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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない  作者: 当麻月菜
庇護欲をそそるという言葉は、何も女子供に向けてのものだけじゃない
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 ノアは、マッシュルームの柄がポキッと折れる音がこの世で一番好きな音だ。10日は連続で聞いていられる。


 次に熱したフライパンにバターとキノコを入れた時のジュッという音。これは、目覚める時に毎朝聞きたい。


 三番目は急に下世話なものになるが、チャリンという硬貨の音である。


 え?そこはキノコじゃないんかいっ、というツッコミはご遠慮してほしい。


 この世の中。働かなければ生きていけない。そして懸命に働いた対価をいただく時は、誰だって嬉しいもの。


 たとえ、年中キノコさえあれば幸せなノアだって例外ではないのだ。




 


 さて、本日はノアのお給料日。そして退職日である。


 しかしながらノアは、まだアシェルに退職する旨を伝えていなかったりする。


 決して、遊んでいた訳ではない。

 なんかもう面倒くさいと思って、『報・連・相』を放棄したわけでもない。


 執務室で膝枕をしてから3日、ノアなりにアシェルに伝えようと頑張ってはいたのだ。


 しかし、切り出そうとした矢先、側近からの邪魔が入ったり、グレイアス先生が課題で間違った部分を指摘に来たりとタイミングを逃してしまったのだ。


 またアシェルも、やれ打ち合わせだ、やれ会議だ、やれ密談だと、多忙を極めており、日課であった午後のお茶すら満足にできない状況だった。


 もちろん、手紙で伝えるなり、協力者の誰かに伝言を頼むなりすれば良かったのかもしれない。


 でも、他人の口から退職する旨を聞いた時、アシェルはどう思うのだろうと考えてしまうと抵抗があった。


(だからといって、ずるずる長居するのもなぁ……)


 あと一ヶ月、このお城で働くということは、アシェルの懐から高額なお金が出ていくことになる。


 これは内緒のお仕事なので、お給料はすべてアシェルのポケットマネーから戴いているのだ。


 王子様の懐事情など、一般国民が知る由もないし、知ってはいけないことだけれど、やっぱり気にしてしまうのは、ノアにとってアシェルはもう他人ではないからかもしれない。


 なら、無償で働けばという案もあるが、ノアは身の丈を弁えている分、そこら辺はシビアだ。


 アシェルが仕事として持ちかけた以上、貰うもんはしっかり戴く所存である。


 なぁーんていうことを悶々と考えていれば、自室の扉がノックされる。


 そして扉を開ければ、側近その1のイーサンがへらっと笑って口を開いた。


「ノアさん、おはよー。起きて……ますね。では、殿下がお呼びですよー」


「……はい」


 ノアは、まとまらない考えを胸に抱えたまま廊下に出ると、イーサンと並んで歩き出した。




「──ノア、おはよう。お茶の時間でも良かったんだけれど、先に渡しておいたほうが良いと思ってね」


 執務室に入るなり、にこやかにそう言いながらノアを出迎える本日のアシェルは、特に忙しそうではない。


 そこに違和感を覚えないといけないノアなのだけれど、現在彼女は退職願いをどう切り出すかで頭が一杯だった。


「......ん?どうしたんだい?何だか、元気がないようだね」


 扉のすぐそばでもじもじしているノアに、アシェルは眉を下げながら近づいてくる。


 まるで第三の目を持っているかのように、アシェルは目を閉じていても机に脛を当てることも、ソファにつまずくこともしないで、真っ直ぐ歩く。


 そして、ぴったりノアの前に立つ。


「何があったか話してごらん」


 そう言いながらノアの頬に触れるアシェルの手つきは、どこまでも優しい。


 しかし口調は、有無を言わせない重みがあった。


(う……もう、言うしかないな)


 雇用主からの命令に逆らえないノアは、5秒だけ悩んで口を開いた。


「急なお知らせになって申し訳ないです!!実は……実は、ですね!今日でお仕事を終わらそうと思っていま───」

「ノア、ちょっと声を落とそうか」

 

 意気込みすぎて大声量になってしまったノアの口を片手で塞いで、アシェルはたしなめる。


 そして、ノアがこくこくと何度も頷いたのを確認すると、アシェルは手を話すと共に、肩を落とした。


「......そっか。もともと期間限定のお願いだったから、無理に引き留めることはできないね。......うん......そっか。そっか......もう私は、ノアとは一緒に居られないんだね......そっか」


 ”そっか”という言葉がどんどん寂しさを帯びていって、ノアは小さな声で「ごめんなさい」と頭を下げることしかできない。


(ああ......胸が痛い。申し訳ない......。そんな顔しないで欲しい。なんてこと言えないけどさ)


 悲しい顔をしないでと言ったところで、そうさせているのは他でもない自分なのだ。だから自分だけはそんなことを言う権利はない。


 だからといって、”お仕事だから”と割りきれるもんじゃない。


 目の前の盲目王子は自分が居なくなったあと、また、お見合いをせっつかれる日々に戻っちゃうんだろうなーとか、一人寂しく離宮のお庭でお茶を飲むんだろうなーとか、絶対に今は考えてはいけないことばかり、頭の中でつらつらと浮かんでくる。


 そして今更ながら、重大なことに気づいた。


(そういえば、殿下は国王様になんて言うんだろう??)


 すっかり忘れていたが、この婚約はアシェルが国王陛下に直談判してもぎ取ったもの。そして、それを証明する書簡まで用意したのだ。


 ノアは実際それを見てはいないが、きっと国王陛下直筆サイン入りの書簡なのだ。だってあのローガンが、あっさり認めたのだから。


 そんな絶大な効果を発揮する書簡を白紙に戻すということは───


(え?それ、相当大変じゃないの!?っていうか、そもそもできるの??)


 我ながら間抜け過ぎるとは思うが、今日になってノアは事の重要さに気づいてしまった。

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