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【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第1章『姿の見えない竜』
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その女の子は、川岸の小さな岩に、ひとり呆然と座っていた。



美空スズカ、小学五年生。


しっかりと整った茶髪のボブヘアに、愛らしくきれいな顔。



神奈川に住む彼女は、空を飛びたいというささやかな夢を胸に抱いて、


このキャンプに参加した。


パラグライダーと熱気球を一度に体験できるキャンプなんて滅多にないし、


高いところも大好きだ。



ただスズカは、そんな自分のことをはっきりと口に出せるような子ではなかった。



スズカは、他の子が怖くて仕方ないのだ。



自分は生まれつき、流暢にしゃべることができる口ではなかった。


普通に話そうとしても、どうしても言葉がたどたどしくなってしまう。


くわえて、ぼうっとしやすい性格なので、


これまでたくさんの子に気味悪がられ、いじめの脅威にさらされてきた。



今とはべつの、前に通っていた小学校でのこと――一年生の頃から、


上級生やクラスメイトに『気持ち悪い!』とののしられ、さんざんいじめられた。


それなのに、親からは、強い子になりなさいといつも言われていたので、


担任の先生にもいじめの事実を隠してばかりだった。


この頃のスズカは、心根の強い子だったのだ。



三年生の春、いじめが落ちついた頃……


スズカは他の子との距離を埋めようと考えた。


その手段として、勉強やスポーツに熱心に取り組み、学習塾にも通った。


そして四年生の夏、ついに学年内でトップ成績者にもなったのだ。


学習能力が悪くなかったことが功を奏したに違いない。


つっかえ気味な口調は治せなかったものの、


それをきっかけにクラスでの地位が一気に高まり、


毎日いっしょに話をしてくれる友達を何人も獲得できたのだ。



(わたし、もう、ひとりじゃないんだ。


これからは、ずっと楽しく生きていけるんだ)




しかし、忘れもしない今年の冬。


心をえぐるような、ある辛い体験をした――。




それがもとで、スズカはやっとの思いで作った友達をみんななくした。


それだけじゃない。他人と話すのも極端に怖くなったし、


そのうえ、子どもたちの一塊に加わるのも、厳しい状態にまでなってしまった。


他の子とむかいあうたび、四年生にして味わわされた、


あの何を言っても無視される孤独な日々が胸をよぎり、


言葉が枯れ花のようにしおれてしまう。



集団の中にいれば、


話している子たちの面白がって笑う顔が、怒る顔が、悲しがる顔が、


すべて自分にむけられた刃のように、胸にささってくる。


人を馬鹿にするような目や、冷たく射すくめるような辛らつな視線が、


今にいっせいに自分へむけられるのではないか。


そんなありもしない恐怖にさいなまれる。



当時の絶望と苦しみが胸に蘇って、息がつまる。



(がんばったのにな……わたし、あんなにがんばったのにな……)



つらすぎて、親以外のだれにも話せない。


心のなかに居座り続けて体を支配する、蓋をかぶせたくなるような暗い思い出。


今年の春、非難の目を逃れるために新しい学校に転校したものの、


不幸な思い出からは解放されなかった。



だから、そんな苦しみにたいするなぐさめをもとめる気持ちで、


このキャンプに参加したのだ。



空を飛べれば、あの大好きな高い空へ上ることができれば、


少しの間でも、この苦しみを忘れられるような気がするから。



それまでは、他の子たちがあまり来ない、テント群から少し離れたこの川岸で、


ひとりすごしているのが一番だと、スズカは考えた。



(みんな仲よく遊んでる。でもわたしが、あの輪にくわわることはない……)



川面を渡る冷たい風を受けながら、心の中でそうつぶやいた。



六歳のことだった。


お母さんや妹と参加したパラグライダー体験会。


スズカは、インストラクターだったお父さんとふたり、タンデムで空を飛んだ。


その時に知った、大空を華麗に舞う素晴らしさ。風の気持ちよさ。


森や家々の真上をすべるように飛び越していく、あのなんとも言えない高揚感。


鮮やかなフィルムのようにありありと思い出せる。


たとえ過去をすべてぬぐい去れても、この思い出だけは忘れたくない――。



「おーい、スズカさーん! おまたせしましたあー!」



川上にのびる道から、トキオの声が飛んできた。


スズカは、はっと身をちぢめた。


見ると、ケントをはじめとした同じ班の子たちがやってくるところだった。


その一番後ろには、ハルトの姿がある。


何やらひとりだけで物思いにふけっているような顔だ。



「いやあ、すみませんでした。みんなですぐ戻る予定だったんですけど……」


「いろいろあって、話しこんじゃったの。


まあ、ハルトくんが面白いことしてたのもあってね」



帰ってくるなり、東京の四人組は、次々に話しかけてきた。



「それにしても、あっついなあ。みんな熱中症に気をつけないとな。


スズカさん、せめて帽子くらいはかぶったほうがいいよ?」



「ホントだぜ、ぼうっとしてたら倒れるって!


帽子持ってるならかぶったら?」



スズカはだれにも言葉を返すことはしなかった。


どうしてみんな、わたしに声をかけたがるの?


わたし、だれとも話したくないのに。


思えばこの四人は、妙になれなれしい態度で、


いろんな子にかまわず話しかけていた。


スズカは、四人の話す顔が嫌で、なぜだかハルトの顔を見てしまった。



ハルトは、思いがけないスズカの視線を感じると、


はっと驚いたように目を丸くした。



そこはかとなく、安心させるようなおだやかな目つきの男の子。


優しそうなだけでなく、ほどよく他人との間を開けてすごすのが上手そうな子。


キャンプ場に来る前の、バスに乗る前の集合場所で、


ひと目見た時からなんとなくそう思っていた。



「おい、ちょっと聞いてる? 帽子、かぶったほうがいいってば」



ケントがむっとした顔でそういうと、スズカは、ひゃっと小さく叫んで、


岩の上に両足をかかえて顔をうずめてしまった。



「ケントくん、スズカさんを怖がらせて、どうするんですか」


「あー、わりい……」


ケントが申しわけなさそうに頭をかいたその時だ。



「おーい、そろそろ集合の時間だぞー! リーダーテント前に急げー!」



川下のほうにある階段の上から、


キャンプ引率者のお兄さんが両手をメガホンにして、ハルトたちをよんだ。



「あ、そろそろお楽しみゲームの時間じゃないかしらン?」


「何をやるんだろうねえ。ほら、早く集合しなくちゃ」



アカネとタスクののんびりとした歩き出しにあわせて、


ケントとトキオもテントのならぶところへむかった。



少し遅れて、スズカが岩から立ち上がった時だ。


ふいに、ハルトとまたしても目が合った。



その瞬間、ふわりと風が吹き、時間が止まったような気がした。


サワサワと木々の乾いた葉音が川辺にさえわたり、


木漏れ日がふたりの固まった表情をなでた。


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