1
ゲートの光をぬけて、車両内の子どもたちの幼い目に飛びこんできた光景。
それは、みんなの想像をはるかに凌駕するものだった。
『――まもなく、東オハコビ十番隊が到着いたします。
ウタカタ島へむかわれるお客様は、
第十層・三番ポートへ、お急ぎくださいませ――』
天にこだまするようなアナウンスの声。
駅のホームで耳にするような声とは、
ボリュームも、反響の重みも、まるで比べものにならない。圧倒的な音量だ。
ひゅん! ひゅんひゅん、ひゅーん!
ひゅひゅん! ひゅん、ひゅんひゅーん!
おびただしい数のオハコビ竜が、四方八方を飛び交っている。
色彩豊かな、数えきれないほどの竜たちが、いくつもの群れをなしている。
こんなに、こんなにたくさんいるものだったのか。
中には、フラップたちと同じフライトスーツを着ている者もいる。
そのスーツの胸あたりにつけたホルダー機器に一つずつ入れられた、
あの卵はなんだ? 橙色のやら桃色のやら。
『空の長旅でお疲れの際は、
ぜひ、サービス満載のオハコビ・インをご利用ください』
見渡す限りに目にとまる広告モニター。
見覚えのないロゴマークや映像ばかりだ。
『ドラゴン運輸』、『モクモ島リゾート』、
『オハコビ遊覧カンパニー』、『竜犬新聞社』――。
それだけじゃない。
吹きぬけになったこの大空間を見下ろすかのように、
天をあおぐほど何層にもおおい重なったたくさんの広大なフロア。
美しい曲線を描くチューブロード。
そして、吹きぬけの真上をおおいつくすガラス窓からのぞく、
目の覚めるような青い空――。
『みなさん、セントラル・オハコビ・ターミナルへ、ようこそ!』
フラップが、意気揚々とした声で言った。
『ここは空中に浮かぶ、空港と都市がひとつになったところ。
ぼくの仲間がたっくさん暮らしている場所。
ぼくたちオハコビ隊の、本拠地です!』
空中? まさか。
ハルトはすぐさま、車窓から下をのぞいてみた。
驚くべきことには、フラップの言う通りだった。
吹きぬけの下は、底がぽっかりぬけており、かわりに、
もこもこと広がる雲海がはるか下に――あの鮮やかな白さ、本物だ……。
「わああ、あ、あぁぁ……」
スズカは、目の前に広がる光景に目がくらみそうだった。
建物の何もかもが透きとおったような色をしていて、息をのむほど美しい。
さながら未来都市のようだ。
この巨大すぎる空中施設が、すべて一つの組織のものだなんて。
「さあ、まもなくスカイ・ステーションに到着しますよ」
小宇宙のような吹きぬけ空間の先に、いくつもの細い着陸ポイントが見えてきた。
フラップ、フリッタ、フレッドの三頭は、トレインと仲間の竜たちを引き連れて、
まっすぐ滑りこむように降下していった。
少しずつ空中ブレーキをかけつつ、着陸ポイントのすぐ上までくると、
トレインを乱雑に着陸させないように、そうっと優しく……
水中に沈みこむ布のような具合に降りていく。
そして、今まさに――着陸した。スライドドアが開く。
ぞろぞろと車外に出た子どもたちは、からりとした清々しい空気と、
ザワザワと大気を震わせるような喧騒に包まれた。
「ハルトくーん、スズカちゃーん。いよっ!」
一番列車のほうから、ケントたち東京四人組がふたりのもとへ歩いてきた。
声をかけたのはアカネだ。彼らが近づいてくると、
スズカは急におどおどして、背中をむけてしまった。
それにしても、さすが経験者たち。
そのたたずまいには、気持ちの余裕が感じられる。
「ふたりとも、スカイトレインで気持ち悪くならなかったかい?」
「というか、おれたちまたやってきたんだっけなあ、スカイランド!」
「ええ! ぼくたち、戻ってきたんですよ。
これからまた、楽しすぎる三日間が待ってると思うと――」
「ああもう、あたし、背中に羽が生えちゃうかも!」
ケント、タスク、アカネ、トキオの四人は、
再びおとずれる夢のような日々に期待をふくらませ、
ウキウキが五臓六腑にみなぎっている様子だった。
そうだ、とハルトは自覚した。ぼくたちは、スカイランドへやってきたんだ!
*
子どもたちは、左右を見回したり、興奮してしゃべったりしながら、
フラップたちに案内されて大きなアーチをくぐり、エントランスホールへと出た。
ターミナルの中は、面白いことに、
多種多様な姿をした『ヒト』でごった返していた。
しっぽを生やした動物のようなヒトに、魚人や植物人のような見た目のヒト。
それに、説明のややこしそうな異星人らしいヒトまで……。
映画やゲームでしか見たことのない光景が、目の前に広がっている。
「――ねえママ、ウサギノ島へ行けるのは、何層の何番ポートからだっけ?」
「おれはさっき、大キノコ島から来たんだが、乗りつぎが面倒くさくてよう……」
「にしても、あいかわらずでっかい施設だよねえ。
あたし、なんだか迷いそう――」
「ちょっとすまないが、魚人スキンケア・センターは何層だったかね……?」
雑踏にまぎれて聞こえてくる、大勢の利用客たちの声。
ぼくらは夢でも見ているのか。
それとも、オンラインゲームの世界に入りこんでしまったとか?
