ルートミユキ1の11:全ての真相
小さい頃にケンカの仕方を親父から教わった。
一つ、守るべきものがあること。一つ、勝てる相手を選ぶこと。一つ、勝った時に決して相手に恨みを残させないこと。
善悪の判断はともかく、俺はこの三ヶ条を守っていてその戦法は”逃げる”っていうのがメインになってる。
お互いが傷つかない最良の方法だと思うし、”逃げるが勝ち”って言うしね。自己弁護じゃないけど逃げるのって本当に大事なことだよ。
ちなみに怖いマフィアさんなんかもこの三ヶ条を守っていて、その戦法は恐ろしいことに”二度と戦えなくする”がほとんどだ。
ストレートにいうなら始末するとか満足に動けない体にするとか、まぁそういうこと。人として最悪だ。
偶然かどうか知らないけど”ミユキ先輩もこの三ヶ条を守ってたりする。で、その戦法は上二つのいずれでもなく
”戦う気すら起こさせない”だ。
ピンと来ないなら1例を。もし山で体長2mのクマさんに遭遇したらケンカなんか吹っ掛けないで逃げるよね。
”いやいやケンカとか無理でしょありえないムリムリ”
ってなるというか、いやそもそも戦うなんて発想が出てこないと思う。車に走って勝とうとか、列車と押し合いして勝とうとかそういうのと同じで。
ミユキ先輩が今までやって来た戦いってそういう次元のものだった。
始まる前から決定的な差を感じさせる。さっき言ったクマと戦うとか考えもしないのと同じ。理屈はそう難しくない。それだけのことだ。ほんとそれだけの。
”そう。私がするのはそれだけのことさ。だから”
バス中で立ち尽くしていた俺にミユキ先輩は流し目して
”殺しはしない”
そう残してから外に飛び出していった。体長12m体重6トン。
クマやライオンですらエサにしかなりえない”レイチェル”を相手に、ミユキ先輩は
”それだけのこと”
をすると残して。
青白い月に照らされた草原は夜風に揺れ、そこへ降り立って髪を靡かせるミユキ先輩はさながら海に浮かぶ人魚のように幻想的だった。
手は得物を持たずに風と戯れる自身の黒髪を流し、ただその細いシルエットを月光に濡らしている。
しかしこの美しい光景をもし夢とするなら、少なくとも彼女の前に対峙している巨大なそれは悪夢という他はなかった。
暴君竜の異名を持つ現代に蘇った地上最強の肉食獣、それがその禍々(マガマガ)しい琥珀色の瞳にミユキ先輩の姿を焼きつけていた。
「蝶よ花よと育てられたワガママなお姫様」
左足を半歩引いて半身に構える。
「ただの一度も恐怖を知らない可憐なお姫様」
マツゲの長い切れ長の目を細め
「今宵は美しい寒色の月、私と一緒に踊りませんか」
口端を微かにあげた。
”冷淡な笑み”を浮かべる。いつもならこう形容していたお姉様の戦意を含んだ笑み。俺は今になってその本当の意味を理解した。
対峙しているティラノサウルスが岩のようにゴツゴツとした口周りの筋肉を押し上げ、その剣が並んだようなキバを露にするという同じ動作によって。
レイチェルはミユキ先輩のマネをしている、つまりお姉様は人として笑んでいたのではない。
”下がれ消えろ”
と”敵”に対してキバを剥いていたのだ。
事実、レイチェルは自分の数分の1に満たない彼女に対して地響きのような唸り声をあげている。明らかにその所作はエサや格下に対して行うものではない。
しばらくの間。一人と一頭を包む空気はこれ以上ないほどに張り詰めている。
