もう一度、君に"愛している"と言うまでは
自分の人生を決めるのはだいたいは他の人や要素。それでも自分の人生だから抗わずにはいられない。
地上を見通す鏡を前に満面の笑みを浮かべながら呟いている女性。
「この二人もちゃんと枯れることの無い一生の愛を掴んだ。 とても素敵。 ……次の人はどうしようかしら。 ……そう、この子にしよう。 私の祝福を届けます」
彼女の呟きは誰の元へも届かない。しかし、この呟きからすでに物語は動き始めている。
***
綺麗に晴れたある夏の日、一人の少年が通学路を歩いている。学校は夏休みだが、部活のために彼は学校に向かっている。
「もう結構暑くなったな。 今度から日傘差しながら行くか」
その少年、笹野宮 良平は額にわずかに汗をかき、日差しの強さから本格的に夏に入ったことを感じていた。
「そんなことより、今日こそは絶対に声をかけて遊びに誘わなきゃだな。 あー、緊張する」
良平には好きな女子がいる。彼女の名前は橘 奈津美。一年生の時からずっと同じクラスと部活だったので、そこそこ会話の機会があり、彼女のことが気になっていった良平。
誰に対しても真摯に話を聞いて相手のことを思える気持ち、誰かが困っていると手を差し伸べてあげる優しさ、若干不器用ながらも何事にも一生懸命に取り組む姿勢。そんな姿をずっと見てきた良平はいつの間にか奈津美に恋をしてしまっていた。
そんな奈津美に対して、良平は会えば挨拶をするしたまに雑談もする悪くない関係を築けていた。しかし、現状はなかなか学校以外での交流が持てていなく、夏休みに入ってより会う機会が減り焦っていた。
だからこそ今日の部活後にどこかへ二人で遊びに行く約束を取り付けるべく、脳内を最大限回転させて最高の誘い文句を考えていた。そしてあわよくば、告白までして恋人になれたら……と青春真っ盛りの妄想にまで意識を飛ばしていた。
そんな風に今日の大一番を考えていた良平にどこかから声がかけられた。
「もし、そこの貴方。 そこの人間関係について悩んでいる貴方」
良平は自分の周りに人がいないことに気づき、もしかして自分かと思って振り向いた。そこには、不思議な女性がいた。
身長は百七十五cmぐらいでモデルみたいに高い。それに顔も西洋の彫りの深い顔でシミの一つもない綺麗な白い肌をしている。髪は痛みの一切無い艶やかなブロンドで、力の強そうな碧眼の瞳を持つとても美しい女性であった。
だが、その美しい姿という点以上にあるものが圧倒的に違和感を生じさせていた。
彼女は十二単衣を着ていた。
この暑い中あまりにも重く暑苦しそうな十二単衣を着ているその女性は、汗の一つを書いておらず、服の重さも感じさせなそうに良平の元へ近づいてくる。
良平は何かの撮影か特殊なコスプレイヤーかと訝しんではいるが、結局良く分からずその女性を見て固まっていると、また女性から声を掛けられた。
「こんにちは、悩みを持つ貴方。 私が貴方の悩みを解決してあげます。 さぁ、悩みを話しなさい」
普段であれば、こんな怪しい人に怪しげな質問をされたら適当に話を切り上げて学校へ向かう良平だが、なぜか足を止め彼女の質問に答えようとしていた。
どういうわけか最初に抱いていた服装への疑問や彼女の振る舞いに対する質問は頭の中から消え去り、彼女への回答だけが頭の中に残っている。
「あー、えっと、同じクラスで同じ部活の女子がいるんですけど、結構前から気になってて、なんとか一緒に遊びに行けないかなと思ってました。 それで今日遊びに誘おうかなって」
何か頭の中にモヤがかかっているような、起きているはずなのに寝ているような不思議な感覚の中で良平は答えた。それにその女性は追加で尋ねてきた。
「そう、わかったわ。 貴方は橘 奈津美を愛しているのね。 その愛を一生誓える?」
