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スカイランド……魅惑的な響き。
そして、まだ見ぬその世界から、オハコビ竜たちはやってきた。
そのオハコビ竜たちのなかから、三頭がクロワキ氏のそばへと歩み出てきた。
一頭はフラップ、あとの二頭は、
ケントたち四人組とたわむれていた黄色と青のオハコビ竜だ。
黄色いオハコビ竜――この愛らしい声はメスだろう――は元気よく言った。
「はいはーい! 賑わっているところ悪いけど、
くわしいことやスカイランドでの予定は、みんなにはまだ秘密だよん」
次に青いオハコビ竜――この低めの声はオスに違いない――は爽やかに言った。
「なにが待っているか。どうやって行って、帰ってくるかも分からない……
それを含めて、ちょっとした冒険を味わってほしいというわけさ」
そして赤いオハコビ竜のフラップが、オスらしからぬ女の人みたいな声で言った。
「――スカイランドは、とっても標高の高い場所にあります。
慣れない地上界のみなさんには、あそこの空気は薄いし、
それに、すっごく冷えるんです。でも、ご安心ください!」
「俺たちオハコビ隊が、キミたちが快適かつ健康的にすごせるよう、
万全の用意を整えているからね」
「何より、アタシたちオハコビ竜が、素敵な空の旅を保証しまーす!」
この三頭は、どうやら仲よしのようだ。
こうして竜たちを代表し、三頭でいっしょに説明しながら、
だよねえ、と同意しあうようなそぶりを見せるのがその証拠だった。
仲よしといえば、その時ケントたち東京の四人組も、
竜たちの話が終わるタイミングを見計らっていたように立ち上がり、
クロワキ氏のそばへと進み出てきた。
そういえば、この四人はキャンプの経験者だ。
四人は、何も知らない子どもたちのためにアピールをしはじめた。
「スカイランドはさ、いろいろとすっげー場所なんだよな。
見たことない生き物なんかもいっぱいいてさ!」
「たしかに慣れない場所だったけれど、ぼくたちはオハコビ隊のおかげで、
ピンピンして帰ってこれたしさ」
「あたしは、みんなにスカイランドを見てほしいな。
ホント、夢みたいな場所だから」
「まあ、もし怖ければこのキャンプ場に残るという選択肢もありますけど、
ぜひ、いっしょに来てください。オハコビ竜も、とってもたよりになりますから」
ケントも、タスクも、アカネもトキオも、
嘘を言っているようには見えなかった。
初参加者たちは悩んだ。
家族や友達にだまって、そんな不思議なところへ行ってもいいのか。
生きてまたここに帰ってこられるのか――。
*
ハルトは、迷わなかった。未知の世界に、未知の体験。
素敵な竜とすごす、驚きと危険と神秘のにおいただよう、空のむこうへの旅――
ぼくのためにあるような旅だ。
思い立ったが吉日。ハルトは、勢いよく立ち上がっていた。
「ぼく、行きます! ……スカイランド、連れてってくださあい!」
おおっと、子どもたちから声が上がった。
「いいねえ、キミ! 一番に名乗り出るとは、チャレンジャーだね!」
クロワキ氏が、感心するように腕組みをした。
「……わ、わたしも、いきた、い、です……」
そばでだれかが興奮して名乗り出たと思ったら、
スズカが手を上げているではないか。
「空、飛びた、い……もっと」
暗い雲がかかっていたその目は、
今や願望に満ちていて、しっかりと見開かれている。
ぼくも! わたしも! おれも――。
ハルトの志願がきっかけになり、
まわりの子どもたちも、我先にと参加を希望していく。
「おおお! みなさん、ありがとうねえ」
クロワキ氏は、嬉々とした顔をして言った。
「じつは、みなさんのお名前は、すでにスカイランドツアーの参加者リストに、
ばーっちり登録されているんですよ。……でもまあ、もし、
自分は参加したくないよ~、という子がいましたら、このあと、
わたしのところに、コッソリ、言いに来てくれれば結構ですからね」