やがてレイチェルはその岩山のように大きな首を下げ、掘削機のように重厚なアゴを開いて咆哮をあげた。
その音圧で床に散っているガラス片が揺れ非常灯が明滅する。そして悲鳴。
大人も子供も区別なく皆が同じように丸まって暴君竜の大喝に怯えた。でも違う。これは違う。
これはそういうものじゃない。
これは身近なもの、例えば犬に例えればすぐに分ることだ。
”怯えた方がまず先に吠える。緊張に耐え切れなくなった方が先に吠える”
生き物がお互いのキバを見せて戦意を突きつけ、静かな緊張感を作ってせめぎ合う。
そして耐え切れなくなった方がうなり、やがて吠える。そしてレイチェルは吠えた。つまり、そういうことだ。
直後に起きた直下型の地震は”踏みつける”という行為によって引き起こされた。バスが一瞬宙に浮いて地響きを生む。そしてまた悲鳴。
その圧倒的な対格差を利用した攻撃によってミユキ先輩は一瞬にして消えた。
乗客の誰もがミユキ先輩は死んだと思った。その衝撃からして疑う余地はない。
でもその中で俺だけは毛ほどもそうは思わなかった。ミユキ先輩がどういう人なのか知ってるから。
たかが……。
たかが”常人の目に止まらない程度の速度”に反応できないほどお姉様は鈍くない、って。
でもフタを開けて見ればどちらも不正解。強いて言うなら俺のほうがむしろ正解より遠かった。
思い返してみる。
入学して間もない頃、ヒョンなことでキレたマリサが放った渾身の正拳を手の平で”受け止めた”ミユキ先輩。
思い返してみる。
学園近くの公園で不良に絡まれてた時、ミィちゃんが放った稲妻のような側頭蹴りを手の甲で”受け止めた”ミユキ先輩。
そう。彼女は避けなかった。その必要がなかったから。
ちょうど俺達が飛んでくる小虫なぞ避けずに手で払うように。
ミユキ先輩はそれらを”あしらった”のだろう。そして今回もまた……。
その考えに至るまでの長い数秒の後。夜の木々を揺らす大音量のそれは咆哮ではなく明らかに悲鳴だった。
大木のようなレイチェルの足が除けられるとその跡には涼やかに佇むミユキ先輩。
その赤く濡れた右手以外は以前と寸分の差もなかった。
お姉様は鮮血を草原に払いながら
「スタディ1だ、お姫様。クギを踏むとこうなるから散歩はおしとやかに」
息を荒げているレイチェルの目を切れ長の目が捉え
「スタディ2だ。一方的な狩りは存在しない」
まだ赤い右手が人差し指を立てる。
「狩るものは常に自分も狩られる立場にあることを忘れてはならない」
栗色の瞳を紅色に変え
「今回の授業料は少し高いぞ」
冷淡に微笑んだ……のではなく”キバ”を剥いた。
「レイチェルに”死神の命”を投与してこの仕打ち。園田家に目をつけたのは科学者として間違いじゃなかったわね」
現状分析するにはあまりに情報が多く、しかもその様がまるでデタラメだったから、椅子に座り込んだクリスティは言葉を選べなかった。
その疲労しきった背中を後ろから見下ろすシンシアは
「いいえ」
その肩にそっと手を置き
「あなたは今回科学者として決して犯してはならないミスをしています」
語りかけた。しかしもうさっきのセリフが限界だろうか。クリスティはずっと首を左右に振ってばかりで答えようとしない。
生気のない目でモニターを見つめている彼女に
「科学は人を豊かにするものであっても、決して人を傷つけるものではないはずです」
続けて声をかける。その問いかけにもただ首をゆっくりと左右に振り
「あなた達の動機を見定めないままにただ研究にとりつかれ、盲進してた天罰ね。ふふ」