更なる違和感が頭の中に広がる。色々と気になるところがあるはずなのに、そこに意識を持っていくことができない。考えることができない。良平ができるのは尋ねられた質問を答えるだけだった。
強い日差しが二人に降り注ぐ。温度が徐々に徐々に上がっていく。一人は大量の汗を流し意識が朦朧としている。もう一人は暑さを感じさせない、というか、人が生きているような生々しさを一切感じさせない精巧にできた人形のように佇んでいる。
そんな中、良平はなんとか答えた。
「お、俺は橘を愛している。 一生愛すると誓う」
その直後、脳を覆っていたようなモヤのような消えたような気がした。
「そう、わかったわ。 これを彼女に飲ませて二人で永遠の愛を誓いなさい」
その女性は良平に近づき小瓶を手渡しした。
良平が渡された小瓶を受け取った直後、いつの間にかその女性は良平の目の前から姿を消していた。そして、良平は渡された小瓶見た。
「……ん、あれ、俺、今何やってたんだっけ。 ……って結構時間経ってる! やべぇ、行かないと」
良平はなぜか持っていた小瓶をしっかりと握り締めたまま学校へ急いだ。
***
部活をいつも通り行い、部員は帰る時間になった。良平は一人で自分の教室にいる。
「橘、ちゃんと来てくれるかな」
朝、急いで学校に向かった良平は、運良く奈津美が一人でいる所を見つけて、部活後にちょっと話がしたいと自分たちの教室に来てもらうように頼んでいた。
良平は改めてこの待ち時間を意識して心臓をバクバクさせている。教室の時計を何度もみたり、謎の急な腹痛を抑えようとお腹をさすっていた。
急に教室の扉が開かれる。奈津美が教室に入ってきた。
「あ、笹野宮君待たせちゃってごめんね。 着替えるのに時間かかって少し遅くなっちゃた」
「い、いや全然大丈夫! むしろ悪いな、急に呼び出してしまって」
「ううん、私も何も予定無かったし大丈夫だよ」
そこで一瞬会話が止まってしまった二人。奈津美は良平の様子をうかがっているようで、良平も本題を切り出すために心を決めようとしていた。
その瞬間、良平の頭の中にある言葉が浮かんできた。
『愛を誓いなさい。 橘 奈津美を愛しなさい』
良平は頭の中に雷が落ちたような衝撃を受け、目の奥がチカチカと熱くなり高速で点滅しているような気がしている。直後、良平の体が勝手に動きだした。
「た、橘。 お、俺はお前を愛している。 一生お前を愛する」
「えっ、えっ、ご、ごめん、笹野宮君どうしたの、急に? 愛しているってどういういみっ、うっ!」
良平は『愛の言葉』を叫んだ後に、奈津美に近づき手に持っていた今朝の瓶のふたをあけ、瓶を奈津美の口に差し込んだ。
奈津美はいきなり口から流し込まれている液体を拒む事ができず、飲み込んでしまった。その直後、奈津美の頭の中に声が聞こえた。
『愛を誓いなさい。 笹野宮 良平を愛しなさい』
良平は奈津美に瓶の中身を無理やり飲ませた後、急に自分がやった事に気づき驚いた。自分が自分じゃない感覚を明確に感じた良平であったが、まずは奈津美を心配した。
「すまん、大丈夫か橘! お、俺なんでこんなことやってんだ。 大丈夫か、おい、橘、橘!」
急いで良平は奈津美に謝罪し、奈津美に声を掛ける。当の奈津美は焦点が合わない目で正面を見ていた。良平の声が聞こえないのか、何も返事をしない。
その直後、いきなり奈津美の雰囲気が変わり、目に焦点が戻り、意識がはっきりとしたように見える。
「あ、おい、橘! 大丈夫か! 聞こえるか!」
「うん、良平君、大丈夫だよ。 しっかりと聞こえているよ」
奈津美がしっかりと返事をしたことに良平は少し安堵したが、その言葉に引っかかった。
「……今、俺のことを『良平君』って呼んだ?」
「うん、もちろんそうだよ。 私たちは一生の愛を誓っているんだから、もっと親しく呼び合いたいの。 だから『良平君』って呼んだんだよ。 良平君も私の事を『奈津美』って呼んでよ」
