第2話:強いお姉様は好きですか?
昼飯前の4限目。睡眠学習が原因で仲良く廊下に立たされているのは俺、そしてヒグマのように大きな男子生徒の二人。
「あ〜あ。久々に朝練行って”今日は良いことしたなぁ”とか思ってたらコレだよ」
気だるそうにアクビしている彼は紅枝博。通称はヒロシ、もしくはクマ全般で、俺達1年2組のクラス委員長。バスケットボール部所属。生まれた日時場所から小中高とそのクラスが全て俺と同じという呪いめいた腐れ縁だ。あと割とイケメン。クマの吐いた”久々に朝練行って”という論外なセリフに
「バスケ部で良かったなヒグマ。お前がまかり間違って柔道部に入ってたら今頃お空の向こうだぞ」
壁に背中を預けて腕組み。ヒロシは冬眠の最中に起こされたのがキツイらしく、充血した目頭を押さえながら
「へいへいそうだろうな。しかしいいねキョウタロウ君は。よりによって学園オールスターズみたいな女の子達に囲まれて生活してさ」
他人のバラは赤く見えるって良く言ったもんだな。こっちはそのせいで何回も死に掛けてるってのに。
「そんなに羨ましいか?」
の一言に
「当たり前だろ。俺だってキョウみたいに朝はミヤコちゃんに起こしてもらって、朝メシを八雲さんとか美樹さんに作ってもらって、そんで向かった先があの美人お姉様だったら皆勤賞だよ」
不機嫌そうに頭をかく。まぁそう言われたらそんな気がしなくもない、ていうか仰る通りかも知れない。で、ヒロシのでかい手の甲に入ったスリ傷が目に付いたので
「なんだかんだ言ってお前もマメだよな。俺の親父は今フロリダだぞ。その間くらいはサボっておけよ」
言えばシロクマ、ギュっとポケットに手を突っ込んで
「ばーか。”親父殿”の約束を反故に出来るかって」
ヒロシは俺の親父に敬意を払って”親父殿”と呼んでいる。実はこのヒグマ、小さいころから俺が親父に受けている”シゴキ”と呼ばれる護身術の訓練にわざわざ参加しているのだ。主な内容は実践空手と骨法と言われる古武術。切っ掛けは確か小学生の頃だったな。ある夏祭りの日、俺とヒロシが浴衣を着た親父に連れられて地元の夜店をブラブラしていた時だ。金魚すくいをしていたヒロシが何かの拍子で椀の水をこぼし、その水が超高級なスーツにかかったと、パンチパーマの怖いおじさん数人が親父に因縁を吹っかけて来たのだ。責任取れと。ほら、背中に和風なアートを施している人達ね。それから”誠意を見せろ”という名の現金要求が始まったんだけど、親父が全く相手にしなかったのが勘に触ったようで彼らはズラズラズラっとドスを抜いて来たのだ。俺はその時にヒロシの顔が真っ青になったのを今でも覚えている。たぶん俺もそうだったと思う。心の底から震え上がってたしね。で、そんな俺達二人に親父は
”こいつは使わんためにあるもんじゃが。まぁしゃーないのう、よう見とけ”
肩にかけていた手拭いを金魚すくいのプールに浸して濡らし、それをギュっと絞った。ドスを持った相手5,6人に対する得物はたったのそれだけ。で、ものの3秒で全員をコテンパンにしたのだ。今でもあれが本当にただの濡れタオルだったのかと疑ってしまうくらい、あれは凶器のような振る舞いを見せていた。時に大蛇のように首を締め上げ、時に水銀の鞭のように顔を打ちつけ、そして時に盾となってドスを弾いたのだから。以来、ヒロシは俺の親父を”親父殿”と呼ぶようになり、翌日の晩、俺が家の庭で親父に”シゴキ”を受けているときにやって来て
”僕にもキョウと同じ稽古つけて下さい!”
