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【完結!】ぼくらのオハコビ竜-あなたの翼になりましょう-  作者: しろこ
第19章『最後の一日』
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時刻は午後五時十分――。


オハコビ竜たちとの楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。


今日も太陽が西の空に傾き、ターミナルの壮大な天窓からのぞく青空は、


どこか切ない夕焼け色に化粧を変えていく。



ターミナルの復旧作業は迅速に進んでいた。


運休していたスピードリフターは、全路線で運転を再開していたし、


ターミナルのあちこちの通路にうがたれた破壊の爪痕には、


急ピッチで修復作業が行われていた。通行人の邪魔になるガレキも、


オハコビ竜たちの活躍でほとんどが撤去されていた。



しかし、そんな復旧作業の風景とは明らかに異質な何かが、


このターミナルの中で展開されているようだった――。



昼食のバーベキューパーティーを挟みつつ、


思い思いの時間を過ごした二十四人と十二頭は、


ターミナル第十四層の『七番ポート』付近にある、


大吹きぬけ空間に面した休息テラスに集結していた。


モニカさんからの連絡により、午後五時にここに集合して、班ごとにテーブルに


ついているように言われたので、みんながそうしていたのだが……。



「あれってさ、何かのステージ……だよね?」



ハルトは、トキオにたいして確認の目を求めていた。



「ええ。大吹きぬけ空間の中央に、あんな空中ステージを設けるなんて……


どういうつもりなんでしょうね?」



これまで何度も奇妙そうな目で吹きぬけを見やっていたトキオが、


ハルトの右隣りの席からそう返事をした。



サッカースタジアムよりもはるかに広大な吹きぬけ空間の中空には、


ウエディングケーキ型の巨大なステージが浮かんでいた。


神々しいほどのきらびやかなセットにおおわれていて、


ステージ下部には、円形状に取りつけられたノズルスカートが、


ピンクとイエローの煙を吹いていた。



それはまるで、アイドルスターが君臨するライブステージのようだった。



「なあ、みんなー。さっきからフリッタの姿が見えねーんだけどさ……」



ケントが落ちつきなくあたりをキョロキョロ見回しながら言った。



「トイレに行ったのかしらん? 一言でも言ってくれればいいのに」



スズカの隣に座っていたアカネも、口をとがらせていた。


その右手には、手のひらサイズのホットドッグがあった。



「――まあまあ、そうむくれないで」



フラップがアカネとスズカの後ろにやってきて言った。妙にウキウキした顔だ。



「たしかに、あの子はかなりのうっかり屋ですけど、


それほどお馬鹿さんじゃないのはよく知ってるでしょう?


