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「――探しましたよ、クロワキ主任」
しぶい声が飛んできた。声がしたほうを見ると、
翼の生えた大きな影が、テーブルのならぶスペースの間を
堂々とした足取りでこちらにむかっていた。
警備部のプロテクターをまとったフーゴ総官だ。
「おや、フーゴ総官じゃないですか。
めずらしいですねえ、わたしに直接会いに来るなんて」
フーゴはスズカたちのテーブルの前に来ると、
とがったまなざしに冷めた光を灯してこう言った。
「まったく……例の黒影竜とその行方についての新たな解明事項があって、
あなたにそれを報告したいのに。
あなたは局にいらっしゃらないうえに、
通信ツールをオフにしてらっしゃいますね?」
クロワキ氏は、あっ、と短く声を上げ、
自分の手首につけていたデバイスを見下ろした。
「いやあ、申しわけない!
わたしとしたことがうっかりしていましたよ~!
あなたよりも身分が高い者でありながら」
「本当ですよ! 今はただでさえ隊内で緊張が高まっているのに。
ツアー責任者であるあなたは対策本部から出された仕事をそっちのけにし、
こうして部外者であるスズカ様をタワーにお連れするなど。
マスターエンジニアなら、それなりの分別がおありなのでは?」
クロワキ氏は、やや参ったように頭の後ろをかいた。
「いいじゃないですかあ。
わたしがついていれば、この子に余計な機密情報を見られる恐れはないですし。
それに、この子にもツアーらしいツアーをさせてあげたいんです」
クロワキ氏の返答に、フーゴの瞳はさらに鋭さをました。
「ツアーらしいツアーとは?
ご自身の立場を乱用し、フローター管理者や受付嬢に無理を押しつけ、
ズルで子どもを連れ回すことなのですか?
ターミナルの警備をあずかる者として、
あなたの行いには見過ごせないところがありすぎるのですよ!」
スズカにとって、フーゴと会うのはこれが二度目だった。
一度目は病院で会ったが、この場においては目つきがいっそう厳しく、
そのうえ上司にたいしてこの言いようだ。
ただでさえ近よりがたいのに、さらに印象のきついオハコビ竜になってしまった。
もっとよくないことに、
彼のせいで、思い出したくもないガオルの姿を思い出す羽目になった。
黙っているわけにいかず、スズカはついクロワキ氏を弁護してしまった。
『あの……クロワキさんは、わたしのことを思ってここに連れてきてくれたの』
フーゴは、デバイスをつけて話すスズカと会うのははじめてだったので、
もともとだんまりだった彼女からそれを聞くとは思わず、あぜんとしていた。
「スズカ様……それはわたしもちゃんと承知しております。
しかし、ここに入ってよいのはオハコビ隊員と、
フラクタール最高責任官による正式な許可を得た者だけです」
『フラクタール、最高責任官って?』
聞きなれない名前に反応したスズカに、クロワキ氏が答えた。
「オハコビ隊の頂点に立つ方ですよ。
オハコビ竜のなかでも、今もっとも偉大なオハコビ竜。
それがフラクタール最高責任官なんです」
このフーゴというオハコビ竜より、もっとすごそうなオハコビ竜がいるなんて。
スズカはその姿を想像したいところだったが、
今はフーゴに聞かなければならないことがあった。
『あの! フーゴさんは、ターミナルのお客さんたちを守っているんでしょ?
それで、今はわたしのことも大事に守ってくれてる。
それは嬉しいし、迷惑だなんて言わないよ。
でも、できれば、わたしはフラップと仲間たちに守ってもらいたい。
わざわざこのターミナルにわたしだけをかくまうのはどうして?
フラップたちじゃ力不足なの?』
フーゴは急に眉をひそめ、答えにくそうな表情をした。
「スズカ様……ガオルの脅威に今もっとも近いのは、あなたなのです。
われわれは、異世界の人間を秘密裏に連れてきた組織として、
あなたの命を最大限の手段で守り通させねばなりません。
そのため、ツアーをお楽しみいただいていたところ申しわけありませんが、
ツアー最終日までこのターミナルの保護下に入っていただくしかないのです」
病院で会った時と、たいして変わらないセリフだった。
ハルトとフラップに会うより前の時間だ。
あの時も、フーゴはこうして話しにくそうにしていた。
一度は従ったセリフだが、警備部のオハコビ竜は同じことしか言えないのか。
スズカは胸が無性にむかむかしてきて、
どっとイスから立ち上がると、とうとう思いの丈をぶちまけた。
『わたしにとっては、フラップの胸の中が一番安全な場所なの!
わたしは子どもだし何もできないけど、
どうせ守られるだけなら、フラップに守ってもらいたい。
ハルトくんと同じツアーに参加したい!
クロワキさんがくれたこのデバイスがあれば、
わたし……もっと自分の世界を広げられる気がするの。
それを最後の日まで邪魔されるなら、やっぱりたえられないよ!』
スズカは目に涙を浮かべて、その場から走り去ってしまった。
「わたしが追いかけますよ!」
クロワキ氏がスズカのあとを急いで追いかけた。
フーゴの近くで、だれかのすすり泣く声が聞こえた。
見ると、ずっと立っていたフロルがひざをついて、さめざめと涙を流していた。
両手で何度もぬぐいながら、
スズカから放たれた悲痛な言葉に心を痛めている。
「……キミには、辛い仕事をさせてしまったな」
フーゴは残念そうに笑いながら、フロルの肩にそっと手を置くのだった――。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
突如、リフレッシュエリア内にけたたましい警報が鳴りひびいた。
フーゴたちは、寝耳に水が入ったように天井を見上げた。
エリア内にいた多くのヒトたちも虚をつかれたように、天井を見回していた。
遅めの昼食を取っていた鳥人の女性はナイフをポロリと落とし、
ジュース缶を飲んでいたネコの男性はむせて一気に噴き出していた。
いつもの放送とは丸きり違う。
『――警告。警告。ターミナルにオニ飛竜の大群が接近中!
くり返す。ターミナルにオニ飛竜の大群が接近中!』
「ばかな! オニ飛竜……大群だと!?」
フーゴは、自身の耳をうたがった。