「……橘、お前、何を言ってるんだ。 一生の愛を誓ったって何をいって、っひぃぃ!」
良平は恐怖で奈津美を突き飛ばし離れた。
奈津美の瞳はドロドロに濁っていて、抜け出せない底なし沼のようなものへと変質していた。
「あっ、もう良平君! そんなに離れないでよ」
奈津美はすぐに良平のそばに来て、良平を抱きしめた。強く強く決して離れないように。
「今、何が起こっているんだ……? んっ!」
急な頭痛が良平を襲う。直後、今日の朝から起きた出来事が脳内で溢れてきた。まるで今まで蓋をされて思い出させなかったものが急に飛び出てきたみたいに。
それと同時に、教室の教壇の前にあの女性が立っていた。
「おめでとう、貴方。 一生の愛を誓った事をここに祝福しますわ。 その限りある人生を全うしなさい」
色々なことが起こり過ぎていて、頭の中で状況を整理できていない良平ではあるが、この女が原因で現在のような状況になっていることは分かっていた。原理は不明で全然理解できないが、まずは早く奈津美を元に戻すということだけが頭に浮かんだ良平。
「お前、俺たちに何をした!」
「一生の愛を与えました」
「一生の愛? 言っていることの意味が分かんねぇよ! 詳しく何したか言え!」
「今朝、貴方は橘 奈津美を一生愛することを誓った。 だから私はその愛を成就させた。 それだけよ」
「だから分かんねぇって! というか、俺の体を操っていただろ。 いやそんな事よりも、橘はどうなっているんだ。 橘が飲んだ薬はなんだ」
「貴方の体は愛に従って動いたの。 橘 奈津美も一生の愛を誓った。 橘 奈津美が飲んだ薬は『愛の薬』。 飲んだ時から貴方への愛を一生誓う」
「そのせいで橘はこんな風になっちまったのかよ、お前自分が何したか分かってんのか。 人の心をなんだと思ってんだ。 くそっ、そんなことはどうでもいい、早く橘を治せ!」
「治すことは何も無いわ。 契約が結ばれただけ。 それだけの話」
「だから意味がわかんねぇっていってんだろ! おいっ、聞いてんのか!」
「私の役目は終わった。 私は貴方と橘 奈津美の一生の愛を祝福するわ」
その瞬間、その女性は良平たちの前から突如として姿を消した。
「くそおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
部屋には、良平の叫びが広がり、奈津美は幸せそうに良平に抱き着いてままであった。
***
契約が結ばれた日から、良平と奈津美、それと周りの環境は壊れた。
あの時に現れた女性は二度と現れることは無かった。良平はなんとか何かを知っている人がいないか聞いてまわったが誰も知らなかった。
奈津美は良平から物理的に離れない。一日二十四時間すべて良平にくっつきながら生活をしていた。しかも基本的に行うことは生命を維持する分の食事や睡眠を取るだけ。学校に行っても勉強もしておらず良平にくっつくのみ。その異常な関係に、結局二人とも退学という道を選んだ。
多くの病院をまわり奈津美を見てもらったが、治す治療薬や治療法は見つからず、気長に見守るしかないという、絶望のみを叩きつけられた。
奈津美が離れないために、まともに就職ができない。二人が笹野宮家で無職のまま生活していた。奈津美の両親は自分の娘の変貌にどうしても耐えられず、事実上勘当という形になっていて、今は両親共に精神病院に入院している。
良平の方も奈津美の相手をしているうちに心が壊れ始めてきた。もうまともな判断ができないレベルにまで達し、思考できなくなった。
そうして、奈津美は妊娠した。
みんなが喜び祝福されるはずの新しい命の誕生。
しかし、妊娠してからも奈津美は子供の事に関心を持たず、ひたすらに良平に抱き着いていた。奈津美の世界には、良平かそれ以外かしかない。
ここは地獄である。
