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フーゴからもたらされた言葉に、
二十三人の子どもたちは次々と落胆の声をもらした。
これほどの災いに見舞われたとあれば、仕方のないことではあったが。
「あのさ、あたしたちコレカラ帰らなきゃダメ?
あと数時間こっちにいられない?」
「ちょっとアカネさん、何言ってるんですか! ムリに決まってるでしょう……」
アカネのわがままに、トキオがすかさず駄目出しをした。
「みんなごめんね。せっかく二日目まで楽しんでもらってたのに」
モニカさんが子どもたちの前に立って、自分も残念だという表情で謝罪した。
「でも、参加者一名がさらわれて、ツアーの企画者も不在、
ターミナルはこんなあり様。ここまで悪い状況が重なってしまったから、
もうツアー続行は不可能に近いの。どうか、分かってね」
ハルトは、怒りのような、絶望のような激しい感覚が全身をかけめぐり、
わなわなとふるえが走った。
スズカを残して地上界へ帰ることなど、できるわけがなかった。
「ぼく、まだ帰りません」
ハルトは両手を固く握りしめながら言った。
「フーゴさん、お願いがあるんです。
ぼくを、ガオルのところに連れていってください。
スズカちゃんを助けたいんです!」
みんなの驚く声が、破裂した爆弾のように病院前広場をゆるがした。
二十二人の子どもたちも、オハコビ隊員たちも、もれなく目玉を皿にしていた。
「いやいやいやいや!」
ケントが激しく目の前を手で払いながらツッコミを入れた。
「お前さー、いくらなんでもそりゃムリだって!
あんなチョー危険なガオルのところに、
わざわざ俺らみたいな子どもを連れてくバーローがいるか?」
「ハルトくん、ぼくたちはもうここにいるべきじゃないと思う。
何にもできないぼくたちじゃ、フレッドたちの足手まといでしかないよ。
分かるだろ?」
タスクも、めずらしくあわてた表情をしてそう言った。
「もちろんだよ! この期におよんでまた無茶なわがままを言うなんて、
自分でもどうかしてるって思うよ。だけど……」
穴があったら入りたい。
ハルトは、ひどく情けない気持ちに目の奥を熱くした。
「たとえ何かができるってわけじゃなくても、ぼくはあの子のところへ行きたい。
だってあの子……最後に、ぼくにむかって助けてって言ったんだ。
なのに、背中をむけてサヨナラなんて……。
ぼくの父さんも、昔言ってた。助けをもとめられたら、背をむけちゃダメだって。
ぼく、スズカちゃんとしっかり仲よくなりたい!
これから先、スズカちゃんのために、できることはなんだってしてあげたい!
だから、ひっく……なん、言われ、たって、帰りませ……ひっく。
ぼくの、まっすぐ、の、気持ち、す……
この、気持ち……ひっく、嘘は、つけ、ませ、ん……!」
ハルトはがっくりとひざをつき、顔じゅうをぐちゃぐちゃにして泣いていた。
まわりの参加者たちは、この光景に言葉もなく、
ただ彼を心配するように周囲を取りかこんだ。
こうして泣くたびに、昔失くした犬のぬいぐるみを思い出す。
父が四歳の誕生日にプレゼントしてくれた、大好きなぬいぐるみだった。
どこへ行くにもいっしょだった。
失くしたのは群馬のキャンプ場で、
帰る時にはいつの間にか手元からいなくなっていた。
どこに置き去りにしたのかも、だれかに盗まれたのかも分からなかった……
今となっては笑い話だが。
涙に暮れるハルトのもとへ、フラップがゆっくりと飛んできた。
「ハルトくん。その言葉、本気なんです?」
ハルトはフラップの顔を見上げた。
フラップはハルトの前にしゃがみこむと、真剣そのものだった。
しかし、怒っているわけではなく、その声はとてもおだやかだった。
「ぼく、言いましたよね。
オハコビ隊はだれかひとりを特別あつかいできないよって。
ぼくたちは、キミを死なせるわけにいかない。だけど……
キミが本気でスズカさんのもとへ行きたいなら、
その願いを叶えてあげることも、やぶさかではないんです。
オハコビ隊員にとって、お客様の望む場所へ運ぶことも、その命を守ることも、
同じくらい大切なことですから。ね、みんな?」
フラップの静かな言葉に、フリッタやフレッドたちもみんなうなずいた。
「うむ……しかし、今のわれわれにはその権限がありません」
フーゴがフラップのそばから言った。
「厳しいことを言いますが、あなたお一人の願いのためだけに、
われわれは動くことができないのです。したがって――」
「んんんだあぁぁぁあああ!!」
突然、ケントが頭をかきむしりながらわめいた。
「じれってえなー! もう分かった、だったら俺も行くし!