ということになったのだ。そして今の手のキズなんかを見ていると、親父から昔に課されていた自主トレをバカ正直に続けていることが分かるわけだ。”フー”と溜息を鼻から逃がしている俺の手をヒロシが突然掴んで
「マメな奴がここにもいるみたいだな」
同じくスリ傷の入った俺の手を見てからニタっと口を緩ませているシロクマ。バシっと手を払って
「男はキモいから触るなっての」
ポケットに手をねじ込む。そんな俺をおかしそうに”クックック”と笑っているヒロシ。なんか腹立つな。
「”女子供に手を挙げるな、手を挙げる奴も許すな”っだっけ?」
ヒロシが隣のクラスを覗きながら呟いた。懐かしいな。親父が毎晩、一升瓶片手に口が酸っぱくなるまで言ってた信条だ。今の時代だともう古臭くてたまらないな。しかし
「そんなこと聞かされながら俺もヒロシも、中学は男子校に入れられたんだもんな。誰を守れって話だよ」
俺がこぼすとヒロシは、1組の教室の隅をチョンチョンと指差して
「今はいるじゃないかたくさん。例えばほれ、あそこにも二人。羨ましいねキョウタロウ君」
人差し指の先にはミィちゃんとミキさん。熱心に教科書を読んでいる、ように見せかけて俺の妹は教科書のペリー提督にヒゲを追加していた。まぁそれはいいとして
「守ってもらうようなお嬢様かよ、あの二人がさ」
ミィちゃんの強さについては既に触れたが、ミキさんの強さはさらに凄まじいものがある。誇張表現抜きで人間の域を軽く超えている。ヒロシは俺に目を向けて
「それじゃぁ、お前も何でわざわざハッスルしてるんだよ? ん?」
ポケットに入れた俺の手を流し目されて
「ん〜」
呻る。で、ひとまず頷いて
「まぁ、暇つぶしってことで」
軟着陸しておいた。そういうバカがもう一人ぐらいいても良いんじゃないか? お前の他にも。
「か〜ここの先生は心狭いわ! 早弁くらいなんやっちゅうねん!」
逆切れっぽいこと言いながら3組から出てきたのは桃ちゃん。俺達を認めるや否や
「お、宇都宮にシロクマやん。ダッサー、廊下に立たされとん?」
「人を地名にするのもやめて桃ちゃん。あとお前もだろコラ」
それから3人で15分ほどバカ話をしていると昼休み到来。チャイムがなるや否や桃ちゃんはピシャっと窓を開け、ここが3階にも関わらず窓の縁に足をかけて
「ほな今日もウチがカツサンドいただきやな〜!」
言うや否やバっと飛び出して行った。すごいね。
「くそ! 碓井のヤツまた一人で買い占めるつもりだなあの大喰らい! じゃーなキョウ!」
とか言いながらヒロシは階段に向かって走って行った。たぶん残念賞だねヒロシ君。と廊下を猛進していくクマの背中を見送っていると”ガラリ”と教室の扉が開いた。そして”コツコツ”とハイヒールの音を鳴らしながら出てきたのはロングウルフの髪がツヤツヤの黒のレディーススーツを着たメガネ美人。
「もういいわよ。今度からは家でしっかりと8時間睡眠を……あれ? 紅枝くんは?」
と、廊下の左右を見渡しているこの人は園田利江。英語担当で学園の校長です。正確には学園長か。あとミユキ先輩のママね。
「ああ、ヒロシならトイレに行きました。限界だったようです」
とさりげない友情を示す俺に
「そう。それじゃぁ今度寝たらタペストリーにするって伝えておいてね」
怖いこと言いつつ微笑んでからコツコツと廊下を歩いて行った。でも階段の手前で振り返って
「うん。先生もその信条なかなかステキだと思うわ。それからカツサンドが欲しいなら、チャイムなってからじゃ遅いって紅枝君に教えてあげて」
クイとメガネをあげてからニコリ。そしてコンコンと階段を降りて行った。ウハー、全部聞こえてたのね。
教室の窓際。”お弁当組”の俺、マリサ、美月ちゃんはいつも通り机をドッキングさせての昼食だ。俺のお弁当はマリサの手作りプラス美月ちゃんのお弁当。絵的な説明をすると机の上に大きなお弁当が二つとそれぞれのお箸が三つ。後は各自で好きなようにどうぞという具合だ。
「「「いただきます」」」
と三人で仲良くお弁当をつつき始めると、まぁこれまたいつも通りに
「今日も大収穫やな〜」
