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(こんの嘘つきニワトリめ!!)
悔しくも動揺してしまったことを認めたくないノアは、目の前のニワトリ男を力いっぱい睨みつける。
けれどもローガンは、そんなノアを見て口元を意地悪く歪めた。
「地代を払えないなら、もう孤児院は取り壊すしかないね。まぁこれまで滞納していた地代と利息を一括で支払ってくれるのなら、話は別だけれど…まぁ、無理だよな」
「そうではないかもしれませんので、まずは具体的な金額を教えてください」
ノアは食い気味にローガンに尋ねた。答えられるなら答えてみろよと凄みながら。
「い……、いやぁー……そういう生々しいことは、私の口からは言えないな。な、なぁ?クリスティーナ」
「ええ。そうですわ。お金のことを口にするなんて、なんて意地汚いっ。育ちが悪いのにも程があるわ」
まるでノアが物乞いをしているような口調でクリスティーナは蔑みの眼を向けているけれど、言っておくが、金の話をし始めたのは他でもないニワトリ男だ。
そしてクリスティーナはものすごく楽しそうに、うんうんと頷きながら彼の話を聞いていた。
それを一部始終見ていたノアは「あんた達何言ってるの?」と思わず言いたくなる。
しかし、喉までせり上がったそれをぐっと気合で押し込めて、感情を殺して再び口を開く。
「払えるか払えないか。それを決めるのは、私です。ですので至急、滞納金の金額を最後の一桁まできっちり教えてください」
「いや……それは……その……」
ドヤ顔決めてノアを脅した手前、ローガンは”知らない”という言葉を死んでも吐けない。
しかしノアに気圧されて、逆切れしようもんなら、これがデマカセだと認めるようなもので、もにょもにょと不明瞭な言葉を吐いてこの場を濁すことしかできないでいる。
次期国王となる予定の男が言い訳する様は何とも情けない。
「ちょっとノア様、いい加減になさいっ。殿下を困らせて何が楽しいのです?い……いますぐ、殿下に謝りなさい!」
見るに見かねたクリスティーナが、ノアを咎めるが、先ほどとは打って変わって勢いが弱い。
厚化粧に埋もれた素顔は、さぞかし焦っているだろう。
ただ一体どこに隠し持っていたのかわからないが扇子で口元を覆うクリスティーナは、こんな状況になっても、まだ虚勢を張ろうとしている。大変見苦しい。
しかしノアは追及の手を緩めることはしない。
ノアはむやみやたらに噛みつく狂犬ではないが、売られた喧嘩は買う主義だ。
そして買った喧嘩は白黒つけるまで、とことん遣り合うのがポリシーである。
「聞こえなかったの?さぁ、殿下に謝りなさい」
黙っているノアにクリスティーナが再び噛みついてくる。
でも臨戦態勢に入っているノアは、誰が謝るもんかとぷいっと横を向く。
やるならとことんやってやると意気込んでいるノアではあるが、基本は平穏な生活を望んでいるので、そう滅多に争う機会に恵まれない。
そのため、いざこうなってみるとやること全てが子供じみていて、そんな自分がちょっと切ない。
しかし、クリスティーナとローガンにとってノアの態度が子供じみていても、大人っぽくても、そこは些末なようだった。
反抗的な態度を取ることだけに怒りを覚え、初日に対峙した時のような表情になる。
「おい、いい加減にしろよ。大人しくクリスティーナの侍女になれ。お前の育ての親がどうなっても良いのか?あん?あそこにいる孤児だって無傷じゃすまねえぞ」
(……一国の王になる男が、盗賊まがいの台詞を吐くなんて、この国大丈夫かな)
凄まれたはずなのにこの国の未来を案じるノアは、すでにアシェルの思惑通り王族になる気持ちが芽生えてい……るのかどうかは、わからない。
わからないけれど、間近で王位継承権を剝奪されたのに、ニワトリ男よりよっぽど仕事熱心に政務を頑張ってるお方を毎日見ているせいで、ノアはローガンの態度にものっすごく腹が立った。
あと孤児院はノアにとって、唯一であり最大の逆鱗だ。
「やれるもんなら、やってみなさいよ」
「あんっ、お前誰に向かって口きいてるのかわかってんのか?」
「殿下こそ、己の私利私欲の為に身寄りの無い子供に対して、よくそんなことが言えますね」
「はっ、俺はこの国の王になる男だ。国王が、国民をどう扱うかなど勝手だろ。人とて俺の私物で、駒だ」
「もし今の発言が本気なら愚王の下で生きていかないといけない平民が可哀想でなりません。あ、私もか。……あーあ、私って可哀想」
ノアはわざと泣き真似をして、身をくねらせた。完全に煽り行為である。
しかし、腐っても相手は次期国王陛下となる男。口で負けても、このニワトリ男には無駄に権力がある。
そして自分の愚かさを顧みることなく、気に入らない者を処罰することに何の躊躇いもない人種だった。
「もういい。なら」
─── バタンッ。
ローガンが口を開いたその瞬間、ノックもなく扉が開いた。
「失礼します。我が教え子がここで授業をサボっていると聞きまして。連れ戻しにきました」
そう言ってノアの襟首をむんずと掴んだのは、ノアがこのお城でもっとも恐れる存在───グレイアス先生だった。