そんなある日、奈津美のお腹がだいぶ大きくなり出産時期が近づいている頃。それは起こった。
大きな地震と台風が同時に日本を襲った。丁度良平たちが住んでいる地域は震源近くで、また台風の通り道でかなり激しく揺れ、多くの建物が倒壊した。そんな中、良平たちの家も倒壊しかけていた。
生命の危機を感じた良平は奈津美を連れ立って逃げ出そうとしていた。本能的な部分がそうさせているのだろうか、奈津美と生まれてくる子供を守ろうとしてか、今まで無気力であった良平が必死に奈津美を守ろうとしていた。
それでも奈津美はただ良平に抱き着いているだけで、良平に連れていかれているだけだった。
倒壊が続く街、逃げ惑う人々、大きな叫び声や泣き声。
そんな中、逃げている良平と奈津美に悲劇が襲い掛かる。逃げている方向から大きな鉄のかたまり、大手ショッピングセンターの巨大な看板が二人に向かって飛んできた。
その光景を見た良平は足が止まってしまった。
あまりにも強い恐怖と今までの生活に疲れて、良平は生きることを諦めてしまった。とても誇れる人生ではなかったが、もうここで終了してもいいと思った良平は、ただただ立ち止まり前方から迫りくる看板を見ていた。
もうすぐ来る看板は怖くて直視できない良平は目をつぶることにした。それとは反対に、もう終わると思うと少し気が楽になった気さえした。
その直後、良平の左腕がとてつもなく強い力で引っ張られた。
あの奈津美が良平の左腕を信じられない程の力で引っ張り、良平を移動させようとしていた。
その奈津美の行動があまりにも理解できなかった良平は一瞬なにが起きているか分からなかった。奈津美は腕を引っ張るのと同時に今ままで見たことのない強いしっかりとした瞳で良平を見据えて叫んだ。
「良平君、死んじゃだめ! 生きて! お願いだから絶対に生きて! 私はあなたがいない世界なんていやなの、他に何もいらないからあなたには何があっていても生きていて欲しいの! こんな私を愛してくれたのはあなただけなの。 私もあなただけを愛しているの。 だから生きて! 生き延びて!」
その言葉と共に、奈津美は良平を引っ張って移動させ続けた。だが、巨大な看板もすごい勢いで近づいてきて、二人とも巻き込まれるは時間の問題。
突如、良平は自分の体が浮くような感覚を覚えた。いや、実際に良平の体は浮いていた。正確に言うと、奈津美によって良平は投げ飛ばされていた。自分よりも体重が重い良平をお腹に赤ちゃんがいるにも関わらず投げ飛ばしていた。
良平の目には自分を投げ飛ばした奈津美の姿、そうして奈津美は優しく笑って口を動かした。
『あ・い・し・て・る』
直後、看板が上に落ちてきて、奈津美の姿が消えた。
***
奈津美の葬儀を良平と両親だけで行っている。
あの日以降、良平は今までの無気力だった状態から本来の人間らしい感情と行動を取れるようになった。それは奈津美の行動が今までの呪縛を解き放ってくれたかのようだった。
投げ飛ばされた直後、奈津美をすぐに助けにいこうとしたが個人の力ではどうすることもできなかった良平。救助隊をその場所までに案内し捜索したが、奈津美と子供は即死だった。
良平は人生で一番泣いた。こんなにも奈津美の事が大切だったと改めて気づかされた。
あの不思議な女性と出会った日から良平は自身の気持ちや奈津美からの気持ちが分からなくなっていた。真実の純粋な気持ちなのか、あの呪縛から生まれた禍々しい歪な偽物なのか。
今でもそれはどうなのか分からないこと。それでも命を懸けて良平自身を助けて、生きてくれと奈津美の気持ちこそが本物だと信じた。
それと同時に、これを生み出したあの女性へのあまりにも激しい恨みを良平は感じた。
だから、良平は決めた。もう一度自分たちの世界を救うことを。
***
いつものように、ここでしか出さない満面の笑みを浮かべて彼女は新しいものを探している。
