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第4話:ザ・リッパー

 「美人局(ツツモタセ)ですか?」

学生食堂、テーブルの向かいに座ったミユキ先輩の言葉を聞き返す俺。

「それだけじゃないぞ」

お姉様は5本指を立て、順番に折りながら

「高利貸し、日雇い労働者の上前(ウワマエ)ハネ、裏賭博の管理、地元商店への不正な”上納金”要求、生活弱者と偽っての生活補助金の請求」

物騒な単語を並べられました。部活が終わった俺達は、マリサとミキさんをここで待ちながら飲み物片手にお話中。しかし今のリスト、頭に”ヤ”のつく怖いおじさんしか浮かばないよね。お姉様は全ての指を折り終わるとテーブルの上の紙コップを手に取って

「そういったのが神条財閥の収入源になっているんだ。ヒドイ話だろ」

チラっと俺を見てから”イチゴオーレ”にチビチビと口をつけた。チョイスが可愛いなユキたん。しかし今思い返したらあのスキンヘッドの応対の仕方とか、ボンボンスキーのこれ見よがしの服装とか、もう真っ先にそういうの疑うべきだったよな。あ〜怖い怖い。ズズズとカップのエスプレッソを(スス)る俺に

「良くそんな苦いものが飲めるな後宮」

怪訝な顔するミユキ先輩。いやまぁ

「さすがにブラック無糖は俺も無理ですけど、ミルク入ってますよコレ?」

俺の手元で湯気を立てているカップの液体をじーっと見てるお姉様。新しいぬいぐるみを見せられた飼い猫みたいに警戒しつつも興味津々という感じだ。ちょっと前のめりになってるのが可愛い。栗色の瞳を俺に向けて

「……少しもらっていいか?」

スっと俺のカップを指差すお姉様。まぁ減るもんじゃない、っていうか減るもんだけど

「良いですよ。別に」

テーブルの上にそっと置き、スーっと指で押してミユキ先輩の前に送る。お姉様はそれを取って口元まで持って行き、(マブタ)を閉じてスンスンと小さな鼻を鳴らした。

「ん、香りは悪くないな」

頷いてからそっと口をつけてチビリ。そして吟味するようにゆっくりと端正な顔を上下させて何度も頷いて……マッハで(ウツム)いてズイとカップを差し戻すミユキ先輩。その腕とか肩がピクピクしてます。ああ、ダメだったのねユキたん。カップを受け取るとそこでガラっと扉が開き、ミィちゃんが小顔を出してニパっと笑顔。

「姉さんと姉々が来ましたよ〜、カミ〜ング」

 駅でミユキ先輩と別れ、ミキさんやマリサ、ミィちゃんというメンバーで家に向かう俺達。自宅の最寄り駅までにマリサから聞いた面白い話を申し上げよう。

 今日あのママがボンボンスキーからゲットした1億という大金、なんと神条財閥の犠牲になった人達に全て還元されるらしいのだ。

「知らなかったの? 美月のお母さんって生活弱者の支援団体やってるのよ」

マリサが青い目をニコリとさせる。そしてこのツインテール曰くは今回が初めてではなく、これまでにもあの手この手を使って神条財閥から金を取っては、同じ事を繰り返してたらしい。けどさ

「何でお前がそんな情報握ってるわけ?」

腕組みし、隣を歩くツインテールに流し目。するとマリサは左のテールを払ってから

「俺を誰だと思ってるのよキョウ」

グジっと俺の鼻を人差し指で押してきた。お初な人はビックリしたかも知れないけど、マリリンの一人称は”俺”です。八雲様ファンクラブや一般ピープルの前ではバッサリと猫を被って一人称も”(ワタクシ)”になるんだけど、普段は

「神条”財閥”なんて生意気に名乗ってるけど、その社長って領収書の偽装しか能がなくてパパにクビにされたうちの元社員よ」

青い瞳で流し目。こんな娘です。で、さっきこのツインテールが仰った”誰だと思ってるのよ”っていうセリフ、伊達じゃないのだ。え〜っと、ほら。すぐ左、ここ日本の景観にはミスマッチにも程があるイギリスのエジンバラ城みたいな大大豪邸。マリサの家なんです。5分ぐらいその前の道路歩いてるけどまだオウチの正面が見えません。

