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ルートミユキ1の5:ロストワールド

人間(ジンカン)万事(バンジ) 塞翁(サイオウ)(ウマ)” 


 夜風の吹き込む横転したバスの中、眺めていた窓に座るという奇妙なポジションにいる俺が思い浮かべたこの言葉は”人生何が起きるか分らない”という意味だ。

 ”ズズン”という地響きと共にバスがまた揺れる。それに合わせて割れた照明が一瞬明滅する。

 どれだけCO2削減が至上命題か知らないけど、水素エネルギーで動いてるこの真っ赤な運航バスのさ、非常用電源バッテリーが車内灯にしか使えないとかフザケ過ぎだろ。

 ”ガタリ”という物音に、乗客たちの不安と期待の入り混じった視線が向けられる。

 本来なら最後部の座席があるはずのそこは、ツアーの最中に起きた謎の爆発により縦4m、横3mくらいな大きな穴が空いているのだ。

 そこをよじ登って入って来たのは乗客の一人で中年の男性、たまたま乗り合わせていた自動車メーカー勤務の人だ。

 彼は自分に向けられた乗客たちのわずかな希望に対して首を横に振った。

「電気系統のトラブルじゃなくて、液体水素の燃料タンクが大破してました。バスが転んだのもこれが原因でしょうね。そっちは繋がりました?」

 問われたのはしきりに非常用電話を操作してる運転手だ。

 彼も首を横に振ってから受話器を置き

「こっちもダメです。本部から応答はありません」

 要約すればどうしようもないわけで。

 ”ズズン”という地響きがいっそう大きくなる。”パラパラ”と割れた窓ガラスの破片が落ちてくる。

「そんな……」

 乗客達の気持ちを代弁するように漏らしたのはガイドのお姉さんだ。もう涙も枯れ切ってる模様。

 抱き締めているショットガンに込められた威嚇用の空砲はもう使い切ってるし、あったとしてもこれ以上使えない。

 何故ならロストワールド一番のマスコットキャラクター”レイチェル”ちゃんの関心を引いてしまうからだ。

 

まぁ、もうかなり ”おいでおいで” しちゃったけどさ。

 

 まるで計ったとしか思えないタイミングで起きたテーマパーク内のトラブル。皮肉な話、お姉様が一番楽しみにしてたんだよなここ。

 ホラ、新幹線で見てたパンフレット。あの(ケージ)の前ね。


 割れた窓や穴の空いたバスの後方、そこから青白い月光が差し込んでバス内を僅かに照らす。

 外に黒々と広がる密林の濃さと深さを強調させる。

「よしよし、大丈夫よ。大丈夫だからね」

 そうして小さな娘を抱き締めてあやしてるお母さん。バスが横転したときに頭をブツけたらしく、頭に巻いてるタオルには微かに血が滲んでいる。気丈だな、ほんと。

 俺は幸い、ミユキ先輩を壁から(カバ)った割には捻挫とスリ傷程度ですんだ。日頃の行いがいいのかな? こんな状況下で言うのもなんだけどさ。

「おでましか」

 呟いて立ち上がったのは隣のミユキ先輩。

”どうしたんですか”と尋ねる前に重苦しい音がバスに響いてきた。ずばり

”メリメリメリ”

 だ。裂く? 薙ぐ? 何だろうか。かなりの大きさの何かが無理な力に耐えてるような……軋み?

「何があっても外へ出ないで下さい」

 凛としたミユキ先輩の声。

「それから乗客の皆さんにもそう指示しておいて下さい」

 流し目してる相手は、夕暮れまでバスの外に出て空砲を鳴らし、トカゲというにはやや大きな”何か”を懸命に追い払っていたガイドのお姉さんだ。

 彼女の役割の一つに、こうやって身勝手な振舞いをしようとする客を制止するってのがあるんだろうけど、彼女は

「分りました」

 弱弱しく答えた。有無を言わせない何かがミユキ先輩にはあったようだ。

 その証拠に、誰一人としてお姉様の行動を止めようとしない。

 目立つような紅色の着物に身を包み、サバンナよりも遥かに危険なバスの外へ、銃も持たずに出ようとする美少女をだ。

「ミユキ先輩」

 思わず立ち上がった俺に

「なんだ?」

 と振り返るお姉様。いつものように小首を傾げて続きを促がされたんだけど、続ける言葉は見当たらない。

 いや、だって、こんなシチュエーションでかけるセリフ知ってる人いないでしょ? 何て言うんだよ。 

”頑張って?” 