「ああ……うぅ」
スズカがかすかに弱々しい声をもらした。その足がおぼつかずにふらふらしている。
「だ、大丈夫?」
スズカは、今にも床にへたりこみそうだったが、
声をかけてきたハルトの顔を見ようとはしなかった。
「ツアー参加者のみなさん、ここまでお疲れ様です!」
子どもたちの前にならんだ十二頭のオハコビ竜たちが、いっせいにお辞儀をする。
子どもたちは、思いもよらずに目をしばたたいた。
いや、悪い気はしないけれど、なんだか照れくさい。接待を受けているみたいだ。
ガヤガヤガヤ……。見れば、周囲の利用客たちも、
この不思議な光景を見ようと野次馬になって集まっていた。
注目されたのは、人間の子どもたちのほうだ。
「おーい、地上人の子どもがいるぞ!」
「うわあ、ホントだ。オレ、ホンモノ見たのはじめてだよ……」
「へえ、みんなかわいいわねえ」
「でも、これまで何度か来たことあるらしいぞ――」
興味津々なのもそのはず。スカイランドの住人たちにとって、
地上界の人間はすこぶるめずらしい存在なのだ。
そんな利用客の群れを見て、子どもたちはふと思った。
自分たち以外の人間が、ひとりも見当たらない――。
「人間がひとりも見当たらない、と思っているところではないですかね?」
ひょうひょうとした男の声がして、
竜たちの後ろ側にいた人垣がはたと反応して道を開けた。
竜たちも、その聞きなれたような声に反応をしめし、いち早く左右に移動した。
「みなさんのまわりにお集まりいただいているは、
この世界で『亜人』とよばれている類の方々。
日々、わがオハコビ・ターミナルをご利用いただいているヒトビトですよ」
子どもたちの前に現れたのは、あのクロワキ氏だった。
彼は、子どもたちの到着を心待ちにしていたというように、
ニッコリしながら歩いてきた。
その服装は、地上界にいた時とはがらりと印象が変わっている。
まるで全身水色の宇宙船船長のような服だ。
船長帽はかぶっていないが、あいかわらずサングラスはかかしていない。
その服の胸あたりに、赤いオハコビ竜のマークが刺繍されていた。
おそらく、オハコビ隊員のしるしなのだろう。
「地上人のみなさん、スカイランドへようこそ!
あらためまして、わたしはオハコビ隊の『地上人歓迎プロジェクト』主任、
ハマ・クロワキと申します。よろしくねえ」
そう言って、クロワキ氏は子どもたちに手をふった。
そのとたん、オハコビ竜たちや、周囲の野次馬たちから拍手がわき起った。
クロワキ氏は、その拍手にたいして、
どうもありがとう、とお礼を返してから、こう続けた。
「さて、ここはスリープ状態で見る夢の中でなければ、
よくあるゲームの中でもありません。
何を隠そう、実在する異世界なんですよねえ! それも、
さっきみなさんの通ってきたゲートがなければ来ることのできない、
どこまでも広がる天空の世界」
クロワキ氏によれば、このターミナルに入ってきた方角に、
いくつかの円状のゲートが浮かんでいるという。
それらはつねに時計のように回転しながら、
地上界への扉が開かれる時間を待っていると――
のちに子どもたちも、その巨大なゲートたちの動く様子を目で見て知るのだった。
「ホントにすごいものでしょう? ――とまあ、かく語りますけども、
じつはわたしこう見えて、多忙な身でしてねぇ……。
いやあ、もっとお話したいんですが、すみません。
あとは補佐官にいろいろとお任せしてますので。
さあ、ご登場いただきましょうか……いらっしゃーい!」
クロワキ氏が、ふりむきざまに右手をあげて叫ぶと、
人垣の中に開いた場所から、ひとりのごく年若い女性が歩み出てきた。
「ああっ!」
ハルトとスズカをふくめ、ケント班はみんな思わず声が出てしまった。
それはだれあろう、ケント班の世話係、モニカさんだった。
彼女は、白のジャケットに藍色のハーフパンツと、水色のワイシャツ、
胸にはピンク色のネクタイまで巻いていた。
ただ、こちらも赤ぶち眼鏡はかかしていない。よく見れば、
彼女のジャケットにも、オハコビ隊員のエンブレムが刺繍されている。
手に携えているのは、平らなタブレット端末だ。
モニカさんは、いささか緊張したような面持ちで、クロワキ氏の隣に進み出た。
「みなさん、ようこそ。あらためまして、クロワキ主任の補佐、モニカです」
モニカさんは、
地上とはまるで違って礼儀正しく、凛とした雰囲気をかもし出していた。




