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ハルトの一位フィニッシュは、他のツアー参加者だけでなく、
サーキット会場に来ていた観客たちや、
午後にレース予定をひかえていた一般レーサーたちをも激震させた。
かつての伝説のレーサーがサポートに入っていたとはいえ、
初乗りでオハコビ竜をぬいて一位ゴールした人間など、前代未聞だったのだ。
地上界から来た人間で、それもごく普通の少年なら、なおのこと衝撃的だった。
亜人といわず、オハコビ竜といわず、
大人数がハルトのいる待合室にぞろぞろとなだれこみ、
もみくちゃの大混乱となった。
ハルトの大勝利を祝福して迎えていたツアー参加者たちは、
度肝をぬかれる羽目になった。
ハルトは、意図せずに一躍ヒーローになってしまった。
いろんなヒトたちから握手をせがまれたり、
どこらともなくやってきた新聞社の記者からインタビューをお願いされたり、
一般のレーサーたちから話を持ちかけられたりと、てんやわんやだった。
おかげでツアーの予定は三十分以上も狂ってしまった。
「ごめんなさい! これからハルトくんたちは昼食の時間ですので!」
「申しわけありませんが、みなさんそろそろお引き取り下さあい!」
モニカさんや、オハコビ竜用の待合室から応援にかけつけたフラップたちの
懸命な対応がなければ、ツアー日程にはもっと大きな支障が出ていただろう。
その後ツアー参加者たちは、大勢の見物者たちに囲まれながら、
フードコートに用意された特設テーブルで、
トレーに盛られた数々のメニューを落ちつきなく味わっていた。
もちろんそこには、フラップたちオハコビ隊員やモニカさんも加わっていた。
そこへ、ひとりの鳶の亜人が、
ぺこぺこと頭を下げながら見物者たちの間を割って入り、
食事中の子どもたちに声をかけた。
「どうも、地上界のお客人がた。わたしはこのサーキットの経営者です」
ワイン色のスーツを着て、空色のネクタイを巻いたその男のヒトは、
ハルトとモニカさんの姿にちらちらと目がいっていたが、
それでもツアーメンバー全員にむけて礼儀正しくこう言った。
「先ほど、オハコビ隊のクロワキ氏から連絡をいただきましてね、
今回の素晴らしいレース結果を記念して、この後ですね、
みなさんにサーキットコースのドライブを楽しんでほしいとのことで。
もちろん、経営者のわたしとしてもまったく問題はございません。
みなさん、いかがでしょう?」
モニカさんは、あと二時間は他のレーサーたちの予定がないのをいいことに、
クロワキ氏のこの意向にもちろん賛成した。
「まあ、このあとも施設内でツアーイベントを予定していましたけど、
いくらかキャンセルしなきゃいけませんね……」
モニカさんはこう言ったが、子どもたちにしてみれば、
ドラゴンスピーダーにもう一度乗れることが嬉しすぎて、ノー問題だった。
ただひとり、ハルトを別として……。
*
昼食後、二十三人の子どもたちとモニカさんは、
それぞれのオハコビ竜とともにサーキットのドライブに繰り出していた。
ドラゴンスピーダーは、オートパイロットによって、
すべてのスピーダーは超高速を出すことを止められていたが、
それでもなかなか気持ちいい速度だった。
みんなのマシンは、他のマシンと並走したり、一塊になって走ることはなかった。
でも、スピーダーに内蔵された通信機能で、
だれでも好きなペアやオハコビ隊員との会話に花を咲かせることができた。
ハルトは、モニカさんが操作してくれる通信機能で、ケントと会話していた。
「ごめん今、フラップやモニカさんとお話したいことがあるから」
『え~、つれないなー、ハルトー。しゃあねーなー、みんなにも伝えとくわ』
ケントとの通信がプツンと切れた。気を悪くしてはいないだろうか。
けれどハルトは、今はフラップとモニカさんとしか話す気分になれなかった。
ハルトは後部座席に座っていた。
こちらのほうが落ちつくといって、モニカさんに後退してもらったのだ。
窓のむこうでは、フラップがマシンの速度にあわせて並走飛行している。
元気のないハルトのことを心配してずっと見つめていた。
「――ぼく、キミに勝たないほうがよかったな」
『そんなあ。悲しくなること言わないでくださいよう……』
ゴーグルの通信マイクを通じて、フラップがそう返した。
「ハルトくん、やっぱりわたしと走るの、いやだったんじゃないのかな?」
モニカさんが、後ろに目をやりながらそう聞いた。
「うーん、たぶん、そういうことじゃないと思う。
うまく言えないんだけどさ……
モニカさんがいっしょに乗ってくれたことは、たしかに嬉しいんだ。
でもぼくレース中、スズカちゃん顔ばかり思い出してた。
それで勝つことに必死になったりしてさ……。
ぼく、モニカさんがいなかったら何もできなかったのに」
『――それってきっと、
ハルトくんの中でスズカさんを思う気持ちが、
知らず知らずのうちに強く大きくなっていた、ということじゃないかな?』
と、フラップは笑顔で言った。
「でもぼく、どうして、こんなにもスズカちゃんのことを考えてるのかな?
