第二話 テツ子さん
まずはこのタワーマンションの一階の他の店を、確認のために三人でぐるっと回ってみることにしたのだが、佐藤と鈴木は星空に目を見開いて驚いて、感嘆の声をあげている。
確かにこれまで見たこともないような数の星々の煌めきは、思わず魅入ってしまう程に圧倒的だ。
星が川となって天空を流れている様は、神秘的とすら思える。
しかし今は非常時だ。二人を何とか宥め賺して、せっついて、一階店舗を遠巻きにぐるりと回った。
元の店から看板が掛け変わっていたので、ぱっと見ただけですぐに何か分かった。
コンビニは雑貨食料品店。
百円ショップは魔道具雑貨店。
スポーツ用品店は武器防具店。
ハンバーガーショップは肉串屋。
牛丼屋は異世界牛丼店だった。
老舗和菓子屋は異菓子屋となっていたが、コーヒーショップのようだった。
整骨院はどんな傷でも治しますよな教会に。
ホットヨガスタジオは宿屋。
書店は魔法書店。
中華料理店は荒物屋兼鍛冶屋になっていた。
コンビニやハンバーガーショップなどの店は、ガラス窓を通して中の様子が見えた。
何れの店も店内に煌々《こうこう》と明かりが灯っていて、チラホラとお客さんが居るのも見える。皆、戸惑っているようだ。
二階へのエスカレーターはスルーしてカードショップへと戻り、改めて店の看板を見るとスキルブックの販売店になっていた。
スキルブックとやらは元の世界のカードサイズのようだ。ショーケースの中にずらりと並んでいる。
キラキラ光っていて見るからに高そうだ。文字も書いてあるようだが、日本語どころかアルファベットでもないので残念ながら読めない。
どんなスキルが習得できるのか? と、店長に聞こうと見ると、レジカウンターに居る店長はマネキンのように微動だにせず直立し、首だけを回してオレを凝視していた。
ひと目で人間ではないと分かった。NPCだ。
口から出かかっていた言葉が止り、代わりに悲鳴を上げたくなるのを抑える。
目のハイライトがない。店長(元)の面影があるぶん違和感がすごくある。
瞬きなどの人間的所作をしなさそうで怖いが観察はしたくない。その視線が怖いと三人で逃げた。
そしてカードショップに居合わせていた常連さんで、オレたち三人の知り合いのおっさんが腕捲りをして、店に併設されているデュエルブースの模様替えをしているのに遭遇した。
パイプ椅子を畳んでは脇へと立てかけて、長机を塾の教室のように並び替えていたので、佐藤、鈴木と共に手伝う。
「ダンジョンとなればやっぱり冒険者ギルドでしょう。名簿なども必要でしょうし、情報共有する場所は絶対に必要なんです」 何かを吹っ切ったようにおっさんが言う。
おっさんはオレが中三の頃からの知り合いだ。
確かカード好きが高じて、一念を発起して勤め先の役所を辞め、デュエルマスターを目指しているのです。などと冗談めかして言っていたことがあったっけ。本業は不明だが、大学時代の友人の仕事を手伝っているとか言っていた。
ちなみにデュエルは理詰めで、おっさん曰く、時として勝負の行方を決定的に決定してしまう運の要素を如何に排除するか? を主眼としたデッキ構築なるもので、それがハマれば、こっちが唸るほどに手強かったが、強敵というほどではなかった。
結局、自分の運要素をニュートラルに近づけることが出来たとしても、対戦相手の運に左右されるだけだったのだ。
その後、「運はですね。良いとか悪いというようなものではなくて、定性的なもの。引き寄せるものなんですよ」などと言い出し、『トイレで運を引き寄せ本』などを「座右の書」にして迷走していた。
ちなみにすごく痩せていて、背も高くはないので、肉体を使った戦闘力は低そうだ。
模様替えが済むと、おっさんが「ちょっと一階と二階の店舗を回って、冒険者を探して此処に連れて来てくれませんか?」と頼んできた。おう、初依頼だ。もっとも報酬はなさそうだ。