ほら、ストロベリーソーダはいかがです?」



フライトスーツを脱いだ状態のフラップは、


なぜかジュースサーバー係になっていた。


首から重たそうなピンク色のドリンクボトルを下げ、ピンク色のベストを羽織り、


頭にはこれまたピンク色のサンバイザーをかぶっている。


メス竜と見紛うような格好だ。



「あいつのことはとりあえず心配するなよ。俺たちが保証するからさ」



フレッドが、トレーいっぱいのチキンナゲットボックスを両手に持って、


タスクとトキオの後ろにやってきた。


彼はイエローのベストに、イエローのサンバイザーをつけている。



フラップとフレッドだけではない。


テラスにいる十一頭の虹色の翼のメンバーは、全員が同じような格好をし、


何らかのジュースや食べ物を携えて、


子どもたちの間を売り子のようにウキウキしながら歩いていた。



ターミナル全体に満ちるリズミカルな音楽が、


これから訪れるであろう大きなイベントの訪れを予兆させていた。


第十層~十六層の大吹きぬけに面した通路の縁や、各地の休憩テラスには、


ターミナル復旧の知らせを受けて戻ってきた大勢の亜人客が詰めかけていた。


仕事上がりのオハコビ竜たちの姿も多くある。


彼らは見るからに、ライブステージの観客たちだった。


多くの客たちが、手に手にピンクやイエローの長方形タオルを持っている。


そのタオルには、ハルトやスズカも見慣れた


二頭のオハコビ竜たちにそっくりな顔が。



これはまさか? いや、いくらなんでもこれは――。



「ところでハルトくん、スズカさん」



フラップが、何も分からずにただ黙々とチキンナゲットをパクついていた二人に、


こっそりと耳元でささやいてきた。



「お二人はフロルとフリッタ、どっちのほうが好きですか? オハコビ竜として」



「えっ、な、何いきなり?」



「お聞きしたいだけなんですよ。さあほら、素直なお気持ちで」



「……よく分かんないけど、ぼくは、その……フリッタかな?」



『わたしは、フロル? でもどうしてそんなこと?』



「ふふっ、ステージを見ていれば、分かってもらえると思いますよ」



その時だ。それまでターミナルに流れていたリズムカルな曲が、


突然ピタリと止んだかと思うと、たちまち曲調が変わった。


流れてきたのは、ハイテンポで華やかなポップミュージック。


ターミナル中の観客たちがどっと沸き上がり、


手に持ったタオルを高々と広げたり、ブンブンと回したりしはじめた。



『えっ、なになに?!』スズカがあたふたした。



ライブステージ一面に光がパアッと灯った。


各段の縁から、ピンクやイエローのステージライトがのび上がり、


ターミナル各層のプレート側面に取りつけられた機器から


無数のレーザーライトが照射される。



『――紳士淑女のみなさま! 宴の時間がやってまいりましたぞ!』



ターミナルをゆるがすほどの大歓声の中、


聞き覚えのあるやんちゃな男の子っぽい声が爆音のごとくひびき渡った。


空の便の発着アナウンスに使用される、拡声放送装置を利用しているのだ。



『華やかなライブステージの開幕宣言は、


このオハコビ隊最高責任官――フラクタールが務めさせていただきましょうぞ!』



ハルトたちが最初にターミナルに入ってきたサテライトゲートの出口付近に、


超巨大な空中スクリーンが突如として現れる――



そこには、豪華な真紅のソファに腰かけたフラクタールの姿が、


スクリーンいっぱいに映し出されていた。


小さな体に、極小サイズのソファがあてがわれていたため、


子どもたちは最初、フラクタールが巨大化したかのように錯覚してしまった。



「うげーええぇ! あいつだー! どでかく映りやがったあ!」



ケントが絶叫していた。彼の右手から、食べかけホットドッグの


ソーセージがポロリとテーブルに落ちた。



「ホントに最高責任官じみてるな、あれ……」


と、タスクが言った。



『さて今宵は、結成からわずか二年で竜族界の一大スターダムにのし上がった、


奇跡のオハコビ隊員ユニット――


《タツマキMIX》によるターミナルライブですじゃ!』



フラクタールは、何度見ても偉大さを感じさせない小ささと愛嬌ぶりだ。


それなのに、大歓声を送りながら手をふる亜人客たちや、


恐れ多さに身を固めて敬礼してしまうオハコビ竜たち……


スクリーンに映るその子を見つめる観客たちからは、


熱烈な敬愛のエネルギーがことごとく感じられた。


だれもが自然と信用したくなる何かがあるのだろう。



『――此度、われわれオハコビ隊は大きな厄難に見舞われたが、


こうして乗り越えることができた。


これもひとえに、今ここにお集まりのお客様方のご声援のおかげですじゃ。


今宵のライブは、そんなみなさまへの感謝の思いもこめてお送りいたしますぞ。



さあ! そろそろ《タツマキMIX》の二頭にお越しいただこう!