「そうそう、他にもこんなのあったわね」

と教えてくれたのは、マリサがまだアメリカのテキサスに住んでいたころ、神条財閥が裏社会で力をつけてヒットマンを雇い、マリサのパパに”お礼参り”をしようとしたことがあるらしいのだ。気の毒なことこの上ない、ヒットマンが。だってマリサに空手教えてるのパパだもん。

「返り討ちだったろ? たぶん一撃で」

先に答えを言ってやった。するとマリリンは頷いてから100万ドルの笑顔で

「シンシアにね」

面白いでしょ? ね? シンシアだって。これまたお初な方に申し上げておこうか。シンシアちゃんっていうのはそこの八雲邸に住み込みで働いてる外人のメイドさんだ。俺達よりいくつか年上の北欧系美人。金髪で青目だからすごくエプロンドレスが似合ってるんだよね……って

「シンシアちゃんに返り討ち!?」

「そうよ。あれ? シンシアが俺の”ボディーガード”って言わなかったかしら?」

キョトンとしてるマリリン。初耳も良いトコだよ。

 ここで聞かされた驚愕の事実を端折らずに申し上げようと思う。実はシンシアちゃんのお仕事、メイドさんというのは表向きで本当のお仕事は”八雲邸の警備”だそうだ。そして実際どのくらい強いのかと言えば

「正面から空手の試合したら五分(ゴブ)だと思うけど、ノールールの死合(シアイ)なら間違いなく俺が負けるわ」

それどんな化け物ですか。自宅までまだ5分程度の距離があるので”新連載の予告”もかねて行って見ようか。

「ミィちゃん宜しく」

妹は読者諸君、異次元の方向を指差して

「VTRどうぞ〜! レッツワッチ!」

ウィンク。


 ”キャッスル・ドクトリン”。その言葉はもともと”家は城であり、城の主は不法に侵入してくる如何なる者も排除する権利がある”という正当防衛を意味していたのだが、銃社会である現在のアメリカ合衆国、その母体となっている全米ライフル協会によってその言葉には”射殺による防衛は正当である”という解釈が加わえられた。そして実際にその名で呼ばれ、その意味で適用される州法がここ、テキサスにはあるのだ。

 テキサス州北部に位置する工業都市ダラス。常に時代の最先端を行くそこは洗練されたデザインの高層ビルやマンションが立ち並び、その合間には迷路のように複雑に絡み合った道路が整備されている。近未来的な景観のこの都市で特異点とでも言うのだろうか、明らかに周囲の雰囲気にそぐわない、ゴシックな豪邸がそのど真ん中に建っている。そこが八雲邸だ。

 ”キャッスル・ドクトリン”。”射殺による正当防衛”というその言葉がダラスで最も似合う建物は、一丁数千ドルするような殺傷能力の高いライフルを所有する富裕層が暮らす高級マンションでもなければ、無人機銃という最新のセキュリティシステムが導入された金融機関のビルでもない。その物騒な言葉が最も相応(フサワ)しいと言われるのは、ピストルは愚か銃弾一発も転がっていないここ、八雲邸だった。

 八雲邸に暮らしているのは全米に”KARATE”道場を展開するラッセルという名の白人の男と、もうすぐ高校一年生になるその娘と、そして女の使用人一人だけだ。度々アメリカで最も危険な都市という不名誉な称号を手にするダラスにあって、武器もボディーガードもいない金持ちの家という構図は無用心を通り越して無警戒と言えた。が、しかし、かつてこの八雲邸に侵入してきた凶悪犯の数は0、皆無だ。その周りでは富裕層のマンションに押し入って散弾銃の餌食になったり、銀行に押し入って武装警備員のマシンガンで蜂の巣にされた凶悪犯は数え切れない程いるというのにだ。何故ならそれは八雲邸の主は史上最強といわれるKARATEのマスター、ラッセルであり、その娘は最上位の門下生、マリサであり、そして何を置いてもあのシンシア・フリーベリが暮らしているからだ。だから誰も手出ししようとしなかったし、手出し出来なかった。事情を知らない哀れなある日本のマフィア、”神条会”以外は。 


「うん、前置きは良い感じねキョウ」

「ありがとうマリサ。じゃ続けるよ」


 「それではお嬢様、旦那様。お気をつけていってらっしゃいませ」

八雲邸の正面玄関。金髪の美しい、黒のエプロンドレスを着た使用人が、黒塗りのリムジンの後部座席に座っている赤毛ストレートヘアの女の子とアゴの反りあがった白人の男に深々と頭を下げている。その女の子がマリサ、男がその父ラッセルだ。マリサは窓から身を乗り出して

