ルートミユキ1の2:少しずつ
「……でさ、何であの日は加納先輩と一緒だったんだ?」
4限目の授業中。椅子に背中を深く預けて耳を澄ます俺に
「話せば少し長いんじゃがな」
耳元で呟くのは後ろの席のヨードーちゃんだ。
「あの日はルーチェの設立記念日じゃから店の企画でカップルとか仲の良い二人がボソボソ……」
「ごめんちょっと聞こえにくい」
先生がチョークをプルプルとさせながら
”子曰く君子”
とか書いてるのを確認してややブリッジ気味に背中を曲げる。この漢文の先生は年のせいか板書に時間かかるのが有り難い。
ヨードーちゃんも一度黒板に向かった先生がなかなか振り返らないのを知ってるようでガタっと腰を浮かせて口を寄せて来た。
「えっとな。ルーチェがあの日設立3周年じゃったから店長の企画で」
と語り始めるとやや離れたところから小声で
「おい見ろよ山之内の下着が見えるぞ!」
「うおマジだやっべー!」
いやいや君達この子男の子だから。まぁ俺達も慣れるまでちょっぴり時間かかったからあんまり人のこと
「ずるいぞキョウ!」
お前もかよヒロシ! ていうか俺が見てるんじゃねーし!
いくらヨードーちゃんが可愛いからって男の子に走るほど俺は俗世を捨てた覚えは無い。
しかしながら仲の良い親友の下着にハァハァされるのもシャクなんで
「えっとヨードーちゃんキミの絶対領域が一部のクラスメイトを」
”幸せにしてるよ”って振り返れば
「ん!?」
さらに顔を寄せようとしていたキュートなヨードーちゃんとまさかのマウスートゥーマウス・キス。
切れ長の目の奥では艶のある瞳が揺れ、白かった頬がピンク色に染まっていく。唇は柔らかですごく甘ったるい匂いが……
ガバっと前を向いてガンガンと机に頭を打ち付ける。
「こら後宮! 机にケンカ売るのはやめんか!」
そんな説教喰らったの初めてだよ先生! でも止めないでくれ今ちょっと俺に深刻なバグが見つかったんで文字通り叩きなおすしかないんです!
「キョウ! 俺はお前達を応援してるからな! 一歩引いて」
ヒロシ最後の一言でお前をなんか殴れない!
「こら紅枝! 友人を応援するときは全力でやれ!」
全力で応援されたらすごい困るよ俺!
「あ、はい気合入れます」
納得するな!
「ありがとう、ヒロシ……」
お前もっと納得すんなヨードー!
「ワシ頑張るから……」
何をだよ!?!? あー京太郎君まさかのファーストキス喪失! 相手はしかも男の子でしたオーマイガッツ! 人生1時間前からやり直したい!
でも他のクラスメイトに見られてなかったのがせめてもの救いだヨシなかったことにしよう……って隣のマリサなんでお前そんな赤面してんだオイ!
ツインテールは胸元にキュっと握った拳を当てて
「許してしまいそうな自分が嫌……」
「許しちゃダメだよ!?!?」
これBLじゃないからな!
「ええい後宮! キサマ廊下に立ってろ!」
ああ先生キレた流石に騒ぎすぎたか。
「キョウがいくならワシも立ちます!」
バンと威勢よく立ち上がるヨードーちゃん何でよ!
「山之内キサマ! よし立ってろ!」
「あ、なら俺も良いすか先生?」
ガタっと席を立ち上がるヒロシ何も関係ないよお前!
「紅枝キサマ委員長のくせに! よし立ってろ!」
良いのかよ先生!
