私の幸せって
この世界に神は存在するらしい。
100年に一度、1人の女性に【ギフト】が与えられる。
【ギフト】を与えられた者は神の加護を受け、
1、天寿を全うすること
2、財産が守られること
3、【ギフト】を与えられた者に見染められた者は3世代先まで神の加護を受けられること―
以上が約束される。
ただし、【ギフト】を与えられた者に近づく者には【悪魔の囁き】が聴こえるようになる。
この試練を乗り越え、互いを信じ固い絆で結ばれた者同士こそが神の加護を受けられる。
【ギフト】を与えられた女性は、多くの幸せを運んでくることから人々から【幸福の女神】と呼ばれている――
私が生まれた時、たくさんの人たちに祝福された。
それは純粋なものだけではなく、なんとかして気に入られようとする大人たちも多かった。
それは私がギフトを授かった子どもだったから。
ギフトを授かると首に金色の輪がはめられた状態で生まれてくる。
その輪は首に隙間なくはまっており、何をしても外れることはなく、体の成長とともに輪も成長していった。
両親は私の首を隠そうと必死だったが、私にとっては物心つく前から当たり前のように存在するものであり、両親の思いとは裏腹に、幼い頃の私はそれが普通な物と思って生活していた。
けれど、それが普通では無いと気がついたのは小学生になってすぐの頃だった。
明らかに先生や児童、その親の態度が異様だったからだ。
異常なまでの優しさ…と言うよりはあからさまな贔屓のようだった。
私の周りには学年問わず多くの取り巻きが出来るようになり、毎日何かしらのプレゼントを持ってくる人や、児童の親からも美味しいお菓子があるから家に遊びにおいでよと誘われた。
先生も先生で、テストで間違えても常に満点をつけたり、図工で作った工作や描いた絵が次々と表彰した。
常に誰かに監視されているような、そんな息苦しい毎日を過ごしていた最中、何とも言えない心のざわつきが私をある行動へと走らせた。
教室に飾ってある花瓶の花を窓から投げ捨て、中の水を教室に撒き散らし花瓶を黒板めがけて投げつけたのだ。
流石にこんな行動を取れば、先生も咎めずにはいられないと思ったからだ。
だが、その後の対応は私の期待していた物とは全く違っていた。先生は「いいのよ。ちょうど片付けてしまおうと思っていた花瓶だから。」と笑顔で割れた花瓶と水浸しの教室を片付け出したのだ。
普通ならばなぜこんなことをしたのか?誰かに当たって怪我をしたらどうするんだ?と説教なんぞされるところだが、私がいるこの学校という世界の中では私がしたことは全て肯定され褒められるべきことに成り果ててしまう。
何も言わず黙々と掃除をする先生の背中と、大丈夫?と心配するクラスメイトたちの様子を目の当たりにして、私は何とも言えない気持ち悪さに吐き気がした。
その時に心の中のモヤモヤしたものがより濃く深くなって行く感覚を覚えた。
そして小学校入学から2週間で私は学校に行くことはなくなった。
その後、私が学校へ行くことは二度となかった。
勉強は書店で買ってきた参考書やドリルを使って自分で勉強をした。
分からない事はネットで調べれば簡単に分かった。
私は家に籠り可能な限り人との接触はしないようにした。
高校も出来るだけ登校しなくても可能な通信制の学校を選んだ。
今も通信制の大学で司書を目指して勉強をしている。
いつまでも家に籠ったままでは生活して行くことが難しい事はわかっている。だからせめて、自分の好きな場所で生きて行きたいと思ったのだ。
私が小学生の時、学校に行かないと両親に言った時、両親は何も言わずに「わかった。」とだけ言った。
私の生きづらさを理解してくれているのだと思い私もそれ以上何も言わなかった。
でもそれだけではなかった。
私が10歳の時、夜中に目が覚めて部屋のある2階から1階にあるトイレに向かおうとした時、両親の話し声がリビングの方から聞こえてきた。
こっそりと聞き耳を立てていると母が静かに声を殺して泣いているのが聞こえてきた。
「あの子を普通の子に産んであげられなかった」
「もっと普通の生活を送らせてあげたかった」
「何故あの子が選ばれなければならなかったのか」
そんな母に何も言わずそっと寄り添い耳を傾ける父の姿と自分を責め続ける母の姿を見て、辛いのは自分だけじゃ無いと気がついたのだ。
どんなに辛くとも両親に少しでも安心してもらうために、せめて自分の足で立って歩いていけるようになりたいと、その時強く思った。
その頃から月に2、3回程度、市営図書館に行くことが習慣になっていた。
