第1話:ミヤコシスターズ
「……川上の方から大きな桃がドンブラコ、ドンブラコと流れてきました。お婆さんは”うまそうだにゃぁ”と持っていたチェーンソーで」
「鬼退治いけなくなるからやめようかミィちゃん」
早朝午前5時。義妹が語るスプラッタな昔話に目覚める。既にセーラ服に袖を通しているミィちゃんがオンマさんでも乗る様にお腹にまたがって、その漆黒の瞳でキョウタロウ君寝起きフェイスを覗き込んでいた。
「モーニンモーニンです兄さん。お目覚めいかがでしょうか?」
口角のあがった口元は相変わらず笑顔良し。いつもどおりの朝の光景だ。
「桃太郎のグリム化を阻止できてなによりだよ」
返答に満足したのか”よいしょ”とベッドから降りる妹。後宮京、通称はミィちゃん。俺こと後宮京太郎の義妹にして同じ桜花学園高等学1年の同級生。身長の約半分が脚長というモデルクラスの美脚を持つ美少女だ。肩にかかるくらいのブラウンのミドルヘアーを軽く払ってから人差し指を立て
「姉さん達はもう準備出来てますよ。ハリーハリー」
と残して部屋を出て行った。アクビをかみ殺してから”では行くとしましょうか”とハンガーにかかったブレザーを手に取る。
キッチン。テーブルの上には炊き立てのご飯、焼き魚、出しまき卵、冷奴に味噌汁。眠気も吹き飛ぶような俺好みの和食が湯気を立てている。ここまでは良いんだけど、一足先に席についてそれらの御馳走に
「フンフンフンフ〜」
と機嫌良さそうに醤油じゃなくて水飴をかけ、自主的に罰ゲームっぽいことをしてるショートヘアの麗人は園田美樹、通称はミキさん。本日の朝食担当だ。彼女もミィちゃんと同じく俺の同級生なんだけど、苗字から分る通り他人です。焼き鮭の上にトロリとアメが被さっていくシュールな光景を黙ってみている俺に気付くと、大きな二重の下にあるその赤い瞳を向けて
「おはようございます京太郎。今日は雲ひとつ無い晴れですよ。快晴」
艶っぽく微笑む。
「おはようミキさん。相変わらずその”MIKIカスタム”がステキですね」
皮肉が通じなかったのかちょっと嬉しそうにして
「朝の糖分は頭に良いですから。京太郎もどうですか?」
「間に合ってます」
断ってから自分の席に着く。するとその隣には赤毛の長い長いツインテールの幼馴染がいるわけで。
「おはようあなた。昨晩はとても情熱的でしたわ」
100万ドルの笑顔で朝一から大嘘かましているのは八雲魔理沙。アメリカ人のパパと日本人のママを持つ青い目をしたハーフの美少女。どのくらい可愛いかと言えば学園に”八雲様ファンクラブ”という怪しげな宗教団体が発足するくらいだ。クラスのアイドルにしてやっぱり他人。
「おはようマリサ。その挨拶あと3回で精神科だからね」
さてこうして4人揃ったら皆で手を合わせて
「「「「頂きます」」」」
と朝食が始まるのだ。ここで親戚でも何でもないミキさんとマリサが俺の家に同居してる理由をすごくシンプルかつ端的に説明しよう、ミィちゃんがね。せーの
”わ、私、お姉さんが欲しかったんです!”
