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「ではローガン殿下、これで一件落着ということでよろしくて?」
「ああ、万事解決だ。君がいてくれて良かった。これからも私を支えておくれ」
「勿体無いお言葉ありがたいです……好きです、ローガン殿下」
「私も、愛しているよ。クリスティーナ」
グレイアスから無下にされノアが絶望の淵にいるというのに、ローガンとクリスティーナは手に手を取って見つめあう。
ちなみにローガンの視線の先にはクリスティーナの胸があり、クリスティーナの視線の先にはまだ見ぬ王妃の席がある。
(いやぁーさぁー。こんなノリで私の人生決められても……)
ノアは自分の痣を呪った。
そして400年前に交わした精霊姫の約束を心底恨んだ。
まぁ、きっと精霊姫だって、念願かなってようやっと人間に生まれたと思ったら、こんな男と結婚しそうになった挙句、その婚約者の侍女になるなんて想像すらしなかっただろう。
わかっていたなら、絶対にこんな馬鹿げた願いは口にしないはず。前世の記憶なんて持っていない自分だが、そう断言できる。
しかし、推定生まれ変わりの自分が、今更ナシと言ったところでそれが聞き入れてもらえそうもない。
その前に声が出せない状態だから、主張すらできない。
これまでノアは、ひっそりと生きてきたけれど、冬の森で冬眠しそこなったクマに出会ったり、暴走した馬車に轢かれそうになったり、崖から落ちかけたりと、何度か命の危険にさらされてきた。
でも、悪運強く間一髪で生き延びてきた。
しかしどうやらこれは詰みのようだ。
(……万事休す。あーこんな人生最悪だ!今度生まれ変わったら、絶対に痣なんか付けて生まれてこないようにしよう。いや、その前に魔法が使える国になんかに絶対に生まれない!!)
そんなふうに、ノアが今生に見切りをつけようとした瞬間───ガチャリと扉が開いた。
次いでカツンと靴音がして、それはテンポ良くこちらに近付き、ノアの前で止まった。
「兄上、お話し中ですが、ちょっと失礼させていただきますよ」
そう言って、この空間に突然割って入ってきたのは、ローガンの弟であり、またハニスフレグ国第二王子であるアシェルだった。
そして、ローガンと同じ血が流れているとは思えない美丈夫だった。
歩くたびに波打つ肩まで伸びた銀髪は、窓から差し込む陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
背はものすごく高い。王族らしい装飾多めの寒色系でまとめられた衣装をさらりと着こなしている。
といっても、ローガンのようにムキムキしているわけではない。でも、頼りないほどひょろひょろでもない。いわゆる細身のすらっとタイプ。
総称すればやっぱり美丈夫で、イケメンで、絵に描いたような王子様だ。
ただ─── ただ一つだけ、勿体無いと思うところがあった。
この青年の瞳は閉じられいた。盲目の王子であった。
(目、開けたらどんな色なんだろう)
個人的にはブルーが似合うと思う。でも、グリーン……深い森のような色も捨てがたい。
ノアは完璧に、この青年に心を奪われていた。
こんなに美しい人間を目にしたのは、生まれて初めてだった。
パチパチと瞬きを繰り返して彼を見る。
あまりに不条理な現実に、もう一人の自分が見せた都合の良い幻像かと疑ったけれど、何度瞬きをしても、彼は消えずにそこに居た。
しかしローガンは、こんなイケメンが現れたというのに、クリスティーナの腰を抱いたまま鬱陶しげな表情を作るだけ。
「アシェル、今は取り込み中だ。後にしてくれ」
そう言い捨てたローガンは、きっとお目々が大変残念なのだろう。
もしくは、暗に乳繰り合うのに忙しいと訴えているのかもれないが、あいにく盲目王子はこの光景を目に入れることはできない。
だからアシェルは、わずかに困った素振りをみせたが、ここから立ち去ることはしなかった。
「そうですか。では、端的にお伝えします。さほど面倒な案件ではないですから。──── 兄上がクリスティーナ嬢を王妃にするというならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
「ああ、構わん。好きにすれば───……は?……はぁ!?」
クリスティーナの巨乳に9割思考を持っていかれていたローガンであるが、事の重要さに気付いて素っ頓狂な声を上げた。
しかし、アシェルの表情は動かない。微笑を浮かべたまま、同じ主張を繰り返す。ただし、より詳しく。
「兄上は古の約束を反故にされるのでしょう?それは、我々に魔法を与えてくださった精霊王に対して不義理を働くこと。いつか大きな災いを受けるかもしれません。……私は、このような形なりですが、一応王族です。私がこのお嬢さんを妻にすれば古の約束は守ることができるでしょう」
「なるほど。一理あるな」
(一理も、二理もないわ)
あっさり頷くローガンにノアは青筋を立てた。そして、ここにいる全員を睨みつけた。
厄介者扱いされた挙句、目の前でたらい回しされるなんて、気持ちの良いことじゃない。むしろ不愉快だ。
しかもそこには、自分の意思が完璧に無視されている。
(馬鹿馬鹿しい。勝手にやってろ)
気づけばノアは立ち上がっていた。
今更だけれどノアの手には拘束具がはめられているが、足は自由に動かせる。
これまで床に膝を突いていたのは、余計なことをしないほうが身のためだという、我が身可愛さからだった。
でももう、そうする必要は無い。
だって、何をしたって、お先真っ暗なのだ。
ならば、最後くらい好き勝手させてもらおう。
そう決めて、ノアは出口の扉へと向かおうとした。けれど、一歩足を浮かせた途端、腰に何かが巻き付いた。
それは、アシェルの腕だった。
「どうやら、このお嬢さんも、私のことを気に入ってくれたようですね。目の不自由な私に態度で示してくれるなんて。良かった良かった」
見えていないはずなのに的確にノアの腰をさらい、己の身体に引き寄せたアシェルは本気で嬉しそうだった。