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【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第12章『迎えにきたよ』
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時は再びさかのぼり、十五分前のこと。



スズカとクロワキ氏は、タワー内のとある会議室にいた。


四角形に設置されたテーブルの外側に、スタイリッシュな業務チェアがならべられ、


サポーターたちがそこに腰かけたまま、


忙しそうにいろんな端末を使って通話を続けている。


ヘッドセットをつけてバーチャル通話をしている者、


小さな画面つきの台のようなロボットを見ている者、


細い棒のような端末から空中モニターをよびだしている者。


人間もいたが、動物人、鳥人、魚人、植物人などいろんな種族が入り乱れた、


異様かつ騒々しい空間――ここは臨時のサポート現場だった。


こんな状態の部屋が他にもたくさんあるに違いない。



「北七番隊のみんな!


第六層西側で遅れている避難誘導の補助をしてあげて!」



「警備軍ファフール隊、


オニ飛竜の新手がターミナル内に侵攻中。至急増援頼む!」



「南三番隊に通達します!


第八層でオハコビ竜の負傷者が続出! 応援にむかって!」



「フルックス隊に連絡!


オハコビ・イン前で宿泊客の避難誘導を援助してくれ!」



サポートタワーでは、お運び部も警備部も一挙にサポートしていた。


刻々と変化する戦況に対応するために、


安全圏から支援できる彼らの存在は、今でこそもっとも光るらしい。



スズカはクロワキ氏とともに、上座のテーブルに隣合わせに座っていた。


ここにいるサポーターたち全員が、


外にいるオハコビ竜たちと懸命にコンタクトを取り続けているのだと、


はたから見ていたスズカは分かっていた。


クロワキ氏も、周囲のサポーターに臨時の指揮を執った後は、


細長い携帯モニターを使って、


開発局にいるエンジニア部のヒトたちに休みなく指示を出していた。


スズカには到底理解できない、謎だらけの指示ばかりだ。


スズカはできるだけ耳をかたむけないようにしていた。



それは別として、スズカはこのような切羽詰まった雰囲気が大の苦手だった。


大勢の必死な声を聞くだけで、ヒトビトの恐怖や不安感が波のごとく


自分の身にのしかかってくるようで、胃袋がぐらぐらゆれて気持ち悪くなる。


人生最初に見たパニック映画があまりにショックだったので、それがもとだった。



外の交戦が激化する中、


タワーでも比較的に安全なところにとクロワキ氏に案内されて、


この部屋に迎えられたはいいが、長いこと滞在したせいで、


スズカの体調はどんどん悪化し、気持ち悪さはピークに達しようとしていた。


そもそも自分はオハコビ隊員でも、オハコビ隊の重鎮でもないのに、


こんな目立つところに座らされて気分が落ちつくわけがない。


サポーターたちの必死な顔が見えやすいから、なおさら居心地が悪かった。



(わたしには、外の状況が何も分からない。


今ターミナルは、どれほどひどいことになってるの?


せっかくの異世界ツアーだったのに、もうめちゃくちゃだよ……)