以上です。おしまい。で、ミキさんは”姉々(ネェネェ)”、マリリンは”姉さん”と呼ばれている。さて君達の中には”親はどうしたの?”とワクワクしてる新規な方がいるのではないかと思う。いないんです。ではどこにいるかと言うと、現在はツインテールことマリサの奸計によりフロリダで半年間バカンスを楽しんでおります。両親不在の上に美少女3人と同居。もうフラグ立ちまくりだよね。でも世の中そんな都合良くはないのだ。
私立桜花学園の最寄り駅。
「仏の顔も三度までですよ? セイグッバイトゥーユアライフ」
義妹の死刑宣告の後に響いたのは打ち鳴らされた鞭のような破裂音、そして地響き。俺達のいる改札出口から5mは離れたコンクリート壁にクモの巣のような亀裂を走らせ、その中心でハリツケになっているのはモヒカン頭に学ランという分りやすい不良学生。ちなみにうちの学園生じゃなくて武装高校っていう名前からして残念な高校の生徒だ。パンパンとスカートのホコリを払っているミィちゃん。これが美脚の使い道。その変則の蹴りは予測不能な角度、対応不可能な速度で放たれ、音速を超えた瞬間に響く鞭のような鋭い音から学園では”魔神の鞭”の異名を取っているのだ。
「最近はこんなのばっかりです。ハドゥイナーフ」
口を尖らせている義妹。ミィちゃんで良かったねストーカーモヒカン君。この光景を美雪お姉様が目撃していようものならら
”私のミヤコに手を出すとはずいぶんといい度胸じゃないか?”
みたいなセリフを仰って、その後に君の首は間違いなく火星まで飛んで行ってたよ。ミユキお姉様って誰だって? まぁすぐ分るから。校門を潜った後もチラチラとモヒカンを気にしている俺だった。
「それじゃぁ後でねキョウ、ミヤコちゃん」
グランド。ミキさんと一緒に体育館へ向かいながら手を振るマリサ。ミキさんは空手部の道場、マリサは陸上部の更衣室に向かい、ミィちゃんは
「姉さん達も頑張って下さいね」
同じく手を振りながら俺と桜花ホールと呼ばれる桜色の円筒形の建物に向かう。目的地はそこの一階にある柔道場だ。
「「おはようございます!」」
柔道場入り口。俺とミィちゃんは二人揃ってキチンと腰を引いて礼。そしてその先、イグサの香ばしい柔道場の中央で腕組みし、黒Tシャツの上から柔道着を着ている黒髪スーパーロングの美人お姉様は桜花学園の誇る最終兵器、武神ミユキ先輩だ。本名は園田美雪。桜花学園生徒会長にして生活指導担当。腕でサラサラサラと流す黒髪は今日もツヤツヤお手入れ万全。クッキリ二重で長いまつげの下には栗色の瞳、筋の通った鼻にキュッと引き結んだ口元。色白の肌にスレンダーな体型。美女揃いの学園でも超のつく美人だ。ちなみにミキさんの従姉にあたる。
「定刻どおりだミヤコ、後宮。早く着替えて来い」
凛とした声でそう告げられて
「「はい!」」
サっと更衣室で着替えてくる俺とミィちゃん。ここで今までの読者様にはサプライズなお知らせ。なんとキョウタロウ君、最近有段者になりました。ミユキ先輩より昨日から黒帯を授与されております。やっほい! ”桜花学園柔道部”と朱色の刺繍が施された真新しい帯をビジっと締めて更衣室を出ると、相変わらず帯の締め方が微妙なミィちゃんにミユキ先輩が頬を染めてキュンキュンしながら
「よしよし可愛いなミヤコ。姉さんがちゃんと結んでやるからな」
後ろから抱きしめるようにして丁寧に丁寧に帯を結んでいた。ちなみに入部ホヤホヤなので帯も胴着も驚きの白さ。
「お前は誰の嫁にもやらないからなフフフ」