私がギフトを受けた子どもだとバレないように洋服の襟やストールなどで首元を隠して15分程バスに揺られて図書館へと向かった。
図書館は私にとって唯一心が落ち着く場所だった。
自分は特別な存在ではなく、ただ『1人の人間』と感じられるからだ。
誰も私を見ることもなく、特別扱いすることもなく、ただ静かにみんな本の世界に集中している。
私はそこで2時間程本を読んだ後、気になる本を借りて、またバスに揺られて家に帰る。
そんな生活を4月から大学生になった今もずっと続けている。
《私は誰とも関わることなく、この先もずっと1人で生きていくのだろう…》
少し寂しい様な、両親に申し訳ない様な複雑な気持ちもあるが、それが私にとっても周りにとっても一番良いと思っている。
誰かと結婚して、結婚式で父とヴァージンロードを歩いて、子供が産まれて、両親に抱かせてあげて、子供の成長を旦那さんと一緒に見守る…なんて生活は私には夢のまた夢。
あまりにも贅沢で眩し過ぎる夢で、私にはとても困難で現実離れしたファンタジーの様な話だと思った。
6月になり梅雨になった。
降り続く雨と、ジメジメと身体にまとわりつく様な空気、アスファルトが湿った独特の匂いが何日も続いていた。
それでも私の生活は変わることなく、いつも同じバスに乗って図書館に行き、本を読み漁りまた家に帰る。
そんないつもの変わらない生活に変化が訪れた。
私はいつもの様に図書館に向かうバスに乗り、図書館前のバス停で降りて傘をさし図書館に向かって歩き出す。
図書館の入り口前に屋根の下で傘を閉じて、軽く傘の水気を落として傘立てに入れようとしていた時、ふと気がつくと入り口前の屋根の下にずぶ濡れのスーツ姿の若い男性が立っていた。
『こんな時期に傘も持たずに、変わった人がいるものだ』
と思い、人と関わることを極端に避けて来たことが当たり前となっていた私は、そのまま無視して立ち去ろうとした、
が、その男性はハンカチで濡れたスーツの水気を拭きながら仕切りに腕時計をチラチラと見て時間を気にしている様だった。
「あの、よったら傘使って下さい」
まさかだった。
自分でも信じられないけど、気づいた時にはその男性に自分の傘を差し出していたのだから。
「でも、あなたが濡れてしまいますから…」
突然話かけられたせいなのか、男性は驚きと戸惑いの様子でこちらを見た。
「折り畳み傘持ってるので大丈夫です。あなたの方こそ、急いでるのではないですか?」
そう言うと男性はまた腕時計に目線を落として、少し考えた様子で
「…では、お言葉に甘えてお借りします。」
男性は申し訳なさそうに少し微笑んで、私の手から傘を受け取った。
「今度、傘を返しに来ますので。次はいつここに来ますか?」
「安物の傘ですから、そのまま処分していただいて構いません。それより時間大丈夫ですか?」
男性はハッとした顔をして、急いで傘を開いた。
「あなたのおかげで助かりました。本当にありがとうございます。」
男性は深々とお辞儀をして、傘をさして雨の中へと走り出していった。
こちらを何度も気にして、会釈をしていた。
私も会釈をして、男性が走り去るのを見届けた。
男性の姿が見えなくなるのを確認したら、安心からなのか、緊張からなのか分からないが急に心臓がドキドキと激しく鳴った。
自分自身の行動にも驚いたが、あまりにも久しぶりに他人と会話を交わした事に高揚しているのか、何とも言えない気持ちで胸がいっぱいだった。
それと同時に、あの男性の申し訳なさそうに微笑む顔が、何故か頭から離れなかった。
「ありがとう」と言われて誰かに感謝されるのは何だかくすぐったい様な不思議な気持ちだ。
今日は図書館で本を読んでも全然頭に入らず、全く集中出来ないまま本を数冊借りて、いつもより早めに帰ることにした。
その出来事から1ヶ月が経って、すっかり梅雨も明けて、あの雨の日の出来事も徐々に薄らいで、またいつもに日常に戻りつつあった。
私はまたいつもの様に同じ時間のバスに乗り、図書館へと向かっていた。
図書館前のバス停で降りて、図書館に向かって歩き出した。
今日は眩しいくらい天気が良くて、少し汗ばむくらいの暑い日だった。
本格的な夏がすぐそこまで来ているみたいだ。
初夏の空気を感じながら歩いていると、図書館の入り口が見えてきた。
ふと気がつくと、そこには傘を持ったスーツ姿の若い男性が、キョロキョロと誰かを探してる様な素振りをしながら立っているのが視界に入ってきた。
『こんな天気のいい日に傘を持っているなんて、変わった人がいるもんだ』
