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【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第14章『黒い竜たちの秘密』
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その城にはかつて、人と竜が住んでいたという。


小さな島国を治める王と、王を父のように慕う黒い竜だ。



黒い竜は、王の身辺警護を努めるとともに、王とは家族同然の仲にあった。


背丈は二メートルほどしかなかったが、それでも自分より大きな竜とは


互角以上に渡り合ってきた。


強き竜の頂点に立つために諸国を渡っていた途中、王にその強さを買われたのだ。


旅を続けるのもよかったが、黒い竜は自分の強さを王の役に立てる道を選んだ。



彼らは多くの人と竜の家臣とともに暮らしていた。


島国には、人間と竜がともに暮らしていた。体格や力の差など関係なかった。


大切なのは、互いに愛しあい、尊重しあうことだった。


そうして島は繁栄をきわめ、国は平和であり続けた。



しかし、歯車は突然に狂いだした。


王の家臣の中に、よこしまな思想を持つ人間たちが現れたからだ。


彼らは、人と竜の力の差に恐怖し、


人と竜が一つとなって暮らすことはあってはならないと、ある時王に進言した。


しかし王は聞き入れなかった。そこでその家臣たちは、


いかに竜がおぞましい存在であるかを示すために、


竜から理性を奪う薬物を開発した。匂いを嗅ぐだけで、


竜本来の凶暴性をあらわにさせる薬だ。


それを夜な夜な、短い休養のために城の塔の上で寝ていた、


王の最愛の仲にあった黒い竜にかがせてしまった。



黒い竜は、たちまちわれを忘れて暴れ出し、剛腕と爪、激しい炎をふるって


城を破壊しはじめた。城に使えていた多くの者たちが傷つき、死んでいった。



王も、家族である黒い竜を止めようとして、返り討ちにあい命を落とした。



その島国が興されてから一度も起きたことのない惨劇だった。


われに返った黒い竜は、失意のなか国を追放されてしまった。民は王の死を嘆いた。



そして、人間と竜の間に亀裂が生まれた。



人間と竜の対立は、月日を追うごとに激しくなり、


やがて国内で大きな争いがはじまった。


人間は魔術と兵器を駆使し、竜はその身の能力を駆使して争った。


小さな島国の戦争は、やがて国を越えてあらゆる島々に火の粉を散らし、


スカイランド全体をゆるがす大戦となった――。





「これが、かつて俺が父から聞かされた、しがない昔話のひとつだよ」



目の前にならぶご馳走の皿のむこう側で、ガオルが静かにしめくくった。


彼はボロボロの皮ベストではなく、昔の王族を思わせる黒い侯爵服をまとっていた。


輝く金ボタンに、首元の白いフリル……


竜が王族の格好をしているだけでも滑稽だったが、


赤い爪を生やした魔獣のようなガオルがその姿になると、違和感が半端ではない。


しかも今は、白いナプキンまでつけている。



スカイランドのおとぎ話を聞いたのは、これで二つ目だった。


けれど、何もこんな夕食時に暗い話をしなくてもいいのにと、スズカは思った。



「すまない。何か話の種になるものがほしかっただけなんだ。


ただ、そうだな……こういう場面にふさわしい話ではなかったか。


さあ、気にせずもっと食べてくれ。城の者が時間をかけて作った料理だ。


じっくり味わってほしい」



どうやら、いまだ緊張しているらしい。


ガオルは大きな手で器用にナイフとフォークをあつかいながら、


豪華な肉料理をもくもくと口に運んでいた。


彼の皿や食器は、どれもスズカの皿よりも二回り大きい。


ふたりの距離は二メートルもなかった。



肝心のディナーは豪華なのはいいが、すごい量だった。


天空マグロをオイルとスパイスで和えたやつだの、


虹エビと飛翔ダラのブイヤベースだの、


もこもこ牛の肉をミディアムで焼いた大きいステーキだの……


子どものお腹には少々こたえる量だったので、スズカは三分の一も残してしまった。



ここは、スズカが運ばれてきた城の中だった。


シャンデリアの鈍い光が照らすダイニングルームには、


白いクロスがかかった長方形のテーブルと、クッションの効いたイスが二つ

(ガオルの背もたれにはしっぽを通す細長い穴があった)。


ガオルの背後には石造りのマントルピース。


壁にはところどころヒビが入っていたものの、


その壁にかけられた見事な絵に目がいってしまい、気にもならない。


その絵には、ガオルにそっくりな黒影竜の姿が描かれている。


ガオルよりもいくぶんがっしりとした体躯で、


金銀に輝くウロコの鎧を身につけた姿だ。


見るものの心の中を見透かすような深い目で、こちらをじっと見ている――。



『ねえ、ガオル。さっきのおとぎ話って、もしかして……ぜんぶこの城のこと?


