隣の席の伊波くん ー倉木紗凪視点ー
主人公以外の視点ってよくないですか?僕は大好物です。
そういえば本作はジャンルをローファンタジーにしていたのですが、貞操観念逆転ものが現実世界恋愛のランキングのトップにあったので、そちらに倣って変更しました。
じんわりと暑さを増してくる6月の昼過ぎ。
昼休みが終わってすぐの4時間目の半ば、しかも定期試験が終わったばかりともなれば、クラスの少なくない人数がダウンしてしまうのは教師だってわかっているだろうし、自らも学生時代にはきっと同じ轍を踏んだだろう。
(伊波くんが寝てるの珍しい)
私の隣の席に座っている伊波くん。絶賛お昼寝中。いつもは真面目にノートを取っている印象だから、突っ伏して寝ているところなんてもしかしたら初めて見たかもしれない。
(昨日夜更かししてたのかな。だとしたら何してたんだろ。本を読んでたか、mytubeで動画を見てたか、も、もしかして彼女と電話とか!?)
伊波くんはモテる。私みたいな陰キャ女子とも分け隔てなく接してくれるし、顔も割と可愛い。学年で1番可愛いとかではないけれど、言葉を選ばず言えば、手が届く範囲の最上級って感じでかなり人気だ。まだ彼女はいないけれど、その席を狙う女子は少なくない。
(かくいう私も伊波くんのことが気になってる一人だけど)
最初の名簿順の席で伊波くんと隣になれたのはかなりの幸運だ。とはいえ私は隣の席というアドバンテージを生かしてぐいぐい話しかけに行けるような性格はしていない。あんまり喋りかけて嫌われるというのは1番避けたいことだ。嫌われなければ何かのきっかけで仲が深まることがある、かもしれない。
(とか考えてたらもう6月だしきっと席替えももうすぐあるよね。隣のクラスはもうやったって言ってたし。はぁ、仲良くなるにはもっと喋りかけたりしないとなのはわかってはいるけど……)
自分のウジウジした性格が嫌になる。こんなんじゃダメだ。数学は得意な方だしそんなに聞かなくても大丈夫だけど、一回授業に集中して気分転換しよう。
そんな真面目とは程遠い理由で黒板の方に注意を向けると、町田先生がこちらを見ている。もしや授業に上の空だったことに気づかれたかと思い焦るが、よくよく見ると、視線の先は私の隣に注がれているようだ。
ほっとしたのも束の間、町田先生が黒板に何やら問題を書き始める。あらかじめ少し難しい問題を黒板に図まで丁寧に書いておいて、寝ている生徒を起こして解かせる。寝ている生徒を起こすときにあいつがよくやる手段だ。
寝ていたのが男子なら軽く注意して終わるが、女子の場合は少し長めの説教をして、教室の空気を最悪にしてまた授業を再開する。寝てる方が悪いのはそれはそうだけど、明らかな男女差別でみんな影で気持ち悪がっている。
そんなことを考えているとさっきまでの思考に閃きが訪れた。今回の町田先生のターゲットは伊波くんだ。ここで問題の答えを颯爽と教えてあげれば…
(伊波くんからの好感度も上がるはず!そしてここから会話が繋がって連絡先を交換してゆくゆくは…えへへ)
清々しいほどの楽観的思考である。問題の答えを教えたからといって、ありがとう、どういたしましての1往復で会話が終わるのが普通だろう。そこから連絡先を聞き出せるレベルまで会話を繋げられるだけの話術があれば、仲良くなるのに苦労はしていない。
とはいえ恋する乙女の計画に穴などない(主観)と言わんばかりに、彼女は町田先生が問題に即した図を作り上げるまでの間に、急いで問題を解いた。ついこの間の定期試験の時よりも遥かに集中していた。
「伊波、伊波ー?」
「はいっ、痛っ!?」
町田先生に伊波くんが起こされる。1回問題は解いたけどまだ見直しが済んでいないから急いで見直しをする。ピンチだからといって、間違った答えを見せるのはダサい。もしかしたら伊波くんも恥をかかされて怒るかもしれない。
「授業を聞かずに寝てたんならこの問題の答えはわかるよなー?」
ニヤニヤしながら伊波くんをいじめるな!羨ましい!
