表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第9章『サーキットの赤い伝説』
49/105

ガレージに降りると、


レクチャー用よりもずっとピカピカなスピーダーが二台、堂々と待ちかまえていた。


燃料なのか、少しツンとする香りがする。


まわりには、ネコやキツネの姿の整備士らしいヒトたちが立っていて、


ハルトたちを笑顔で歓迎してくれた。



「マサハル様とシン様は、こちらの緑のホバーリングの機体へ。


ハルト様とモニカ様は、あちらの赤のほうへどうぞ。


モニカ様、おかえりなさいませニャ~」



ネコの整備士さんが四人を案内してくれた。


ハルトの乗る機体が赤のほうだなんて、


これはきっと、モニカさんを意識してのチョイスに違いない。



ハルトは、そのネコの整備士さんにむかって、マシンを指さしながらこう言った。



「ねえ、本番機ってすごいね。ちゃんと窓がついてるんだ。


しかも座席。レクチャー用にはなかったけど、


りっぱな安全ベルトの装置まであるんだね」



「どうだい、イカスだろ? 俺たちの技術の結晶ニャ!


中にヘルメットもあるから、忘れずにかぶってくれよニャ。


マシンの速さにびびるなよ~。でないと負けちまうからニャ」



ハルトたちはコックピットに乗りこみ、


言われたとおりにヘルメットをかぶった。着け心地は悪くない。


軽いし、内側がプニプニしているのがまたいい。



「わあっ、わたしこういうのひさしぶり!


この座り心地がたまらないな。


ハルトくん、フラップくんに負けないように、がんばろうね!」



勝ってみせる……ハルトは強く思った。


スズカちゃんに勝利を伝えるんだ。


あの子から、「ハルトくんすごいね」と言われたい――。



上から自動で安全ベルトが下ろされ、上半身ががっちりと固定される。


窓も閉まる。ホバーリングからすごいモーター音が鳴りはじめ、


機体がふわっと浮かび上がる。全身が優しい浮遊感に包まれる。


前方のシャッターが左右にさっと開き、まぶしい光に瞳を細める。



マシンから音声が聞こえてきた。



『――スタート位置まで、オートパイロットで移動します。


ハンドルにしっかりとおつかまりください』



二台のマシンは、外の直線路へむかってすいすいと軽やかに進んでいった。



観客席はあちこち空席が目立ったが、けっして少ないヒトの入りではなかった。


地上人の初々しい走りを見ようという、


ちょっと物好きな亜人衆が集まっているようだ。



マシンがグリッド――つまりスタート地点に着くと、


すでにフラップがハルトたちの隣にスタンバイしていた。


身体を前後左右に曲げ、ゆうゆうと準備体操などしている。


(当然だが、エッグポッドとそのホルダーは解除していた。)



ハルトたちがやってくると、フラップは体操をピタリとやめて、


ゴーグルの丸いスイッチを押しながら通話した――


どうやら、スピーダー内部と通信する機能があるようだ。



『ハルトくん! おたがい、楽しく競争しましょうね!


ちなみに、ぼくは速いですよ』



フラップの笑顔が、急に恐ろしく見えてきた。ハルトは虚勢を張った。



「そうだね。イメージトレーニングは積んだんだ。


ぼくはキミを……オハコビ竜を打ち負かしてやる」



初心者相手だからって手をぬくなよ……とハルトは思ったが、


胸の中ではモニカさんに必死に助けをもとめていた。



『――さあ、本日の地上人歓迎プログラムの、最後のレーサーたちです!』



場内アナウンスが大空にこだました。


スタート地点の上空には、


プロペラのついた小さなカメラが虫のように何台も飛んでいる。


それなりに物々しい雰囲気だった。



『この四人の最終選手たちは、ケント選手とアカネ選手のように、


フレッシュで目覚ましい走りを見せてくれるのでしょうか?


それでは、マシンがオートモードからマニュアルモードに切り替わります。


地上人のみなさん、がんばってくださいね!』



上空に空中モニターが現れ、カウントダウン信号が映し出された。


赤のランプが少しずつ点灯される……3,2,1,GO!



ハルトはレクチャー通り、左右のレバーをすぐさま前に倒した。


マシンは鋭いうなり声を上げて、ミサイルのように急発進した。


尋常でない重力だ。


ハルトは、背もたれのクッションに深々と押しこまれながら、


狂ったように叫び声を上げていた。



「うわあああーーーぁぁぁ!! やばいーーぃぃぃぃぃ!!」



思った以上の迫力に気おされたせいで、


せっかく蓄積してきた操縦イメージが頭から丸々吹き飛んでしまった。


スカイトレイン以来の衝撃だ。



モニカさんはいたって涼しい顔で、重圧をもろともせずこう叫んだ。



「ハルトくん、気をしっかり持って!


レバーから手を離さないようにね。ほら、フラップくんが先行したよ!」



フラップはすでに目の前を飛んで、ハルトたちに余裕で背中を見せていた。



「ああ、もう!」



ハルトは怒りに気力をふるい立たせ、レバーを倒す両手に力をこめた。



「負けるかー!」



前方に右カーブがさしかかってきた。


ハルトは右のレバーを手前に引いてカーブを曲がろうとした……が。



(やばい、逆だった!)