 滅相も無い。

”俺も手伝います?”

 足手まといだって。

  勢い良く呼んだ割に何も出来ず、一人苦悩してる京太郎君。カッコワル。

「恐怖の原初、それは闇だそうだ」

 そう切り出しながら腕組みするミユキ先輩。

「見通しの利かない夜の世界。何がいるのか、何が襲ってくるのか分らないという不確かさ。恐怖はそういった”分らない”という未知から来るものだ。だから人は火を焚いて闇を照らし、見えなかった世界を既知へと変えて恐怖を和らげようとした」

 ”グルルルルル”

 と胃が締め付けられるような低音が聞こえてきた。ガイドさんが青ざめた表情で”レイチェル”と呟く。バス内の空気が凍った。

 ミユキ先輩はチラっとだけ窓の外に目をやったが、また俺の目を見て話を続ける。

「相手はここで一番のジャジャ馬だと聞いている。体長12mで体重は6トンだそうだ。今まで自分の周り全ての生き物を力でねじ伏せ、蹂躙し、言葉通り最強を誇っていたのだろうな」

 冗談じゃない。何だよそのスケール。

「しかしそれも所詮、檻の中での話。井の中の蛙だ。”自分より強い存在”という未知から来る恐怖。私がそれを教えてやるのは難しい話じゃないさ」

 突如バスの一角が月光を遮られ、塗りつぶしたように車内を黒く染める。

 バスに空いた穴から覗くことのできた月、その代わりに現れたのは、琥珀色の大きな目とそこに亀裂のように入った三日月形の黒い瞳。

「今度は覗かれる側になったわけか」

 どうしてこんなときに笑ってるんだろうこの人。

 そのポッカリと空いた穴一杯に広がる目に、まるで自分の姿を焼き付けるように立っているミユキ先輩。

 次に取った行動、それは

「のぞきとは悪趣味だな、おまえ」

 黒い”三日月”にデコピンだ。

 直後に地響き、そして管弦楽団が一斉に不協和音を鳴らしたような大音量の咆哮。それに乗客達の悲鳴が入り混じって阿鼻叫喚のシンフォニー。まさにパニックだ。 

 そんな中、ミユキ先輩がバスを飛び出す前に振り返ってかけてくれた言葉、それは


”大丈夫だ。心配するな”


 違うんだ。


”生きて戻るさ”


 違うんだ。


 褐色の肌を持つ暴君の前に降り立ち、月明かりに濡れた神々しいまでに綺麗なミユキ先輩。

 まさに月下美人というようなその人が俺に残した言葉。それは


”殺しはしないさ”


 ホント、人生って分らないよね。こういう対戦カードが見られるなんてさ?


武神(ミユキ) VS 暴君(ティラノ)(サウルス)

 

「蝶よ花よと育てられたワガママなお姫様。ただの一度も恐怖を知らない可憐なお姫様。今宵(コヨイ)は美しい寒色(カンショク)の月、私と一緒に踊りませんか」

 聞き違えでないならミユキ先輩は歌っていたし、見間違えでないならミユキ先輩は楽しそうに笑っていた。



-------(サカノボ)る事、13時間。

 

 「……さらに本バスは防弾装甲に加え、運航も運転手によるマシュアル操作と管理本部からのオート操作による二重体制を敷き、ツアーは万全を喫しております」

 密林を進むバスの中、最初はそのジャングルジャングルとした雰囲気にお客さんも窓ガラスにパントマイムのようにくっついてたんだけど、やがて恐竜がいないことに気付いて今ではすっかりくつろぎモードだ。