購買の袋に一等賞をパンパンにしたロングポニーが現れるのだ。そして適当な椅子を引っつかんでマリサの隣に来て、椅子の上にドカっと胡坐をかく。もう食べ物といい態度といいオッサンです。ガサガサと机の上に7つも戦利品を並べて
「ほなウチもいただきます」
早速ガッつく桃ちゃん。見た目とのギャップに思わず箸を止めていると俺の方をチラっと見て
「欲しいんか? 泣きながら”碓井さん恵んで下さい”って言うたらやってもええで?」
イヤミな笑いを浮かべる関西娘。それに
「碓井さん恵んで下さい」
「は?」
予想外の声にロングポニーが振り返ると残念賞を手にしたシロクマが自分の席に突っ伏していた。ちなみに入学以来こいつの昼飯の8割がこれだ。その姿があまりに気の毒だったのか
「お、おう。やるから泣くなや紅枝」
関西娘は額にドヨンと青線を落としながらヒロシの机に3っつもそれを並べた。こういうところで気前が良いのはコイツの美点だな。とか思っているとクラスメイト達が窓の外の光景にザワザワとなっていた。何だと思って見ればグランド。そこにモヒカン頭に学ランっていう武装高校のトレードマークをした不良が30人くらい、鉄パイプやら角材を持ってギャーギャー喚いていた。で、その先頭に立っているのは今朝、駅前でミィちゃんにローリングソバットを喰らって吹っ飛ばされたヤツだ。頭に包帯、右腕にギブス、左手に松葉杖と満身創痍。”魔神の鞭を喰らったからね〜”と見ていると
「大げさです。私すごい手加減しましたから、イッツフェイク」
気付けばミィちゃんが俺の隣にニョキっと小顔を出して怒っている。まぁ何にせよ、妹の関わったトラブルだからお兄ちゃんが何とかしないとダメかな? とか腕を組んで悩もうとしたらもう解決していました。と言うのはですね、
「あ、出てきたぞ園田先輩!」
「キャーお姉様!」
ほらクラスのテンションが上がってきた。校舎から静かに出てきたのは黒髪スーパーロングのお姉様ことミユキ先輩。そしてその右手に握られている朱塗りの鞘はコスプレ用の模造刀、じゃなくて真剣なんです。それも名刀中の名刀”童子切安綱”。バイクのエンジンをトーストのように切り裂く化け物染みた代物です。銃刀法? なにそれ美味しいの? ま、とにかくここからはお静かに。傾注だ。お姉様はモヒカン軍団の前で立ち止まると彼らをサラっと一瞥し、右手でサラサラサラと髪を流した。今日も髪はツヤツヤお手入れ万全。さぁお約束のセリフが出るぞ!
「私のお昼を返せ」
違う! すっごい私的なセリフになってるよユキたんそうじゃない! 思わずモヒカンもクラスメイトも
「ほえ?」
ってなって、ミユキ先輩もしくじったのに気付いてちょっと頬がピンク。”コホン”と咳払い。そしてさっきのがなかったことにされて、今度はクールに
「お前達、入校許可証は持っているのだろうな?」
ようやく魔女裁判が始まりました。そしたら先頭の満身創痍モヒカンが
「んなことよりこのケガどうしてくれんだテメェ!」
つまり答えは”NO。持っていません”だ。瞬間、”カチン”とお姉様が親指で刀の鍔を起こしたかと思えばモヒカンのギブスが瞬く間に微塵切り、続けざまに頭の包帯がX字に切断されてヒラリと舞った。バラバラと崩れ落ちる石膏の破片に絶句している偽満身創痍モヒカン。その喉元には既に白刃の切っ先がゼロ距離で煌めいている。
「ずいぶんと治りが早いじゃないか。それなら今度はどのくらい早くお前の首がくっつくか試してみようか?」
お姉様は冷淡な笑みを浮かべて小首を傾げる。その傍ら、風で漂っていた包帯がフワリとグランドに落ち、そこでそれは八十八の切れ端に分かれた。これが神速の抜刀術”月下美人”。少しの間を置いてから今度は松葉杖がバランスを失った積み木のように細々とバラけた。斬撃は切っ先が喉に突きつけられた時点で全て終わっている。太刀筋なんか見えたもんじゃない。それを皮ギリにモヒカン軍団は
「ヒー!!」
とか情けない声をあげながらクモの子散らすように逃げ出した。その全員の後姿が校門に続く下り坂へ消えるとミユキ先輩は”カチン”と納刀。直後に校舎中から大歓声だ。もううちの名物だもんね。お姉様はそれを気に止める様子もなくまた髪をサラサラサラと流して校舎に戻っていった。で、ミユキ先輩……。
