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「……ごめんなさい」
結局ハルトは、ただ頭を下げるしかなかった。他に思いつくこともできない。
「ぼくがフロルに無理をさせたんです。
ぼくがついていくとさえ言わなければ、フロルはもっと早くガオルに追いついて、
動きを食い止めることだってできたはずなのに……」
モニカさんはしばし黙っていた。
フラップは、やや#憐憫__れんびん__#の目でハルトを見つめていた。
まわりの子どもたちは、ただ固唾をのんでハルトを見守っている。
やがて、モニカさんは、ふう……、とため息をついて、こう言った。
「いずれにしたって、フロルちゃんでは歯が立たなかったと思うわ。
それに、あなたがあの子についていこうとしたのは、
たぶん……男の子だからなんだよね」
「えっ?」
ハルトは目を丸くした。
「ぼくだって」
フラップが言及する。
「好きな子が命の危険にさらされていたら、
危険をかえりみないで駆けつけますもの。
しょうがないと言えば、しょうがないです。
まあ、ぼくの場合は、オニ飛竜のせいで足止めを食っていたから、
それすらも叶いませんでしたけど。ああ、フロル……
まだ戦闘訓練生なのに、ガオルに立ちむかったなんて……」
口惜しそうに右手を握りしめるフラップが、見ていて気の毒だった。
オハコビ竜は、本当に人間みたいな竜だ。
泣くこともあるかと思えば、こんなしぐさをすることもあるとは。
「ちょっと待って。足止めぇ?」
ケントが反応した。
「なんであいつらが、わざわざフラップを足止めしなきゃなんないワケ?
わざわざあそこまでサーキットの騒ぎをデカくしてさ」
「これはあくまでわたしの推理なんだけどね」
モニカさんが答えた。
「もしガオルが、オニ飛竜と結託しているとすれば、
ガオルはきっと、フラップくんたちエキスパート隊員を恐れているんだよ。
強力な戦闘部隊でもあるから」
「なかでも、その……たぶんですけど……ぼくのことを」
フラップは、だいぶ言いにくそうな態度でそう言った。
「なんでまたぁー?」
「ぼくは、その……強いですから。
こんなぽわっとした顔ですけど、怒ると、なんていうか……
恥ずかしくなっちゃうほど、強くなりますから。
それにぼくが、スズカさんの本来の担当員だと知っているなら、
なおさら遠ざけるはずです。サーキット全体を襲って、
ぼくたちを奔走させたのは、おそらくそれを隠すため、かと……」
「ほー、お?」
ケントは納得したような、まだしていないような顔をした。
ハルトも分からなかった。
ガオルがだれからフラップの強さを聞き、
そしてオニ飛竜を使って遠ざけようとしたのかが。
フラップと十一頭の仲間たちが、いったい何者なのかが。
「それはそれとして、モニカさん?」タスクがふと聞いた。
「サポートタワーに入れるのは、
オハコビ隊員だけだってフレッドから聞きましたけど、
ハルトくんをタワーに連れて行こうとしたのは本当ですか?」
「まあね。ターミナルに重大な緊急事態が起きた時には、
あなたたちも無条件でタワーに入れることになってるの。
参加者の安全確保のためにね。わたしはとっさに、その制度にしたがおうとした。
なのに、まさかターミナルまで襲われることになるなんて。
そのうえ、ガオルがタワーの防護シールドを突破してくるとか……」
モニカさんの言葉を受けて、ハルトは今頃になってはっとした。
「そういえば、オニ飛竜たちは? あいつらはまだターミナルにいるの?」
ハルトが急きこむように聞くと、フラップが答えた。
「いいえ、彼らはもうここにはいません、一頭も。
警備部のお話によると、ガオルがタワーから飛び立ったのと同じタイミングに、
彼らがいっせいに撤収を開始したそうです。
ぼくたちがここに戻ってこれたのも、サーキットにいたオニ飛竜たちが、
ちょうど同時刻に逃げ帰ったからなんです。
今はどこもかしこも、ターミナルの復旧作業で大忙しですよ」
「じゃあスズカちゃんも、見つかっていないんだね……」
ハルトも悔しさで胸がいっぱいだった。
いや、最初からこうなることは分かっていたはずだ。
何もできないくせにガオルのもとへむかい、スズカを守ろうとした。
(ぼくは馬鹿だ。馬鹿で、いやになるほど、まぬけじゃないか)
「ぼくがそばにいれば……」
フラップが悔しそうに首をふりながら言った。
「スズカさんがさらわれずに済んだかもしれない。
ぼくならガオルと戦うことができた。
ガオル……絶対に許しません。
ぼくが担当するお客様は、ぼくの手で必ず助けてみせますよ。
ーーみなさん。此度のトラブルを想定できず、
このような危険なツアーになってしまったことを、どうかお許しください……」
「まあ、フラップが謝りたくなるのも分かるけどさ」
と、アカネが言った。
「危険がないとも限らないって、
最初にフラップたちが言ってたじゃない。
みんな覚悟のうえで、このツアーに参加したんだから」
「それは、そうでしょうけども……」
重苦しい空気がよどんでいる。参加者のだれ一人、笑いも怒りもしない。
それもこれも、スズカがいないせいだ。
あの恐ろしいガオルが、スズカをさらっていったせいだ。
ピピピッ。
モニカさんから着信音がした。
モニカさんは、胸のピンクのネクタイの四角い結び目を指で押した。
「はい、こちらモニカです」
どうやら彼女のネクタイには、通信機能が備わっているようだ。
『――こちら、フーゴです。現在、病院の正面に来ております。
フラップと子どもたちをつれて、下りてきてください。
重大な連絡事項がありますので』
「了解いたしました! ただちにそちらにむかいます。
――みんな、わたしについてきて。警備部のフーゴ総括がよんでるの」
「もしかして、例の『スズカ様救出作戦』に関わることかも……」
フラップの推察に、ハルトは胸が高鳴った。
「えっ、救出?
警備部のみんなが、スズカちゃんを助けに行くの? 場所は分かるの?」
ハルトが質問攻めをするので、モニカさんがそれをなだめた。
「落ちついて、ハルトくん。
対策本部が、あれからいろいろと情報を解析してくれたみたいなの。
ガオルの住処と思しき場所も特定できた。
それに、『黒影竜』が何者なのかも、ね」
この時を待っていた。ハルトは、ためらうことなくモニカさんに言った。
「じゃあ、ぼくも連れてって。
この通りピンピンしてるから、もう動き回れるし。
それに、フーゴさんにお願いしたいことがあるんだ」