「今度はどんな子にしようか。 私からの『一生の愛』を受けられる選ばれた子どもは」
***
綺麗に晴れたある夏の日、一人の少年が通学路を歩いている。学校は夏休みだが、部活のために彼は学校に向かっている。
「もう結構暑くなったな。 今度から日傘差しながら行くか」
彼の顔には悩みが浮かんでいる。
「そんなことより、今日こそは絶対に声をかけて遊びに誘わなきゃだな。 あー、緊張する」
そんな彼のそばに急に現れた女性。彼に声を掛ける。
「もし、そこの貴方。 そこの人間関係について悩んでいる貴方」
急に声をかけてきた十二単衣を着て異様な雰囲気を出す彼女に彼は少し戸惑っている。そんな彼を置き去りに一方的に話す彼女。
「こんにちは、悩みを持つ貴方。 私が貴方の悩みを解決してあげます。 さぁ、悩みを話しなさい」
「あー、えっと、同じクラスで同じ部活の女子がいるんですけど、結構前から気になってて、なんとか一緒に遊びに行けないかなと思ってました。 それで今日遊びに誘おうかなって」
「そう、わかったわ。 貴方は橘 奈津美を愛しているのね。 その愛を一生誓える?」
非常に強い圧を持って彼に問いかける彼女。よく見るとその女性の目はひどく血走っていて、何か興奮を抑えようと必死であるようにも見える。
「お、俺は橘を愛している。 一生愛すると誓う」
彼がそう言うと、彼女は満足そうな表情をした。
「そう、わかったわ。 これを彼女に飲ませて二人で永遠の愛を誓いなさい」
そうしてその女性は良平に近づき小瓶を手渡ししてきた。
その瞬間、彼、笹野宮 良平がその女性の腕を、積年の恨みである全ての始まりをしっかりと掴んだ。
「……やっと、やっと掴んだぞ、この野郎」
良平は心の底から唸るように想いがこもった言葉を呟いた。その表情は先ほどまでの少し困惑している高校生のものではなく、息をひそめ狙った獲物を仕留めようとしている狩人のようなものだった。
女性は少し眉をひそめ、良平に言霊を使う。
「離しなさい。 貴方が触れることは許されていないわ」
今まで人間に触れられたことが無かった彼女は嫌悪を感じながら良平が手を放すように促す。言霊を使えば、あとは自分の言う事を聞く非力な存在という認識しか持っていない彼女は素直に良平が手を放すことを疑わなかった。
しかし、良平は手を離さない。
女性はわずかに困惑している。なぜこの人間は私の言霊が効かないのかと。彼女は少し考え始めた。そもそもなぜこの人間は私に触れることができたのだと。
そんな彼女の疑問を感じたのか、良平は語り始めた。
「驚いたか。 そりゃあそうだよな、普通であれば俺たちはお前の言霊に抵抗なんてできないし、触れることなんてできない。 そりゃあ、マジックの種が分からない俺らはいい観客だよな」
そこで言葉を切り、良平は強い瞳で女性を見据えた。
「……でもよ、種さえわかってしまえばどうってことないな」
良平は絶対に掴んだ腕を離さないように、そして逃がさないようにしっかりと捕まえながら言った。
「狂った女神、いや、悪戯星砂時計!」
悪戯星砂時計、とある神話で語られる女神。星屑を砕いて詰め込んだ一切の狂いがない神々用の砂時計を持つ女神。重要な祭事の時を管理していたが、愛する男神に騙されて、時計に異物を入れて誤った時間を告げてしまい神々が住む場所から追放された。
そこから自分自身も狂ってしまった女神。それが悪戯星砂時計。
「なぜ私を知っている。 なぜ言霊が効かない」
表情にはでていないが、頭が上手く回っていないナナトゥカが良平に尋ねた。
「お前は悪ふざけをし過ぎたんだよ。 俺たち以外にも多くの人間を苦しめた。 その積み重ねがあって俺はここにいる。 お前をぶっ飛ばすために!」
***
良平は奈津美の葬儀後にナナトゥカの情報をかき集め始めた。世界中を周り、ネットの情報も集め何が何でも復讐してやろうと。
