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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
庇護欲をそそるという言葉は、何も女子供に向けてのものだけじゃない
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【王様の命令は絶対!!】


 というわけで、ノアはアシェルの婚約者となった。


 

 ノアがお城に誘拐されたのは、雪が溶けたばかりの春の始め。それから3ヶ月が過ぎようとしていた。


 ちょっと前まで霞がかった青空が広がっていたのに、気付けば水色の空に花びらが舞っている。


 花満開のこの季節は、小鳥でさえも胸躍るのだろう。そのさえずりさえも、どことなく溌剌としているように聞こえる。


 そんな花に埋もれた庭園で、ノアはロイヤルという言葉しか似合わない豪奢なテーブルに着席してアシェルと向き合っていた。


 盲目王子の日課である、午後のお茶に付き合うために。




「───ノア、今日のお菓子は何かな?」

「ええっと……丸い正体不明の焼き菓子のようです」

「そうかい。それは美味しそうだ。取り分けてくれるかな?」

「……はぁ」


 正体不明の菓子を美味しそうだと判断するアシェルの感性を疑うところだが、ここ王城の奥深くにある離宮ではそんな突っ込みを入れるものは誰一人いない。


 ノアを除いては。


「殿下、正体不明のものを口にするのは、いかがなものかと思いますよ」


 知らない人についていっちゃダメ、夜に一人歩きをしちゃダメ、寝る前に水分を取りすぎちゃダメ。


 それらと同じニュアンスでノアが、アシェルに提言しても、彼はにこにこと笑うだけ。


「ノアと一緒に食べれるならなんだって美味しいし、それに、私はここにいる者を信用しているから大丈夫」

「……はぁ」


 寛容なお言葉をいただいても、ノアはアシェルのことが心配でたまらない。


 この盲目王子ことアシェル・リアッド・イェ・ハニスフレグ27歳は、もう少し人を疑うべきだとノアは思っている。


 なぜなら彼は生まれつきの盲目ではない。

 17歳までは、その目に光を宿していたのだ。


 けれど、17歳もそろそろ終わりに近付いたとある日、彼は光を失った─── 呪いを受けて。


 呪った犯人は、10年経った今でもわからない。


 いや、もしかしたら公にできないだけで、本当は犯人を突き止めているのかもしれない。もしくはもう個人的に制裁を与えているのかもしれない。


 どちらにしても、もうアシェルの目は二度と元には戻らない。


 とはいえ、一度呪いを受けたのだから、二度目もあるかもと警戒するのが普通だろう。


 しかしアシェルは、側近2名を置くだけで、それ以外の対策は一切していない。


 あまりの無防備さに、ノアは毒味役を買って出た。


 崇高な自己犠牲の精神からではなく、キノコ好きが幸いして、ある程度毒に対して耐性を持っているからである。


 ……あと、こんな三食昼寝付きの生活に罪悪感を覚えていたのもあって。


 無理やり盲目王子の婚約者にさせられたのに、どうしてそんな謙虚なことをとお思いだろう。


 しかし、これには裏がある。


 盲目王子の婚約者になったノアだが、実はこれには前置きがある。


 ここだけの話、二人は「期間限定の、仮初の婚約者」だったりする。


 アシェルは盲目で王位継承権は剝奪されたが、れっきとした王族だ。見栄えだけなら、ローガンより遥かに王族だ。


 そして、王族と結婚したいと思う女性はごまんといるし、何が何でも自分の娘を王族に嫁がせたいと思う親はもっといる。


 ご存知の通り彼はイケメンでありながら、目が見えない。


 本来なら盲目というのは結婚においてハンデとなる可能性が高いのだが、女性側からすると大チャンスになる。


 彼の目が見えないことを良いことに、容姿が二流三流だってイケるんじゃないかと思う貴族令嬢が殺到して、見合い話は後を絶たないのだ。


 しかもそれは、一過性のものではなく年を取るごとに件数が増えている。


 毎日毎日、官僚から見合いをせっつかれ娘から預かった恋文をポケットにねじ込まれ、めったに参加しない夜会に出れば令嬢達にもみくちゃにされる日々。

 

 目が見えない相手に文をしたためる女性の神経がわからないが、愛の力で何とかなると思っているらしい。


 まぁそれは置いておいて、とにかくこんな生活が続いたアシェルは我慢の限界を迎えてしまったのだ。


 聞いたところによると、アシェルは結婚する気はないらしい。


 後継者問題で揉めるのは世の常であるから。自分の種がのちに、内乱を招くかもしれないことを知っているし、彼はそれを一番恐れている。


 だからアシェルは、ノアにこう持ちかけた。


「一先ず、私と婚約しませんか?()()()()()」と。


 契約内容は一ヶ月更新の日給制。残業ナシ。賄い付きの、昼寝付き。もちろん婚約者として傍にいなければならないが婚前交渉という名の不埒な要求は一切ナシ。


 貧乏孤児院を支えるべく、そろそろ自立して大きな町で出稼ぎに行きたいと思っていた矢先の提案であり、ノアはその有難すぎる申し出に二つ返事で頷いた。


 ただ、これは一部の人間しか知らないこと。


 王様だって知らない。バレたら虚偽罪あーんど不敬罪で間違いなく絞首台に直行だ。


 もちろんそのことをちゃんと理解して提案してくれたアシェルは、「絶対に大丈夫。もし仮にバレたり、疑われたら私が全部責任を取るから」と言ってくれた。


 だが、自分だって罪だとわかっていて乗っかったのだから責任は折半が正しい。とはいえ、死にたくはない。


 だからノアは必死に婚約者を演じる。


 まだ見ぬキノコを食す為に。そして、お世話になった貧乏孤児院に恩返しをするために。





 そんなこんなで、ノアはアシェルの為に得体の知れない焼き菓子───正式名称ファーブルトンを取り分ける。


 でも、アシェルの前に置く前に、ノアは一口失敬する。


 別に食い意地が張っているわけではない。自発的に毒見をしているだけだ。


 好きでここに来たわけではないが、多すぎるほどの給金はいただいているので、それなりの働きはするつもりだ。


 身の丈に合わない贅沢は身を亡ぼす。


 孤児院長のロキの教えを忠実に守る真面目で働き者─── それがノアなのである。


 ま、嫌になったらすぐにおさらばできるという気軽さからそうできているのもあるが、それくらいはご愛嬌ということで。

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