5
フラップたちは、慎重に周囲に気を配りながら、城のエントランスに入りこんだ。
彼らは竜だ――ここがどこからも打ち捨てられたただの廃墟の一つなら、
こんなふうに用心深く入るような真似はしないだろう。
だが、この城には多くの生き物の気配があった。
「「「ようこそ、おいでくださいました」」」
フラップたちは、はっとして正面の広い階段の上を見た。
二階の扉の前に、四人くらいの人間のメイドたちがいる。
まるで精密なロボットか何かのように、生気のない能面のような顔で――。
「あなたたち、いったいどうして――?」
「これは、普通の人間たちじゃないな」
フラップの問いに、フレッドがそう言った。
――その通りだ。彼女たちは普通の人間ではない。
天井からガオルの声が降ってきた。
扉の左右に二人ずつ配置についたメイドたちの真ん中に、
ガオルが漆黒の翼を広げながらゆったりと降り立った。
「ガオル! スズカさんとクロワキ主任はどこにいるんです?」
と、フラップが吠えた。
ガオルは、お得意のニヒルな笑顔を浮かべてからこう答えた。
「ずばり聞いたな、いいだろう。どうせ減るものではない――
スズカとクロワキは、まだ生きている!
竜は嘘をつかない……が、どこにいるかは教えてやらん」
「はいはい、当然の答えだよな」
フレッドが冷たい声で言った。
「で、そちらのメイド嬢の方々は何なんだよ?」
「彼女たちは、俺につくしているメイドたちだ。
なおかつ、お前たちオハコビ隊の活動に加わっている、
数少ない人間たちの一部だ」
ガオルは両手を広げ、メイドたちをよく見ろと言いたげだった。
「しかし……ふっ。
彼女たちも、ビケットのようなエンジニア部の人間たちも、たいした物好きだ。
スカイランドの人間のほとんどが、竜の存在をひどく恐れているというのに」
またか。ハルトは眉をひそめた。
虹色の翼が人間のお客を獲得しないといけないだの、
人間が竜を恐れているだの――彼が『人間』という言葉を口にするたびに、
分からないことが増えていく。
「俺はスズカに聞いたんだ。
ここに『人間の』メイドがいることを不思議に思わないかと。だが今に思えば、
地上人がこちらの世界の『黒歴史』を知っているわけがなかったな」
「……ガオル」
フラップが戸惑うような表情で言った。
「お願いですから、
ツアー参加者たちの前でその話題に触れるのは、よしてください。
幼い子どもたちに、スカイランドの『黒歴史』はあまりに重すぎる――」
「いや! この世界を愛してもらいたいなら、
なおさらはっきりと話してやるべきだ!」
ガオルは、ずいっと前に出ながら大声で言った。
「人間が俺のような竜と関わることなど、
オハコビ隊の人間でなければ不自然極まりないことだ。
そのわけは、かつてこのスカイランドで起きたとある大戦にある――」
「ガオル、よすんだ!」
フレッドが叫んだ。
「人と竜が、互いの存亡をかけた戦いだ! 熾烈を極めた破滅の戦い――」
「ガオルちゃん、ヤメテよぅー!」
フリッタが金切り声を上げた。
「『#人竜__じんりゅう__#戦争』だ! よくおぼえておくがいい、子どもたち!」
とうとうその単語が出てしまった。
フラップたちは、もはや手遅れと抵抗の言葉をむけられず、顔を背けてしまった。