「お留守番お願いね、シー」

手を振る。”シー”と呼ばれた美しい使用人はニコリとして

「はい。私にお任せくださいお嬢様」

いつものようにマリサの頭を撫でるこの大人びた女性、彼女がシンシア・フリーベリだ。ラッセルは姉妹のように仲のいい二人の関係をとても気に入っていた。自分の仕事の都合で学校を転々として、友達が出来ては失うという不憫な娘マリサの相手を務め、妹のように可愛がってきたシンシア。ラッセルもまた彼女をただの使用人ではなく家族のように接し、大事にしてきた。ラッセルはシンシアと同じくマリサの頭を撫でながら

「大丈夫だよ姫。シーちゃんが家を守ってくれるなら例えスティンガーミサイル1000発打ち込まれてもキズ一つホコリ一つつかないさ〜 HAHAHAHA」

無駄にテンションの高い屋敷の主にシンシアはクスリと笑って

「旦那様。早くしないと遅刻しますよ。最近は門下生の方たちのクレームが増えてるんですから。応対する私の身にもなって下さい」

ラッセルにその澄んだ青い瞳を向ける。言われて屋敷の主は腕時計を見て

「Oh シッツ! それじゃぁシーちゃん! お土産にセクシーな下着買ってくるから楽しみにしてるんだよ!?」

シンシアはそれにまたクスリと笑ってから

「奥様とも相談させて頂いてからですね」

「HAHAHA! それじゃ〜いってきます! 行けい戦艦YAMATO!」

「パパ。その名前で呼ぶの私ちょっとやー」

という声を最後に残して、黒のリムジンは走って行った。それを深々と頭を下げて見送ったシンシア。ここからは使用人としての仕事に加え、警備員としての仕事が加わる。


「俺ルートのネタバレには注意してねキョウ?」

「任せなさい」


 昼前、広大な屋敷の掃除をしている時にインターフォンが鳴った。この音が聞こえるとシンシアはいつも二つの接し方を頭に入れて行動を始めるのだ。一つ目は旦那様のご友人なら失礼のないように。二つ目は旦那様の”お客様”なら”丁重にオモテナシ”するように、だ。言い換えるなら使用人シンシアとして接するか、あるいは”シンシア・ザ・リッパー”、”死神シンシア”として相手をするかということだ。庭の隠し警備カメラを通じて、使用人室の備えつきのモニターが写したのは東洋からの来客のようだ。その出で立ちにシンシアは目を細め

「”お客様”のようね」

右手に黒の手袋填めた。

 八雲邸、正門扉前。シンシアの前に立っているのは黒スーツにサングラスをつけた体格の良い男が1人。

「大変申し訳ありませんが、お約束のないお客様とは旦那様は御会いになられません。お引取り下さい」

おじぎ。一般人ならすくんで声が出なくなるような強面(コワモテ)の男に、シンシアは蚊ほども臆した様子を見せずに笑顔で応対していた。そして既に主であるラッセルは自らが経営する道場に向かって留守だというのに、彼女はさも彼が在宅しているかのように振舞うのだった。そこには

”敵は(シズ)めるより、(アブ)り出して始末する”

という死神ならではの哲学があるからだ。さりげなく家の様子を伺っていた黒スーツの男は、この使用人以外にボディーガードの姿がないことを確認し終え、目的を開始しようとしていた。ラッセルの始末だ。シンシアの前に立っている黒スーツが

「お嬢さん、死にたくなかったら今すぐそこを離れろ」

言って懐から抜いたのは真っ黒なサブマシンガン。続いて男が運転してきた大きな黒のワゴンから続々と黒スーツの男が20人も出てきた。そしてやはりその手には黒光りしている銃が握られている。そのまま応対していた男がシンシアの真横を通り過ぎて、その足の爪先がほんのわずか屋敷内に入ったときだ。

