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「なんだこのチビは!? なぜオハコビ竜の子どもが、こんなところに――」
ガオルは当惑した様子で、小さなオハコビ竜を指さしていた。
「おぬしらが再び暴れ出す気配がないので、頃合いだと思ってのう」
小さなオハコビ竜が言った。
「こんなちっぽけな体では、
おぬしらの大格闘の巻きぞえを食えば、ひとたまりもあるまいて。
――お初にお目にかかるのう、黒影竜のガオルよ」
「フラップ、お前はそいつを知っているのか? そいつは……何者だ?」
フラップが答えるよりも前に、
小さなオハコビ竜が小指で耳の穴をほじくりながら、面倒くさそうにこう言った。
「あー、わしは自己紹介に時間をかけぬ主義でのう。これを見れば十分じゃろ」
小さなオハコビ竜は、瞳を閉じて両手を前に広げた。
それはまるで念じるようなしぐさだった。
すると、両手の前に白く燃える人魂……いや、小さな光がぽっと現れ、
次の瞬間、それはガオルの黒い額の目がけてふわふわと飛んでいった。
ガオルは一瞬、それをふり払おうとしたが、
危険がないと認識したのか、すぐに手を下ろした。
光がガオルの額の中になじむように消えていくと、
ガオルは、急に一言もしゃべらなくなり、
ただ一点を見つめてパックリと口を開けていた。
まるで、瞬間的に多くの情報をインプットされたかのようだった。
やがて――。
「ふふっ、ははははは……っ!」
出しぬけに、ガオルが高笑いした。
「そうか、お前がかの有名な《小さき者》か。
どおりで、子どもたちがスズカを解放できたわけだ!
だがしかし、本当に小さなやつだったとはな……」
「うむ……わしは、白竜の警告がなければ、ここへ参ることはなかった……
それに、あと少し到着が遅れれば、おぬしの思惑どおり、
取り返しのつかぬ事態に発展していたかもしれん」
「ですが、あなたはぼくらをお救いくださいました。
感謝してもしきれません」
フラップは胸に手を当てながら、熱っぽく言った。
その様子は、まるで小さな主に尊敬の念を示す変わり者のようだった。
「ふん」
ガオルが再び皮肉な笑みを浮かべていた。
まぶしい光景からそっと視線を背けるような態度で……。
「フラップ、俺の負けだ……あらゆる面においてな」
と、ガオルが言った。
「え? なぜそんな言い方――」
フラップはキョトンとした顔で、ガオルを見た。
「……見ろ」
ガオルが、城の正面階段のほうを指さした。
階段の途中に、六人の子どもたちと、フレッド、
そしてクロワキ氏の一同が集まっていた。
みんなでこちらの様子をじっと見守っているのが分かる。
「たとえば、お前には友がいる。仲間がいる。
そしてここに、お前を見守り、手を差しのべてくれる大きな存在がいる。
お前が誤った行動を取ろうとすれば、声をかぎりによび止めてくれる者もいる。
お前にはすべてがそろっているのだ。
俺には……だれもいない。
俺が間違った思想を抱いても、道を正してくれる友人などひとりもいなかった」
「――ガオルよ」
小さなオハコビ竜が、厳格な目つきになってガオルの前に進み出た。
「負けを認めたのであれば、おぬしの身柄はフーゴ率いる警備部があずかる。
そしておぬしは、竜族界が誇る大監獄へと送られるじゃろう。
それで異論はあるまいな?」
「――ああ、もう覚悟はできている」
ガオルがはっきりとした声で答えた。
「戦う意欲も失せた。さっさと俺を拘束するがいい――」
その時だ。フラップのほうから「ピピピッ!」と着信音が鳴った。
「仲間からの通信のようじゃの。フラップよ、拡声モードにしてくれぬか」
フラップはすぐさま右手でゴーグルのボタンを数回押し、拡声モードを起動した。
『――サポーターを代表して、報告します!
オニ飛竜たちが撤退を開始しました!』
声の主はモニカさんだった。モニカさんの声は歓喜で興奮していた。
「おお、モニカ隊員! それはまことか!」
『はい! フーゴ総官が彼らの長を、
今度こそ完ぺきに打ち倒してくださいました。
オニ飛竜たちは長が敗れたとたん、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しましたが、
何十頭かが警備部員たちによって拘束されています。
――それにしてもまさか、
あなたがここへいらっしゃるとは、思いもしませんでした。
わたしたちに助力してくださったのですね。どうお礼を申し上げれば……』
「よいよい。今回は重大な特例事項があったのじゃから」
小さなオハコビ竜は、にこやかに受け答えた。
「さて、これで万事解決じゃ。
そろそろわしも、子どもたちに正体を明かさねばなるまい」
古びた死の都ゲオルグから、戦いの音が消え去った。
乾いた風の音とともに、ガオルが引き起した青い炎の海が、
まもなく静かに鎮火しようとしていた。




