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「な、なんですかキミたち……
こんなところに来いとは命令していないでしょう?
それとも、あれですか? な、何かのサプライズです?」
今の今まで余裕をこいていたクロワキ氏が、
急に冷静さを欠いているようにスズカには見えた。
彼の笑った口がかすかに引きつっている。
十人のジャケット集団のうちのひとり、
オールバックの大男がずいっと進み出て、こう言った。
「ええ、まあ……サプライズといえばサプライズですねえ」
「あのねえ、ビケットくん――」
「われわれはいろいろと『真実』を携えてやってきたわけですから」
「え、なんですか、真実?」
「クロワキさん、失礼を承知で申し上げます。
われわれは、あなたがたを迎えに上がったのです」
このビケットという人。
なんだかクロワキ氏にそっくりな、ひょうひょうとしたしゃべり方だ。
エンジニア部のヒトは上司に似るものなのか。
でも、この人の口調はまるで、
上司をなめまわすような感じがする……スズカはそんなふうに思っていた。
「ほほう、それはそれは」
クロワキ氏はいぶかしげにこたえた。
「迎えをよんだおぼえはありませんね。
キミたち、この非常時に悪ノリするのも大概になさい。
わたしたちはここにいれば安全なんですよ?
もっとも、どこもかしこも戦場と化したこのターミナルの中、
キミたちがいかにしてここにたどり着き、そして、
わたしたちをどう連れ出すつもりなのかは、分かりかねますがねえ」
クロワキ氏は少し挑戦的な物腰で構えながら、
自分のサングラスの位置を右手で整えていた。
すると部下たちは、いっせいにふふふ……、と薄気味の悪い笑い声を上げた。
「悪ノリとはまた、手厳しい一言ですねえ」
ビケットが、上司にむかって再びしゃべりだす。
「たしかに、フローターもリフターも緊急事態で稼働停止……
エッグポッドを装着したフライターたちは全員、
ターミナル利用客の避難対応に追われていて、ここまで駆けつけられない。
避難の必要がないタワー内の人間を運びに来るなど、無駄なこと……」
「では、キミたちはどうやってここに来たんです?」
ビケットは両腕を軽く広げてみせると、
よくぞ聞いてくれたとばかりに白々しい大声でこう答えた。
「われわれはですね! ガオル様と、オニ飛竜たちに加担する集団!
なので! われわれが彼らの攻撃対象にされることは、ないんですよ!」
いきなりの大暴露だ。スズカは、頭を石で殴りつけられた気分だった。
「おかげさまで、ここまで何の障害もなくたどり着けましたよぉ。
エンジニア部には、非常事態でもしっかり動く飛行艇もあったので、
何機か拝借させてもらいましたしねえ」
クロワキ氏は、ことさら深刻そうな声で追及した。
「ちょっとちょっと……今、ガオル様とオニ飛竜って言いましたよねえ?
それどういう意味ですか! まさか、ここに攻めてきたオニ飛竜の大軍団は、
ガオルと関係しているってことですか!?」
「その通り!」
男性の不敵な笑みが、その怪しい顔をさらに引き立てた。
「オニ飛竜たちは、もはやガオル様の手足!
あの方は、強力な魔石を取引材料にし、
あの冷徹野蛮なオニ飛竜たちを、見事に従えたんですよね。
さて、クロワキさん。われわれはガオル様からある命令を受けていまして……
あなた方二名を拉致し、城へお連れしろってことで!」
男性は、懐から黒い銃らしき物体を取りだし、
その銃口をクロワキ氏の顔にまっすぐむけた。
子どもむけのレーザー銃のおもちゃに見えたが、明らかに造形がしっかりしている。
「あー、なるほど……」
クロワキ氏も、これは参ったというふうに両手を腰にそえた。
「つまり、オニ飛竜たちはこのためのオトリだったということですか。
タワー内の警備部員が、ターミナル防衛に加勢すれば、
タワー内部の警備は手薄になり、キミたちスパイも動きやすくなると。
んーまあ、この子をさらう理由は分かりますよ。
ガオルがほしい子だからですよね。
では、わたしをさらう理由はいったい何なんですか?
あいつには必要ないでしょう、こんな中年おじさんなんて」
「何をおっしゃいますやら。あなたなら身に覚えがおありでしょう?