「キャッスル・ドクトリンをご存知ですか」

使用人が突然呟いた聞きなれない単語、それに一度だけ振り返った黒スーツの男が次に見たのは真っ黒な握り拳だ。直後に爆音。そこにいた誰もが真っ先に連想したのは交通事故。振り返った先にはある意味で予想通り、自分達が乗ってきた大型ワゴンが大破していた。ビッシリと亀裂が入って真っ白になったフロントガラス、そしてなおそれをグシャグシャにしてそこへ頭から突っ込んでいるのは自分の同僚にしてリーダーだった。車に搭載された防犯システムがけたたましいサイレンを響かせている。大型トラックか? ダンプか? 目撃していながら誰もが正解に辿り着けない。有りえないからだ。まさか正面扉ので正拳を突き出しているあの使用人が、この惨事の原因だとは思えなかった。後にこの必殺の中段突きはマリサに継承される。


「このくらいのネタバレはOK?」

「ん〜……良しとするわ!」


 理屈で理解できなくても、これまでに修羅場を潜ってきたこのヒットマン達は本能で理解していた。既に銃口を向けている自分達を見ても顔色一つ変えず、手を後ろで組んで天使のような微笑を浮かべているこの少女が”ヤった”のだと。その美しい青い目をニコリとさせて

「お帰りはどちらがいいですかお客様方? 地獄ですか? それとも自宅ですか? 今ならまだお好きな方をお選びいただけます」

後ろに隠していた右手を胸の前に持ってきたシンシア。そしてその真っ黒な革の手袋の指の付け根からは蜘蛛の糸のように細く長い何かが数本、日の光を受けてキラキラと光っている。数メートルはあるその一つを左手で掴んでピンと伸ばし、犬歯にかけてギリギリギリと耳障りな音を立てた。アレは一体何だろうか、そんな些細な未知が押し殺していた恐怖を増大させる。

「気が変わりました。証人は一人いれば充分ですね」

そう呟いてからシンシアが右手を振るうとほぼ同時に乾いた銃声。振り向けばヒットマンの一人、その手に握られたサブマシンガンの銃口から硝煙がユラユラと空に昇っていた。その銃が向いているのは使用人ではなくワゴンの方。暴発だろうか。いや違う。撃ったヒットマンだけには見えている。引き金と銃口に絡み付いている髪よりも細いワイヤーと、それを手繰り寄せた先にはあの使用人が掲げる黒い右手に行き着くということが。それが意味しているのは、引き金に人差し指を当てている自分の他に、目を凝らさなければ見えないような細いワイヤーを通じて、もう一人が引き金を引けるということだ。すぐにでも仲間に知らせなければならない、が、これをどう説明すればいい?

”いつまた自分の愛銃が意図せぬ発砲をするかも知れない”

その事実に喉を鳴らしたとき、死神が左手で右手のワイヤーをそっと(サス)った。その時だ。ギリギリギリという軋むような音が、まるで自分達の周りをスピーカーが囲んでいるかのように鳴り始めたのだ。ヒットマンはそこで自分達の置かれた本当の状況に気付き、背筋を凍らせた。ワイヤーは2本だけではない。10? 20? いやもっとだ。いつの間にかそれは自分達を結界のように取り巻いていた。さらにそれは全員の銃口、引き金に加え両手両足、首に緩く、だがしかし確実に絡んでいた。それを各々が悟った瞬間、彼らは自らの意思で一斉射撃を始めた。この判断は極めて冷静で極めて正しかった。しかし遅すぎた。既に大きなミスを二つも犯している。それは”死神(リッパー)のいる屋敷に足を踏み入れたこと”そしてここテキサスでは”キャッスル・ドクトリンが認められているの知らなかったこと”だ。発砲が止んだ。辺りには火薬の匂いと煙が充満し、道路には数え切れない薬莢が転がっている。自分達の銃があげた硝煙で姿は見えないが、使用人はミンチに違いない。しかしもし、あとほんの少しだけでもあの状況が現実的だったなら、彼らはその優れた精神力と明晰な頭脳でもって、自分達の銃口が空を向いていた事に気付けただろう。

「てるてるボウズ、てるボウズ、明日天気にしておくれ?」

煙の中から無邪気な声が聞こえたかと思えば突然その中へ5人がさらわれた。文字通りピンと糸で引っ張られたように。ワイヤーの軋む音、悲鳴、そして屋敷の屋根には逆さ釣りにされた5人の同僚が。彼らは再び恐怖に任せて引き金を引いた、が、その全てが”カチンカチン”と無情な音を立てるばかりだった。煙が徐々に収まって屋敷が姿を現したとき、正面にはやはりあの使用人が立っていて今度は左手に一本の手投げナイフ。刃の先端を持って逆さに向けている。そしてマジシャンが重なったトランプを扇に広げていくようにズラズラズラっとナイフは扇形(オウギガタ)に14本になった。そしてニコリ。