 ま、小さい子なんかはまだこの鬱蒼と茂ってる木々やバリエーション豊富な葉の形にソワソワして覗き込んでるんだけどね。

 一方でミユキ先輩も窓の外を眺めながら

神社(ウチ)の方がまだ茂ってるがな」

 得意げだった。

 しかしながら

「このガイドさん、さっきからやたら安全性のことばっかり説明してますね」

 どんなことよりどんなアトラクションがあるかとか、どんな恐竜がいて、どんな格好で見せてくれるかとかを知りたいのに

「……とりわけ獰猛な肉食恐竜の檻は8階建てのビルにも使用される鉄骨をベースに作成され、さらに必要以上に恐竜を近づけさせないよう、フェンスからは爬虫類のみに不快感を与える電磁波が常時放たれております」

 ガイドさんの口からはこんなんが頻繁に出てくる。ていうか爬虫類……ねぇ。

 イグアナとか見せられて終わりじゃないだろうな? 

 お姉様は俺の疑問に答えるように

「話題性は”恐竜が見られる”で十分だと考えて、後は安全性のアピールに力を入れてるんだろうな」

 と呟いた。さらに続けて

「ブログや携帯メールのような個人による情報発信が盛んになった今の時代、入場者の口コミはかなり重要だからな」

 仰いました。でも流石に聞き飽きたようで”んー”と両手をあげて伸びをしている。

 その仕草がセクシーだな~とかドキドキとしてしまうのは京太郎君が正常男子の証明です。

「それより私が気にしているのは、徹底したマスコミの規制だな。テレビでは何度も特集が組まれている割に一度も恐竜が出てきてない」

 確かにニュース番組でもカメラは門前止まりだし、後はアナウンサーが一人で楽しんできて感想を言うとか、そういうのばかりだ。

 でもそれは

「”ネタバレ禁止のため”ですよね。それなら仕方ないんじゃないですか?」

 言えばミユキ先輩は俺に流し目して

「日本に初めてパンダが送られて来た時はどうだった?」

 上野動物園のやつだっけ?

「え~っと……」

 と懐古番組でやってた内容を思い出していると

「日中友好の証としてランランとカンカンが来た時はヘリまで動員し、テレビ中継もかなりされてたじゃないか」

 そんな内容だったかな、確か。

 まぁリアルタイムで見たわけじゃないけど、

「あれってでも、見世物というよりむしろ政治的な意図が強かったんですよね? だからテレビで放送されたのはそのことを国民に知ってもらうために……」

 途中で首を振るお姉様。

「趣旨はそうだが、ここで問題にしてるのは”ネタバレによる客の減少”と”マスコミの宣伝による客の増加”、どっちが多いかということだ」

 そういえばテレビ中継された後もお客さんは動物園にドンドコドンドコやって来て、その様子だけでも報道されるくらい大人数だったような。

 つまりネタバレによってお客さんが減るどころか良いCMになったわけか。

 ふんふんと一人納得してる一方で

「まぁいずれにしても随分と徹底させた情報管理だが……ん~」

 考え込むように腕を組んでるお姉様。その端正なお顔に目を奪われてマジマジと眺めていると

「ん? あ、すまない」

 ”しまった”とばかりに口元に手を当ててるお姉様。

 意味が分らず”へ?”となってる俺に

「せっかくこうして二人で遊びに来てるのに。無粋な話だったな京太郎」

 微笑まれました。わー、お姉様のその笑顔写メりたいな。

”パシャ”