そこで良平は過去にナナトゥカによって同じような目に遭った人々に出会った。そうして情報が集まってきた。彼女の本名、神話、どうやって相手を操るのか。
ナナトゥカに遭った人の中には、彼女が人間ではないということにも気が付いた人がいた。その人は彼女に何者かと尋ねていて、ナナトゥカも素直に彼女自身の話をしたという。
最終的にはその人も人生を壊されてしまったが、彼女への復讐のためにも自分が知り得た情報を他の誰かに共有し、自分ではできなかった彼女への復讐を夢見ていた。
その想いの一つ一つが積み重なり、良平の元に集まり形となった。これでやっとナナトゥカに復讐できると良平は拳に力を入れた。
しかしその一方で、もう何をしても奈津美は戻ってこないというあまりにも辛い現実と向き合うことができていなかった良平。
ナナトゥカへの復讐という形で目を逸らし続けていたがジワジワと近づいてくる。復讐のためお金も時間も使ってしまい、得られた物も多かったが無くしてしまった物もとても多く、精神的にも肉体的にも極限の所まできていた。
そんなある日、良平はとある有名な神社へ参拝しに来ていた。そこは参拝客で賑わう神社……ではなく、むしろ人っ子一人いないような寂れたものであった。
この有名というのはいわゆるその手の業界、つまり"オカルト"の類の方で有名な神社であった。なんでもここは本物の神様が居て、実際に会えると。
そんな眉唾な話を信じ、良平はここにきている。今ままでもこういう噂がある所に良平は足を運び何か復讐への手がかりが無いか探していたが、すべてことごとく空振りであった。
いくら自分が一度奇跡的な体験をしているからといって、何度もそのようなことは起こらない。良平はそうだとは分かりつつも、わずかな願いをもって各地に足を運んでいた。
何が良平の行動を維持させているかはもう分からない。それでも、今回こそはと、"この寂れた神社に夜中の二時半に参拝すると神様に会える"噂を信じ、現在賽銭を投げているところになる。
賽銭を投げ終え、ニ礼ニ拍手一礼をして目を閉じたまま深く考える。自分の人生、ナナトゥカ、そうして奈津美。
……何とも言えない感情が溢れてきて涙が良平の目からこぼれ始める。手で目元を軽くこするが止まらないため、ハンカチで抑えようとポケットを探したがハンカチが見当たらない。家に忘れてきてしまったかと思っていた良平の顔の近くにハンカチが渡される。
「はいっ、さっき道の途中で落としてたよ。 これ君のでしょ、今度からきぃーつけてね」
少年のような少女のような子どもがそう言いながら、良平のそばに立っていた。良平の心臓が早い鼓動を打ち始める。
「……ありがとう。 ところで君は? どうしてこんなところにいるんだ?」
「私? 私はXXXXだよ。 え? XXXX。 なんでここにいるのかって言われても、それは君が私を探しに来ていたからだよ」
良平は会話の途中で名前を聞き直したが聞き取れなかった。そんなことよりも良平の中の直感が叫んでいる。
これは本物だと。
言葉にはできない予感が確信に変わり、全身に鳥肌が立った良平は素直にその人物に尋ねることにした。
「それじゃ、君は、神様なのか?」
「うーん、まあそんなところ。 それで君は何しに私に会いにきたのかな?」
「俺はどうしてもやりたいことがあって、君に力を貸して欲しくてここにきた」
「ふむふむ、続けて」
良平は今までの出来事や自身の気持ちをこの子供のような見た目の神様にすべて話した。話を聞いた神様はなるほどと軽い相づちを打って再確認してきた。
「で、色々調べた君はナナトゥカに復讐したいと、でも手段が無いと。 おっけぇー、分かったよ、力を貸すよ。 ま、今さらナナトゥカになにかしても無駄だと思うから、過去から変えたいってことだよね」
神様の言葉に良平は驚いた。
「そりゃあできるなら、過去を変えたいけど、そんなの無理だろ。 ……奈津美はもう死んでしまったんだよ」
