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【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第12章『迎えにきたよ』
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そこは、講堂のような広い部屋だった。


段々になった足場のそれぞれの段には、


丸い青色のポイントマークが大量に描かれている。


もしやすべて、フローターが停まるスペースなのか。


ここには一台もフローターがないから分かりようがない。



階段を下った先には、真っ白な板張りの演説台がポツンとあった。


スズカ以外に人の姿はない。


部屋の一番上に入ってきたスズカの足音が、


席一つないがらんとした空間にさびしく反響していた。



『――ドアを、ロックいたします』



背後のドアから声がした。


ドアは再びスチームのような音を立ててぴたりと閉まり、


部屋にはスズカただ一人が残された。


誘われるまま入ってしまったが、こんなところに入ってよかったのだろうか。


クロワキ氏は、スズカがこの部屋に入ってくれることを見越して、


あんな閃光弾を使ったのだろうか。



(涙……ダメ、止まらない。わたし、ホントに泣き虫……)



体調不良でぐったりしていたところへ、


恐怖と喪失感が入りまじり、息も絶え絶えだった。



(あの演説台の裏に隠れていよう。どうせ何もできないから……)



スズカは服の袖で涙をぬぐいながら、下のステージへとぼとぼと降りていった。


演説台のそばに上がると、スズカは上のほうから陰になっている台の裏に、


台を背にしてゆっくりと体育座りした。


演説台にいろいろな機器が搭載されているのにも気づかなかった。



吐き気を感じていたし、心細くもあった。


あの怖いヒトたちは自分を探しているだろうか。


クロワキ氏はどうなったのだろう。


じっとしていたら、急に寒気がやってきた。ツアー一日目に着せてもらった、


あの島探索用の温かいスーツがなぜか恋しくなった。


最初に出発したキャンプ場を思い出すだけでも、とても胸が懐かしくなる――。



プシュウウ……。


ドアの開く音がした。


隔離システムが働いているなら、タワーのヒトが逃げ場を求めて入ってきたのか?


ドアが再び閉まり、一瞬の静寂がすぎた直後だった。



スズカ……。



物静かな声がした。どこかで聞き覚えのある、低く重たく満ちたような声だ。



スズカ……。迎えにきたよ……。



講堂の入り口から聞こえてくる。


スズカは、心臓が張り裂けそうになりながらじっと身をひそめ、


ただ静かに耳をそばだてた。



怖がらなくていい……。そこから出ておいで……。



気配は段々と近づいてくる。


のし、のし、のし……、と階段をゆっくりふみしめながら。


演説台の後ろから顔だけを出して見てみても、だれの姿もない。


しかし、何者かの気配は確実にある……下りてくる……舞台にむかって着実に。


冷たくも優しい声でよびかけてくるのが、余計に恐ろしかった。


声の主には心当たりがある。それが心に浮かんだ者でなければどんなにいいか。



「……だ、れ? そこ、に、いる、のは、だれ、な、の?」



スズカは自分の口からおそるおそる聞いた。頭の思考が止まっていたせいだ。



……ああ、やはりそのしゃべり方。


懐かしい『彼女』とまったく同じだ。



姿の見えない声の主が、うっとりした調子でそう言った。


とうとうスズカはパニックになり、演説台から身を離すと、


尻もちをついたまま舞台の壁の前へと後ずさりしていった。



「い、や。いや、いや!」



……すまない。姿が見えないほうがキミのためだと思っていた。


しかし、逆効果だったね……今、姿を現すよ……。



声の主の足音が、舞台のすぐ下で停止した。


そこから、ゴロゴロとのどを鳴らして息を吸いこむ音が聞こえてくる。


そして、スズカが三メートル先に目にしたもの……


透明と化していた何者かの巨体が、


陽炎の最中から浮かび上がるように姿を見せはじめ、


ものの数秒後には、黒々とした実体のある生物になっていた。


まるで暗闇そのものが生を吹きこまれ、一塊により集まり、


黒い毛におおわれた肉体となったような存在。


漆黒の怪鳥の翼と、青い炎のようなたてがみを生やし、


覇王のごとき風格を身につけた者。



『ガオル―――』



スズカは舞台の上で石になった。やはり悪い予感は的中したのだ。


夢であってほしい。のどがカラカラだ。


絶望感が冷水のように背中をはい上がってきた。



「スズカ……またキミに会えて嬉しいよ」



オオカミのように突き出た口が、魔性じみた黒い仮面の下から静かに言った。


黒い房のついた長いしっぽが、猫のそれのようにたおやかにゆれている。



「ドアロックがかかっていたのに、なぜここへ入ってこれたか、


と聞きたいだろう? 簡単なことだよ。


あのドアははなから隔離システムの役目を果たしていない。


故障している。ただそれだけのこと――」



「た、た、食べ、な、いで」



スズカはかすむような声から、かろうじてそれだけを口にした。


ガオルがどれほど不可解なことを口に出しても、


スズカの頭はもう何も機能しなくなっていた。



「大丈夫だ。もう昨日のように、爪に物を言わせたりはしない。


だが、今の俺には時間がない。


地上人の子スズカ……頼む、俺とひとつになってくれ」



ガオルは両手をゆっくりと、宙に翻る羽衣のように広げて言った。



「……さあ、この胸の中においで。俺が孤独なキミを導いてあげよう……


今までにないまったく新しい世界に。


もう地上界に帰る必要はないよ」



突然のことだった。


スズカの体が見せない手によって持ち上げられ、足が勝手に床を離れた。


全身が勝手に演説台の真上へと浮かび上がっていく。


金縛りにされたのか。痛みはないが、自由がきかない。


ガオルの秘術の力に間違いなかった。



「い、や……!」



次の瞬間、ガオルが床を蹴って舞台の上に飛んできた。


同時に、スズカの体もガオルのほうへ吸いよせられていく。


闇が……死がやってくる。そして自分は、みずから死へ飛びこもうとしている。


もうおしまいだ。スズカは気絶しかけた―――しかし。








ガオルは、スズカを優しく抱き止めた。








時が止まったかのようだった。


ガオルの跳躍で逆巻いた風が、スズカの茶色い髪をゆらした。


ふたりの体の触れあう音が、何もない講堂に広がって消えていく。


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