はっ、違う違う。そんな場合じゃない。こっちがこうであっちはそうだから…3/20で合ってるはず!急いでノートの端に「3/20」と書いて伊波くんの机に乗せる。
「えーと、3/20、ですかね」
「…正解だ。まぁ昼休みが終わってすぐで眠いのはわかるが授業は真面目に聞くこと。今寝てもあそこは成長しないぞー。いや起きたら大きくはなるかもな!ハッハッハ!」
伊波くんになんてこと言うのこいつ!?
町田先生に怒りを感じながら、男子の「サイテー」という声に心の中で激しく頷く。伊波くんは不快になっていないかなと隣の席の方を見ると伊波くんと目が合う。
「あの、倉木さんありがと。全然わかんなかったから助かりましたマジで」
「…大丈夫ならよかったです」
うわああ何その返答!!「大丈夫なら良かったです」なんて目を逸らしながら言ったら会話終わっちゃうでしょ!なんでそんなに陰キャなの倉木紗凪!!
そのまま2人の間で会話が復活するわけもなく、後悔に苛まれたまま脳死で板書をするだけの授業が終了する。
隣で伊波くんと荒木くんの始めた会話に聴覚を集中させつつ、最近買ったラノベを開く。フッ、これが伊波くんたちの会話に耳を傾けるための完璧な体制。いつでも会話に混ざれるように二人の会話はちゃんと聞いておく。とはいえもちろん、会話に参戦するときには「何も聞いてませんでしたよ」と言う顔で聞き返すことは忘れない(この会話に参戦するときというのは、二人に話しかけられた時だけであることは明白なことである)。
「---てか、あの問題よくわかったな。教科書の応用問題のやつだったのに。いきなり黒板に問題書き出したから何かと思ったけど、多分俊介が寝てるの見たからだったんだな」
「うわそんな難しかったんだ。全然わかってなかったけど倉木さんが教えてくれたんだよね。ほんと助かったよ」
2人の会話の中で私の名前が呼ばれる。伊波くんが「助かったよ」だって。よくやった倉木紗凪。数学ができる頭に生んでくれたお母さんも本当にありがとう。
「へー倉木数学できるんだ。やるじゃん今度わかんなかったら教えてよ」
お、教える!?それってつまり放課後に荒木くんのお家に行って、荒木くんの部屋で2人っきりでみたいな!?ダメだよ荒木くん、私には伊波くんがいるんだから!で、でも荒木くんに誘われたんならしょうがないよね?だって誘われたんだもん。浮気にはならないよね?
「ぜ、全部が全部わかるわけじゃないだろうけど、全然私ができることなら、その、やらせて頂きます」
よし、これならもしも分からない問題が出てきたとしても、事前に言ってあるし失望されたりはしないはず。でも得意ぶって出来ないのはちょっとカッコ悪いから、お家帰ったらちゃんとチャート解いて出来るようにしとこ。
「ぷっ、やらせて頂くって何?クラスメイトなんだからそんなかしこまんなくていいじゃん」
え、なんか笑われてる。でも馬鹿にしたような感じじゃないし、これはグッドコミュニケーションなのでは!別に面白いことを言おうとしたわけではなかったけど。
でもかしこまんなくていいじゃん、ってことはタメ口でもいいのかな?荒木くんにタメ口で行くなら、一緒に会話するだろう伊波くんともタメ口になっても自然だよね?これは荒木くんのおかげで伊波くんとの仲も一歩前進なのでは!
キーンコーンカーンコーン、5限開始のチャイムが鳴る。よし、次の授業でも伊波くんに頼られるかもしれないからちゃんと授業受けよ。その時もちゃんと助けてあげられればきっと…えへへ。
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