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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
おかしい。お愛想で可愛いと言われてただけなのにドキッとするなんて
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 安全距離に移動したノアは、仕切り直しにコホンと咳払いをすると、再び口を開いた。


「グレイアス先生......あのう、寝ぼけてますか?」

「ばっちり起きてます」

「......じゃあ、寝不足とか?」

「あいにく昨晩は普段より早めに就寝しました」

「そ、それは何よりです」


 どうやって切り出そうか悩んだ挙げ句、まず相手の体調を気遣おうと思ったノアだけれど、それは余計なお世話のようだった。


 半目になってじりっと近づくグレイアスは、一寸の隙もない。すこぶる体調が良さそうだ。できれば、今に限っては、疲労と寝不足のダブルパンチでフラフラであって欲しかった。


 なぜならノアは、この場から逃亡こきたいと願っているから。


(夜会? ダンス? ドレス?? マナーの授業?? 絶対に嫌だ!!)


 ただでさえ毎日生きていくのに必要のない授業を受けて苦痛だというのに、更に今後の人生において役に立たなさそうな授業を強要されるなんて、もはやハラスメントの域だ。


 ちょっと前に真面目に働くと心に決めたノアであるが、さすがに限度がある。


「......ノア様、夜会に出るのは絶対に嫌だという顔をしておりますね」

「さすが宮廷魔術師さま。察しが良くて何よりです」

「お褒めにあずかり、光栄です」


 ニコッと爽やかに笑うグレイアス先生に底知れぬ恐怖を感じる。これなら怒濤の嫌みを全身に浴びる方がまだマシだ。


 そんなふうに竦み上がるノアは、もう負けが確定している。いっそ腹を括って夜会に出るためのレクチャーを聞くべきである。


 だがノアは諦めが悪かった。なんとかしてこの無理難題から逃げようと頭を働かす。


「わ、私なんかをエスコートしたら、死ぬまで殿下の恥になります。だから」

「そうならないために、これから毎日シゴキます」

「シゴくって……待って! 夜会前に、私が死にますよ!?」

「死なない程度にシゴキますから、ご安心を」

「安心できる要素はどこに!? っと、あのですね先生、人には向き不向きがあって、これは私にとって超がつくほど苦手な分野で」

「不向きな人間を調教して得意分野にするのは、私がもっとも得意とすることです」

「そんなぁー......あ、じゃあ、夜会出席は残念ながら契約料金には含まれておりません」

「殿下から追加料金が必要なら、言い値で渡すと既に言質もらってます。で、いくら欲しいんですか?」


 全ての言い訳に対して、グレイアスは食い気味に答えていく。


 ノアはもう袋小路に追い詰められてしまった。だからといって、出席したくないものは出席したくないし、嫌なものは嫌なのだ。


 そんな駄々っ子のような気持ちが表情に現れていたのだろう。


 グレイアスは更に怖い顔になって、ノアにまた半歩近づいた。もうその表情は、刃物を持っていないほうが不思議と思えるくらい、凶悪なそれ。


(うう......ここは、フレシアさんに助けてもら......あ、フレシアさんが消えた)


 今の今まで、お茶の用意をしていた頼れる護衛は、悪意としか取れないタイミングで姿を消していた。


 一縷の望みをかけて、壁と一体化していないかと目を凝らすが、彼女の姿はどこにもない。


「ノアさま」


 追い詰められたノアに、無情にもグレイアスは声をかける。


 しかし突然、ここで穏やかな表情になった。


「夜会当日は、世界中の希少なキノコを使った料理が出ます」


 ゆっくりと紡がれた魅惑的過ぎる言葉に、ノアは自分の首が縦に動くのを止めることができなかった。


 そんなこんなでノアは自分の欲に負けた。


 しかし、世界中のキノコ料理を食せるという希望を手に入れた。


 これは勝負に勝って戦いに負けるということなのか。

 それとも身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれということなのだろうか。


 …… いやそんな、いなせな表現は似つかわしくない。ただ単に食い意地が張っていただけである。




「宮廷内では、身分の低い者から高い者に最初に声をかけてはいけない決まりがあります。ノア様は殿下の婚約者。ですので、ほとんどの参列者から声を掛けられることはございません。しかし、全てを無視するというのは、マナー違反となります。で、これが当日ノア様から声を掛けなければいけない参加者のリストです。あと、こっちが挨拶文です。まぁ何種類か用意しましたが、だいたいの内容は一緒で、要は……─── ノア様、意識を飛ばさないでください」

「…… 無理です」


 絶対零度の視線を受けたノアは、頭をぐらつかせながら素直な気持ちを吐露した。


「無理ではないです。たった一晩で高級キノコの名称と成分と形とベストな調理方法を覚えたあなた様なのですから、3日もあれば覚えられるでしょう。さぁ、弱音は夜会後にいくらでも聞きますから、続けますよ」

「……っ」


(夜会終わってから、弱音を吐いてももう遅い!!)


 ノアは押し付けられた来場者リストで顔を隠しながら舌打ちした。


 興味が無いものを覚えろと言ったって、土台無理な話だ。ウサギにお手を覚えさせるようなもの。無茶ぶりにも程がある。


 ちなみに手にしているリストと挨拶の台詞カンペは、シイタケのカサくらいの厚みがある。控え目に言って分厚い。


 たった2行の魔法文字の暗記に一か月かかったノアにしたら、必死に覚えようとしたって、来世までかかると豪語できる。


(あー……意識が遠のく)


 一度はグレイアスのお叱りで目が覚めたノアではあるが、いつでも宮廷魔術師の室温が快適なのも手伝って、小さくあくびをしてしまう。 


「……ノア様、夜会に出ると決めたのは、他でもないあなた自身です。それをお忘れなく」


 ふぁーっと息を吐いた瞬間、ぞっとするほど低い声が降ってきて、ノアはリストをぎゅっと握る。  

 

 ぐうの音も出ないとは、まさにこのこと。


 でも、キノコという狡いカードを出してきたグレイアス先生は、ぶっちゃけ姑息な奴ではないのだろうか。いや、絶対に卑怯者だ。


 もちろん最終的に是と頷いたのだから、ノアは夜会のための授業を毎日受けている。もう10日経つが、逃亡なんて一度もしていない。


 そして、一度決めたからには、これからも毎日出席する所存だ。


(ただ……これくらいの要望は聞き入れて欲しい)


「グレイアス先生、前向きなお願いがあります」

「内容によりますが……まぁ、良いでしょう。言ってみなさい」


 上から目線のグレイアスの物言いにカチンときたノアであるが、それをぐっと押さえてこんな主張をした。


「これからのテキストは、全てキノコに例えた文章にしてください。そうしたら、私、もっと頑張りますから!」


 なかなかの折衷案を出したノアではあったが、グレイアス先生からの返事は「善処します」という、ひどく素っ気ないものだった。

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