「こ、こら! 勝手に写真撮るな!」

 手を伸ばして携帯を奪おうとして来たのでそれを遠ざけつつも

「すいません先輩。でもその怒った顔も写メって良いですか?」

「ダメに決まってるじゃないか!」

 えー。可愛いのに。赤面しながら手を伸ばしてるお姉様モエモエ。

 やがて諦めたのか腕組みし、ツンツンしながら

「私を撮る時は右斜め45度がベストなんだ!」

 そっぽ向かれました。

 ていうか別に撮られること事態はイヤじゃないのねユキたん。

 なんてやり取りをしているとバスはゆっくりと停車した。

 ”なんだなんだ”とお客さんがざわつき始めると、ガイドのお姉さんがまたマイクを手に取り

「それでは当バスはこれより、いよいよ恐竜飼育施設へと入って参ります。また最初にご説明致しました通り、ここからのカメラやビデオでの撮影はご遠慮下さいませ」

 ”え~”というお客さんたちの残念な声を打ち消したのは、バスの前に立ちふさがるかのように現れた、巨大な鉄扉の開く重々しい音だった。


 ロストワールド地下研究施設、某所。白衣を纏ったブロンドの女が黒のオフィスチェアに腰を降ろしている。

 彼女は腕時計を確認すると、ベルが鳴るより早く机に置かれた内線電話をとった。

「どう? レイチェルに変化はあったの?」

 しばらくの沈黙の後、

”いいえ博士。鈍足も鈍足。相変わらずモソモソ這いずるぐらいしかできないようです”

 半ば予想していた答えに、博士と呼ばれた女は溜息を吐いた。

「骨格や筋肉のバランスからして、映画や小説みたいに時速60kmで走るのは無理だと思ってたけど、まさか匍匐(フホク)前進しか出来ないなんてね」

 女は理想と現実の壁を感じた。

”飼育環境が檻の中ですからね。満足に身体を動かせず、足が正常に発達しなかった可能性もあります”

 一番痛いところだった。”レイチェル”の5分の1にも満たないサイズのホッキョクグマでさえ、檻の中では後ろ足が満足に発達しなかった事例が報告されてるのだから。

”それにしても、史上最大の肉食獣がよりによって超過密国の日本で飼われるっていうのも面白い話ですね”

「仕方ないじゃない。アレが日本で出土したんだから。世界でたった一つしかない貴重なサンプルよ? 余程の理由がない限り生育環境を変えるわけにはいかないわ」

”ええ。しかしエドガルさんも思い切ったことしましたね。飼育設備や研究施設を見世物(テーマパーク)にして、お客の入場料から維持費をまかなうなんて”

「……そうね。ま、とにかくレイチェルに関しては分ったわ。それじゃこれで」

 女は受話器を置いた。そして電話しながら確認していた書類にペンで大きくX印を入れた。

「バカね。入場料程度でここの維持費が賄える訳無いじゃない。目くらましよ」

 呟いてから次の書類を手に取って眺める。

「相変わらずあの子の返事はNOだし、その師匠も動く気配がないならメイドも音沙汰なしか。これ以上、神条に濡れ衣着せても効果ないかもね」

 その書類もビリビリと破った。しばらく背もたれに体重を預けていたが、女は身を起こして机の引き出しを開け、中からニ枚の紙を取り出して見比べた。

「天然モノがないなら養殖モノで行きますか。贅沢言ってられないし、効能はメイドで実証済みだしね」

 呟いてから一枚を破り捨てた。

「”死神”の力。レイチェルの身体に合うといいけど」

 残された一枚。そこには”プロジェクトシンシア”と記されていた。

どうも無一文です^^


のっけからトラブルですね。

何が起きてるんだと。


ところで今回初登場と思われる”博士”なる人物が

「あの子の返事」「師匠」「メイド」「神条に濡れ衣」

という割とクリティカルな発言してます。特に”濡れ衣”


ちょっと作者の独り言です。


脅迫状の”断れば***を殺す”って何を断ればなんでしょう?


以前にスキンヘッドのマフィアも

「神条の名前を語る脅迫状が送られてきたそうで。迷惑な話です」

とか白々しいこと言ってましたが、実はそれが本当に濡れ衣だったら?


未だに謎なままの”園田の命”とはなんでしょう?


そういえばエイミーちゃんあれから出てきませんね。


以上、独り言でした^^


感想とか評価は常日頃より募集中です。渇望です。御願いします。


そうそう、来週は私用にて中国へ行って参ります。帰りは週末になるので

更新はやや遅くなりそうです。

本当は今回の投稿ももう少し分量書いてしたかったのですが

出国前に投稿しておきたいというのがあったので少なめですがさせて頂きました^^


それではまた!

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