「いや、普通に無理な願いだから私を訪ねて来たんでしょ。 それに、たかだか過去を変えることなんて大したことないしねー」
神様の言葉に更なる衝撃を覚えた良平。その固まっている良平に神様追加の質問をしてきた。
「そんなことよりも、ナナトゥカに対抗する手段は準備したの?」
「……対抗する手段は見つからなかった。 流石にそういったものや弱点なんかは他の誰も知らなかった」
「やっぱりねー。 しょうがないな、じゃあこれをあげるよ」
神様は手のひらに乗せた小さなガラス細工を良平に見せた。それは蜂の姿を模したガラス細工であった。
「これはなんだ?」
「ガラスの蜂。 これがあればナナトゥカの言霊も幻惑も聞かなくなるよ。 あとは、君のその熱い拳を一発叩き込んでやればいいさ」
「……それでヤツを倒せるのか」
「大丈夫、大丈夫。 それじゃ、しっかりそれを握っててね。 これから過去に飛ばすから」
「は? 今から?」
唐突な話の流れについていけず、一瞬混乱した良平だが、自分の頬を叩き気持ちを落ち着かせた。
「……分かった、俺を過去に送ってくれ。 ずっと覚悟は決まっていた。 アイツに一矢報いてやるよ」
それを聞いて神様は優しく微笑んだ。
「過去に戻った瞬間に君は自分のやることを理解できるから、大丈夫。 ただ、チャンスは一回。 ナナトゥカが君に小瓶を手渡ししてきた瞬間だけだからね」
そこで、良平は気になったことがあった。
「なんで君は俺の願いをすんなり叶えてくれるんだ? 何か代償を払う事になるのか?」
「いや、別に願われたから叶えるだけだよ。 特に意味はないよ。 それと、君から貰えるものなんてたかが知れているからいらないよ。 いやー、ちょっとこっちにも事情があって丁度良かったから。 ま、そんなことは気にしないで、これからすることに集中して」
神様の手が小さく光始めて、瞬く間に極大の光を生み出していた。
「それじゃ、頑張ってきてね。 良平くん」
直後、良平の意識はブラックアウトした。
***
あの神様がくれた最大のチャンス。このチャンスを良平は必ずものにして、奈津美との幸せな正しい人生を今度こそは歩むと誓った良平。そのためにも掴んだナナトゥカの腕を離さないように気を付けながら、空いている側の腕と拳に力を入れる。
「これは俺と奈津美と今までお前が人生を狂わしてきた人の分だ!!」
今までの思いとすべての力を込めた拳をナナトゥカの顔面に叩き込む。吸い込まれるようにナナトゥカの顔面に向かった良平の拳。そして拳から感じる何かにぶつかる感触。
その拳の先には、痛みによって歪んだ表情を見せているナナトゥカの姿が……無かった。
「貴方ができることは言霊も幻惑が効かないだけ。 私の作り出した障壁を壊すことはできない」
良平の拳とナナトゥカの顔の間には薄い黄色のような透明の薄い板のようなものができていて、拳がナナトゥカの顔面に直接触ることを防いでいる。
「な、なんだよ、これ。 そんなの聞いてねぇよ」
良平の声が震える。それと同時にナナトゥカが高速で動いた。良平からガラスの蜂を奪い、自身の手のひらで握りこむ。
「これで終わり」
パリンッという音と共にガラスの蜂はナナトゥカの手のひらの中で粉々に砕かれた。ナナトゥカの腕から弾かれたように離れた良平の手。あんなに離さないと決めていたのになんともあっけなく。
「そんな……」
良平は膝をつき、地面に崩れ落ちた。ナナトゥカはそんな良平の姿を気にせず、中断していた愛の祝福を再開させようとしていた。
結局、人間ではもがくことができないものだったのかもしれない。あまりにも自分に都合の良い夢を見ていただけなのかもしれない。本当の挫折に心が折れる寸前の良平。
そこに軽やかな声が聞こえてきた。