歌えや踊れのターミナルライブ、ここに開幕うぅぅー!」



ウサギみたいに小さな手を突き上げながら叫ぶ姿を最後に、


フラクタールの空中スクリーンが消え去った。



直後、ステージ各段に開いたいくつもの奈落の穴から、


たくさんの人間や亜人のバンドメンバーがせり上がってきた。


さまざまな楽器を手にしたメンバーたちの力強い演奏に、


ターミナル全体の熱気がますます上がっていく。無数のタオルが回る回る――。



吹きぬけ空間の下から、二つの何かが、


むかい合わせに螺旋を描いて上昇してきた。


ピンクとイエローの光の尾をひいてステージに上がってくる二つの姿に、


観客がドカーンと沸き上がった。




「みんなぁ、お待たせ!!」



「よばれて飛び出てみましたヨー!!」




フリルのついた愛らしいピチピチスーツを身につけた二頭が、


ステージの頂上でまばゆいスポットライトを浴びながら、


観客たちにむかって手をふった。ゴーグルガラスつきのヘッドセットを装着し、


アイドル感満載の愛嬌ある笑顔をふりまくその二頭は――。




「「みんなの歌う翼、タツマキMIXでーす!!」」




どう見てもフリッタとフロルだ!


ステージ頭上に現れた四つの空中スクリーンを見れば、


子どもたちには一目瞭然だった。



ハルトたちの周囲のテーブルから、


子どもたちが一人また一人と勢いよく立ち上がり、


わけもなさそうに歓声を上げはじめていた。


フラップたち十一頭も、「イエーイ!」と叫んで場を盛り上げはじめた。


現場はもう嵐のようだった。



ケント班の六人はというと――テーブル席から一人も立ち上がることもできず、


ただ雷に撃たれたような表情で固まっていた。



(こういうわけだったのか!!)



六人の心境を言葉に変えて重ねてみると、この一言で一致するに違いない。



「サプライズ大成功みたいですね!」



フラップがケント班六人を見回しながら、嬉々として言った。



一番に硬直から回復したハルトは、


ステージの上でスイスイ泳ぎながら歌い出すフリッタとフロルを注視し、


やはりあの二頭だと思わざるを得ない気持ちで言った。



「……サプライズされすぎで頭が整理できてない!


どういうこと、コレ!?」



「どうもこうも、ご覧のとおりだよ!」



フレッドは、チキンナゲットボックスの山を抱えながら


陽気に体をゆらしていた。



「俺たち二頭の大親友、フリッタとフロルは、


スーパーアイドルユニットとしての第二の顔を持ってたわけさ!


な、フラップ?」



「もちろん、オハコビ隊以外には本名を発表していないし、


似たようなメス竜はいっぱいいるから、


世間にはほとんど正体を知られてませんけどね。


フリッタは『タツちゃん』、フロルは『マキちゃん』ってよばれていて、


ふたりとも同じくらい人気があるんですよ!」



「なんだかよくわかんねーけど、無性に騒ぎてぇー!!」



「いいよぉ、フリッタぁ! あたしたちのフリッタぁーー!!」



いつの間にかケントとアカネが席を立ち、


楽しく優雅に歌っているフリッタにむかって、


周囲の歓声に負けないくらいの大声で声援を送りはじめていた。


それに釣られて、タスクとトキオも立ち上がって愉快に手拍子なんかをしだした。



ハルトとスズカも、じっとしていられずに立ち上がっていた――


二人の胸には、フロルへの労いの気持ちでいっぱいになっていた。


考えてみれば、もしフロルがオハコビ隊員を辞めていれば、


今あのステージの上に立って、


大親友のフリッタと楽しく歌うことは二度となかったのだ。


一万を超えるほどの観客が、こうしてターミナルに集結することだって――。



スズカの心に、一つの言葉が自然と浮かんできた。



(フロル、またフリッタと歌えてよかったね)



「ホントだよね、スズカちゃん!」



ハルトにだけは、スズカの心の声がちゃんと聞こえていた。



タツマキMIXのふたりは、その後もキラメキに満ちたナンバーを次々と歌い続け、


ターミナルの天窓には美しい群青色の空が広がった。


愛らしい歌声と無数のライトが織りなすライブは、


二十四人の子どもたちのツアーの最後を盛大に彩っていった。


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