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【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第12章『迎えにきたよ』
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何が起きたのか。どうしてスズカはまだ生きているのか。


なぜスズカは、あんなに危険だったガオルの胸に抱かれてなぞいるのか。


しかも、悠然と空中に浮かびながら。



静寂が満ちる舞台の上で、スズカはガオルの堅固で温かな両腕に包まれながら、


しばし胸の中で固まっていた。



ハクリュウ島では感じる余裕もなかった感覚が、今ここで一度に押しよせてくる。


彼の体からただようのは、ただの体臭ではなく、


いろんな意味を持つ複雑なにおいだった。


近所で飼われている柴犬の体のようなにおいや、


干し草みたいなかぐわしいにおいに、廃墟のような埃臭いにおい。


わずかだが煙のような焦げ臭ささもある。


頬にふれるのは、ガオルが来ている皮ベストのボロボロとした質感。


スズカの腕や首筋にチクチクと刺さるのは、


老いた犬の毛のように硬くて黒い豊かな体毛だった。



「……やっと願いが叶う」



スズカを抱きしめたまま、


凍てつくような声にかすかな喜びをにじませて、ガオルはそっとささやいた。


彼の生温かい吐息が、スズカの首筋にもただよってくる。



「キミに会いたかった。俺の心の穴を埋めてくれるのは、キミしかいない」



自分は死なないのか。


次に彼に会う時は、確実に食い殺されると思っていたのに。



『……わたしのこと、食べないの?』



どうやら頭の思考が返ってきたようだ。


恐怖と絶望がゆるやかに潮を引いていくとともに、


スズカの体と心にわずかだが余裕が生まれたのだ。



「食べる? なぜ俺がキミを食べなくてはならない?」



ガオルは、スズカの肩を両手で包んで自分の胸から離すと、


仮面の裏からまっすぐにスズカの目を見すえながら答えた。



「聞いてくれ。キミは、俺の『希望』なんだ。


だからキミも、俺のことを人生の希望だと思っていてほしい。


その証拠に見せよう……俺の素顔だ」



ガオルは、右手の指で仮面の右側面を軽く押した。


すると、その悪魔の仮面が赤く焼け焦げるように消え去り、


その裏に隠されていた彼の素顔が明らかになった。



オハコビ竜の顔が、そこにあった。犬の耳に犬の鼻。


広葉のように大きな瞳に、琥珀色の深みがかった虹彩と黒い瞳孔。


もしもフラップが、生き残りをかけた厳しい世界で生きてきたなら、


こうなるだろうという精悍な犬の顔が目の前にあった。



ガオルは、どことなく悲しげな表情でスズカを見下ろしていた。



『……あなた、何者なの? 願いってなんのこと?』



「それはね……」



プシュウウ!



講堂の上から、ドアの開く音がした。


そのむこうから、一頭の桃色のオハコビ竜と、一人の少年が入ってきた。


彼はスズカと同じツアー参加者の服を着ている。



「ガオル!!」



少年は階段の上から、ひどく驚いた調子で名をよんだ。


少年の目に映ったのは、


スズカが空中で今にも食べられそうになっている瞬間だった。



「やめろ、ガオル! やめろって!」



少年はオハコビ竜の手におさえられながらも、


今すぐにスズカのもとに駆けつけようともがいていた。


ひどく切羽詰まった表情が見て取れる。



「スズカ、話はあとにしよう」



ガオルはスズカの耳元で小さくつぶやくと、


彼女の顔にむかって桃色の吐息を短く吹きかけた。


その甘やかな吐息を吸ったとたん、スズカは急激な睡魔に襲われた。


全身が鉛のように重たくなりはじめ、ガオルの顔が霧のようにぼやけていく。


黒く太い両腕が体を包み、頬が胸に押しつけられるのを感じる。



いいか! お前たちに俺は止められない。


ここへ来たのはとんだ無駄足だと知れ!



レトロフィルムのように曇ったガオルの声……


スズカは睡魔と戦いながら、ここへ駆けつけてくれた少年にむけて、


おそらく届かないかもしれない言葉を、意識のかぎりに伝えた。



『ハルトくん……助けて……』



すると上のほうから、桃色のオハコビ竜がガオル目がけて飛びかかってきた。


溶けてなくなりそうな意識の最中、そのオハコビ竜が両手を突き出し、


ガオルがそれを片腕で受け止めるのをスズカは感じた。



あ、あなたが何者だとしても、スズカちゃんは連れて行かせない!



や、やめろ……お前、俺と戦うつもりなのか!



この声、この体の毛の色――


ああ、これはフロルだ。ふたりで助けに来てくれた。



でも、もう何もかもはっきりしない。


ガオルが身を激しくよじりって、フロルを階段の上のほうへ


思いきり投げ飛ばしたのも……ステージを蹴って飛び上がり、


そのままハルトたちにむかって黒い煙をどっと吐き出したのも。


スズカの視界が急に真っ暗になり、焦げ臭いにおいが鼻孔を刺激する。


スズカの意識は、そこで完全に闇に落ちた。





――風と雷の音。全身を包む日の光のような温もり。



一度だけ意識を取りもどした時、


スズカはあおむけになって空をただよっている気がした。


意識がもうろうとする。そこが本当に空の上なのか、


または果てしない闇の中なのかははっきりしなかった。


なんだかアイマスクにおおわれているような……


まわりの音も、まるでガラス窓にはばまれたように曇っている。



胸から両脚まで、一直線の棒のように固定されていた。


それと口と鼻をおおっている、このドーナツのようなやわらかい物体はなんだろう。


清々しい空気がのどの奥に染み入るのを感じる。


背中をしっかりと抱きかかえている二本の太い何か。これは動物の腕だろうか。


母親のように両手で肩やわき腹を叩いてくる。何度も、優しく。



もうすぐ着くよ。それまであと少しの辛抱だ。



頭のすぐ上で、ガオルと思しき声が聞こえた。


ということは、自分は今、ガオルに抱かれて飛んでいるのか。


でも、居心地はそんなに悪くない。


どこへ連れていかれるかは見当もつかないが、どうやら疲れがたまっていたようだ。



スズカはまぶたがまた鉛のように重たくなって、


再び眠りに落ちていくしかなかった。


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