と思い、人と関わる事を極端に避けて来たことが当たり前となっていた私は、そのまま無視して立ち去ろうとした、が、あれ?なんか前にも似た様なことがあったような…と、何かを思い出しかけた時に
「あの、すみません!」
と、突然声を掛けられ、思わず身体がビクッと反応してしまった。
驚いて心臓が大きな音でバクバクと鳴っているのを感じながら、声のする方へゆっくりと顔を向けると、そこには見覚えのある傘を持ったスーツ姿の若い男性が、こちらに真っ直ぐに目を向けていた。
「以前、雨の日にあなたに傘を貸していただいた者です。返すのが遅くなって申し訳ありません!」
男性は深々と頭を下げて、私の目の前に両手で傘を差し出した。
その言葉を聞いて、私もあの日のことをはっきりと思い出した。
「わざわざ返す為に待っていて下さったのですか…?」
聞きたいことはいろいろあったが、とりあえず傘を受け取って、動揺しているのを悟られまいと平静を装って男性に聞いた。
「きっと、大事にされている傘だと思ったので…」
そう言って、優しい目でそっと傘に触れて微笑んだ。
確かに、私が10歳くらいの時に買ってもらった年代物の傘だ。
当時は、身体の大きさに合わない大人物の傘だからと母に子供用の傘を勧められたが、綺麗な水色の生地に白い線が入った傘が、晴れた日の青空の様で雨の日も明るい気分になれる様な気がして、どうしてもと頼んで買ってもらったお気に入りの傘だった。
「新しい傘を買うタイミングがなかっただけですよ。」
何だか自分を見透かされた様で恥ずかしくなって、どうでもいい嘘をついてしまった。
「あの…無理にとは言いませんが、傘を貸していただいたお礼をさせてくれませんか?」
「お礼なんて…ただ傘を貸しただけですから、気になさらないでください。」
「いえ、それでは僕の気が済みません!」
男性は自分が思っていたより大きい声を出してしまった様で、周囲の視線かこちらに向いていることに気づいて、少し恥ずかしそうに下を向いた。
「あの日あなたが傘を貸していただけなかったら、大事な商談に遅れてしまうところでした…。
でも、あなたのおかげで商談にも間に合って、話も上手くまとまりました。
ありがとう、だけでは足りません。」
男性は真剣な顔でまっすぐ私の目を見て言った。
あまりに真剣な目に、吸い込まれてしまうんじゃないかと思うくらい、力強い想いが伝わって来た。
「分かりました。ではお言葉に甘えて、お礼していただきます。」
そう言うと、思わず2人で笑ってしまった。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。
僕は倉田和真と言います。あなたは?」
「私は日向小夜と言います。」
こうして、私の灰色の様な人生の中にほんの少し色がついた様な気がした。
その後、倉田さんと連絡先を交換して、お互いのことについて聞き合った。
倉田さんは商社に勤めていて、営業をしている24歳だという事。
趣味はドライブと写真撮影。
犬派。
お酒は弱いけど、楽しい集まりは大好き。
そして、私と初めて会った日に大事な商談があって、傘を借りられたおかげで無事に商談に間に合い、話も上手くまとまってとても感謝している。と何度も言ってくれた。
そのお礼に、食事に行きませんか?と誘ってくれた。
初めは申し訳ない気持ちで断ったが、どうしても、と言うのでお言葉に甘えて今度の土曜日にランチに行くことになった。
いや、なってしまったと言った方がいいのか…。
長い間、人と関わることを極端に避けて来たせいで、こういう時何を着ていけばいいのか、何を喋ればいいのかわからない…。
土曜日まであと3日。
それまでに、考えておくことは沢山ありそうだ。
今日は土曜日。
色々考えた結果、服装は水色の襟付きワンピースに白のローヒールパンプス、白のショルダーバッグ。
肩まで伸びた髪はポニーテールにして、普段は10分で終わるメイクも今日は30分掛けて丁寧にした。
結果的に派手すぎず、かといってカジュアルすぎず無難な服装で落ち着いた。
倉田さんとの待ち合わせは最寄駅の駅前広場。
駅周辺は商業施設や飲食店が多くあり、デートや遊びにはとても良い場所だ。
待ち合わせは午前11時。
私は10分前に着くように家を出てバスに乗り最寄駅に向かっていた。
車を持っている倉田さんが、あえて車ではなく徒歩にしたのは初めてのお出掛けで2人きりの空間にならないように、と私への気遣いからだと思う。
倉田さんはとてもマメで気遣いが出来る、紳士的な男性だ。
そんなことを考えながらバスに揺られること20分程で駅に着いた。