悶々とした心の声が外にもれないように、


スズカはテレパシー・デバイスをテーブルに置いていた。


だが、こんなにうるさくてはつけていても同じだとも思っていた。


ああ、せめてここにフロルがいてほしい。


いったい彼女はどこに行ってしまったのか。


フロルは、わたしのことを見つけてくれるかしら。


あんなふうに一人で逃げ出すんじゃなかった――。



クロワキ氏の指示が一段落したところを見計らい、


スズカはデバイスを装着し直すと、青みがさしてドロンとした顔でこう伝えた。



『……クロワキさん、ごめんなさい。わたしダメ……もうここにいられない』



「ど、どうしたんですか、そんな具合悪そうな顔をして。


気づいてあげられなくてすみませんねえ……では、そろそろ移動しますか」



『そろそろって……?』



「あ、いや――キミをこんなところに居させるのもなんだから、


場所を変えたほうがいいという意味ですよ。


ここはその、いろんな声がしますからねえ。


いらっしゃい、静かで落ち着くところに案内しましょう」



クロワキ氏に続いて席を立ったスズカは、彼の後ろについて部屋を後にした。



自動ドアをぬけてすぐのところには、


会議室の利用者のフローターが停められた駐車スペースがあった。


クロワキ氏のフローターもここに駐車されていた。


二人はそれらを横に見ながら、奥にある通路の脇に伸びる歩道を歩いていった。


このタワーの中は迷路のように入り組んでいて、


オハコビ隊員でも油断すれば迷子になるという。


フローターさえ利用すれば、車道の上を自動運転で迷いなく移動できるそうだが。



もはや気分は最悪だった。


ここはタワーの通路なのに、雲海を見渡せる窓が一つもなかった。


真っ白な雲を見下ろせば、いくぶん気分も落ち着くだろうが、


外には嵐が迫っていることを思い出したので、スズカは小さくため息をついた。



仕方がない。スズカは、すぐにトイレを拝借したいと願った。



「おトイレですか? それでしたら、歩道を歩いてもそんなにかかりませんよ。


フローターに乗るのはまずそうですしねえ? あ、非常事態の関係で、


フローターは全機稼働を止めてるんでしたっけ、はははっ」



クロワキ氏は、ふくよかなお腹を気持ちよくゆらしながら機嫌よく笑った。



また心の声が聞こえてしまった。


こんな状況でもクロワキ氏はマイペースな話しぶりだった。


さすがはマスターエンジニア……オハコビ隊の大黒柱と言ったところだが、


もう少し緊張感を持ってほしい。



「すみませんねえ。わたしね、緊張感を持つのが下手なんですよ。


でも、こんな時こそ一切動じない人物が、


一人でも多くいた方がいいと思いませんか?」



二人は、歩道の途中にあった階段から、一つ上のフロアへと上がっていった。



スズカは、クロワキ氏の言葉がすべて真意からだと信じたかった。


少し使い心地に難があるとはいえ、


このテレパシー・デバイス貸してくれたのは彼だ。


それに、わがままを言って逃げ出した自分を見つけ、


こうして父親のようにそばにいてくれている――。



(あれ? お父、さん……?)



スズカは唐突に悟りを開いた。頭の中がぐるぐるとまわりだす。



クロワキ氏にたいして抱くこの温かな気持ちは、


ハルトのそばにいる時に感じたそれとはまるで違う。


絶対的な安心感と言えるものだ。


心臓が落ち着くところにすとんと落ち着くような……。



(じゃあ、ハルトくんから感じていた、


あの胸が痛くなるような温かさはなに……?)



その手を取れば――いや、服の袖をつまむだけでいい――


九死に一生を得たような気分にもなった。


彼の顔を思い出すだけで、甘く、切ない思いが一気にあふれてくる。


お父さんにたいして抱くような感情では、けしてない。



この気持ちはなんだろう? どうやって言葉に置きかえたらいい……?



「おやおやスズカちゃん、あのハルトくんて子が好きなんですか?」



クロワキ氏がこちらを見ていた。考えていたことは全部筒ぬけだった。


デバイスをつけたままでは致し方ないことだったが――。



『好き? わたしがハルトくんを!?』



不意に的を射られて、スズカは心臓が胸をつらぬくほどびっくりした。



「こんなしがないサングラスおじさんのことを、


お父さんみたいに思ってくれるなんて、なんだか嬉しいですねえ。


わたしは今年で五十一になりますけど、


結婚なんて生まれてこの方、一度もしたことがないのでね……」



クロワキ氏のサングラスの下に、変に歪んだ笑みが広がっていた。



「でもこれだけは言えますよ……


愛は一生もの。抱いた時が人生の分かれ道、なんてね」



クロワキ氏がゆうゆうと明るい声で言ったその時だ。


後ろからコツコツコツ、と靴の音が近づいてきた。


二人は何が近づいてきたのかと後ろをふり返った――。



五人の人間や亜人が、


こちらにむかって気味の悪い笑みを浮かべ、早足で接近している。


タワーの従業員たちなのか。白と青の制服ではなかったが、


みんな暗い緑色のジャケットのようなものを着ていた。


胸にはちゃんと隊員の証、赤いオハコビ竜のエンブレムがついているが……。



『なに? なに?』



オールバックの髪にあご髭をたくわえた大男、


怖そうな鷹男やタヌキ面の男、


機械じかけのサングラスをつけた魚人の女性、


毒々しい紫の花が頭に咲いた植物人の女性。


だれもかれもが、いかにも怪しげだった。



スズカはわけもなく怖くなってきて、思わずクロワキ氏の左腕にすがった。


そんなスズカにクロワキ氏は小さく驚いていたが、


すぐに後ろのヒトたちにむかってこう言った。



「キミたち、開発局のスタッフじゃありませんか。


こんなところで何をしてるんです? わたしの出した命令は……おっと?」



クロワキ氏は、前からも気配を感じとって通路の先を見た。


同じようなジャケットを身につけた人間や亜人が五人、


ぞろぞろと歩いてくるではないか。後ろの五人と同じように怪しげな集団だ。



スズカたちは、


突如として現れた緑のジャケット集団によって、前も後ろも塞がれていた。


ちょうど横に通れる通路が二人の前にあるにはあったが、


この異様な状況に二人ともつい足を止めてしまっていた。


二人を取り囲む不気味に歪んだ口が、スズカの心に容赦なく不安感をつのらせる。



これが、これがオハコビ隊のエンジニアたち……。


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