「さすが美月だ。この白身魚のホイル焼きは絶品じゃないか」
とか仰いながら今現在、俺の隣で美月ちゃんのお弁当を食べていらっしゃいます。さっきは
”たまには学食もいいなフフフ”
と食堂へ向かう最中に緊急で呼び出され、お昼ご飯を食べ損ねたらしいのだ。学園のヒーロー登場でクラスの外は野次馬てんこ盛り。ミユキ先輩の後ろでその愛刀を手に取って
「ビューティフォー」
とか言ってる妹に
「こらこらミィちゃんそれはオモチャじゃないよ」
とだけ声をかけておいた。
「御馳走様。悪いな美月、八雲、桃花、後宮。お前達の分までスッカリ頂いて」
ほぼ全滅です、俺達の昼飯。でも事情を勘良く察してくれたミキさんが自分のスーパーヘビー級のお弁当を持参してお裾分けしてくれました。ちなみに”MIKIカスタム”される前。まぁそれで結果オーライなんだけど、桃ちゃんがちょっとかわいそうだね。せっかくのカツサンドもクマに3つやって、お姉様にも3つあげて。
「ウチも大概な大飯喰らいや思てたけど、ミユキ従姉にはかなわんわ」
特に恨めしがる様子もなく、ヒロシの買ってきたアンパンとミキさんのお弁当を食ってる桃ちゃん。それにお姉様はちょっとモジモジとしている。可愛いなユキたん。
「代わりと言っては何だが、私の間食でも食べてくれないか?」
頬をほんのり染めつつ制定カバンから取り出したのは朱色の和紙に包まれた
「手作りのクッキーだ」
大量破壊兵器の起源がついに満を満たして登場です。新規な方に申し上げると入学間もない頃、料理部の部活紹介の時にクラス皆でクッキーを作ったのだが、美月ちゃんが焼き上げたクッキーは”ポニーの女神様の手作り!”というプレミアのため瞬く間に完売。幸運を手にした男子生徒諸君が感涙にむせびつつ食べているとそのまま三途の川へ旅立たったのだ。これが事件の始まり。その後は学習能力の乏しいヒロシや事情を知らない転校生だったミィちゃんなどが犠牲となっている。後に明らかになったのがそのクッキーのレシピ、実はミユキお姉様の直伝だということだ。料理上手の美月ちゃんが昇華してあの威力ならこのクッキーに秘められた破壊力はいかほどのものだろうか。俺は幼馴染だけがなし得るアイコンタクトで、美月ちゃんクッキーの事情に詳しい専門家マリリンに尋ねてみた。
”マリサ、もしお姉様のお手製クッキーを食せばいかように?”
マリリンは100万ドルの笑顔で
”リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル……”
ダメだ天空の城の在り処を指し示す勢いだ。チラっと美月ちゃんを見ればいつものようにニコニコと向日葵のような笑顔。けれども心なしか目がすわっているような気が致します。そして俺の方を見てニコ。
”キョウ君。シニタクナカッタラ食べちゃダメよ”
直球で来たね美月ちゃん。しかもそのアイコンタクトって俺、マリサ、ヒロシにしか出来ないのにどれだけ緊急なんですかこの事態。
「どうしたお前達? 遠慮しなくていいぞ?」
微笑むミユキ先輩。野生の勘か知らないが関西娘とクマのヒロシは既にいないし、ミィちゃんは”強い妖気を感じます!”とばかりにアホ毛が鋭く逆立っているし、ミキさんは何もないグランドを眺めがら変な汗をかきつつ大嫌いなはずの”ハッカ飴”を”バリバリ”食ってるし……
「後宮!」
「イエッサー!?」
ビクっと振り向く。するとそこにはミユキ先輩がなんと!
「お前……どうだ?」
禁断の上目遣いで両手で黄金色のクッキーを差し出しているではないか! そしていつも冷淡な笑みを浮かべたり自信満々にキュっと真一文字に結ばれたりしている口元が今は頼りなく
「食べてくれないか……? 私のクッキー」
一撃必殺”語尾が最後に疑問系”! さらに加えて倒置法! しばらくその奇跡のコラボに目を奪われているとユキたんがハニかむように瞳を横に流してそっぽを向き、頬をほんのり紅潮させて
「む、無理にとは言わないがな!」
ツンデレコメント炸裂! ね〜もう本当にね〜……
ここで食べなきゃ男失格だろお前?