*
「人竜戦争……」
五人の子どもたちは、
まるでこの先何十年も忘れられそうもない言葉を聞いた気がした。
そんなつもりもないのに、これまで明るく楽しげでしかなかった
スカイランドのイメージに、はじめて闇が張りついたようだった。
呪文にでもかけられた気分だ。
『おい、他のメンバーはどこへ消えた?』
ポッドの外で、ガオルが不思議そうに尋ねてくる声が聞こえる。
『……みんな自分の子を守るために、島を離れました』
フラップの情けなくなるような声がそう答えた。
『ふん、彼らのあの傷ではそうだろうな。
――まったく、はじめから全員をターミナルに残してくればよかったものを。
この忌まわしい《ゲオルグ王国》では、
竜が人に恐怖を植えつける歴史がくり返されるだけなのか』
「フラップ、この島って、ゲオルグ王国ってよばれてたの……?」
ハルトは、いくつも浮かんでいた質問の言葉を押しのけて、そんなことを聞いた。
何から聞けばいいのか頭の整理が追いつかず、単純な質問しかできなかったのだ。
『ええ……今では《滅びの国》というよび名が主流です。
スカイランドが、一度滅びの状態にまで陥ったきっかけとなった国なので――』
「一度滅んだ? この国のせいで……?」
そこへ、ガオルの声が飛んできた。
『どうやら、中にいる子どもと話をしているようだな、フラップ。
いったいだれなのかは知らないが、そこにいるキミのために話してあげよう』
ガオルは、先ほどスズカにも話した例の昔話を話しはじめた。
王とともに暮らしていた黒い竜が、
人間の家臣たちの策略のせいで大量虐殺を演じさせられ、国を追放。
それをきっかけに、国にいた人間と竜が対立し、やがて大きな争いがはじまった。
それは周辺島国を巻きこみ、さらに飛び火は広がっていった――。
しかし、今回のガオルの話にはオチがあった。
『もう分かるだろう? スカイランドの人間と竜を断絶し、
世界を滅びの縁に陥れた戦いは、まさにここ、ゲオルグ王国が発端――
人竜戦争のはじまりの地だ!』
ガオルが声高らかに言った。
『――ターミナルを思い出せ。
あそこには、人間客がキミたち以外にひとりもいなかったはずだ。
俺もある人物からそのことを聞いて納得がいったが、それはだ……
世の中の人間が竜を恐れ、遠ざけているからだ。
竜は人間に忌み嫌われている!
人竜戦争では人間側が勝利したというのに、人は竜を配下に置くどころか、
羽の生えたゴミのように人間界から追い出し、あらゆる辺境の地に追いやった。
オハコビ竜ども!
お前たちは本来、《#犬竜__けんりゅう__#》とよばれる、由緒正しい戦闘竜族だった。
しかし、お前たちの祖先は人竜戦争の時、争いに参加せず、
それまで友好を保っていた人々を守るために奔走した。
それでも最後には、その人間たちにあっさりと裏切られ、住処を追われる始末。
相手が竜というだけで、人間は見境なく排除したがるようになったからな。
オハコビ隊員ども!
お前たちがこんなくだらない世界で、人間との友好を取り戻すために
どれほどもがこうとも、俺は何も言わん……好きにするがいい。
どれほど憎らしい生き物でも、俺もそんな人間が愛おしいからな。
――だが、スズカは返さん!