自虐的な笑い。そしてあくまで自己中心的なセリフ。
「欲張ったのがいけなかったのね。死神の命で充分な成果が出てたのに。ハイリターンの影にあったハイリスクを微塵も気にかけないなんて」
意味のないセリフが意味のない時間を紡いでいく。もう冷静な思考力も残っていないのだろう。
しばらくの間をおいて溜息、そしてまた首を左右に振る。
それでもシンシアは自身の温もりを伝えるその手と同じような穏やかな口調で
「もしあなたが今も科学者であるなら、一刻も早く施設のセキュリティを元に戻してください」
今最もすべきことを告げる。檻から放たれた恐竜全てがマリサや桃花、あるいはミユキだけで止められる訳ではない。
ロストワールドはそこまで狭くない。今この瞬間にも施設で襲われている職員がいるかもしれない。
「今のままでは乗客だけでなく、ここで働くあなたの仲間の命も」
「命……ですって?」
俯いたままのクリスティがようやく反応らしい反応を返した。
しかしその口調は陰鬱で呪いめいていた。
「何知ったような口聞いてるのよ」
”この出来損”
その言葉は聞き取るには小さく威圧するにはあまりに弱弱しかった。
しかしそれは彼女の存在を否定する呪いとしては十分だった。
「人工授精で生まれて幼少期を培養液の中で過ごして」
感情の感じられない淡々とした口調で
「遊具の代わりに与えられた死刑囚を嬉々として引き裂いてきた殺人鬼が、いつ人に道を説けるほどエラそうになったのよ」
むき出しの言葉の暴力を
「たかが10年程度”人間”として扱ってもらったぐらいで勘違いしてるんじゃないわよ」
シンシアに向ける。
「あなたが人間なんかになれるわけないじゃない。身の程知らずにも程があるわね」
そしてそれを彼女は無言で聞いている。
「……あなた私にクローディアを利用したって言ったわよね。あなただってそうでしょ死神?」
その名前に微かにシンシアは俯く。
「自分の雀の涙程もない罪悪感を慰めるために、あなたは”クローディアを守る”って言うキレイ事で出来た精神安定剤やってるようなもんじゃない?」
その肩が少し震える。
「私と何が違うって言うのよこの……」
”出来損”
シンシアの目から溢れそうになってるものを見て利恵は溜息を吐き
「全く……」
座り込んでいるクリスティへ歩み寄りってその襟首を掴んで強引に立たせる。
「新しいオモチャをもらったら好奇心に任せて使うのは子供の特権じゃない? それがダメなことなら罰せられるのは当然それを与えた親でしょ?」
そのフテ腐れた青い瞳を真正面から睨みつけ
「罪のない子に”親を殴らせる”なんて大罪を背負わせたくないから」
右手を振り上げ
「彼女に代わって私が殴ぐらせてもらうわ」
栗色の瞳を紅色にかえ
「クリスティーナ・フリーベリさん」
その手を勢いよく振りかぶった。
「待ってください利恵さん!」
いやーもーあれですよ。格好よかったの最初だけで後はシュール過ぎて語ろうかどうか迷いまくりです。さっきは
前回までのあらすじ:
”青白い月光を浴びながら草原に降り立った武神ミユキは暴君ティラノサウルスと対峙!
張り詰めた空気が漂う中激闘はついに幕を開けた! レックスによる驚異の踏みつけ攻撃によって勝敗はあっけなく決したかに見えたがそこは武神!
受けることも避けることもせず己の手刀でその足を貫き後の先を取った! 再び仕切り直しとなった戦い! その結末やいかに!”