オレは「ギルドマスター、分かりました」と答え、佐藤、鈴木の二人と連れ立っての捜索を開始した。
取り零しが出ないようにオレ一人と佐藤、鈴木ペアに別れて逆から回り、一階のどこかで落ちあうことにする。その後、二階で同じように動く段取りとなった。
通路に居たオレと同じような高校生グループ、さっきチラッと見掛けた百円ショップに居たビジネススーツのお姉さん、未だ牛丼屋で食事中のスーツ姿のサラリーマン二人組、コンビニのチャラそうな大学生グループ等、元商業店舗のお客様冒険者? に声を掛ける。
「一階のカードショップの隣が臨時の集会場になっていますので、行ってみて下さい。詳しい話はそこで仕切っている男性から聞いてください」と言うと、ほとんどの人が移動してくれた。
そう、残念なことに、ほとんどだった。
其奴はスポーツ用品店改め、武器防具店にいた。
幸いなことに一人だ。
普通サイズのぬいぐるみやフィギュアなどを、鈴なりの鈴のようにつけて現代よりも近未来芸術風にデコレーションした黒い大きなリュックを尻に背負い、「ハーレム、ハーレム」と呪文のように呟きつつ、店内奥の壁に掛かったお高そうな武器を、身を乗り出して食い入るように見つめていた。
背が高い、というか大きい。偶に電車で見掛ける、浴衣にチョンマゲ姿の人たちと、どっこいどころか上回るような大きさだ。上下黒い服で黒い靴、頭に捲いたバンダナも黒。何故か指の部分のない手袋をしている。勿論黒だ。
躊躇いつつも声を掛けるが無反応。もしかするとその鼻息で――申し訳ございませんが当方只今武器の吟味中ですので、お声がけはご遠慮下さい、などと――答えたのかも知れない。
その後、カウンター奥最上段に飾られている巨大な大剣を指で指し示すが、NPCな武器防具店の店長に「お金が足りません」と言われている。
そこで今度は首に掛けてあった財布から、黒いカードを取り出して「リボ払いでよろしくですー」と言ってまた断られた。
挙げ句、カバンの中をごそごそと漁って、マジカルっぽいピンクと水色のステッキを取り出して、くるっと回してポーズをとると、「良い子のテツ子は血に飢えているー」などと叫びつつ、鼻息荒く店の外へと飛び出していってしまった。あれ? テツ子さん?
熱烈ハーレム志向なのは間違いなさそうだ。この危険物、劇物のことは二人には知らせないほうが良いだろう。でも、おっさんには必ず話そうと心に決めた。
その後、佐藤、鈴木と落ち合う。鈴木に「顔色が悪いよ」と言われた。
念のためもう一度、今度はお互いが逆にぐるりと回った後、自動運転なエスカレータで二階へと上がった。
二階店舗はダンジョン神(自称)の想像力が足りなかったのかリソース節約のためなのか、本来は店が入っていたはずなのに、居抜きの空き店舗となっていた。
佐藤と鈴木から聞いた話だと二階のお客さんも冒険者って話だったけど、お客さんが誰も居なかった? いや、そんなはずはない。二階に居たお客さんはどうなったのだろうか? 想像するとちょっと怖い。
ダンジョンの入り口となるはずな三階への上り階段は、そんな空き店舗の一角を潰して作られていた。石造りで三メートルくらいの幅があって所々に苔が生えていて、いかにもダンジョンのそれっぽく、何だかとても古臭い作りだ。
佐藤、鈴木と一緒に階段の、その先を窺う。階段の奥に二つの小さく弱い光がある。
どうも扉のようなものがあるらしい。空気は流れてこない。彼奴はもうダンジョンに入ってしまったのだろうか?
ちょっとぶるりと来た。
思わず「よし、確認終了。おっさんに報告に戻ろうぜ」と二人を促し、そそくさと三人でエスカレーターに向かった。
途中立ち寄ったトイレは普通に使えた。よかった。