結局合計3人、訳の分らないまま廊下に立たされることになった。
クラスのクスクス笑いを聞きながら廊下に出ればそこには同じくロングポニーの桃ちゃんが
「エロノミヤ、紅枝。遅かったやん」
”よ”と手を挙げていた。なんで待ち合わせみたいになってるんだよ。
呆れて溜息を吐いてから
「お前また早弁だろ?」
腕組みして生暖かい目線を送れば
「へへー」
と両手を頭の後ろで組むモモスケ。だからなんでそんな得意げなんだよ。
「お前らもか?」
さも仲間仲間とフレンドリーに聞いてきたので
「一緒にすんなティラミス」
途端に顔面を真っ赤にしちゃう桃ちゃん。
「そ、その名前はここで言うなやエロノミヤ」
肩をワナワナ拳プルプル。これだから桃ちゃんイジリは止められない。
説明するとティラミスというのは桃ちゃんがルーチェで名乗ってるメイドさんネームだ。
由来はたぶん桃ちゃんの健康的な小麦色の肌にあるんだろうな。
「ライ麦パンでもいいのに」
「何がや?」
「いやなんでも」
ともかくあそこの喫茶で働くメイドさんには皆お菓子の名前がつけられている。
ちなみにヨードーちゃんはミルフィーユね。あのふんわりとした感じが似合ってるといえば似合ってるから恐ろしい。
ヒロシは丸太のような腕を組んで
「ティラミスなぁ。俺は洋菓子より和菓子だな。お前らも日本人なら大福食え」
と上から目線だ。身長的な意味で。
「お前は鮭でも食ってろヒグマ」
ムサイので背中をポンと叩いておいた。
「おいキョウ、サケをバカにしてんじゃねーぞ」
「流れ的にヒロシが馬鹿にされてるんじゃないかのう」
首を傾げてるヨードーちゃん。ごもっとも。
「そういえば山之内も立たされとんやな。何しとったん?」
言われると頬を染めて両手を当ててモジモジああ可愛……
「そのリアクションやめれ」
「……はー。まぁとにかく騒いどったんやなお前ら」
自分の右耳を引っ張ってる桃ちゃん。何とか3人で誤魔化しておいた。代償は俺のアイコンタクトが正しければヒロシとヨードーちゃんに昼食一回ずつおごりでトホホ。
ていうかなんでヨードーちゃんにまでおごらにゃいかんのだ。バレたらまずいのお互い様だろ。
見ればヨードーちゃんは上目遣いで俺のカッターの裾をキュッと握って
「それでも二人なら乗り越えて行けるかのう?」
「越えちゃダメだからね?」
やり取りにヒロシにやにや桃ちゃんハテナ。ヒグマは後で狩り殺す。
「まぁそんなんはどうでもええけど、それで最初は山之内と何を話しとったん?」
パスが回ってきた。それはまぁミユキ先輩と一緒にルーチェ行ったときのことだけど、お姉様と一緒にメイド喫茶行ったとかヒロシに聞かれるわけにはいかんな。適当に流すか。
俺は目を逸らしつつも
「バイト先の設立記念日の話だよ。そんだけ」
サラリ
「あれ? キョウってバイトしてたっけ?」
っと流そうとしたのにムシ返しやがってこのシロクマ。
「いや、それはワシのバイト先のことじゃ」
スカートの裾を直してるヨードーちゃんがいちいち女の子っぽい。
「その日はスタッフ同士で親睦を深めようとか、スタッフと仲の良い人やカップルを招待してもてなしてあげようって言う日でな……」
とお店の事情を語られて”ふ~ん”という感じのヒロシ。あまり関心なさそうだし良い具合に自然消滅するかもしれないなこの話題。
しかしそうか。それでアヤ先輩はヨードーちゃんに招待されてたんだな。ただそれが仲の良い人として招いたのかカップルの相方として招いたのか興味があるな。
ふーむとアゴに手を当ててると頬を染めてる美少女少年が
「ワシは一途なんじゃ」
「早まってはいけないよ」
俺の返事を流してヨードーちゃんは桃ちゃんの方を向いて
「……それで結局、桃は誰を招待してたんじゃ?」
そういえば桃ちゃんもスタッフだったよな。理由はまだ分らないけど。
ロングポニーは呆れ顔で
「何言うてんねん」
と苦笑いしてから手をパタパタと振って
「あの時めっちゃ目立ってたのおったやろ? ウチら以上に?」
俺への流し目と疑問系のイントネーションにはすごくイヤな予感がする。桃介は冷や汗タラタラな俺をよそに腕組みしてから大きく頷いて
「気になっとる人がおったらしいからな。”めかし込んで引っ張って来いや”って紅茶の引換券渡したんや」
モモスケがニヤーとやらしい笑顔で俺の方を見る。OK確信犯きました。
「そしたらよりによって連れて来たんがな……」
”ガラ”っていう音に振り返れば桃ちゃんの教室。そこからチョコマカという感じで出てきたのはメガネの幼女ミキちゃんだ。
「あれ? ミキさんどうしたんスか?」
何故かシロクマはいつも彼女には敬語。俺達に気付くとこのメガネっこはスケッチブックを開いて”キュキュキュキュキュキュ……”とやや長めにマジックを走らせる。
そして俺達に笑顔で見せたのは
”
先生「それでは彼が貧しい中学時代に一番打ち込んだものは何でしょうか。えっと園田さん」
ミキノート:”携帯メールですね。常考”
先生:「マジメに答えてくださいね? 彼がハンカチを拾ったにも関わらずその場で彼女に手渡せなかった理由を表してるのはどの文章ですか?」
ミキノート:”【今夜のオカズは質素なものだった】”
先生「え……。それはどうしてですか?」
ミキノート”連れ込む勇気もないから仕方なくそれで一人ハァハァ****”
先生「廊下にたってなさい」
”
この幼女どうしてくれようか?
