2
出発から二十分後。参加者たちは目的地に到着した。
そこは、緑に包まれた群島だった。
至るところに小さな森が広がり、大きな池や湿地帯をいだく島も見受けられる。
でもやはり、一番に目を引くのは、
いくつもの小島をつなぐように設置されたサーキットだった。
まるで超巨大なすべり台にも見える。
ジェットコースターのレールみたいに、
わくわくするようなアップダウンやループを描き、
日の光を浴びてピカピカの白銀色に輝いている。
『さあ、みなさん! オハコビ・スカイサーキットにやってきましたよ!』
と、フラップが意気揚々と言った。
『まあ、先ほどフリッタがちょこっとネタばらししちゃいましたけども……
ここは科学の力が詰まった、ヒトとオハコビ竜が競争できる夢の施設です。
プロからアマチュアまで、だれもが利用できるんです。
日がな一日中、毎日のようにレースが開かれている、のですが……
今日の午前中は、なんとぼくたちのために、
特別にレース時間が設けられているんです。
みなさん、ぜひともぼくたちとのレースに挑戦してみてくださいね!』
一番高いところに浮かぶ島に、
十五階建てのビルのようなコントロールタワーや、
巨大な観客スタンドが見える。あそこがサーキットのメイン施設のようだ。
いろんな建物がぎっしりとひしめいている。
フラップたちは、その施設の中へとすべるように降りて入った……
全員着地し、子どもたちがポッドから次々出てくる。
正面ゲートのむこうには、広大なチケット売り場らしき空間があった。
サーキットで戦うレーサーたちの勇姿を見物するためか、
または午後のレースを登録するためか、すでに多くの亜人たちがならんでいる。
「……今日の午前中は、地上界から来た子どもたちのために、
サーキットが貸し切りなんだと。
ほら、あそこに見えるオレンジ色の服を着た子たちだよ」
「あっ、ホントだわ。はじめて見る!
だから今日の会場日程がいつもと違うのね」
「せっかくだ。地上界の子たちがどこまでやれるか、
レーサー目線でじっくり楽しませてもらうとしますか」
「今日は敏腕レーサーのフューマスが出るんだ。
この時間からチケット買わないと、すぐに観客席が埋まっちゃうんだよな」
「レゴスのレースは今日の午後五時? うひゃー、早く来すぎたな~」
二十三人の子どもたちは、
オハコビ竜とのレースをしてみたくて、うずうずとしていた。
さすがは勇敢なる選ばれし子どもたちだ。挑戦の二文字にはとことん積極的だ。
「待ってたよ、みんな! こっち、こっち!」
奥への入場ゲートの前に、だれかが子どもたちとその竜たちを手招きしていた。
みんなはぞろぞろとそちらへむかった。
だれかと思えば、赤ぶち眼鏡のモニカさんだった。
なんと、赤いタンクトップなタイトワンピを身につけている。
両腕には白いロンググローブ、両脚は赤とピンクのロングブーツ。
まるでレースマシンのパイロットのようだ。
自分もレースに出るつもりなのだろうか。
「みんな、わたしの格好を見てびっくりしてるみたいだけど、
時間も押してるし、さっそくみんなに聞かせてね……
オハコビ竜と競争してみたい子! 手を上げて、は~い!」
子どもたちは、もちろんいっせいに手を上げた。
「おおっ、一、二、三、四、五…………二十三!