やっと見つけた、この孤独の出口……手放してなるものか!』
オハコビ隊が何のために存在するのか――
ハルトは、それらの答えがようやく見えてきた気がした。
「そっか……
オハコビ竜の世界って、すごく重たい背景があったんだね、フラップ」
『ええ。でも、ハルトくんたちが気にすることなんて、ひとつもありませんよ。
これはスカイランドの――いえ、オハコビ竜の問題なんですから』
そしてフラップは、こう続けた。
『オハコビ隊が存在する本当の理由は、亜人客への接客や戦闘訓練を通じて、
オハコビ竜たちを《虹色の翼》という特殊部員へと育て上げて、
危険だらけの人間界に潜りこませること。
虹色の翼の活動は、島から島への翼を必要とする人間さんを探し出して、
その願いを叶えてあげること。
そうして、ひそかなサービスを継続していくことで、
「オハコビ竜=脅威ではない」という認識を、
人間界に浸透させるのが目的なんです。
大切なのは、竜族全体にたいして心を開いてもらうことではなく、
あくまでも、オハコビ竜という種族を受け入れてもらうことにあるんです。
世界を根本から変えることなんて、
オハコビ隊の力だけでは土台無理な話ですからね……』
『ウン……フラップちゃんお見事、マニュアルどおり』
フリッタがしっぽを上にむかってくねらせながら、淡々とした声で言った。
『さあ、そろそろ本題を進めよう……さっさと子どもたちを降ろせ!』
『脅しているわけでもあるまいし、そう急かすなよ、ガオル』
フレッドが言った。
『今から子どもたちを降ろす。
ただし、その間俺たちに手出ししたら許さないからな』
*
フラップたちは、胸のホルダー機器についた複数のボタンを指で操作した。
するとホルダーから、
「ピピピッ。ポッドの分離を許可します」という音声が聞こえた。
「ちょっとグラッとゆれますけど、我慢してくださいね。よい、しょっと」
カポッ! フラップたちは、ホルダーから手づかみでポッドを取り外してしまった。
その瞬間、彼らの胸からホルダー機器がふっと消え去った。
ポッドの下部には、それぞれ平らなロケットエンジン形の接続土台がついていた。
どこかに単体で置いても倒れないようにするためだ。
「ポッドは、執事のカートにのせろ。もうお守りとして使えないようにな」
エントランスのむかって左側のドアが、つと開いた。
そのむこうから一匹の大きな黒トカゲが、
重たそうなカートをゆうゆうと押してやってきた。
カートはショーケースのような見た目をしていて、
中にエッグポッドが三つ余裕で入るサイズだった。
「フラップちゃん、ここはお言葉に甘えておこうヨ……」
フラップたちは、ポッドをまっすぐ丁寧に持って運ぶと、
エントランス中央に停められたカートのガラス箱の中にゆっくりと収めた。
最後にガラス箱の蓋が全自動でパタンと閉じられた。
「ごめんね、みんな。ぼくの声はまだ聞こえますか?」
『うん。聞こえるし、外の様子も見えるよ、フラップ』
ハルトの複雑そうな声がそう答えた。
「――これで満足ですか、ガオル?」
「ああ、やっとだ。これで俺も、心置きなくやれる……!」
するとガオルは、いきなりななめ左後ろにむかってサッと飛びのいた。
「きゃああっ!」
ガオルは、そこにならんでいた二人のメイドのうち、
手前にいたほうをガバッと腕の中に捕らえてしまった。
つかまったメイドは、足もつかない状態で抱きあげられていた。
そばにいたメイドも、反対側に立っていたメイドたちも、
主人の謎めいた暴挙に驚いて悲鳴を上げていた。
フラップたちは大慌てで三歩ほど進み出た。
「いったい何の真似ですか!」
フラップが気を動転させながら叫んだ。
「なに、ただのお前らの真似だ。
お前らが子どもたちを大事に抱えていたおかげで、
俺は自分でも知らぬうちに手心を加えていたようだ。
――だが今はどうだ? 今度はお前らの戦意が深く落ちこむ……」
ガオルはすでに勝ちほこったかのように、不敵な笑みを浮かべていた。
「ムカッ!」
フリッタが拳を強く握りしめた。
「キミさあ、正々堂々戦うんじゃなかったワケ?」
「同族として恥ずかしいぜ。――なんて卑劣な」
フレッドも冷静さを欠いて、ギリギリと歯を食いしばっていた。
「だまれ! 俺は貴様らとは違う!
勝利のためなら、たとえ狂気の沙汰だろうとも、より確実な手を使うまで!
だがまあ、俺がこうするほうがよほど効果てきめんのようだな……
さあ、俺が味わった屈辱を、お前らも思い知れ!」
ガオルが空いた片方の手を上げて、赤々と染まった爪を凶器のようにのばした、
その時だった。
「そんなことをされては困る!」
エントランス二階の右側通路から、だれかの声が降ってきた。
さびついた鉄柵に片手を置いて、ガオルを見下ろす人物がいた――。




