第三話 冒険者ギルド
無事任務を完了させて、満員御礼状態なカードショップ横の仮設冒険者ギルドへと帰り、あれこれと指示を出しているギルドマスター役のおっさんに、オレが代表して報告に行った。
三人で声を掛けた人数が全部で二十五人だったこと、二階の店舗は空で、誰も居なかったけれど、ダンジョン三階への階段があったこと。二階のトイレが使用出来たことを話す。
おっさんからは登録した冒険者は、おっさんとオレたちを含めると三十人とのことだったので、アレを入れると三十一人ということになるようだ。
おっさんから「転移した時、ダンジョンマスターなる存在に会いましたか?」と聞かれ、「うんにゃ」と答える。
おっさんは「私はラッキーなことに遭遇しましたよ」と言ってニコリと笑った。
どうも集まった人たちの話を聞くと、オレと同じように会っていない人間が半数ほど居て、残りの半数がおっさんや佐藤、鈴木と同じように、ダンジョンマスターなる存在に夢? のなかで会っていて、まったく同じ話を聞いているようだ。とのことである。
その後、集まっている人たちに着席を呼び掛け、ギルドマスター役のおっさんが場を仕切った。
オレたち三人は、おっさん対面の一番前の席に座った。
おっさんが、まずは現在の状況についての情報共有です。と話を切り出し、ここに居る半数のひとたちは私同様、転移時に遭遇しているようですがダンジョンマスターなる存在の言ったことを整理してみましょう。と、先ほどオレが佐藤と鈴木から聞いた話と、同じことを話し始める。
いつの間にか、おっさんの隣には、オレがさっき声を掛けたビジネススーツ姿のお姉さんが座っていて、その目の前には銀色のノートパソコンが置かれていた。
おっさんの言葉に即応して、キーボードをたしゅたしゅと華麗に打ち込んでいる。おっさんの発言を逐次入力して、議事録を作っているようだ。書記さんである。聡明な人らしい。
おっさんが、六十日で三階層から五十七階層です。ダンジョンの攻略期限が切られている以上、ダンジョン内の調査を行った上で、一刻も早く攻略を始めるべきだと思います。と話を締めくくった。
その言葉に、皆が戸惑いつつも頷いている。
そうだよね。ダンジョンです。死なないです。半分くらい痛くないです。と言われても、「やったーラッキー」と素直に喜べるほどに御目出度い人間は居ないものだ。あれ? いるか?
ゲームの中のような形になるとはいえ、実際やってみないと分からないし、帰還のためとはいえ、自らの意志に反して誰かに命じられて戦う。戦わさせられるというのは、頭では納得出来ても心で承服致しかねる。
これまでの経験則や常識が覆されるような場所に切り込んで行くには、それなりの理由というものが必要だろう。と思っていると、おっさんがまた話し始めた。
問題をマズローの五段階説から考えてみましょう。後年付け加えたとされる個人の欲求という概念を飛び越えた――別次元的な扱いとなる――超越という概念については、私も理解が及ばず、この場でみなさんにご説明することが出来ないのですが、当初マズロー氏は人間の欲求を生理的欲求・安全欲求・社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求の五つに分類しました。
まずは生理的欲求。飲食や睡眠、排泄などの本能に根ざした、生存のために必要不可欠な欲求の充足が基台となり、その上に――例えば外敵から身を守るなどの――安全欲求。そうやって段々に積み上がるように欲求レベルがアップして、自己実現欲求が一番上になるピラミッド構造だと言われています。
と言ったとあとで、
あ、みなさん、二階のトイレは使えます。と思い出したように言ってから、言葉を続けた。
我々は食事を摂らないと最優先で充足させるべき欲求、生理的欲求を充足させることが出来ないのですが、現状誰も食事を買うための金貨を持っていません。
ダンジョンマスターの言うことを信じるのならば、金貨を手に入れるためにはダンジョンでモンスターを倒さなければならないのです。
つまり我々は攻略期限とされる六十日後どころか、明日の生理的欲求の充足のために、ダンジョンの攻略は避けられないことなのです。と続けた。
まあ平たく言えば、食事ゲットのためにダンジョンでモンスターをぶっ殺していこうぜ。それしかないよ。あとトイレあるよ。と言うことだ。
と、ここでそれに派生した大問題が発覚した。ハンバーガーショップ転移な石井さんの娘さん、石川あかりちゃん(五歳)の今夜の食事問題だ。
転移した時、どうやら食事中だったらしく、あかりちゃんが母親である石井さんに「あかりのハンバーガーどこ?」と聞いた為、発覚したのだ。
石井さんの、「少しは食べられたし、あかりも朝までなら我慢出来ると思うんですけど……」という言葉に、おっさんが猛然と反論した。
我々は、大人になると忘れてしまうことがあるんです。例えば大人だけが使うことを前提に作られた階段の一段高さの、理不尽なまでの高さとか、暗闇の根源的なおそろしさ、空腹の絶望的な悲しさなどです。
大人の基準を押し付けるのは間違っているんです。高校生の諸君だって育ち盛りなんだから、我々大人が考えるよりもずっと、空腹感が強いんです。
でもそれ以上に幼少期の小供には絶対に充分な食事をさせたい。と、幼女転移者、あかりちゃんの食事を工面出来ないかと、皆に強く訴えかけた。
残念ながらオレ佐藤鈴木の三人は、何も持っていなかったのだが、三十人も居ると、誰かが何か持っているものだ。
ホットヨガ転移の山下さんからハムサンドとカロリーバー、百円ショップ転移の男子大学生、橋本さんからメロンパン。
牛丼屋転移のサラリーマン、中村係長がすこんぶ二箱、同じく牛丼屋転移のサラリーマン中島さんは銀色のアタッシェケースから、明太子味等の棒状の駄菓子、計十本が供出された。
各人が、なんだか妙な自己紹介での提供となったのは、石井さんの「ハンバーガーショップから転移してきたのですが」が発端となったようだ。
おっさんが感動して、四人に握手を求めていたのが印象的だった。
その後、高校生は食べ盛りという話に戻り、あかりちゃんに次いで歳の若い、オレ達高校生の十一人に夕食を食べたのか? の確認が入った。
食べていなかったのは、スポーツ用品店転移の高校サッカーチームの井上君以下五人で、彼らには中島さん提供の棒状の駄菓子が二本ずつ分配された。
時間も十時を回ったことですし、今日のところはここまでにして、明日の朝八時頃から会議をして、もう一度話し合いましょう。
何かアイデア等あればその時に発表してもらうか、私や、私の隣で書記をやって貰っている山田さんに事前に話してください。
その後にダンジョンや商業店舗などの調査をする予定とします。とのおっさんの言葉で、第一回ギルド会議は閉会となった。
元ホットヨガスタジオの宿屋はあるが、誰も宿泊費となる金貨を持っていない為、その後、皆で机を脇に寄せての雑魚寝である。
会議の後、頃合いを見て、性別不明の例の奴のことをおっさんに、こっそり追加報告したのだが、二階に転移してきた人間が、ひとりも居なかったことのほうを気にしているようだった。
尚、おそらく「今宵の虎徹」の間違いか聞き間違いで、その方は男性でしょう。とのことである。