「ありますね。人数分」


「ちょっと描写細かすぎないキョウ?」

「ごめんゲリラ的な新連載の”ザ・リッパー(仮題)”の予告兼ねてるから」


 夕暮れの八雲邸。ラッセルとマリサの乗ったリムジンが到着。後部座席の扉を開け、降りてくる二人に深々と頭を下げて迎えるシンシア。

「お帰りなさいませ旦那様、お嬢様」

そして微笑んで屋敷の屋根を流し目。それに誘われて二人が見た先、そこには口から泡を吹いて逆さ釣りになっている黒スーツの男が19人。マリサがそれを

「あ、お客さん来たんだ」

と呟く一方でラッセルは慌ててシンシアの両肩を掴んで

「シ、シーちゃんケガはないかい!? 変なことはされてないかい!? 無事かい!?」

ガクガクガク。揺すられながら

「だ、旦那様! 私は大丈夫です! それから申し訳ありません! 庭の芝生や彫像に落ちてきた銃弾が当たって……」

「そんなものはどうだって良いんだシーちゃん! ああ無事で良かったよ!」

目から涙をこぼしている心配性な主に、シンシアはクスリと笑ってから胸元に締まっていた丸い金のペンダントを丁重に取り出し、ラッセルに両手で渡した。

「そしてもちろん、奥様もご無事です」

受け取ったラッセルはそれをいつものように開いて、その中で微笑んでいる今は亡き妻の写真を眺める。マリサと一緒に。そして帰りの車の中で言えずにいたことを、言えばまたマリサが半日は口を聞いてくれないことを言うために、娘のほうを向いた。

「な、なぁ姫。明日から実はその……」

いつものこの切り出しに、マリサはまた肩を落とした。シンシアもそれに唇を噛んで黙って見守る。ラッセルは出来るだけ言葉を選んで、恐らく最善と思われる言い分を口にした。

「ママの生まれ故郷や、美月ちゃんやキョウちゃんのとこに行かないかい?」

告げた瞬間、予想に反してマリサはその青い瞳を輝かせた。そのいつもとあまりに正反対な表情に呆気に取られている父親、それに

「行くわパパ!」

娘は抱きついた。シンシアは唖然となった。どうやってお嬢様のご機嫌を取ろうか、どうやって主を慰めれば良いかをその明晰な頭脳で考えようとていた矢先のこれだ。それでもあまりにマリサのその笑顔が可愛かったので思わずクスリ

「それではお嬢様。私は早速、お荷物の準備にかかりますね」

おじぎして屋敷内へ戻ろうとするシンシアへ

「あ、シー」

呼び止められて振り返ると、マリサは父から離れて手を後ろで組んでモジモジとしていた。

「どうかなさいましたかお嬢様?」

首を傾げると、マリサはちょっと頬を染めて小鼻をかき始めた。シンシアはマリサがこの仕草をするとき、彼女が真意を隠しつつも、何か大事なことを話そうとしているサインだというのを知っている。だからいつもシンシアは自然に応対するように心がけているのだ。次にマリサがいった言葉、それは

「昔日本で使ってた、あの髪留めあるかな?」

ちょっと拍子抜けだった。けれどそれには深い意味があるのだろう。シンシアは笑顔で

「お嬢様が幼少の頃に愛用されていたものですね。もちろんですが、御入用なら新しいものを……」

「あれでいいのよシー。御願いね?」

とだけ言うと、マリサはそそくさとシンシアを追い抜いて屋敷の中に走って行った。その後姿を見てピンと来た。なるほどと。そしてクスリと笑って

「お嬢様にふさわしいお方かどうか、ご一緒に拝見しましょうか旦那様?」

高層ビルの隙間から差し込む傾いた日の光を受けて、シンシアは隣で何となく面白くなさそうにしてる主に微笑むのだった。


「調子乗って俺ルートの1話出してんじゃないわよ!」

「お、落ち着いてマリリン! これも作者の愛らしいよ!」


 まぁそういうことで、シンシアちゃんとミユキ先輩の脅威の決闘は次回で!

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