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レッスンを終えた子どもたちは、モニカさんに続いて部屋を後にし、
また通路をいくらか移動して、広い待合室へと入った。
待合室には長いソファーがいくつか設置され、
レースの模様がよく分かる大きな空中モニターもあった。
だれがいつレースを開始できるかも分かる順番リストも映っている。
その部屋の奥にあるドアから、本番機に乗りこむ場所へと降りられるようだった。
「あ、フラップたちがいない」
ハルトはまわり見回して、オハコビ竜たちの姿が消えていることに気がついた。
「竜さんたちには別の待合室があるからね。途中で別れたんだよ」
モニカさんがそう説明した。
「というかハルトくん、みんなでちゃんと別れたの気づかなかった?
フラップくんもせっかく手をふってくれたのに」
「……操縦方法を頭で復習してて、気づかなかった」
今回のレースルールは、子ども四人と竜二頭の一組で、
一位から四位までを争う形式らしい。
だれでも好きなオハコビ竜と競えるということだったが、
子どもたちはみんな、それぞれのオハコビ竜とのレースを選んでいた。
これも自然な流れかもしれない。
レースは、午前十時から順番にスタートした。
『――お待たせしました!
川上ツヨシ様と、長谷川タイジロウ様。徳島ユウナ様と、東山レミ様。
マシンの準備が整いましたので、下のガレージまでどうぞ!』
このように、室内アナウンスに都度よばれた二組が、
待合室からいそいそと出ていく姿を、ハルトは何度も見送った。
異世界の超ハイテクマシンを操縦するなど、
ツアーの常識からみればかなり異質だ。
それも動かすのは、超高速で疾走するレースマシンだ。
それなりの勇気とセンスがなくては、
ゴールまで満足に滑走できはしないだろう。
しかし、ここに集まったツアー参加者に、不安や恐怖はなかった。
それに、モニカさんが何度か伝えてくれたのだが、
このサーキットと、レーシングマシンは、
スカイランドでも最高レベルの安全が約束されているという。
子どもたちに疑問はなかった。
そのうえ、ドラゴンスピーダーの操縦は、いたってシンプルだった。
まず操縦者は、左右のレバーを前後に倒すだけで、
アクセルやブレーキを入れたり、カーブを曲がることができた。
後ろの補助者は、コースの随所に設置されたラインを通過する時、
前の手すりについたボタンをタイミングよく押せば、
マシンをグンと加速させられる。
まさに、二人協力して遊ぶレーシングゲームそのものだ。
ドラゴンスピーダーの速度はすさまじかった。
最高で百八十キロもの速さで走ることができ、
竜たちの最大飛行速度におよぶ速さだった。
ジェットコースターのようにコースを走りぬけるマシンの乗り味も、
ツアー参加者たちを熱狂させる部分だ。
いつしか、子どもたちの間で、『ドラスピ』という愛称まで生まれていた。
ちなみに、だいたい五分くらいでサーキットを一周できるらしい。
マシンやコースの両端には、透明な弾力バリアが張られる仕組みだ。
マシン同士が接触しても衝撃はかなりおさえられるし、
コースアウトも防いでくれる。
おかげでだれもが、竜たちとの超高速バトルに集中することができた。
とはいえ、対するオハコビ竜たちはなかなか強かった。
小型竜らしい素早い飛行で、加速しなくてもマシンのスピードに難なく続く。
竜としての尊厳を守るためか、あるいはただ一位を獲得したいだけか、
はたから見ても手をぬいていない様子だった。
待合室の子どもたちは、レース中のメンバーの走りを応援しつつ、
自分たちこそはもっと早く走ってみせるだの、
あの加速ポイントは逃さないだの、さかんに話しあっていた。
みんな、初挑戦で一位になれるとは思っていなかったので、
むしろ、自分たちならどのくらい早くゴールできるかに注目していた……
ただひとり、ハルトをのぞいて。
――さて、ここまで十ペア……つまり5つのレースが終わったが、
オハコビ竜を一頭ぬいて2位でゴールできたのは、たった3ペアだった。
とくに、ケントとアカネのペアはセンスがよく、
なんと、暫定で最速タイムをたたきだした。待合室は大いにわいた。
「おおおお! すっげ!」
「あの二人、息ぴったりってカンジ!」
「お手本になるー! ずっとアクセル全開だったじゃん!」
「あたしたちも、あんな風に走れたら勝てたかなあ!?」
対するフリッタは、おとぼけのセンスはあっても飛行速度はイマイチだった。
同時に走ったタスクとトキオの二人は、
トキオが加速ラインでうまくボタン入力を決められなくて、結局ビリだった。
一位はフレッドだった。
ケントとアカネが待合室に戻ってきた。
それから、興奮冷めやらぬ上気した顔で言った。
「ただいまー! もー、すごかったぜドラスピ! とにかく燃えた!」
「は~、あたしたち、もうちょっとでフレッドを追い越せたけど、
楽しかったからいいや」
他の子どもたちが二人をぐるりと囲んで、二人を騒々しいほどほめそやした。
タスクとトキオが続いて戻ってきた。この二人にはだれもよりつかなかった。
「……あのふたりはいいよな、最速タイム出たみたいだから。
はあ~、初挑戦だったとはいえ、せめてフリッタには勝ちたかったよな」
「でもぼく、ドラスピに乗れただけでも満足ですよ。最高の乗り心地でしたから」
「やあ、ハルトくん。キミとモニカさんが最終レースメンバーだったよね」
タスクは、ハルトの隣に座って話しかけた。
「フレッドが言ってたけど、竜たちはわりと本気で勝負してくれてるってさ。
それに、フラップはかわいい顔してすごく手強いやつだ、とも言ってたよ。
どう? ハルトくんなら勝てそう?