って感じで始まったのに。
「いやまさか私もあそこで逃げられるとは思わなかったなー」
ショゲてます。
「俺は先輩が”あれ? いやこらちょっとまだ私の抜刀とか見せてないぞお前まだ早い!”とか焦り気味に追いかけていくとは思いませんでした」
バス内。テンション爆発させて笑ったり泣いたり抱き合ったりしてめいめいに生の実感を表現してるお客さん達の中、俺とミユキ先輩は微妙なテンションで向き合いつつ体育すわり。
お姉様はプーと頬を膨らませて
「だってお前一応史上最強の肉食恐竜なんだから”釘”踏んだだけで逃げるとかダメだろ。展開的にもなんかあっちゃダメだろ」
見た目からしてふくれてます。俺はそのホッペをつんつんしたい衝動を堪えて
「でも結果オーライじゃないですか。こうして皆無事済んだし」
言ってもミユキ先輩はプイとそっぽ向いて
「そんなものはしょせん結果論だ。私は認めないからなあんな肉食恐竜」
なんか可愛いこと言ってるなユキたん。
「いや肉食恐竜って言ってますけど冷静に考えてみたらですね。レイチェルちゃんって生まれてからずっと人工飼料ばっか食ってるってツアーのお姉さん言ってませんでした? しかも大人しいって」
お姉様はまだふくれたまま
「ふん。そういう意味では肉食とは言い難いというかむしろ草食系か。ふん、草食系肉食恐竜チェルシーな。ふん」
「レイチェルです」
ブリブリしてますね。3歳児並みに。
しかし恐竜に追いかけられるシチュエーションってアニメやゲームでも割と見かけるんだけど泣いてる恐竜追い回す和服ヒロインとかマジで初じゃないのか。
「しかしですね」
俺はレックスを追って森へと消えたお姉様の発したセリフを回想。
”ふふふ捕まえたぞ姫君なかなか活躍できなくて溜まってたストレスとか日頃のウップンとか他にもなんかいろいろ黒いものまとめてぶつけるからそのつもりでよしいくぞ淡き光の下鮮やかに咲きry”
「あれ確実に”やつあたり”じゃないですかイジメじゃないですか。セリフとかもほのかに最悪じゃないですか」
「うるさいな結果オーライじゃないか」
あなた数秒前何て言ってましたっけ?
とりあえずテンションあがってる少年にせがまれてハイタッチ。
「せっかくこの日のために色んな技を揃えておいたのにな。残念過ぎるだろ」
やたら頭下げてくる女の人に”いやそんな感謝されることしてません”とか言ってるお姉様。
この日のため……か。
そういえば今朝ここに来る新幹線の中でミユキ先輩、パンフのティラノの見ながらワクワクしてたけど……
「バスが爆破されて恐竜が出てくるっていうのも計画の範囲内だったわけですか?」
ストレートに聞けばミユキ先輩は首を左右に振って否定。
「確かに爆発物がしかけられているというのは事前に聞いていたが、それはシンシアが除去する手筈になっていた」
”なっていた”ってことは……。
「でも失敗したってことですか?」
これまた首を左右に振って
「私もその位置は聞いていたから乗車前に確認したさ」
ふむふむと。それで危険がないと判断したからお姉様はバスに乗ったわけだよな。
「もちろん予定通りシンシアはそれを除去してくれていた。単に爆弾が見当たらなかったからそう言ってるんじゃないぞ。除去した証としてシンシアのサインもあったからな」
行き届いてるな流石ツインテールのメイドさん。
しかし考えてみれば間抜けな質問だった。爆死しかねないと知っててわざわざ乗るヤツなんていないよな。
苦笑いしてたらお姉様はおもむろに立ち上がり、まるでめくられたような穴が空いたバス後方を見て
「しかし現実はこうして事故が起きたわけだ」
頷き
「整備士の話によれば燃料タンクの破裂ということだが」
俺に流し目して
「状況を考えるにこれも必然だろうな」
仰いました。とりあえず目線を合わせるために同じく立ち上がって
「どうしてそう言い切れるんですか?」
ベタに返してみる。するとお姉様は否定の意味を込めて”いいや”と首を振った。
「確信も確証もないから言い切ってる訳じゃない。あくまで確率の問題として答えたんだ。この事故、より可能性が高いのはどちらだろうかというな」
俺の前に二本指を立てて
「”偶然”か”必然”か」
小首を傾げる。まぁ話の流れでは”必然”と答えるべきなんだろうけどもう少し黙って先を促がしてみる。
そんな俺の姿勢にお姉様はウンと小さく頷いて
「恐竜を蘇生させて育成するほどの管理力を持つ研究所で、バスの整備不良による爆発と恐竜施設のセキュリティバグが同時に発生し、かつそれがツアー中でそれも大型肉食恐竜地区内である確率は? ということさ」
偶然にしたら出来過ぎていると言いたいのだろうか。ミユキ先輩は壁に寄りかかりながら腕組みして
「その極めて低い確率を吟味検討するより、むしろ”故意”の香りが鼻についてこないか?」
流し目。確かにこれも”人がやった”って考える方が納得はしやすい。
「ダメ押しだ。このバスは水素エネルギーで動いていると言っていただろ?」
「ええ。なんか環境に配慮してるとかどうとかで」
とか言ってる俺の手を掴んで
「こっちだ」
後方の穴へ誘導していくお姉様。
ああ暖かく柔らかできめ細やかな肌なんという心地よさか! バスの後方まで500mくらいあれば良いのに!
