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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
派手派手しいギャラリーたちのおかげで、着飾った自分が霞んでいます
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 グォォォっと地獄の底から這い出てきたような唸り声をあげて魔獣がメインホールに姿を現した途端、招待客はパニックになった。


 衛兵や宮廷魔術師達が魔獣を撃退しようとする中、招待客は皆、礼儀作法などほっぽり出して青ざめた顔で我先にと出口を求めてごった返す。


 ノアだって本当に本当に、本っ当に申し訳ないが、今、一番大事なのはアシェルの身を守ることだ。


 院長ロキはこの程度じゃ死なないという根拠のない確証があるし、イーサンとワイアットは騎士だ。自分の身くらい護れて当たり前。国王陛下に至っては、まぁ……大人だし目も見えるんだから自分で何とかしてくれるだろう。


 そう瞬時に結論を下したノアは、アシェルの盾になるべく彼の前に立とうとする。


 だがしかし、太い腕が邪魔して動けない。


「殿下!腕っ、腕、離してくださいっ。危ないですから!!」

「危ないのはノアだよ。大人しく私の後ろにいなさい」

「嫌、ダメですよっ。私が盾になりますからっ。さぁ、その腕を離してくださいっ。今すぐに!!」


 わちゃわちゃと暴れるノアに、アシェルは困り顔で肩をすくめる。


「ノア、今だけは頼むから私のお願いをきいてくれないか」

「いーやーでー……」

「だまりな、ノア」


 ーーごっちん!!


 渾身の力で暴れ続けるノアをいさめたのは、ロキの拳骨だった。


 ちなみにロキは随分離れた場所にいた。そのはずなのに、瞬き一つの間に王族の前に現れたロキに、ノアはぎょっとする。あとあまりの痛みに目がチカチカする。


 しかしいたいけな少女を痛めつけたロキは、罪悪感皆無の表情だ。しかも涙目になっているノアを無視して、国王陛下に向け口を開いた。


「ったく、今も昔も城っていうのはロクなことが起こらないねぇ」


 ガシガシと後頭部をかきながらぼやくロキは、誰がどう見ても怖いもの知らずである。


 そんな彼女に国王陛下は口いっぱいに苦虫を詰め込んだような表情になる。


「そなたは今も昔も、口より手が早いな」

「はんっ。わかりきったことを言うんじゃないよ。……はぁ、うるさいねぇ。これじゃあ昔話もできやしない」


 ギャアギャアと悲鳴を上げる招待客を一瞥すると、ロキは指をパチンと弾いた。


 すぐに杖が現れ、ロキは慣れた仕草でそれを掴むと軽く一振りした。すると会場は半円状の金色の結界に包まれる。招待客を守るかのように。


「相変わらずの腕前だな」

「即席だから、そうはもたないよ」


 国王陛下と古くからの友人のような会話をするロキに、ノアは「え?なんで??」と尋ねたい。ついでに魔術師だったことついても知りたい。


 だがしかしノアが割って入る前に、ロキはアシェルに視線を移した。


「言っておくけど、あたしゃ引退宣言したから、魔物退治はしないよ。後の始末はあんたがおやり」

「ダメーーーーーー!!」


 血も涙もないロキの言葉に、ノアは悲鳴を上げた。


 しかし命じられた当の本人にであるアシェルは涼しい顔で頷き、こう言った。


「もちろんです。陛下の生誕祭を汚した悪しき魔物は、わたくしの手で仕留めてみせましょう」 

「はぁいいいいぃーーー!?」


 夜迷い事とも思える言葉に、目をひん剥いたのはノアだけだった。


 国王陛下は鷹揚に頷くだけだし、ロキは「ならさっさと行け」と顎でしゃくる始末。


 ローガンとクリスティーナは腰を抜かして震えているから論外。とにかくノアだけはアシェルの言葉に頷けなかった。


 だってアシェルは盲目だ。声と地響きで魔物がどこにいるか何となくはわかるかもしれないが、退治するとなれば話は違う。


「殿下、ダメですっ。危ないです!!」


 ノアは半泣きになってアシェルに手を伸ばす。


 肩が脱臼するほど伸ばした手はなんとか彼の上着の端っこを掴むことができたが、引き留めるにはあまりに心許ない。  


「ノア、大丈夫。心配しないでここで待ってなさい」

「やだっ」

「ノア」

「やだっ、やだっ。今日は私が殿下を守る日なんだもんっ。行っちゃ駄目です!危ないです!!」


 もう品のある微笑みも、睡眠時間を削って覚えた宮廷マナーもどうでもいい。


 後でグレイアス先生からお叱りをうけようとも、心待ちにしていたキノコ料理が食べられなくってもかまわない。


 嫌なのだ。アシェルが危険な場所に行くのが。怪我をしてしまうかもしれないのが、このまま帰って来てくれないかもしれないことが怖くてたまらないのだ。


 なのにアシェルは、ちっともそれに気づいてくれない。ただただ柔らかい笑みを浮かべて上着を掴んでいるノアの手に、己の手を重ねるだけ。


 違う。今はそんな優しい仕草なんて望んでいない。望むのはただ一つ。安全な場所に避難して欲しいだけ。


 なのにアシェルは、望まぬ言葉を紡ぐ。これまで目が見えぬとも、まるで見えているかのように気持ちを汲み取ってくれていたというのに。


「すぐに戻って来るよ、ノア。それにロキ殿がそばにいるんだから怖くなんかないだろう?」


 そんな言葉、子供だましも良いところだ。


「嫌です。じゃあ私も一緒に盾代わりとしてーー」

「駄目だよ」


 被せる感じで却下された。まぁ、薄々そう言われることはわかっていたけれど、断固、譲れない。


「何度も言ってますが、それが駄目なんです!ワガママは今日だけにしますから、どうか一緒に」

「何度も言うけれど、それが駄目なんだよ。これからどれだけワガママを言ってもいいから、今日だけは大人しくするんだ。ね?」


 魔物が暴れる中、こんな会話をする二人は傍から見れば場違いなほど甘い。だがしかし、ノアもアシェルも真剣だ。真剣に自分の意思を曲げる気は無い。


 そう。曲げる気はなかったのだが……強制的に曲げられた。ノアの意思の方が。

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!キノコ採取しか能が無いあんたは、邪魔にしかならないんだから黙ってな!!」


 雷みたいなロキの一括に、ノアは酷い言い草だとつい睨んでしまう。


 しかし急を要する事態に、ロキは言葉で説得するより物理的に黙らせる方を選んだ。


「ノア、歯ぁ食いしばりな」


 ーーごっちん!! 


 二度目に頭上に落下された拳骨は、最初のそれより威力は3倍だった。

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