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ガオルは重たい扉を開けて部屋を出ると、悠然と廊下を歩きはじめた。
「ガ、ガオル様! お待ちくださいませ、ガオル様ぁー!」
ガオルの後ろから、せわしない声が飛んできた。
ガオルは急激にいら立ちをおぼえ、鞭を打つようにふり返った。
「騒々しいぞ、ギュボン! いったいなんだというんだ?」
廊下のむこうから、黄色いギョロ目をした黒トカゲの執事が走ってきた。
ギュボンはガオルの前で立ち止まると、肩をゆらしてあえぎながら言った。
「諜報員からの、ゼェ、ゼェ、報告でございますよ!
たった今、フーゴ率いる警備軍が、こちらにむかっていると!
さほど大きな、軍勢ではありませんが、ゼェ、ゼェ、
どうやら、妙な少数部隊も加わっているということで――」
「騒ぐほどのことでもないだろう。その少数部隊とはどういうものだ?」
「それが……フラップという隊員が率いる、
お運び部員のみで編成されたものでして……」
「そうか、ふふふっ」
ガオルの瞳が怪しく光った。
「それなら知っている。
『虹色の翼』とかいう、幼稚でふざけた名前のチームだな」
「聞くところによると、そのフラップめは、
警備部員たちをしのぐ異常な強さを誇るとか」
「ふん、それも知っている。
ターミナル襲撃の際には、面倒を増やさぬよう、
オニ飛竜どもに足止めをさせてみたが。
だがとうとう、思う存分手合わせができるな。楽しみだ」
ガオルは、目の前で右手を強く握りしめ、迫る戦いに血潮をたぎらせていた。
「あのう、それともう一つだけお伝えすることが」
ギュボンはガオルの顔色をうかがいながら続けた。
「その少数部隊は、例のツアー参加者たちも連れてこようとしておりまして――」
「な、なんだと? あの子たち……スズカの仲間たちもいるのか!」
なぜだかガオルは動揺していた。
ギュボンはあっけに取られて口をパックリと開いた。
「『ヤツ』め……どうやらこの俺に対抗する手段として、
子どもたちを利用するつもりでいたようだな。
ふっ、そんな小細工で、この俺に勝てると思っているのか」
平静を装ってはいたが、
ガオルは廊下の真ん中でうろたえるように右往左往していた。
「ガオル様、いったいどうなされたので? 『ヤツ』というのは、フラ――」
「うるさい! 報告がすんだのなら、お前はとっとと持ち場に戻れ!」
「ひぃぃっ! 申しわけございませえん!」
ギュボンは恐怖によろめいたあと、一目散に来た道を駆け戻っていった。
だれもいない廊下で、ガオルは歯噛みしていた。
「俺も甘く見られたものだな。たとえ人間の子どもたちがいようと、
この俺の拳と炎が鈍ることはあるまい……俺も戦いの支度をしなければ」
*
十分後、ガオルは城のエントランスを通りぬけ、広大な正面口へとやってきた。
服装はいつものボロの皮ベストにウロコの籠手を身につけていた。
しかし、仮面はつけていなかった。
今は全力で敵を叩きのめさなければならないからだ。あの黒い仮面は、
強すぎる自分の力を抑制するためにつけていた、魔力の仮面なのだ。
素顔を隠すためではなく、どんな時も力におぼれないようにするために――。
月は厚い雲に隠れ、明かりの灯った城の周囲には底なしの闇が広がっていた。
「聞こえるか、者ども!」
ガオルは馬蹄型の階段の上から、暗闇にむかって爆弾のような大声で叫んだ。
「オハコビ隊の軍勢がこちらにむかっている。迎撃の準備を整えておけ!」
すると暗闇の中に、点々と黄色い目が光りだした。
今の今まで何かの陰に隠れていたのか。
上下にも左右にも、至るところに犬の牙と同じ形をした目が輝いている。
どう猛な殺意がこめられたような鋭い目が――。
のし、のし、のし……。
ガオルが立つ場所の左側から、石畳を踏み鳴らす重たい足音が聞こえてきた。
「おめえさんよ……すっかり大将気どりじゃねえか」
階段下の暗闇の中から、ガオルよりも一回り大きな緑色の竜――
オニ飛竜の長バーダムが灯りのもとに上がってきた。
やけに不機嫌な顔をしている。
「こっちはターミナル襲撃で、ずいぶん仲間が戦闘不能になっちまってるのによ。
いい気になってんじゃねえぞ。
俺らは今、ルビーのためだけに戦ってることを忘れるな」
バーダムのガチガチとしたウロコ鎧の、わずかなすき間から見える胸のあたりに、
白い包帯が巻かれているのが見えた。ガオルはそれを見てせせら笑った。
「……その胸の包帯、警備部員にやられたな。
まったく、オニ飛竜の長が聞いてあきれる。
その程度では、この城の防衛ラインをまかせられないぞ」
ガオルの冷徹な言い草に、バーダムはガラガラのしわがれ声を荒げた。
「うるせえ! フーゴって警備のボスとのガチンコに、妙な横やりが入ったんだよ。
おかげでこのざまだ。本当なら――」
「ふんっ、弱い奴ほどよく吠える」
「この野郎……! 今すぐその首をへし折ってやってもいいんだぞ!」
バーダムが二、三歩ほどずずいっとにじりよった。
ガオルはうろたえるどころか、逆にこちらもバーダムに詰めよると、
眉間や鼻の頭に激しいしわを起こして、怪物のようなうなり声でこう言い返した。
「やれるものならやってみろ。この俺の圧力に耐えられるのならな……!」
ガオルのすさまじい気迫に、バーダムはひどくたじろいでしまった。
竜の世界において、相手の気迫に押しつぶされたほうが格下であるという、
暗黙のルールがあるのだ。
「――しょせん、貴様らは数だけのウスノロだ。
このままだまって俺の言うことだけを聞いているんだな。
例のルビーは、最後の最後までおあずけだ」
ガオルは城の中へと戻っていった。去り際にバーダムに一べつをくれて――。
「気味が悪すぎるぜ……ホントにおめえさんは、どういうやつだよ」
バーダムのうつろな薄ら笑いが闇夜に溶けていった。