「はーい、残念ながらそこまでだよ。 良平くん、よく頑張ったね。 ……ナナトゥカ、君は色々やりすぎちゃったんだよ」
良平とナナトゥカにかけられる声。それは良平を過去に送り出した人物の声。
「XXXX、なぜ」
ナナトゥカはXXXXに問いかけると同時に驚愕と恐怖の表情を浮かべている。心なしか体がカタカタと震えている。
「なぜって、神部監査担当者がその責務を果たそうとしているだけだよ。 うじうじ言ってもしょうがないから結果だけ言うね。 さようなら、ナナトゥカ」
XXXXが言い切ると、ナナトゥカは塵一つなく、音もなく消えた。ここにはナナトゥカを抜かした二人だけが残っている。
XXXXは良平の方を向いて、彼に手を伸ばした。
「頑張って立ち向かって偉かったね。 よく頑張ったよ。 お疲れさまー。 私の予想通りガラスの蜂が壊されて、無事に私はここに飛べたよ」
差し出された手を取って良平は立ち上がった。
「良く分からないんだけど、助けてもらったんだよな。 ありがとう。 それでアイツはどうなったんだ」
「こちらこそ、良平くんのお陰でこっちにこれたし。 ナナトゥカは消えたよ。 消滅した。 もう二度とこの世に現れることは無いよ。 だから安心して」
「そっか。 それなら良かった」
怒涛の展開についていけない良平であるが、まずはナナトゥカが消えたことだけが分かっただけで心が落ち着いていく。やっと、やっと終われたのだと。
「それじゃ、私ももう行くね」
「えっ、……そうか、分かった。 色々ありがとう」
助けてくれた恩人に伝えたいことは色々あったが引き止めず素直に感謝を伝えた良平。
「いえいえ、こちらこそ。 それじゃ、今度はちゃんと彼女を幸せにしてあげてね、バイバイ!」
また音もなく消えたXXXX。まだ混乱しているがまずは学校へ向かうことにした良平。
この瞬間をもって、ズレていた道は元に戻った。
***
「ねぇ、パパとママってコーコーセーの時から仲良しで結婚したの? どっちが告白したの?」
小学生なのにだいぶませている娘の蓮子。
「あー、そうだよ。 ずっと仲良しでパパがママに告白したんだ。 パパにはママ、奈津美しかいないと思って、俺が絶対に幸せにするんだって思ったんだ。 ……ってなんか恥ずかしいな」
素直に言った後に照れくさくなる良平。
あの自分たちの道が本来の形に戻った後、良平は奈津美に積極的にアプローチして恋人になり、そうして結婚した。悩みもあったが無事に二人で乗り越えらて、素敵な娘も生まれてきた。
ここ最近、良平は昔に起きてきたことは実は幻だったんじゃないかと思うようになった。あまり鮮明に思い出せなくなってきたことと娘の世話で奮闘していてそんなことなど気にしている余裕がないことがあったからかもしれないなと良平は感じていた。
今はただ、この幸せな時間を大切にしていこうと思っている良平。そこへキッチンから来た奈津美が良平と蓮子に声をかけた。
「二人でなんの話をしているの? お昼ご飯できたから運ぶの手伝って」
奈津美は当然これまでの出来事を知らないし、わざわざ話すこともしていない。いくら良平が熱弁しても、混乱させてしまうだけである。
「それじゃ、いただきます!」
良平は美味しそうにオムライスを食べる蓮子を見ながら幸せを感じる。最後まで諦めないでもがいた自分がいて本当に良かったと感じている。
同じく蓮子を見ている奈津美を見ていた良平は、そっと奈津美の横に移動し強く抱きしめた。
「愛しているよ、奈津美。 これからもずっとお前を守っていくから、一生そばにいてくれ。」
***
XXXXは一人寂れた神社で誰かを待っている。長い長い間。自身に課せられた使命が全て無くなるまで。
「今頃、良平くんは元気に過ごしているかなー」
END
Thanks so much for your reading!
小説を書くこと、諦めずに続けてみるとその先に何かあると信じて今日も書いてみる。