”俺の命なぞくれてやるわ”と意を決し、目を閉じて深呼吸。穏やかな心持で開眼。そしてミユキ先輩に向かって
(頂きます園田先輩。頂きますとも)
「先輩が食べさせてください。”あーん”って」
「え?」
皆様お待たせいたしました。毎度お馴染み、脳内セリフと現実セリフの逆転でございます。新規の方、初めまして死亡フラグです。以後お見知りおきを。
何を言っとるのだお前は。
あまりのヘラクレス発言にツインテールは黄金の彫像と化し、美月ちゃんは笑顔のまま色がモノクロになり、ミキさんとかはアメの袋まで食べ始めている。そしてミユキ先輩もクッキーを差し出したまま硬直し、後輩のまさかの発言に思わず頬を染め、長いまつげの下の目を大きく開いて栗色の瞳をユラユラさせているではないか。あえて言おう、可愛いと。そのままちょっと俯いたかと思えば手をスーっと戻して……
「し、仕方ないな後宮は」
クッキーを1枚だけ摘んでそれを俺の口元にスー……っていいんですか先輩!?!?
「あ、”あーん”しろ」
御願い聞いてくれてありがとうでも言うのよっぽど恥ずかしかったんだねユキたん、お顔が沸騰してるよ。たぶん俺も人のこと言えないね、頭が熱暴走してるもん。ショック状態で半開きな俺の口にツイとクッキーが優しく差し込まれる。クラスメイトと野次馬達がいる前で。
「こ、今回だけだからな?」
伏目がちになってるお姉様。ああ、俺の口にミユキ先輩の指先がタッチ。そこに……
「大スクープねムフフフ」
不穏なセリフが聞こえて廊下を見れば、そこには野次馬に紛れてクラスの中を見ているショートヘアーのグラマーなメガネ美人が。彼女は加納綾。演劇部部長であの美少女少年ヨードーちゃんの天敵にして捕食者。そしてミユキ先輩の大親友だ。その姿を認めるや否や今だ微かに俺の唇に触れている指先を”バッ”と戻して
「ア、アヤどうしたんだ?」
冷めかけていた頬をまた真っ赤にしつつ取り繕うミユキ先輩。それに
「そっか〜……ユキたん」
慌てて後ろ手に隠した秘密の何かを見透かすようにニコ〜っとして
「アタシの教えた”テク”をとうとう使ったのね!」
「な!?」
ますます赤くなるお姉様。それにアヤ先輩は自分の腕を抱きながらオーバーリアクション気味に
「も〜! クラスの言い寄ってくる男の子達に素っ気も色気もなくてお姉ちゃん”もしかしてユキたんってユリユリなのかな?”って心配しつつも小さじ一杯の背徳感にハァハァしてたんだけど年下萌えだったのね! お姉ちゃんテンション急上昇よ!」
「アヤ!」
突然席を立って飛び出したミユキ先輩から逃げつつ
「も〜そんな本音暴露されたからって照れなくてもいいじゃないユキたん萌え〜! アハハハハハハ!」
二人揃って仲良く帰られました。お〜い、お姉様。大事な大事なあなたの月下美人忘れてますよ。差し込まれたクッキーを”モッシモッシ”と食べながら廊下を見守っていたら、しばらくして何事もなかったかのようにいつものクールな表情でミユキ先輩が戻ってきた。そして朱塗りの鞘をミィちゃんから受け取り、髪をサラサラサラと流して
「御馳走になったな、お前達」
「その髪は後宮君のためと理解してOKね? うふふふふ」
ニョキっと扉から顔を出しているアヤ先輩。それに表情がまた乙女のように崩れて今度は涙目で
「もう許さないからなアヤ! 人をからかうのもいい加減にしろ!」
追いかけていかれました。いや〜騒がしいことこの上ないね。だけど今はそれよりさ、さっきからクリアーに見えているこのナイアガラのように大きな川が気になって仕方がない。いったい何だろうね? 確かこれを超えたらマズかったようなダメだったような。三途に暮らす脱衣のマダムに謁見したような……力が入らないような……。
”パタン”
「キ、キョウ!?」
「衛生兵! じゃなくて保健委員! お〜い山之内! 急患だ!」