今も天使のような笑顔でもぐもぐと食べている。
そして上着の胸のポケットには、井上君たち高校サッカーチームの誰かに貰ったのか、中島さん提供の棒状の駄菓子が二本、顔を覗かせていた。
そうしてオレたちには取り合えずの仕事としてダンジョン三階マップの清書を命じられた。これは鈴木が担当してくれるとのことだ。
空きっ腹を抱えてやることもなく待つのは辛いと、佐藤と二人、ホットヨガスタジオ転移のお姉さんパーティー五人組、山崎さん、阿部さん、木村さん、山下さん、佐々木さんが、地下一階の例の段ボールをギルドへと運んでいるのを手伝うことにする。
その後、地図の清書が終わった鈴木も合流。
山崎さんが言うには、牛丼屋転移の中村係長と中島さんも、当初スタメン入りしていたけれど、中村係長がいきなり腰をやってしまったらしく、部下の中島さんに介助されて負傷退場となったとのことだ。
オレたちは午前中のダンジョン探索について話し、それならば、と山崎さんたちも五人で相談をしていた。
その後、中島さんも合流。中村係長は整骨院に良い思い出がないらしく、ちょっと寝ていれば治るからと、早速段ボールを活用しているようである。
運んだ段ボールはギルドの書記さんである渡辺さんが梱包バンドを大型カッターでバスっとカットし、ギルドの外、スキルブックの販売店の通路に積み重ねられた。
「今日は寝るのか楽しみだね」という鈴木の嬉しそうな言葉に、オレは目を泳がせつつも、「うんそうだね」と答える。佐藤がちょっと不審げにこっちを見ているような気がするが、気にしない。気にしない。
午後三時過ぎ、ギルドに皆が集まって池田パーティー捜索隊志願者を募っていたところ、イケイケ池田が爽やかな笑顔で、ハーレムメンバーたちの酷く歪んで不満げな顔を引き連れて帰ってきた。全員怪我もなく無事なようだ。
曰く、「ダンジョンで宝箱を探していたんだけど、なかなか見つからなくてさー いやー 苦労しちゃったよー」などと言うので、お宝ゲットか? と皆が色めき立つが、詳しく話を聞くと、「みんなのために頑張って探したけれど、見つからなかった」とのこと。池田、言い方。
聞けば金貨十枚ゲットとのことで、皆不満を持ちながらも拍手が起こった。
そうして皆で牛丼店に押し掛けた。が、席が足りないことが分かり、持ち帰り組と店内お食事組の二組に分かれることになったのだが、佐藤と鈴木はさっさとペアを作り、店内に消えてしまった。
オレはおっさんと持ち帰り組のペアとなり、店の前で池田随行のハーレム員の山口さんたちが、「牛丼って、私たちそんな安い女じゃないんですけどー」などと、池田さんに愚痴っている脇をするりと通り抜けて、ギルドの外のパイプ椅子で、特盛り牛丼を分け合っての食事となった。
おっさん曰く、上層階への階段は見つからなかったものの、二つのパーティーの八人が半日ぐらいでダンジョン三階層の約半分の探索が終わりましたから、明日からは一日一階層のペースで攻略が出来そうです。
このペースが守れれば攻略期限には間に合いそうですが、敵の強さが不明ですからね。十階毎にダンジョンボスが出現するかもしれませんし、毎日階段を上って移動ということだとちょっと厳しいです。とのことだ。
その後、四十日を過ぎたあたりからの戦闘効率性の低下も憂慮すべき問題になってきますね。などと呟いていた。
ダンジョン探索に使うスマホ用のマッピングアプリとか作れないのか? と、ダメ元で聞いたところ、Cは日常会話が出来るくらいなので、開発用のソフトがないと無理らしい。
更にりんご印のほうはちょっと厭らしい仕様で、ネット接続環境がないと端末の認証が取れないので、いろいろと問題がありますね。とのことである。日常会話?
尚、攻略組へ限定参加申告のおっさんは、明日の本格攻略に参加して状況を確認した上で、今後の参加について検討する予定だが、バックアップ体制を出来れば優先したいとのことである。
その後のギルド会議で明日の朝食を買うため、夜のダンジョン攻略の話も出たのだが、おっさんに指示されて会議を中座したオレ佐藤鈴木の三人のパーティーがダンジョンの確認に行ってみたところ、ダンジョン内が昼間よりもさらに暗くなっていた。
おっさんにその報告をした後、攻略組全員で確認を行い、夜間のダンジョン攻略は中止となった。
またホットヨガスタジオ転移のお姉さん? の山崎さん、阿部さんなどの五人パーティーが、ダンジョン攻略に参加してくれることになった。これでおっさんを入れれば、攻略組は二十名になる。
結局、昨日同様の雑魚寝であるが、段ボールが床一面に敷き詰められて寝心地は悪くなかった。オレも初のダンジョン攻略で疲れていたせいか、すぐに眠れた。