マシンは左のコース縁にむかってずれていった。


縁に設置されたバリアがマシンをはじいてくれなければ、


今頃雲の下へ真っ逆さまだった。



「わっ、あ~あ~っ!」



マシンはくるくるとスピンしたが、なんとかまた前をむいてくれた――


自動で進行方向にむくシステムになっているのだ――が、


ハルトはさらに取りみだした。


そのすきに、マサハルとシンのマシンにぬかれてしまった。


そこへ、モニカさんの笑い声がひびく。



「はははっ、ハルトくんたら!


左レバーを引いて右旋回だよう。落ちついていこう。


大丈夫、まだまだトップは狙えるから」



「思い出せ、思い出せ……!」



ハルトはなんとか右へ曲がりきることができた。


続く左カーブもどうにか曲がれた。



コースを走っていると、左側に青いラインが見えてきた。加速ポイントだ。



「モニカさん、よろしく!」



ハルトは青いライン目がけて突っ走った。



「ここっ!」



ラインとど真ん中で重なった瞬間、


モニカさんがタイミングよくボタンを押してくれた。


最大級の加速力をえたマシンは、火がついたようにぎゅんと速度をまして、


前のマシンをたちまちぬき返してしまった。



「やった! モニカさんすごいな!」



その後の加速ポイントも、ハルトは逃さず通過した。


最初こそドジを踏んだものの、彼はなかなかの操縦センスだった。


アップダウンの途中だろうが、螺旋ループの途中だろうが、


レバーさばきで加速ポイントをつかまえる。


そして、モニカさんの素晴らしいボタン入力で、


マシンは嬉々としたように速度を上げる。



なのに、前のレーサーたちにはなかなか追いつけない。


コックピットに映った情報では、フラップはトップのようだ。


言っていた通り強いではないか。二位はオレンジ色のフリモンだ。


トップとの差はおよそ六十メートル。



「カーブのないところでは、アクセルは全開に……!」



レクチャーの内容を自分に言い聞かせながらやらないと、集中できない。


ああ、ぼくときたらかっこ悪い。


ゲームみたいに妨害アイテムがあればなあ、とハルトは切実に思った。



「この先、垂直ループがあるよ。


しっかりつかまってて! アクセルは倒したまま!」



マシンがいきなり坂を下ったかと思うと、次の瞬間、


高さおよそ三十メートルの垂直ループに突入した。


マシンは高い速度を保ってループを上り、遠心力で肩がつぶれそうだった。


二頭のオハコビ竜たちも、ループに沿うように飛んでいる……。



「ヤッホーー!」



歓声を上げたのは、もちろんモニカさんだ。


ハルトは顔をしかめて、トップのフラップの背中をにらんでいた。



(スズカちゃん……スズカちゃん……。勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい!)



ループを乗りこなすと、コース中央に最後の加速ポイントが見えてきた。



「あれをうまく通過して! 加速力が今までの三倍だから!」



「いっけーー!」


ハルトはここぞとばかりに叫んだ。



赤のスピーダーがラインと重なる……


モニカさんの熟練のボタン入力が炸裂する……


これまでにないほどすさまじい加速力が生まれ、たちどころにフリモンをぬき去り、


みるみるうちにフラップの背後に迫っていく。



フラップが、あっ! とふりむいた時には、


ハルトたちはもうすでに彼の横についていた。



(すごいですハルトくん、ついにトップ争いだ!)



いよいよ、ゴールが目前に迫っていた。


鳥の翼をかたどったゴールゲートが見える。


ハルトとフラップは完全に並走していた。


あと百メートル……あと五十メートル……。


ハルトは祈りをこめて目をつむった。



『ゴォーーーーール!!』



スタンドから歓声がわいた。


どっちだ? どっちが先にゴールした?



『一位でフィニッシュしたのは……なんと、ハルト選手のスピーダーだあ!』



ハルトは自分の耳をうたがい、ぱっと目を開いた。


目の前に、息を切らしたフラップの顔がこちらを見ていた。


ハルトの勝利を祝福するように、満面の笑顔で両手をふっている。



「ハールートーくーん! すごいですうー!


はあぁ~、完敗ですうー!」



窓のせいでフラップの声が曇っていたが、叫んでいる言葉はよく分かった。



「ハルトくん! キミやったんだよ! 一位だよ!」



後部座席で、モニカさんが子どもみたいに大喜びしている。



「フラップくんたら、ゴール手前でバテたみたいで、減速しちゃったんだよ!


でも、ハルトくんの熱意があったからこそ、一位になれたの! おめでとう!」



モニカさんの言葉に、ハルトはひどくわれに返ったような気がした。


その言葉は、できればスズカちゃんの声で聞きたかった。


なんだかぜんぜん嬉しくない。


あの子がそばにいないというさみしさと無念が、


冷たい水のように、ハルトの小さな胸の中に広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