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おとぎ話に出てくるような王子様に抱き寄せられたとて、ノアは嬉しくない。
なぜなら見た目は美しくても、中身はローガンと同様にノアをモノ扱いしているのだから。
だがノアは声が出せない状況にあり、訴えたいことがごまんとあっても、それを伝える術がない。
そんなわけでノアは首を横に振ってみる。おそらく全世界共通のそれをやれば、少しくらいはこちらの気持ちもわかってくれるだろうと思って。
しかし、アシェルは盲目だった。
そして、ローガンは未だにクリスティーナの胸をチラ見している。
ひどく不本意だが、ノアの主張はクリスティーナにだけ伝わる形となった。ただ、彼女は性格が悪く、ぽっと出のノアを心底疎んでいる。
そんな奴にしか伝わらないとなると、やっぱりロクな展開にならなかった。
「恐れながらアシェル殿下。わたくしの目には、このお嬢様は殿下の妻になることを、とても嫌がっております。わたくしの侍女になりたいようですわ」
(んなわけないっ)
保身の為に、身の丈を弁えこれまでお貴族様に対して大人しくしていたが、吹っ切れたノアは首を横に振りつつ、がっつりクリスティーナを睨みつけた。
すぐさま鬼女も裸足で逃げ出すくらいの殺気のこもった視線を向けられた。だがノアは怯まない。もともと売られた喧嘩は買う主義だ。
そんな火花が散りあう一触即発の空気の中でも、ローガンはクリスティーナの胸を見ている。この男どれだけ乳が好きなのだろうか。
対してアシェルは相も変わらず微笑んでいる。
そして、のほほんという形容詞がぴったりの口調で口を開いた。
「クリスティーナ嬢、残念ながらそれは無理なんですよね」
好戦的な態度を取ったノアに青筋立てたクリスティーナであったが、相手は王位継承権を剝奪されたとはいえ王族。
さすがに露骨に牙を剥くような真似はせず、精一杯作り笑いを浮かべる。
「あらどうしてですの?無理強いをするなんて可哀そうではありませんこと?」
(このやり取り全部が無理強いということになぜ気付かない!?)
ノアは、ここにいる全員の神経を疑った。
ただやんごとなき方々にとって、孤児なんて所詮この程度の扱いなのかと冷めた目で見ている自分もいる。
まぁ……雲の上の方々の思考を理解したとて、今後役立つことは無いだろう。
自分の頭の出来が良くないことを自覚しているノアは、早々に今覚えたばかりの知識を消去して、部屋を立ち去ろうとした。
だが、自分の身体に巻き付いている盲目王子の腕はとても頑固だった。なかなか剝がすことができない。それどころか、更に自分を己の胸に引き込もうとしている。
もがくノア。それに気付いているのに力を緩めないアシェル。
無言の攻防戦は激しさを増していく状況なのだが、傍から見れば、抱き合っているようにしか見えない。
そしてそれを敢えて見せつけているアシェルは、ここで最大で最強のカードを切った。
「あ、言い忘れていましたけれど、このお嬢さんを私の妻にすることは既に陛下から了承を得ています」
「なっなんだと!?」
「……嘘でしょ!?」
(ええー!やだぁ!)
三者三様のリアクションを見せる中、ここで壁の一部と化していた魔術師グレイアスが、おもむろにローブの袖から書簡を取り出した。
「──── 婚約証明書は、こちらに。どうぞ、ご確認ください」
ババーンと見せつけられたローガンとクリスティーナは、唖然とした表情のまま固まってしまった。
ノアはそれを見たいが、アシェルが邪魔して見ることができない。
***
それからしばしの間の後、ローガンがポツリと呟いた。
「アシェル。……それならそうと、早く言え」
渋面を作るローガンに、アシェルはただただノアを抱きしめながら、どんなふうにも取れる笑みを浮かべるだけだった。