しかし最近随分とお姉様との距離が縮まってないかい京太郎君ムフフとか一人やってる間に辿り着いた大穴。
何やらその周りがやたら濡れてるけど……
「雨なんか降ってないですよね?」
ミユキ先輩は頷いて
「簡単な科学の問題だ。水素と酸素が反応すると水が出来る」
H2Oというヤツですね。分ります。
「そしてここが爆発の現場となれば?」
先を促されて
「もしかしてバスはそれで……」
確認するように伺えば
「そう考えるのが自然だろう。しかし水素と酸素の反応はあくまで燃焼反応だ。穏やかに火が漏れ続けて終わりということもある」
でも実際には
「爆発しましたよね?」
聞き直すと大きくうなずいて
「ああ。つまり水素と酸素が爆鳴気と呼ばれる比率になっていたことになるが、これも偶然か?」
ここまできたら流石に偶然はないだろ。思わず苦笑いした俺に
「水素と酸素の混合気体への点火だけが目的だったなら、爆薬そのものはごく少量だったはずだ。乗客が全員無事な点、シンシアが見落としたという点。その両方の説明として納得がいかないか?」
「いきますね」
もうこれを偶然として話を進めるのが不毛過ぎる気がしてきた。
「さらに言うなら爆弾は遠隔操作型ではないはずだ」
そういって朱色の携帯を取り出して俺に見せる。パチンと開かれたそこには”圏外”の2文字。
「携帯どころか今は運転手の無線、内線電話も通じない。それほど強力な妨害装置が今は機能している」
つまりリモコン式は使えない、か。なるほどね。
「最もその種の電磁波がバスから出ていたならシンシアが見落とすことはなかっただろう」
言い切るあたりはシンシアちゃんのすごさと理解して良いのだろうか。
”そうするとどうやってタイミングよく爆破させたんですか”
っていうのを聞く前に
「考えやすいのは時限式だ」
俺の心読めるんだろうかこの人。
「ここのツアーはスケジュール管理を徹底しているから前もって仕掛けるのは難しいことじゃない。バスの運転手もマメに定時連絡をいれていただろう?」
ああ。そういえばそういうのやってたね。他にもここに入場するときとかもお客さんの仕分けが厳しかったというか。
俺がそうして頷いてる一方で
「しかしシンシアや母さんにも知らされてなかったのは博士が保険をかけていた言うべきか、それとも一から十まで話すほどもお人好しではなかったというべきか」
首を傾げているお姉様。つくづくこの人の洞察力ってすごいんだよなー。って横顔を見てたらミユキ先輩は”あ”っと何かを思い出したように俺を見て
「そうだ肝心なことを話してなかった」
「やれやれ。こんな小さな子に説教されるなんて私もあなたも情けないわね」
利恵が手を離すとクリスティは椅子へ崩れるように座った。
「科学者は子供っぽい人が多いって言うけど。あなたの場合はほんとドが過ぎてるわ」
呆れたように溜息を吐く。そして二度三度頷いてから
「最後くらい大人らしくかっこつけてみなさいよ。対処次第では本当に”バスのメンテナス不良”。”セキュリティ設備の不具合”ってことにしてあげてもいいわよ?」
「ちょ、ちょっと利恵さん!?」
余程シンシアに言われた言葉がこたえたのか、クリスティは一言も返せなかった。
「もうすぐ私の呼んだ応援がここへ来るわ。そうなったらもういい訳が聞かないけどどうするの?」
利恵は俯いたままの彼女に小首を傾げる。
”コンコンココン”
扉から聞こえたリズミカルなノックの音、それに利恵は腕時計を見て頷き
「どうやらもう来たみたい。ゲームオーバーね博士」
そう告げると彼女はゆっくりと顔をあげて
