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ドガアァァンッ!!
マシンは、頭からまっすぐにオニ飛竜の横腹に体当たりした。
すさまじい衝撃が走り、車内がぐわんっ、と大きく振動する。
ハルトは固いハンドルに顔面をぶつけてしまいかけた……が、
目の前に無数のエアバッグがバアンッ! と弾けるように飛びだして、
ハルトの体を深々と受け止めてくれた。モニカさんも同様にエアバッグに包まれた。
オニ飛竜の長は横ざまに大きくのけぞり、突然の奇襲に痛ましい叫び声を上げた。
首しめから解放されたフーゴは、この機を逃すまいと大きく息をすいこみ、
次の瞬間、二つの剛腕から猛烈なパンチの連打をお見舞いした。
ほんの一瞬の出来事だったので、その攻撃がいかにすさまじいのか、
体のどこに打たれたのか、だれも目にすることはなかった。
「ぐうわあああっ! ぬうぅぅおおっ!」
相手はそうとうのダメージを食ったのか、
宙に浮かび続けることもできずに落下していく。
羽が折れたカイトのようにきりもみ回転をしながら、
下へ、下へ……底に見える暗い雲海にむかって――。
ハルトたちのマシンに異常はなかった。猛烈な突進攻撃だったにも関わらず、
フロントについた竜の顔はどこもへこんでいなかったし、
中にいた二人もピンピンしていた。エアバッグがしぼんでいくと、
ハルトは意外にも無難に事がすんだことにあぜんとし、言葉も出なかった。
ドクドクと暴れていた心臓が大人しくなっていき、
血潮のざわめきが遠のいていくのを感じる――まったく、
モニカさんときたら、死んだらゴメンだなんてオーバーだ。
「はあっ、はあっ……」
モニカさんは息を切らしながら、
一戦を終えたフーゴのところへ静かにマシンをよせた。
「最近のスピーダーって、よくできてるのね……すごく頑丈だったし、
ご丁寧にエアバッグまで、こしらえちゃって……
サーキットの、整備士さんたちに、感謝だなあ……」
なんだ、モニカさんは今どきのスピーダーをよく知らなかったのか。
ハルトは、赤い伝説なのに変だなと思う反面、
ぶつかっていく直前に彼女が言った言葉に、いまだ胸をふるわせていた。
「かっこよかった、モニカさん……」
「……スピーダーで竜さんに、体当たりするなんて、
いつものわたしなら、良心とプライドが絶対に許さなかったけどね。
お姉さんに感謝しなきゃ、ダメだよ、ハルトくん」
モニカさんは満足げに笑いながら後ろをむいて、右手の親指を上げてみせた。
「――そちらのマシンに乗られている方々。おかげで助かりました!」
フーゴがヘルメットの横についたボタンを押しながら、車内に通話を入れた。
彼はスピーダーの機能について知識があるようだ。
モニカさんはすぐに状況説明を要求する。
「フーゴ総官、いったいこれはどうなっているの?」
「モ、モニカさんではありませんか!
後ろに乗られているのは、たしかハルト様でございますね。
しかしモニカさん、そ、そちらの格好は……!?」
フーゴは毒気をぬかれたように、モニカさんのレーサー服を見て目を丸くした。
モニカさんは気はずかしそうにした。
「あっ、これは仕事で着る機会があったから……
それより、この状況はいったい?」
「わたしにもまったく存じ上げません。
やつらは、予告もなしに突然、大挙して襲撃してきたのです。
わたしは彼らを中に入れまいと、
ありったけの部隊を外に集結させて、迎撃の指揮をとっていました。
しかし、やつらの長であるバーダム――先ほど打ち倒した者の名ですが――
やつが先陣を切ってターミナルに侵入するのを見て、
急ぎあとを追ってここに来たのです。
そこからは……お二人もおそらくご覧になったと思います」
激しい戦闘をくり広げ、そのうえ首もしめられていたというのに、
フーゴは涼し気な顔で一通り話してみせた。
ハルトは、本当に強いオハコビ竜だな、とただ思った。
「しかし、申しわけありません。まさかこれほど多くの侵入を許すとは……」
「相手は竜だし、こうなるなんて予想もつかなかったもの。
悔やんでも仕方ないよ」
と、モニカさんはフーゴたち警備軍を擁護した。
「フーゴさん! スズカちゃんは今どこにいるか分かる!?」
ハルトは、だれでもいいから彼女の居場所を教えてほしかった。
他のみんなの安否も気がかりだったが、
今もっとも無事を願っている相手はスズカだった。
「スズカ様ですね。わたしが最後にお見かけしたのは、サポートタワー内でした」
「嘘……なんでサポートタワーに!?」
モニカさんはひどく驚いていた。
スズカがサポートタワーにいるのが意外すぎるようだ。
「クロワキ主任の独断行動です。
スズカ様は、何も知らずに彼の案内を受けてタワーへ。
本当は望ましくないことなのですが、クロワキ主任は実権者ですから、
目をつむる者は多いのです。なんとも歯がゆい!」
ただでさえこの非常時なのに、
フーゴは上司の不遜な態度を思い出して、熱くなっているようだ。
「ねえ、まだタワーの中にいると思う?」
ハルトは急きこむように聞いた。
「そうですね、あそこはタワー全体が強力な防護シールドで守られていて、
かなり安全なはずです。なので、スズカ様もクロワキ主任も、
まだ中にいらっしゃると思います」
「モニカさん、すぐ行こう! ぼく、早くスズカちゃんの無事を確かめたい!」
ハルトはいっそう気もそぞろになった。
「そうだねハルトくん。ここでのんびりしてたら、さすがに目立つものね。
フーゴ総官、ありがとう! わたしたち、タワーに急ぐね!
ハルトくんの安全も確保したいし」
「分かりました! 道中、竜との衝突や火の玉には十分に気をつけて。
どこから飛んで来るか分かりませんので!」
「ふふっ、総官も知ってると思うけれど、
わたしは『赤い伝説のモニカ』さんだよ。心配しないで!」
ハルトたちとフーゴは、それぞれ別々の方向へと飛んでいった。
フーゴは、二頭のオニ飛竜に追われていた警備部員を見つけ、助けに入った。
斜め上方向からドロップキックをしかけると、
追っ手のうちの一頭を豪快に蹴り飛ばしてしまった。
残る一頭が何事かとスキを見せたその一瞬、
フーゴはさらにそいつの顔面目がけ、力いっぱいアッパーをかました。
あっという間に二頭とも撃墜させたフーゴのところに、
追われていた警備部員が飛んで戻ってきた。どうやらメスの部員のようだ。
「総官! あ、ありがとうございます。なんとお礼を言えば……」
「気にするな。やつらの連携は、野蛮で乱雑ではあるが強力だぞ。気をつけろ。
やつらがその気なら、こちらも複数でまとまって戦うのだ」
「わ、分かりました! 総官もどうかお気をつけて!」
メスの部員は、他に苦戦している部員を探しに飛んでいった。
フーゴは、深く深く息を吸いこむと、腹の底から大声で言葉を叫んだ。
その言葉は、戦いの喧騒に負けないくらいの大音量となって、
ターミナル中にこだました。
「「全警備部員に告ぐ!
こちらも複数ずつ固まって応じるのだ! やつらの連携攻撃を許すなー!!」」
フーゴはしきりに指示を出しながら、ターミナルの中を飛び回った。
その脳内には、ある一抹の不安がよぎっていた。
(嫌な予感がするぞ。
まるで何者かに踊らされているような、このモヤモヤとした感覚はなんだ……?)




