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「緊急搬送用の飛行服が役に立った。おかげでここまで無事に運べただろう」
「エッグポッドなど、俺の性に合わないからな」
「キミがフライトスーツを毛嫌いしなければ、もっと楽に運べたものを」
「分かっているな? お前は『アレ』の調整をすませておくんだ」
「心配しなくても順調に進んでいる。あと一時間あれば最終チェックが済むだろう」
スズカの耳に、遠くのほうからだれかが会話する声が聞こえてきた。
けれど、何を話していたかははっきりと聞き取れなかった。
だれとだれが話をしているのかも。
スズカは深い水底から浮かび上がるように、闇の中から目覚めた。
ゆっくりとまぶたを開くと、そこは天蓋つきのベッドの上だった。
温かな毛布をかけられて寝かされている。
(ここ、どこ?)
まだ頭がぼうっとする。スズカは上半身をゆっくりと起こして、
ベッドの上からあたりを確認してみた。石造りの壁にあちこち亀裂が入っている。
どこか古びた建物の一室らしい。
ちらちらと自信なくゆらめくシャンデリアの灯り。
壁際にならぶ本棚や古風のアーチ窓。床には真っ赤なビロードの絨毯……。
(ヨーロッパの古いお城みたい)
今度は自分の姿を確認してみた。真っ白な厚手のワンピースを着せられている。
しかも襟には銀のレースつきだ。どこかのお屋敷のお嬢様のような格好だ。
なぜこんなところにいるのだろう。
たしか、サポートタワーでガオルと遭遇して、
食べられずに済んだと思ったら、妙な息で眠らされてしまい……。
(そうだ! ハルトくんとフロルは!?)
居ても立ってもいられず、スズカは急かされるようにベッドから降りた。
すると、ベッドのすぐそばに、
この部屋の内装とは明らかに異なる物体を見つけた。
青く光る雫の形をした、宙にふわふわと浮かぶ機械だ。
その機械の通気口から、温かく乾いた空気が流れてくる。
なんとなく懐かしい、爽やかな夏の夜を思わせるような――。
「目が覚めたね」
だれかが部屋のドアを開けて入るなり、そう言った。
ガオルだ。彼は仮面をはずして素顔をさらしたままだった。
両手にはめていたウロコの籠手も、今はすっかり外している。
「それは、『適応ゾーン発生器』というそうだ。
オハコビ隊のエンジニア部が開発したものだよ。
小さな範囲に、地上人が適応できる空間を作ってくれる。
それがないと、キミはこの城にはいられない。
発生器から五メートル以上離れると、たちまち極寒にさらされてしまうし、
酸欠を患う恐れもある。でも、そいつはみずから移動できるんだ。
キミを追ってどこへでもついてくるから、ゾーンからはずれる心配はまずない」
ガオルの表情はどこか固かった。
まるで自分の家に初めてカノジョを迎えた男のように、
オハコビ竜の顔に緊張を浮かべている。
(やっぱりあの人たち、あなたの仲間だったんだ)
スズカは心の声でそう答えた……が、ガオルには聞こえていないようだった。
「ここは汚い城だが、俺の住み家なんだ……
俺と話をしたいなら、そこにデバイスを置いてあるよ」
ガオルが右の人さし指で示した先に、古風な木造コンソールがあった。
その上には、クロワキ氏が貸してくれたテレパシー・デバイスが置いてある。
スズカはガオルにたいしてけげんな眼差しをむけながら、
デバイスを手に取って頭に装着した。
もうすっかりなじんだものだった。
今では自分の体の一部になりつつある気がする。
『教えて。ハルトくんとフロルをどうしたの?』
「……あのメスのオハコビ竜と、そばにいた地上人の少年か。
少年のことなら安心してくれ。危害は加えていない。
黒い息で気を失わせてしまったがね。
しかし、オハコビ竜のほうは……
二度と俺を追いかけてこれないようにしてやった。そうするしかなかったんだ」
『なんてことを!』
スズカは心の声で怒鳴った。やりきれなくて、目の奥が急に熱くなった。
『もうはっきりしてよ! あなたはわたしをどうしたいというの?』
食べるでもなく、ただ八つ裂きにするでもなく、
大事な宝物のようにスズカをわが家に迎え入れたガオル。
殺されないに越したことはないが、それでもまだ気味が悪かった。
「それを伝えたくてここに来たんだ」
ガオルはスズカのところへ歩みよった。
スズカは暗い窓辺にむかって二歩ほど後ずさりした。
ガオルは、人一人分の間を開けてその場に深々とひざまづいた。
「スズカ……どうか、俺の『家族』になってくれ」
聞き間違いならどんなに楽だったか。それとも夢を見せられているのか。
神妙な顔で見つめてくるガオルに、
スズカの心は意味も分からずぐらつき、動揺を隠せなかった。
美空スズカ、小学五年生。異世界にて。
十一歳の幼さで初のプロポーズを受けた。