「……どうかしらね」
歪んだ口元。その真意を確かめるべくもう一度その目を見ようとした直後、研究室の扉を乱暴に蹴り開けて入って来たのは黒スーツの集団だった。
利恵は銀の銃を、シンシアは黒の銃を構えてそれぞれ自分に最も近い黒服へ向けた。
カチリと素早く安全装置を外して撃鉄を起こす。
「彼らがここへ来ているということは」
シンシアは舌打ちして
「利恵さんが用意した応援がやられたということでしょう」
そして彼らがほぼ無傷の状態なのにやや目を疑い
「……友人に頼んでいた武器は中々モノが良かったんですけどね。考えにくい事態です」
そう。シンシアがアメリカに渡ったのはこの日の為、利恵がこの研究所を制圧するために呼び寄せた”応援”に装備一式を与えるためだった。
予定ではあと少しで彼らが来るはずだったのだが、現実に来たのはクリスティに雇われている神条会のボディガードだ。
自分達に向けられている銃口の数々。間違いなくこれは脅しではない。
「残念ですが……」
シンシアは小声で利恵に切り出した。彼女には神条会というマフィアがどういう集団か良く分かっていたから、この状況が意味するところは一つしかない。
ここへ制圧と救助に来るはずだった”応援”の代わりに彼らが来ているということは
「全滅でしょう。一人も生かしてないはずです」
静かに告げた。その言葉を聞いてからクリスティは利恵の目を見て
「ありがとう。あなたがいつまでも私の三文芝居に付き合ってくれたお陰で充分な時間が出来たわけね」
黒スーツの中の一人、恐らくは彼らを率いているであろうサングラスをかけた痩せ男に向け
「神条会の総帥さん直々にお越しとは恐れ入るわね」
歩み寄ってから利恵とシンシアの方を向き
「そこの二人はあなたが投資してる私の研究成果を奪い去ろうとして、おまけにツアーのバスに爆弾までしかけて証拠を隠滅しようとたとんでもないヤツらよ」
シンシアはギリっと奥歯を噛んだ。しかしそれは濡れ衣を着せられたからではない。
クリスティは間もなく自分たちを”始末しろ”と命令を下すだろう。
彼女はその際に利恵を無傷で返す方法を必死に模索しているのだ。自分ひとりならどうとでもなるこの状況が悔しかった。
「良~く見てシンシア」
そう言う利恵の声は小さかった。しかしその声色はまるで曲がり角が飛び出して脅かそうとする悪戯っ子のようにワクワクとしていた。
「あなたのお友達って本当にすごい子ね。今度は私も御願いしようかしら」
微かに微笑む彼女の視線はちょうどクリスティと同じものを捉えていた。
「じ、冗談ですよね? それ。あの、その……っていうか。その……いやウソですよね?」
もう何を聞いても驚かないつもりでいたのに頭真っ白でまともなセリフ言えない京太郎君に、お姉様は無邪気な笑みを浮かべて
「いいや本当だぞ」
可愛らしく仰いました。これはエライことだ。
「すごいわね神条さん」
クリスティは黒スーツのマフィアたちが構えるライフルを興味深そうに眺めながら
「以前はロシアからの払い下げが多かったのに。XM-8って米軍でもまだ正式に採用されてないアサルトライフルじゃない?」
場違いにも程があるその銃に頷いていた。そしてそれにヒッソリと押されたエンブンレム”A・C・C”に目を止め
「Amy Christie Corporation……。すごいわね。全米ライフル協会と唯一張ってるとこよ。いつそんな大企業とコネを持ったのかしら」
クリスティにそう問われた痩せ男は口端を釣り上げただけだ。
サングラスのツルを無言で押し上げる彼にクリスティは一度だけ頷き