ガオル様は、オハコビ隊から優秀なマスターエンジニアをご所望なんです。
何しろ、大変高度なマシンをお作りのようなので」
ピケットの返答に、クロワキ氏は残念そうに首をふった。
「はいはい、分かりました。もうこれ以上は追及しませんよ。
わたしとしたことが、キミたちの裏の顔に気づけなかったとは……
これは大失態だ。マスターエンジニア失格だなあ」
「今さらお悔やみなさっても、ねえ? ぜんぶ手遅れですから」
はははは……! 十人集団が、底意地の悪い笑い声を立てた。
スズカの頭はパンク寸前だった。状況を整理するので精一杯だった。
いきなり現れた集団が、いきなり自分たちの正体を明かして、
いきなり銃を突きつけるなんて。
しかも、襲撃して来たというオニ飛竜たちが、まさかのガオルの仲間?
(そのうえガオルは、ずっと前からオハコビ隊に近づいていて、
今日のためにスパイまで用意していたの?
わたしとクロワキさんをつかまえるためだけに? ありえない!)
「ほほお、スズカ様。あなたの心の声はなかなかのご意見番ですね」
ビケットがスズカにむかって言った。
「将来、素晴らしい頭脳派になれるでしょう。
その時はぜひ、われわれエンジニア部にお迎えしたいところ――」
『いや! いやっ!』
スズカは必死に頭をふった。オハコビ隊員になることではなく、
こんな不気味な人に頭のよさをほめられたことが嫌だった。
「スズカさん、逃げなさい」
クロワキ氏が、ふいに決意を固めたように言った。
「この人たちはわたしが食い止めます。
だからキミは、スキをついて、死にもの狂いで逃げなさい。
でないと、ガオルのところに連れていかれて、何をされるか分かりません」
『そんなこと! そんなこと……』
「スズカさん、こんなひどいツアーになってしまったのも、
すべては、プロジェクト主任であるわたしの過ちです。
許してほしいとは言いません。
でも、もしもよければ、二人でまた会いましょうね……それっ、目を閉じて!」
クロワキ氏が、懐から丸い小型爆弾のようなものを取りだし、
それを床にむかって思いきり投げつけた。
そのとたん、あたりをまばゆい閃光が包みこんだ。
十人集団は、不意をつかれたように叫び声を上げていたが、
スズカはギリギリで目を閉じていた。
「さあ、逃げて!」
クロワキ氏がぴしゃりと叫んだ。
スズカは弾にはじかれたように、だれもいない横への通路へ走り出した。
目から熱いものがいくつもこぼれる。
大好きな人が遠くへ行ってしまったような気がした。
もうだれの声も聞こえない。……振り向くな。走るんだ。
生きて絶対にハルトくんに会うんだ。もうガオルの姿なんか二度と見たくない。
後方の閃光が徐々に消え去り、冷たい暗がりが細い通路に広がった。
でも、前方に明かりがにじんでいる。
どこへ逃げればいいかなんて分からない。
それでも無我夢中でその明かりのもとを目指した。
細い通路が終わり、照明に照らされた広い通路に出た。フローター用車道もある。
スズカは左右を確認した。左の通路は停電している。
明かりのないところには行きたくない。スズカはとりあえず右に曲がった。
集団は追ってこない。クロワキ氏がうまくやったのか。
でも、妙な胸騒ぎがしてきた。このまま走って本当に逃げ切れるのか?
この先に、何かとんでもないものが待ち受けているのでは――。
(あっ……!)
スズカはふと足を止めた。
右側の壁に、白いオハコビ竜のエンブレムが描かれたグレーのドアがあった。
そびえ立つ巨大なドアは、スズカの姿が目に映ったのか、
ピコピコと機械のような音を発しすると、まるで意思があるかのようにこう言った。
『――非常隔離システム、作動中。
地上人歓迎ツアー参加者、スズカ様と認識。
スズカ様、どうぞこちらへ。このドアは、あらゆる危険からあなたを守ります』
プシュウウ。ドアが両側へスライドして開いた。
ドアのむこうは、ぼんやりと薄明るい暖色の光が広がっていた。
何がなんだかさっぱりだったが、地獄に仏とはこのことだろうか。
スズカは見えない糸に釣られるように、その部屋の中へと足をふみ入れた。