なんで、スズカちゃんのことが好きなんだろう?」
あの子がかわいいから? 守ってあげたくなる子だから?
ハルトは思いつくかぎり考えてみたが、答えは出なかった。
「あれ、フラップくん、どうかした?」
モニカさんがフラップの様子を見てそう聞いた。
フラップは、ハルトたちから反対側の空を見上げて、
けげんそうに眉毛をひそめていた。
『あ、いえ、ちょっとそわそわしちゃって……。
でもハルトくん、堂々とスズカさんが好きって言えるなんて、
なかなかいさぎよいですね』
「あの子がデバイスを使って話せるようになって、
素直な子になったように見えたから、そのせいかな」
と、ハルトは答えた。
「ハルトくん、こっちに来てからどんどん活き活きしてきてるよね」
「そうかなあ。スズカちゃんに浮かれてるだけだと思うけど」
「大人だねえ、ハルトくんは。
でも確実に、キャンプ場にいた時よりいい顔になってると思うよ。
ね、フラップくんもそう思うよね……フラップくん?」
フラップは、先ほどよりも険しい顔になって、むこうの空を見上げていた。
『……モニカさん。やっぱり気のせいじゃないですよ。
邪気をまとった何かが近づいてきます……それもたくさん!』
言い終わるが早いか、フラップはその気配のする方角へ飛んでいった。
彼は鷹のように優れた視力で、何キロも先までじっと目をこらして探った。
早鐘のようにバクバクと心臓が鳴りだす。彼の悪い予感はよく当たるのだ。
「えっ? そんな、あいつらは……」
視界のかなたにとらえたものを見て、フラップは思わず口にした。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
突然、ハルトたちの乗るコックピットの中に、警告音が鳴りひびいた。
『――危険。危険。
サーキットに、危険レベルの高い生物集団が接近しています。
くり返します。サーキットに、危険レベルの高い生物集団が接近しています』
「えっ? 危険!?」
ハルトは、にわかにうろたえた。
『これより、走行中の全スピーダーは、
緊急避難モードに切り替え、安全な場所まで速やかに移動いたします。
レバーや手すりにしっかりおつかまりくださ――ビビビッ、ブブーッ!』
ブツン!
謎のノイズの直後、スピーダーのナビゲーションがピタリと聞こえなくなった。
さらに次の瞬間、スピーダーはいきなり減速しはじめる。
「ぐわあっ!? えええっ!?」
急ブレーキがかけられたように、
ハルトたちの体は前方へぐいっと引っ張られた。
スピーダーはそのまま速度を落とし続け、
しまいにはとうとう、サーキットのど真ん中でストンと着地してしまった。
反動でハルトの体がボヨンと弾んだ。
「モニカさん、これなに!? なんで止まるの!?」
ハルトには何がなんだか分からなかった。
モニカさんもめずらしくうろたえているようだった。
「これ、いったいだれのしわざなの!?」
ハルトたちのマシンは、なんの冗談なのか、
まったくの出しぬけに、エンジンが完全に止まってしまったのだ。




