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「ここじゃな。かすかに奇妙な音も聞こえよる」
小さなオハコビ竜は、大きな両開きの鉄扉の前で停止した。
城の内装に似つかわしくない、わりと新しそうな鋼鉄扉。
その右側に、厳重そうな制御盤も設置されている。
「スズカはこの奥で違いないぞよ」
「ロックされてるとか?」
アカネが聞いた。
「こんな鉄扉ごとき、わけないわ」
小さなオハコビ竜は、子ウサギのような両手をポキポキと鳴らすと、
しゅっと両手のひらを制御盤の前へ突き出した。
すると、制御盤がショートしたかのように小さく破裂し、金色の火花が散った。
「すごっ! ……いのかな?」
タスクがあいまいな表現をした。
ハルトとケントが、手分けして鉄扉を開けることにした。
扉は重々しい音を立てて内側へと開いた。
小さなオハコビ竜は、滑りこむように中へ突入した。
子どもたちははじめて、
白いエッグポッドとガアナのレプリカが安置された部屋を見た。
銀色や灰色の周辺機器が四方を埋めつくし、
聞いたこともないいくつもの機械音が不快なハーモニーを奏でている。
中にはだれもいない。ハルトたちだけのようだ。
「おっと。だれか、その鉄扉をしっかりふさいでおけ。邪魔が入っては面倒じゃ」
ケントとタスクの二人は、鉄扉を元通りに閉めると、
だれが来ても開けられないように扉に背中を当ててふさいだ。
最初に子どもたちの視線を釘づけにしたのは、ガアナのレプリカだった。
外見からしてメスだと分かっても、
まるでもう一頭のガオルが目の前にいるようで、
否が応でもぞっとしてしまうのだ。
「これって……黒影竜?」
ハルトは胸をドキドキさせながら聞いた。
「の、模造品じゃな。
そして、この人形に精神移植されつつある、哀れな少女――」
小さなオハコビ竜は、ガアナのレプリカから離れ、
その左側にある白いエッグポッドのそばへゆっくり近づいた。
白真珠色のポッドはかすかに中身が透けて見え、
そこに、一人の少女の安らかに眠る姿が――。
「スズカちゃん!!」
ハルトはポッドのそばへ駆けよった。アカネ、トキオの二人がそれに続いた。
「スズカちゃん! ぼくだよ、起きて! 迎えにきたよ!」
ハルトはシェルター越しによびかけた……が、スズカが目を覚ます気配はない。
彼女の身には、いくつものロボット装甲のような機械がまとわりつき、
ひっそりと人体改造でも施されているような具合になっていた。
テレパシー・デバイスは頭につけたままだったが。
「どうしたら目を覚ますの?」
ハルトは自分でも無意識に、小さなオハコビ竜に打開策をたずねていた。
「うーむ、こいつをいじってみたが――」
小さなオハコビ竜は、細長い台のような端末の上で腕を組んでいた。
「手動ではマシンを停止できん。
どうやら彼奴によって、システムロックされておるようじゃな。
スズカの精神移植のほうじゃが、もう半分も進んでおる。
記憶の消去も、九十八パーセント完了ずみときたか」
「はーあ!? それ、かなりヤバいんじゃねーの!?」
「というか、キミって機械いじれるんだ?」
ケントとタスクが扉のそばで別々の反応を示した。
「しかし、心配はいらん。
わしの秘術で、マシンのプログラムに干渉してみよう。
プログラムをだまして、精神移植システムを逆行運転させ、
スズカの記憶を引き出す!」
「そんなことができるの?」
と、ハルトは聞いた。頭ではチンプンカンプンだったが……。
「機械ごときに、神秘なる人の記憶を消し去るなどという芸当はできぬ。
消すといっても、ただサーバーに記憶を保管するだけじゃ。
スズカという一人の人間の記憶をな」
「細かいとこはよく分かんないけど、あなたの力でなんとかなるんだね?」
と、アカネが聞いた。
「ただし、わしの力だけでは危うい。
レプリカから移植された分の精神を引き離すのと、
記憶を元に戻すのを同時に行うのは、難易度の高い所業。
しかも、速攻でやり遂げるとなれば、かなりの荒療治じゃ」
「荒療治ですか……」
トキオが身震いした。
「もっとも問題なのは記憶じゃな。
スズカの意識が反発し、自分の記憶を受けつけない恐れがある。
わけの分からない古傷を押しつけられるようなものじゃからな……
うまくやるためには、ハルト、おぬしの力が必要じゃ。
友を思うおぬしの言葉を、スズカに伝え続けるのじゃ。
その声が、スズカみずから人格を取り戻す手助けになる!」
「分かった。やってみるよ――」
ハルトがうなずいた、その瞬間だった。
ダンッ! ダンダンダンッ!
だれかが鉄扉のむこうから、力いっぱいノックしはじめたのだ。
「うわっ、なんか来たしー!」
ケントとタスクは、すぐに背中で扉をおさえつけた。
まさか、エンジニア部の大人たちが目を覚まして、駆けつけてきたのでは……?
「ああ、いかん、わしは手が離せん!
アカネ、トキオ! おぬしらでケントとタスクを手伝うんじゃ!」
アカネとトキオは、それぞれケントとタスクのそばに駆けつけ、
四人で招かれざる客を入らせまいと奮闘しはじめた。
小さなオハコビ竜が端末の端に両手をそえて、
ぶつぶつと何かをつぶやいているのを見ながら、
ハルトはますます不思議がっていた。
(この子、だれも名乗っていないのに、全員の名前を知っている……)
鉄扉が一瞬、ガタンと大きくゆれた。
ケントたちはたまらず声を上げたが、
それでもいっそう力を合わせて扉を押し返した。
「すまん、わしが制御盤をショートさせたばかりに……。
――ハルト、急ぐぞ! とにかく、ひたすらよびかけよ。
わしはこちらで、やれるだけのことをやる!」
もう、なるようになるしかない。
ハルトは、一切の悩みを頭からシャットアウトして、目の前の使命に当たった。
「スズカちゃん! ぼくだよ、ハルト! 迎えにきたんだ!」
ぼくの声が鍵になる。ただそれだけを信じて、スズカによびかけていく。
「みんなで助けに来たんだよ! お願い、目を覚まして!
みんながキミを心配してるんだ。頼むから、ぼくを見て――
ねえ、目を開けて、ぼくを――ぼくを見てよ!」




