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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
庇護欲をそそるという言葉は、何も女子供に向けてのものだけじゃない
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「─── ははっ、それは災難だったね。でも、グレイアスに上げ底の質問をするのは禁句だよ」

「はいっ、もう二度と口にしません!」


 ついさっき「この婚約がお仕事だと失言しないか」と聞かれたときは、断言できなかったくせに、グレイアスの上げ底に関して二度と質問しないと誓って言える自分に「それって、どうよ?」と突っ込みを入れたくなる。


 だが、ノアはその辺は胸にちゃっかり収めて、アシェルに向け元気よく返事をした。


 だだっ広いけれど、たった二人だけしかテーブルに着いていない豪華な食堂で。





 結局、ノアは無事ディナーにありつくことができた。


 激高したグレイアスが怒涛の説教を始めようとした瞬間、アシェルの護衛騎士であるイーサン・クルゴが「そろそろご飯だよー」と迎えに来てくれたのだ。


 これまでイーサンとは特に接点もなく、こちらとしても別段仲良くなる必要がなかったので程よい距離を保っていたが、この一件でノアは一気にイーサンに好意をもった。


 ただ上げ底事件をアシェルに告げ口するのは、如何なものかと思う。


 でも、主に尋ねられたらなんでも答えなければならないのが側近のお仕事である。

 目の前にご馳走が並んでいても、つまみ食いもできず、ただただ護衛に徹しないといけないお仕事なのである。


 そして元を辿れば、いつまでたっても魔法文字を解読できない自分に非があるので、ノアは甘んじてこの現実を受け入れることにした。

 

(結局、グレイアスさんから”そんなこと”の真相は聞けなかったなぁ)


 ノアはキノコのスープをスプーンですくいながら、ぼんやりと考える。


 グレイアスは、この偽り婚約の提案者であるだけあって、ノアがどれだけ出来損ないの生徒であっても「殿下に相応しくない」とか「もうやめろ」とか否定的なことは言わない。


 勉強ができなくて嫌味を言うのは、ただ単に彼が堪え性が無いだけ。見放すことは絶対にしない。


 そんなグレイアスのことをノアは尊敬しているし、誘拐犯である彼のことを今では先生と呼ぶのに抵抗は無い。


「ノア、グレイアスのことはもう気にしなくていいよ。勉強も、少し頑張り過ぎているから、ちょっとお休みしようか」


 スープ皿にスプーンを突っ込んだまま固まってしまったノアに、アシェルは優しい言葉をかけてくれる。


 しかし、そう言われてしまうと逆に頷くことに抵抗を持ってしまうのは、自分が天邪鬼なのだろうと、ノアは自己嫌悪してしまう。


(つくづく自分は可愛げが無い)


 でも、奇麗な服を着てお茶を飲んで、キノコ料理に舌鼓を打って、昼寝して、アシェルの話し相手になるだけにしては高すぎる給金をもらっているのも現実だ。


 楽して稼げるなんて夢のような話だけれど、やはりお給料分働くのが筋だろう。


「殿下、ご心配かけて申し訳ございません。でも、まだ頑張ります」


 スプーンをテーブルに置いて、姿勢をきちんと正してからノアがきっぱりと宣言すれば、アシェルは花がほころぶように笑った。


「ありがとう、ノア。私は君と出会えて本当に嬉しいよ。でも、無理は禁物だよ。何かあればちゃんと私に言うんだよ。いいね?」

「はい!」


 食い気味に頷いたノアは、再びスプーンを手にする。


 明日、グレイアス先生に顔を合わせるのは気が重いが、きのこスープは安定の美味しさだった。


(きっとシェフは、キノコの精霊と仲良しなのだ)


 そんなことを考えながら、ノアはまた一口スープを口に含んだ。







「─── おやまぁ、扱いがお上手で」


 ぼそっと呟いたのは、ずっとグレイアスの傍にいる護衛騎士のイーサンだった。


 それに気付いたアシェルは、ノアに気付かれぬよう彼に顔を向ける。


 意味ありげな、それでいて何かを企んでいるかのような、不敵な笑みを。





 雨が降っている。ざあざあと窓を叩きつけるように。


 ここハニスフレグ国は、季節の変わり目には必ず長雨になる。それは至る所にいる精霊が天からの恵である雨を降らせるよう精霊王に頼んでいるからだといわれている。


 精霊を見ることができない魔力ゼロのノアでは、それが嘘か本当なのか確認することはできない。だが、大多数の人間がそうだと言っているならそれで良いと思っている。


 ただ、もし精霊が人の為に雨を降らせてくれるなら、屋根に穴が空いている貧乏孤児院にだけは降らせないで欲しいとも思っていたりする。


 でも魔力ゼロのノアは、精霊を見ることも、訴えることもできないので、孤児院の皆には力を合わせて乗り切って欲しいという結論に至った次第である。


 



 ─── ボーン、ボーン。


 小鳥の彫刻が美しいご立派な柱時計の2本の針がカチッと揃った瞬間、ずっしりと重たい音が鳴り部屋に響き渡る。


(……ああ、時間だ)


 ソファでだらしなく座っていたノアは、手にしていたキノコ図鑑をパタンと閉じた。ついでに、こっそりため息も吐く。


 グレイアス先生の底上げ事件から半月経過した。


 ノアは未だにアシェルの仮初の婚約者として頑張っている。しかし、次のお給料日で目標額が達成するので、あと3日で退職するつもりだ。


 でも、アシェルには、まだ伝えてなかったりする。


 それは彼との契約を軽んじて、当日に言えば良いじゃんと思っているわけじゃない。


 また万が一、急な出費が必要になるかもしれないから保険をかけてギリギリに伝えようとセコイ考えを持っているわけでもない。


 ただ単に言い出せないのだ。アシェルが何かにつけて「一緒に居られて嬉しい」と口にするもんで。


 誰かに必要とされるとは純粋に嬉しい。


 要らないと捨てられた過去が、余計にそう感じさせているだけだとわかっているが、やっぱり嬉しいものは嬉しい。


 逆に、自分の言動のせいで相手ががっかりするのは、見たくない。


 だから明日伝えよう、明日こそ伝えよう、明日は絶対に言おう!そんなことを繰り返して、残り3日となってしまったのだ。


 そして今日も「まぁ、ディナーのお時間に伝えよう」と狡い結論を下す。


 そんなわけで、先延ばしにしたノアは何食わぬ顔をして、グレイアス先生の元に行かなければいけない。でも、気が重いし、ぶっちゃけ行きたくない。


「ノア、時間だけど今日はお休みするかい?」


 キノコ図鑑をぎゅっと抱きしめて、むむむっと唸っていれば、すぐ横から気遣う優しい声が降ってきた。


 今更ではあるが、ノアは現在アシェルの執務室にいる。


 付け加えると、アシェルはここで絶賛お仕事中だったりもする。 

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