「まぁその話は後でゆっくりと伺うこととして。今はあそこにいる二人をさっさと始末して下さらない?」
シンシアと利恵の方に目を向けた。
「アハハハハハハハハ」
突如として男は身体を折り曲げて笑いだした。クリスティは思わずのけぞる。
「傑作だよほんと傑作だよ! アハハハハ!」
その神経を逆なでするような声に彼女は眉間に皺を寄せて
「な、なによ! 急に!」
気味の悪い笑い声。なおも男は腹を抱えて笑っている。
「マジメにやりなさい! あなたが投資した巨額の資金が全部パーになるわよ!?」
それをかき消すように大声をあげた。その一喝に男はピタっと動きを止めて身体を起こし
「やれやれ……」
呟いてからサングラスを外し、
「どういう思考回路したらそういうクソみたいな発想にいきつくんですか?」
空洞のような瞳をクリスティに向けた。
「叔父の貞光さんが神条会の現総帥だ」
改めて聞かされて発狂寸前。鼻汁吹きそうになりました。
「じゃぁミキさんが暴走してあの、神条会の屋敷を廃屋にしてその」
「自作自演だ」
もう訳が分らないよお兄さん!
「お前にはいずれミキを”神条美鬼”として紹介する必要があるかも知れないな」
「どういう人なんですかミキさんは!?」
思わず身を乗り出した俺の鼻を指で押しながら
「そもそも美鬼の着ている私服、黒スーツが多いだろ? さいさん私とお前の前に出て来た”黒スーツのマフィア”と何か接点感じなかったのか」
意地悪な笑みを浮かべてるお姉様。
言われてみればミキさん初登場の時も黒スーツ……いや待て待てマジで待て!
するとあれだ! あれはどうなんだ!?
「じ、じゃぁさっき言ったミキさんがボンボン屋敷をズタズタにしたあの事件ですけど、なんか意味深な空気作って教室で凹んでましたよね?」
回想してみる。
その時”なんか静かだな”と思ってふと見ればミキさんが俯いている。腕を解いて
”ミキさん? どうしたの”
声をかけると彼女は顔をあげずに
”ごめんなさい。また迷惑をかけてしまいましたね私”
元気の無い声で呟いた。そうして肩を落としている彼女にマリサは”あ”と一瞬口に手を当ててから
”ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃなくて……”
「ああ。あれは今回の作戦をばらす訳にはいかないからな。適当に濁してもらった。言いそびれたがミキも今回の件を知ってる一人だぞ」
皆さんオオカミ少女がもう一人いやがりましたよ。
ミユキ先輩は人差し指を立てて得意げに
「ほら。ミキが派手にあの屋敷を壊したからテレビで報道されてただろ? ”異常気象の赤い雨”ってな。あれ見てここの博士もすっかり騙されたらしいぞ。”ちゃんと矛先は神条会に向いてるわね。順調順調”って」
「マリサのワンセグ見てた俺も騙されました。シロクマも騙されました。ミィちゃんも騙されました」
「私は笑いを堪えるのが必死で窓の外を向いていたがな」
回想してみる。
”ミユキ先輩も窓の外を見て表情を隠してるけど、窓に写っている端正なお顔は笑顔だった。そんな中でミキさんは一人納得いかないようにむずがゆそうに鼻を掻いてるけど、でも口元は少し緩んでるように見えた”
「何ですかあれは。あれはあの、あれですか。必死でミキさん慰めてた俺達を二人で笑ってたわけですか」
石化した上に亀裂まで入ってる京太郎君にミユキ先輩は胸の前で両手を合わせてそれはもう愛くるしい笑顔で
「ちゃうねんで」
「関西弁で誤魔化してもダメです!」
めっちゃ可愛いかったけど!
