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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
お仕事のはずなのに、そんな顔であんなことをするのは少し狡いと思う
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 大声でアシェルが叫んだあと、ノアを取り巻く世界はしんと静まり返った。


 ついさっきまで聞こえていた木々のざわめきも、遠くで鳴いていたフクロウっぽい鳥の声も、どこかにかき消えてしまった。


 でも、そうじゃなかった。


 自分がアシェルに抱き締められているから、外の音が遮断されていることにノアは気づいた。


「へ?......え? で、殿下......どうしたんですか?」


 フレシアの代わりのように突然ここに突っ走ってきたアシェルは、自分を掻き抱いてから何も言わない。ぎゅっと力任せに抱き締めている腕もピクリとも動かない。


 つまりノアは、とても苦しい。息すら困難な状態だ。


 そんなわけで微動だにしないアシェルを動かすことを諦めたノアは、自分が動くことを選んだ。


 といっても、ガチガチに拘束されているから、せめて呼吸ができるようにちょっとだけ首を横に動かすことしかできなかったけれど。


 でも、それすらアシェルはご不満なようで、更にノアを抱き締める腕に力を込める。


「......ノア、どこにも行かないで。......頼む、私を置いていかないで......お願いだ」


 悲痛な声をノアの耳に落とすアシェルは、今にも泣きそうな顔だった。


 でもノアは、それどころじゃない。窒息寸前で生きるか死ぬかの瀬戸際だった。


 しかもアシェルは勢い余って前のめりになっていく。


 自分より遥かにガタイの良い人間の全体重が己に乗っかってくるのだ。とてもじゃないけれど自分の力じゃ支えきれなくなったノアは、とうとう後ろにひっくり返ってしまった。


 押し倒される形となって、なんだか際どい状態になっているけれど、唯一の救いはさっきよりは息ができるようになったこと。それに、ノアはホッとする。


 女性という立場では、決して安心できない状況であるが。命が繋がったのでノアはとりあえず良しとする。


 そして、やっと盲目王子に目を向けた。


「……あ、あのですね、殿下。どうして───」

「お願いだ、ノア。なにも言わないでくれ。どうか傍にいてくれ」

「......は?」


 地面に仰向けになったまま間抜けな声を出すノアの背にアシェルは手を入れるとそっと起こす。


 そしてまた、ぎゅーっと抱き締める。


 さすがに先程よりは手加減してくれているので、苦しくはないけれど、夜闇でもアシェルの表情はひどく辛そうだった。


 まかり間違っても、夜中に日帰で里帰りをする仮初めの婚約者を見送りに来た表情ではない。


(これはもう、完璧に勘違いしてるのでは?いや、勘違いしているよね、きっと) 


 ようやっと脳に酸素が送られ、まともに考えられるようになったノアは、ここでやっとアシェルがなにか盛大に誤解をしていることに気づいた。


(えっと......グレイアス先生は......殿下にどんな伝え方をしたの??)  


 ノアはアシェルに里帰りの件を直接伝えてはいない。


 珍しくグレイアス先生が「殿下には、私が上手に伝えておきますから」と言って、伝言係を引き受けてくれたのだ。


 しかし、アシェルのこの尋常じゃない取り乱し方を見て、ノアは自分で言えば良かったと心底後悔した。


 ”報・連・相”はとても大事。

 他人任せは二度手間になる。 


 この2つをノアは、身をもって知った。


 そして明日、孤児院の皆の顔を拝んだ後にお城に戻ったら、いの一番にグレイアス先生にこのことを教えてあげようとも思った。


 ただそれよりも、即刻、自分を抱きしめているこの人の誤解を解くことが先決だ。


 だって、アシェルは迷子の子どもみたいな顔でいるから。


「殿下、聞いてください」

「……嫌だ、聞きたくない」


 抱きしめた腕を離すことなく、アシェルは駄々っ子のように首を横に振る。


 対して、秒で会話を終了させられたノアは地味に凹んだ。

 

 しかし物心付いた時から極貧生活をしてきたノアは、学はないし、貯蓄も僅かだが、それを補う程度にはガッツがある。


「殿下、聞いてください。そう、悪い話じゃないですから」

「……嫌だ。完全に悪い話じゃないと、聞きたくない」


 普段は思慮分別があるというのに、今のアシェルは聞く耳というものを私室に置いてきてしまったようだ。


 是非とも取りに戻って欲しいけれど、そうできるなら、この会話を秒で終わらせようとはしないはず。


(つまり、落ち着かせれば良いのか……な?)


 孤児院ではノアは最年長だったから、年下の世話は得意である。癇癪を起こす子供をあやすくらいは、朝飯前である。


 ただ年上の、しかもやんごとなき身分の男性に効果があるかどうかはわからない。


 けれど試してみてダメなら他の手を考えようと決めて、ノアは柔らかい笑みを浮かべた。


「……殿下、ここまで走ってきたみたいですが、お怪我はないですか?あ、ここ葉っぱがついてますよー」


 あえてのんびりとした口調でノアはアシェルに手を伸ばすと、彼の髪についている葉っぱを手で払い落した。


「ん。大丈夫、怪我はない。……多分」


 たどたどしい言葉遣いになって項垂れたアシェルは、本当に小さな子供に戻ってしまったようだ。


 そんな彼に自ら触れるのは、何の抵抗もない。むしろもっと安心させたくて、ノアは葉っぱを払った手とは逆の手も伸ばして、アシェルの背にまわす。


「多分は、困ります。ダメですよ、ただでさえ暑くて感覚が鈍っているのに、こんな足場の悪い道を走っちゃ」

「でも……ノアが、ここから出ていくって」

「うん、そうですね。ちょっと留守にします。でも、明日の夕方前には戻ってきますよー」


 トントンと心臓の鼓動よりゆっくり背中を優しく叩きながら、一番伝えたいことを口にすれば、アシェルは弾かれたように顔を起こした。

 

「……え?もど……戻る?明日の夕方に??」

「そーですよ。ちょっとだけ院長先生とか、孤児院の皆に会ってくるだけですよー」


 歌を唄うように、へんてこな節をつけてそう言えば、アシェルは脱力した。





***




「……グレイアス、覚えとけよ」


 大体の事情を理解したアシェルは、ノアの肩に額をつけて小さく呻いた。

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