全員参加だね、オッケー! みんなすごいね、お姉さん嬉しいな。
じゃあ、みんなのレーサー登録をして、と――」
モニカさんは、手に持ったタブレット端末を操作して、
最後に、はい完了! と強くタップした。
「それじゃあ、みんなが乗るマシンについて紹介をするから、
奥のレクチャールームに移動しよっか。
竜さんたちも、わたしといっしょに来てください……
というかフラップくん、なんだか浮かない顔だね、どうしたの?」
「なんかぼく、さっきから胸がザワザワするんですよ。
今日ここで、大変なことが起こる気がして」
「ハルトにさー、勝ったらコテンパンにされるかもって思ってんでしょー?」
と、ケントが冗談めかして言った。
「べつに、そんなことしないし……」
と、ハルトは言った。
子どもたちとその竜たちは、モニカさんに続いて、
入場ゲートを顔パス同然にさっとくぐりぬけた。
亜人客でにぎわうメインホール――
観戦用のテイクアウト店やお土産店がならんでいる――を右手に見て、
そのままさらに通路を歩いていき、突きあたりの大きなドアをくぐった。
そこは、何十台もの大きなマシンがならぶ、広々としたレクチャールームだった。
どのマシンも、縦長の流線型の機体で、
銀色のボディに、機体ごとに違う色のホバーリングがついていた。
前後に一つずつ座席がついた、二人乗りタイプだ。
さらに面白いのは、どの機体にも、先頭にクールな竜の顔がついているところだ。
「これぞ、みんなが乗る『ドラゴンスピーダー』でーす!」
モニカさんが両腕を広げながら言った。なぜだかとても得意げだ。
「ここにあるのはレクチャー用だから飛べないけど、
本番機はちゃんと用意してあるから安心してね。
まずはここで、しっかり操縦方法をおぼえよう。
大丈夫、だれでもゲーム感覚で操作できる、
もっとも簡単なタイプだから――プロはもっと本格的なタイプに乗るけどね~」
彼女はまるで、自分はプロだ、とでも言いたげだった。
「座席は、前と後ろで役割が違います。
前の座席は、機体を左右に動かす操縦席。
後ろの席は、前の操縦者をアシストする補助席です。
みんな、エッグポッドの時と同じペアになって、好きなマシンに乗りこんでね。
どっちの席に座るかも、ちゃんと話しあってね」
子どもたちは指定されたペアを組んで、
次々にレクチャーマシンにむかっていった。
だが、ハルトにはペアがいなかった。
ひとり取り残されたハルトに、フラップが声をかけた。
「ハルトくんのペアは……スズカさんの予定だったんですけど」
「いないよね、うん。
でもぼくには、代わりのペアがちゃんと決まってるんだよね?」
「もちろんですとも! 今回はハルトくんだけ特別措置としまして――」
「わたしが、ハルトくんのペアにつきまあす」
モニカさんがハルトのそばに立っていた。
ハルトは、胃袋がひっくり返るほど驚いた。
「えええっ!? モニカさんが?」
「あれえ、お姉さんがいっしょだと心配?
大丈夫、ちゃんと後ろの席からアシストするから、
ハルトくんはマシンの操縦に集中していてね」
まさか、大人といっしょに乗ることになろうとは。
でも、他に参加者はいないし、ハルトには選択肢がなかった。
「……分かりました。もう、だれでもいいや。
ぼく最初から、自分のハンドルさばきでフラップに勝つって決めてたから。
よろしくお願いします」
「はいはーい、こちらこそよろしくね。
ハルトくんの男らしい操縦で、お姉さんをたっぷり酔わせてね」
ともかくハルトは、空いていた機体に乗りこんだ。
モニカさんは、
自分にはレクチャーは必要ないからマシンの外からハルトを見てる、と言った。
操縦席について左右のレバーをにぎると、
なるほど、頭の後ろまでとてもふかふかしたシートだ。
レバーにもやわらかいグリップカバーがついていて、触り心地まで抜群にいい。
どうやら前後に動かせるようだ。
竜のやわらかい背中に乗っているような安心感と、
何とも言えない高揚感がわいてきた。
ハルトが座ったのを認識して、目の前に空中モニターがぱっと現れた。
『――はじめてのあなたへ、ドラゴンスピーダー入門レッス~ン!』
陽気なタイトルコールがなされると、すぐにレクチャー映像が開始された。
『このサーキットでは、オハコビ竜とヒト二人に分かれて、
超高速でエキサイティングなレースを楽しめます。
あなたは、オハコビ竜のスピードを超えることができるかな?』
「超えないと、スズカちゃんに報告できないから」
ハルトは気合いと熱意をこめてそうつぶやいた。