黒い竜というのは、あなたの……』



ガオルがひととおり料理を食べ終わり、


ナプキンで口元をぬぐった頃、スズカはふとたずねてみた。


しかしガオルは何も答えず、ただ弱々しい笑みを返すだけだった。



「キミをわが家に迎える前祝いのつもりだったが……


キミは楽しむどころか、ずっと心が宙づりだったろう。


いきなりこんな晩餐に誘われたのだから。


ああ、わけが分からなくなるのは承知のうえだよ。


だが、なんのもてなしもせず、キミを迎えるわけにはいかないだろう?


――おい、食器をかたづけてくれ。あと、ナイトリキッドを」



ガオルはそばで待機していた三人のメイドにリクエストした。


かしこまったメイドたちはだまって動いた。


ふたりの料理を運んできたのは、その彼女たちだった。



しかも、三人とも人間だった。



おそらくこの城に仕えているのだろうが、みんな美しい顔のわりに、


スズカを見る目がどこか物憂げで、光がなかった。




二人のメイドが空っぽになった皿や食器をあらかた下げると、残る一人のメイドが、


銀のトレーに真っ黒なボトル瓶とグラスを二つのせて戻ってきた。


そのボトル瓶には、夕空のような群青色のラベルに


赤いユニコーンの絵が描かれていた。


メイドは、金のオープナーで手際よく瓶のふたを開けると、


ふたりのグラスの中へ飲み物を注ぎはじめた。


濃厚なブドウ酒に似た、赤黒い液体だった。しかし、匂いは別だ。


三分の一だけ注がれただけで、


リンゴのような、アセロラのような、ブルーベリーのような、


かなり複雑な香りが広がる。まさか、これはお酒?



「安心してくれ、これは酒じゃない」


ガオルがグラスを前にかかげながら言った。



「この世界では、子どもから大人まで幅広く飲まれている――


ありていに言えばジュースだ。


何かめでたい事があった日に、好んで飲まれるんだ。


さあ、食後のシメに、乾杯」



ガオルはその闇のようなナイトリキッドを、


ガパッと開いた口の中へと静かに流しこんでいった。


ああして彼が口を開けるたび、ライオンのような鋭い牙と、


表面のギザギザした舌が見えるのが、とにかくゾッとする。


スズカも、とりあえず一口だけ飲んでみた。


たしかに味は悪くない。


闇の中に多様な果物の味が混ざりあい、まろやかで温もりを感じる飲み物だ。


これがガオルの好みなのか。スズカはわけもなく飲み干していた。



メイドがふたりのグラスを下げてしまうと、


ガオルは両手をからめてテーブルにのせ、スズカを深い目で静かに見つめた。


本当にスズカのことを見ているのか……


何か別のものをのぞき見るような視線だった。



「さて、こんなところになぜ彼女たちのような人間がいるか、気にならないか?」



『……べつに』


スズカは素っ気なく返した。



『そんなことより、ここにはクロワキさんもいらっしゃるんでしょ?


あなたの怖いお友達がさらってきた。違う?』



「ああ、たしかにあいつにも来てもらった。


ただ、悪いがあいつには会わせられない。


彼はキミと話せるような状況ではないんだ」



『まさか、あなたが痛めつけて、牢屋かどこかに閉じこめたんじゃ?』



スズカは不安のあまり、両手をテーブルの上で握りしめた。


ガオルはまたしても質問に答えず、考えるようにうつむいてからこう言った。



「スズカ。キミに聞いてほしい話がある」



『また昔話?』


スズカは少しいら立った。



「まあ、ね。ただこれは、先ほどのような尻切れトンボの惨劇とは違う。


俺たちにとって大事な話だ。


俺が……俺がかつて愛した、ガアナという黒影竜のことだ」



ガオルの瞳が、冷たい悲しみに沈むように細くなった。


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