石化してる4人にまたマジックを走らせるミキちゃん。やがて”してやったり”な笑顔で”ビ”っと親指を立てて見せたのは
”ここまで順調”
「「「「ねーよ!」」」」
騒がしかった。
三人仲良くお昼ご飯を楽しんでる俺、マリサ、美月ちゃんのお弁当組。今日はそれに加えてミィちゃん、ミキちゃんも来てるのでクラスの片隅が華やかなことこの上ない。
「これで通産15回だな。廊下に立たされるのは」
マリサの白いお弁当箱にある卵焼きに箸を刺しつつボヤく俺。
「しっかりしなさいよ? あんまりひどいと欠席扱いなるから」
とツインテールがお茶を入れてくれる。
「はい、ミヤコちゃん”あーん”」
「あー」
とかやってるのは美月ちゃんとミィちゃん。もう仲が良いと言うより親鳥と雛って言う方がシックリくる。
「美味しいですお姉ちゃん」
「よ~しイイコね。それじゃ次は……」
とご機嫌な二人。微笑ましいことこの上ない。
「なにキョウ? そんな羨ましいならやってあげようか?」
見れば机に両肘を立てて手を組み、そこに小顔を乗せてニコニコのマリサ。可愛い仕草なんだけどこいつがこういうことする時はだいたいロクな目に合わない。
「遠慮しとくよ。サンキュー」
手をあげればつまらなさそうに
「素直じゃないわね」
”お前がな”
心の中で言っておいた。
そこで突然クラスの女子が”キャーキャー”言い出したので入り口を見れば予想通り、ミユキ先輩が来ていた。
相変わらずこの人のカリスマは凄まじいな。マリサも美月ちゃんも男子諸君には大人気なんだけど女子からは友達意外基本的に嫉妬の対象だ。
でもお姉様は御覧の通り女性諸君にはモテモテ、逆に男子諸君には雲の上の人という具合。文字通り桁が違うのだ。
「ミユキ先輩! あれやって下さいお願いします!」
せがまれたお姉様は笑顔で
「ああ。別に構わないぞ」
腕で髪をサラサラサラ。今日もツヤツヤお手入れ万全。取り巻きの声がさらにヒートアップしている。
「すごいわよねミユキ先輩。いったいどうしてあんな髪が綺麗なんだろ」
ってこのツインテールまでもうっとり魅入られてるわけで。
さてそんな超人気のお姉様は取り巻きの中から手をこっちに振って
「お~い京太郎。遊びに来たぞ」
黄色の声援をどす黒い嫉妬の炎に変換して俺に放つのであった。勘弁してくれ皆。
ミユキ先輩は窓際の定位置、俺の向かいで美月ちゃんとミィちゃんの間に椅子を持ってきて
「今日は私もここで食べようと思ってお弁当を持ってきたんだ」
なるほど。そりゃいつもより早いわけだ。
”キュキュキュ……”
何の音だと思ってみればミキちゃんがスケッチブックにマジックでお絵かき中だ。えっとなになに……”キョウちゃんとヨードーちゃんが既に出来”
”ビリビリビリ”
「そういえばミユキ先輩ってどんなお弁当ですかね?」
気を逸らしつつ犯行阻止。お姉様はそれにちょっと機嫌良さそうに
「今日は私の大好物を持ってきたぞ」
ちょっと興味があるな。朱色の巨大お弁当箱をオープンする傍らでミキちゃんがナメクジのようにショゲている。ああ何か罪悪感だけどあれは破かざるを得ないだろ。
「ほら」
と見せられたのは”おにぎり”だった。もうラグビーボール顔負けのサイズ。
「私の得意料理だ」
料理だそうです。傍らではミキちゃんがその懐っこい目に大粒の涙を浮かべて俺を見上げている。うううスゲー罪悪感だでもあれはやっぱり仕方ないでしょ。
ていうかこらこらミィちゃん。勝手にミキちゃんの持ってきたカバン開けちゃダメでしょ。
「それにしても大きなおにぎりですね。何合使ったんですか?」
あくまで意識はお姉様。
「ざっと1升だ」
単位おかしくね? こらこらミィちゃん”ランランラン”とか言いながら勝手にミキちゃんのカバンからアメとかアメとか取り出しちゃダ……ってアメばっかだなオイ。他にはチョコとかナイフとかスタンガンとか”ニュルリ”と緑色のタコ足とか……
「タコ足!?」
思わず立ち上がった俺にお姉様はキョトンとして
「どうした京太郎?」
「あ、その……寝不足で目が疲れてるみたいです」
座ってからフーと溜息を吐いた。見間違いだよな生きたタコ足とかさ。しかも緑とかそんなファンシーな色有り得ないからフフフ、意外にきてるな京太郎君。
しかしながらミィちゃんの顔が蒼白なのがスッゲー気になるし慌ててカバン締めてるミキちゃんもスッゲー気になるんだよな……。幼女と目があった。
ミキちゃんは左右を確認してから俺の手にチョンとキャンディを置き、人差し指を口元に当てて
「しーー」
気になるしー!!