……いやあ、キミさ、集中するのはいいけど、ぼくのほうをむいてほしいな」
ハルトといえば、前の一点だけを見て、イメージトレーニングに没頭していた。
(レバーを両方前に倒せばアクセル全開。
右を手前に引けば左ドリフト。左を手前に引けば右ドリフト――)
いっぽう、部屋のすみではモニカさんがタブレットを操作していた。
何やら怪しげな笑みを浮かべていたが、
どんな作業をしていたのかはだれにも分からない――。
そこへ、熊の姿をした亜人のおじさんが部屋に入ってきて、
おそるおそる彼女に近づくとこう聞いた。
「つかぬことをおうかがいしますが、
モニカ・パーラーさんでいらっしゃいますか」
「え、あ、はい。わたしがモニカですが?」
操作に集中していたのか、モニカさんはびっくりしながら熊のおじさんを見た。
「ああ、やっぱりだ! お会いできてうれしいです。
わたし、あなたが現役だった頃の大ファンでしてね。
ここに来られたということは、またレーサーに復帰なさるので?」
「いえいえ、とんでもありませんわ。
わたしはもうプロを引退しましたので。
今日は仕事で、この子たちのツアーの面倒を……」
「そうでしたか。いや、でもそちらの格好……
あなたが現役の頃に着ていたのとまったく同じ。
やはり、今日はスピーダーに乗られるのではないですか?」
「まあ、そんなところです。
彼……ハルトくんと言うのですが、
彼の相方が来られなくなったので、急きょわたしが」
「なるほど! これはいいことを聞きました。
じつは今日、仲間たちと観戦に来たのですが、
あなたにそっくりな人を見かけたので、待合室へ確認しにいけと言われましてね。
ああ、《赤い伝説》とうたわれるあなたが、ここに現れるとは!
これで仲間たちも大喜びですよ」
モニカさんたちが会話していると、タスクが興味本位で近づいてきた。
「今、赤い伝説って言いましたよね?
ずっと聞いてたんですけど、モニカさんって昔レーサーだったんですか?」
「その通りさ、地上人の男の子。
この方は、八からスピーダーを操縦しはじめて、
十五の時にグランプリで初優勝されたんだ」
「八歳で初操縦!? 十五歳でグランプリ優勝!?」
めずらしく大きな声で驚くタスクに、ハルトもさすがに反応した。
ソファーの上からあわてて乗りだすと、モニカさんにこう聞いた。
「モ、モニカさんて、そんなにすごい人だったの!?」
「まあその、えへへ……」
モニカさんは、いかにも照れくさそうだった。
「でも、スピーダーを操縦するのはハルトくんだよ。
いい? 加速ラインはもれなく通過。
コーナリングは、なるべくマシンを内側によせるようにするの」
かつてのプロからの惜しみないアドバイスを受けて、
ハルトはありがたい反面、頭がクラクラしそうだった。
『――福田マサハル様と、西山シン様。風間ハルト様と、モニカ・パーラー様。
マシンの準備が整いましたので、ガレージまでどうぞ!』
「ほら、よばれたよ。じゃあ、いこうかハルトくん」
ハルトはモニカさんといっしょに、
部屋からガレージへ続く階段を降りていった。
マサハルとシンは先に降りているようだ。
下からいろいろな機械音が聞こえてくると、
ハルトは今になって緊張がつのってきた。
「ふう、初優勝はほんのまぐれだったのに。
それに、赤い伝説だなんてオーバーだと思うんだよね。
ただ趣味で走ってただけだもの」
と、モニカさんは謙遜ぎみなひとり言を言っていた。