そして集会が終わるなり、今度はオハコビ竜との触れあいタイムがはじまった。
フラップは、一目散にハルトのところに飛んできて、声をかけてくれた。
「ハルトくんのおかげで、
たくさんの子がその気になってくれましたよ。ありがとう!」
「いや、そんな。ぼく、もっとキミたちのことが知りたくて。
そのためには、キミたちの世界に行ってみるのが、一番だと思ったんだ」
その夕方、大人たちが作ってくれた大鍋いっぱいのカレーを、
オハコビ竜たちといっしょに食べてすごした。
班ごとに集まってビール瓶ケースに腰かけながら、
各班が出会ったオハコビ竜たちと楽しく語りあい、
キャンプ場は夕暮れの不思議なにぎわいに包まれた。
竜たちは、人間の作ったごく普通のカレーを、
大きなアルミ容器の上に山盛りによそってもらうと、
器用にスプーンを使いながら、おいしそうに食べていた。
モニカさんが言うには、
彼らの食べるものは人間とたいして変わらないのだそうだ。
「――ところでね、わたしたち大人がみんな外国人らしい名前なのは、
べつにニックネームだからじゃなくて、それがスカイランドでの本名だからなの。
だから、わたしの本名も『モニカ』そのもの。たとえ名前が不自然だとしても、
子どもたちにたいしてわざわざ本名を包み隠したくない――
それがクロワキさんの意向だったんだ」
一方、ケントたちは最初こそいっしょに語りあっていたが、
そのうち他の班によばれて席を立っていた。
おそらく、スカイランドのことを教えてほしいと言われたのだろう。
しかし、四人ともモニカさんから、
何も言わないように釘をさされていたから、どうだろうか。
ハルトは、隣に座ったフラップに、しきりに質問を投げかけていた。
スカイランドとはどういう世界なのか。明日どうやって行くのか。
でもフラップは、まだどの質問にも答えにくい顔で、懸命にはぐらかしていた。
どうやら、まだどうしても秘密をつらぬきたいらしい。
フラップは、救いをもとめるようなまなざしで、モニカさんを見た。
「モニカさん、ぼく、本当にこれでいいんですよね?」
「いいんだよ、フラップくん。
おたがい、プロジェクト初参加だから、悩むのもしょうがないけどね」
カレーのジャガイモをスプーンでほぐしながら、彼女は優しくそう答えた。
「ハルトくん、知らないかな。スニーク・プレビューって。
まあ、これは映画や乗り物のお披露目会とは違うんだけど、ものの例えね。
スカイランドがどんな場所で、どうやって行って帰ってくるのか、
何も知らせず、みんなの驚く反応を見たいの。わたしたちはね」
ランタンの暖色の灯りに照らされたモニカさんの瞳からは、
どこかいたずらっ子のような気配がただよっていた。
スズカは、ハルトたちの話を静かに聞いていた。
その皿には、ニンジンだけが残っている。
スプーンで一切れだけ口に運ぼうとしてはいるものの、なかなか決心がつかない。
その様子に、フラップはふと気がついた。
「あれ、スズカさん。ニンジンがお嫌いなんですか?」
スズカは、ただはずかしそうに押しだまって、
ニンジンののったスプーンを皿に置いた。
「よかったら、ぼくがかわりに、食べてあげましょうか――」
「まって、フラップ――スズカちゃん、その……がんばって」
ハルトは、スズカをそっと応援した。
スズカはその短い言葉に、なぜだか強く後押しされた気持ちになった。
スプーンを持つ手に力がみなぎる。
ドクドクと心音が高まっていく。思わずゴクリと生つばをのんだ。
ニンジンが、ゆっくりと開かれた口の前へ運ばれていき、そして……カプッ!
中に放りこまれた――
ニンジンはしっかりと煮こまれており、驚くほど甘くてやわらかかった。
フラップとモニカさんは、感心してその場面をながめていた。
ハルトは、内心ほっとしていた。なぜこんなにも安心感がわくのだろう?
スズカをただの気弱な子としてあつかってはいけない――
ニンジンとは自分で決着をつけるべきだ。
だれに何を教えられたわけでもないのに、そんな声が頭に響いたのだ。