夕暮れ。部活後の帰り。一応まだ脅迫状のことがあるので今日も俺とミユキ先輩だけの練習、そして帰り道だ。
並んで食堂前の坂を下りながら
「明日、皆にあのことを話して見ようと思うんだ」
ミユキ先輩が切り出してきた。
「あのことって何です?」
察しは付いてるけど勘違いがあったらいけないので一応トボけてみる。お姉様はクスリと笑って
「あの手紙のことだよ。今まで隠してた分も含めて」
アッサリと言った。そもそもそんな気遣い事態も見抜かれてるのかも知れない。
「俺は賛成です」
明るく答えた。俺はさらに
「あのお師匠様クラスの人が敵に回らない限り、ミィちゃんやマリサが味方についてくれたらスゲー心強いと思いますよ」
今のミキちゃんは強いのかどうか分らないけど、少なくとも桃ちゃんは強いと思う。
何といってもあの人の娘だから。
「ああ。頼りになるな」
お姉様はサラリといつもの口調で言った。でもこの言葉の持つ意味はすごく大きい。だって初めてじゃないかな? ミユキ先輩が俺達をアテにしてくれてるのってさ。
「だから、もう明日からミヤコにも部活に参加してもらおうと思うんだ」
それは良い知らせだ。ミィちゃん喜ぶぞ。あとそれなら
「マリサなんですけど、また俺のウチで」
「それはダメだ」
ミユキ先輩は俺の前に回りこんで立ち止まる。
「ミヤコは今親戚がいないし、私はお前やミキを側で守る必要があるから世話になってるんだ」
顔つきが生活指導員になってます。
「基本的には未成年の男女が保護者の許可なく同居するのは好ましくない」
と腕組み。もっともだ。まぁマリサは家隣だし良いかな。誘いたければ徒歩5分だし。
「了解ですミユキ先輩」
頷くとミユキ先輩は何故か軽く俯いて
「嫌なこと言う奴だと思うか、私は」
良く分らないことを呟いた。
「はい? 先輩すげーまともなこと言ってますけど……」
首を傾げると
「何でもない。すまないな。忘れてくれ」
また隣に並ぶミユキ先輩。
「帰ろうか」
寂しそうな声を出すお姉様。心なしかさっきより距離が近かった。
更新速度がちょっとあがりましたね。
やっぱり桜花はラブコメが書きやすいです。
ここでまた一つ矛盾ぽいのが出てきました。
どうも今回の廊下での会話だと桃ちゃんはお姉様を喫茶へ招待したような雰囲気が出てます。
ですがあの時、ミユキ先輩は桃ちゃんを見守るためオシノビで喫茶に行くとか言ってましたね。
つまり桃ちゃんには内緒ということになってます。
この場合どっちが本当なんでしょうか^^
手がかりになりそうなシーンは……
当日、バレないよう慎重にお店まで足を運んでた割りにはミユキ先輩、
入店はアッサリ無防備でしたね。
他には”紅茶でいいか”とか少し聞こえよがしに言ってましたが。。。
それではこの辺で^^
次話もラブコメ展開なんで速めに書き上げられるかなと思います。