スズカちゃんとこへ連れてってくれよ! フリッタたちには悪いけどさ!」
ケントは、親指で自分を指しながら、どんと構えてそう言ったのだ。
「ぼくもああは言ったけど」
タスクがため息をつきつつも、意を決したように言った。
「やっぱりいい男子として、スズカさんを迎えに行きたい気持ちには勝てないな」
「なら、あたしも行く!
このまま帰るなんてさ、同じ班の一員として認めらんない!」
「ですよね。一人がダメなら、みんなでお願いすればいいだけなんです!」
アカネとトキオも続いた。
波乱が波乱を生むように、人の勇気は驚くほど伝染する。
東京の四人組の雄弁に、他の子どもたちも心を突き動かされたのか、
四人に続いて次々と賛同しはじめた。
「あたしもいく!」
「俺も俺もー!」
「いっしょに行かせて!」
「ここで帰るって選択肢だけはないからねー!」
ひざをついたままのハルトの前を、
子どもたちがフーゴにむかってデモ隊のように突撃していく。
もはや手もつけられない勢いだった。
押しよせる子どもたちの熱気に、さしものフーゴもうめいてたじろいだ。
しかし、フラップたち十二頭は、長いしっぽや翼をうごめかしながら、
とても嬉しそうにしていた。この光景をはなから期待していたかのように。
「み、みなさん、落ちついてください。どうか、落ちついて――」
フーゴが対応に迷っていた時だった。
彼のかぶるヘルメットから、ピピピッ、という着信音が鳴った。
フーゴはヘルメットの右側面を指で押して応答した。
「こ、こちらフーゴ! ただいま、立てこんでおりまして。
…………なっ!?」
突然、フーゴが素っとん狂な顔をして固まった。
すると、大騒ぎしていた二十二人の子どもたちもピタリと静まり返った。
「……はい。……はい。……ええ、病院前にて。
……はい。……えっ! よろしいのですか? しかしそれでは――。
んなっ! 《アレ》の使用を? この子たちのためだけに!?」
フーゴと通信相手のやり取りは、しばらく続いた。
子どもたちも、フラップたちも、そのやり取りを緊張しながらじっと見守っていた。
やがて通信は終わり、フーゴがこれまでよりもいっそう引きしまった態度で言った。
「皆さん。ただいま、フラクタール最高責任官より、
われわれ一同にむけて緊急指令が下りました。
フラクタールは、われらがオハコビ隊の頂点に立つお方……。
指令の内容とは、『新たなるツアープログラム』。
すなわち、皆さんをガオルの待ち受ける居城へと、
過去最高レベルの安全体制をもってお連れすることです!」
「じゃあ……」
ハルトは涙をぐいっと腕でぬぐい、すっくと立ちあがった。
「ぼくたち、スズカちゃんのところへ行けるんだね!」
「ええ。わたしにも、突然のことで何がなんだかさっぱりですが、
ともかくわれわれは、『スズカ様救出作戦』と並行して、
皆さまを、竜の戦場ツアーへお連れすることになりました。
よろしいですか。皆さんは、あくまでもエッグポッドの中で守られるだけ。
戦いが終わるまで、けっして外にお出しすることはできませんが、
フラップ率いる《虹色の翼》の特殊部隊が、
かならずやスズカ様を救出することでしょう。
皆さんには、その一部始終をご覧いただきます」
どんでん返し。子どもたちは、割れんばかりの大歓声を上げた。
これにはオハコビ竜たちも、モニカさんも、臆面もなく大騒ぎした。
オハコビ竜たちは、一頭、また一頭と担当する子どもたちと抱きあい、
喜びを分かちあった。
「よかったね、ハルトくん! 最高責任官からの特別措置が出ましたよう!」
ハルトは、フラップと力のかぎり抱きあった。
嬉し涙で視界がすっかりにじんでいた。
「フ、フラクタールさんって、どんな人物なの、フラップ?」
「あの方は、ホント……偉大なオハコビ竜なんですよ。
まるで神さまのように、いつでもぼくたちを見守ってらっしゃるんです。
ぼくたちのあこがれの的! きっと、そうですね……
そのうちハルトくんたちの前にも、姿を見せられると思いますよ。
何しろ、ハルトくんたちの思いをくみ取ってくださったんですから!」
オハコビ隊トップからの、思いもよらぬ鶴の一声。
ハルトは、そんな大物がこのツアーをどれほど気にかけているのか
知るよしもなかったが、今はなんでもよかった。
おかげでスズカのところへ行ける。
しかも、ツアー中止をまぬがれたのだ。