「厳しいな。今のは私なりに最強の譲歩だったんだが」
またクールな表情に戻りました。あ~もう一回やってくれたら許しちゃいそう。じゃなくて!
「つかじゃー。あのボンボンもグルですか?」
ここ最強に重要な。マジで。
ガチンコな顔してる俺に対して
「ああ。私に求婚していたヤツか?」
ミユキ先輩はニコっとして
「叔父の神社でバイトしてる禰宜さんだ。時給800円で演じてもらった」
全俺が死んだ。
「あの時もらってたスーツケース一杯のお金は何ですか?」
「神条会が上納金として巻き上げてる蓄えの一部だ。”総帥”命令なら払わざるを得ないだろ?」
こ、この悪党!!
「あのスキンヘッドは? なんか中ボスっぽいあれもグルですか?」
「いいやあれは本物の神条会の構成員だ。偽縁談は何せ”総帥”が持ってきた話だからすっかり騙されてたな。あはは」
アハハじゃないでしょ!
「じゃあのボンボンていうかその禰宜さんが着てた高そうなスーツとか何ですか? 金ぴかのネックレスとかごついリングとか」
「伯父の服だ。センス悪いだろ」
ひどい姪だ! ものっそいひどい姪だ!
「じゃーそもそも神条会ってなんですか。マフィアには違いないんですよね? 何で貞光さんが」
「もちろん悪党だからこそ伯父がいるんじゃないか。医者は健康な人のところじゃなくて病気を患ってる人のところに行くものだろ?」
むしろ貞光さんがなんか患ってそうだよ!! いや絶対患ってるよあの人!!
「つまり今叔父さんが得意の式神とか何やら使って中に取り入って、内部から神条会を浄化中なわけだ」
「そうなんですか」
「そうなんです」
「また騙してるんですか?」
「内密に頼むぞ?」
敵も味方も欺き過ぎだろ!!
「神主やめてペテン師やったらどうですか」
「今もそんなようなもんだ」
「認めましたね?」
「本当のことだからな」
やっぱりひどい姪だ! ものっそいひどい姪だ!
「良いことを教えてやろうか?」
ミユキ先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべてから
「”私はウソをつけない”と公言する人間には2種類いるんだ」
また二本指を俺に立てて見せて
「本当の正直者か、本当のウソつきのな。そして」
中指を畳んで残った人差し指だけを立て
「”私はウソをつけない”んだ」
ウィンクなさいました。
あ~やばい可愛いよミユキ先輩。でもまさかあの時のセリフまで”ウソ”ってことはないよね? ないよね?
メリークリスマス無一文です^^
いつもの倍くらい分量ありましたね。お疲れ様でした!
しかしひどい展開ですね今回。真相も大概にしろよって感じで(爆)
随分と前に”誰かがウソついてますのでご注意”的なこと申し上げましたが
シンシアちゃんでもお師匠様でもマフィアでもなく
ヒロインが一番のオオウソつきでしたね(爆)
先に申し上げておきます。
彼女はまだ一番大きなウソを告白してません。
そしてそれは全編に渡ってつかれているウソであり
今回のメインテーマにもなっています(え)
ヒント、というか答えは既にある人物が作中で言っております(爆)
ヒントらしいヒントはメインテーマというからにはこの小説のタイトルですね。
”史上最強の生徒会長”
さて彼女はどんなウソついてたのか。
その辺りを警戒しながら残り2,3話お付き合い下さいませ。
ちなみにこのルート終了後。
作者が一番愛着持ってるマリサルートのプロット打ち始めます。
今回はシリアスメインになったので自作はコメディ重視ですね。
さらに今回はルート1となってますが、ルート2はマリサ、ミィちゃんルート終了後に
ガチンコで書いて見ようと思います^^
それではナガナガと書きましたがこの辺りで^^
そうそう!! どなたか存じませぬが小説評価有難うございました!
全無一文が泣きました!
1部も2部も今ルートも感想評価お待ちしまくってますので
宜しく御願いします^^