頬ずり。ちょっとおかしな感情芽生えてるよねユキたん。ちなみにこのお姉様は見た目の通りにミィちゃんから”お姉様”と呼ばれており、ミヤコシスターズの長姉となっている。ここまでのミィちゃんの呼び名を整理しておこうか。ミユキ先輩が”お姉様”、ショートヘアーのミキさんが”姉々(ネェネェ)”、ツインテールのマリサが”姉さん”だ。ややこしいけどまだ他に”お姉ちゃん”と”桃姉”がいる。ちなみに俺は唯一の”兄さん”だ。嬉しいことこの上ない。
本日の朝練メニューもいつも通り。受身、柔軟、筋トレ、投げの型練習をして……
「次は乱取りだ」
ミユキ先輩の号令。簡単に言えば技のかけあい。終わりのない試合みたいなものだ。ここでミィちゃんにいつもフルボッコにされます。一本背負い、背負い、体落とし、膝車とかがバンバン決まってもうお兄ちゃんの面目とかナッシング。受身を一回でもミスったらすぐに三途の川へ直行する勢いです。
「それまで!」
ミユキ先輩の手が入る。ミィちゃんは涼しげで俺は虫の息。口からショウユ出してるバッタ状態。お姉様はまずビシっと腕組みしてるミィちゃんに流し目。妹はそれに
「前より深く踏み込んだら重心移動がスムーズになりました。レベルアップです」
頷くミユキ先輩。そして今度は畳みの上でお亡くなりになってる俺を見降ろして、それに
「き、今日も生きてます」
絞り出すように生存報告。お姉様、ちょっと苦笑いしてから俺の手を取って起こしてくれた。数少ないタッチの機会は逃さないのがキョウタロウ君。ちなみに弁明させてもらうと俺だって決して弱いわけじゃない。親父に小さいころから空手やら骨法やらをみっちり仕込まれているから、路地裏にタムロって白い煙をモクモクしてるようなお兄さん10人くらいに囲まれてもまぁ自信はあるぞ。逃げ切る自信が。もともかく膝に手をついて息を整えてる俺に、お姉様は腰に手を当てて
「受身はもう文句なしだ。攻めも体格の差を活かして積極的に大外、大内を狙いに行ってたな。なかなか良かったぞ」
ニッコリ。口に出せないけどミユキ先輩のこの表情、スゲー可愛いんだよなぁ。マジマジと眺めていると腕組みし
「今から10分休憩の後に外周だ。しっかりアキレス伸ばしておけよ」
桜花ホール玄関入口。俺はウォータークーラに噛り付いて水分補給。ミィちゃんは柔道場の隣にある演劇部部室の入り口で、真っ白なエプロンドレスを着た可愛いメイドさんと談笑中。まだまだ渇きは癒えないけど、あまり飲み過ぎるとお腹重くなるのでここでストップ。胴着の裾で口を拭いながら戻ってくる俺に、メイドさんはセクシーな切れ長の目を向けて俺の姿を認めると、こっちを向いてキチンと体の前で手を組んで
「お疲れさまですご主人様」
ペコリ。
「おはようヨードーちゃん。ここでもバイトの練習かい?」
カチューシャが似合ってるこのセクシーメイドさん。残念だけど同じクラスの男子生徒なんだよね。山之内陽動、通称はヨードーちゃん。メイド喫茶でホールスタッフを担当していてしかも一番人気というから驚きだ。その弓なりの眉の下の目をニコリとさせて
「いいや、これは今度の演目じゃ。しばらくは部活に専念したいからバイトは休みをもらおうと思っておる」
この時代劇口調も驚きだ。言い忘れたけど演劇部所属。
「ヨーヨーは今度メイドさんやるんですね。私てっきりまた妹役かと思ってました」
ミィちゃんがニコニコすればヨードーちゃん、ちょっと頬を染めて
「じ、実はじゃな。そのことでちょっと相談が……」
と何か言いかけていたが、道場からミユキ先輩が出てきたので一旦中断となった。ヨードーちゃんはミユキ先輩に
「園田先輩、おはようございます」
とペコリ。それにミユキ先輩は
「おはよう山之内。お前も朝早くから良く頑張ってるじゃないか」
”うんうん”と頷く。それにヨードーちゃんはまた頬を染めて
「いえ、演劇は好きでやってますから。あまり頑張っているっていう感じはしないんです」
微笑む。いまの表情とかどう見ても女の子なんだよなぁ。声とかも。
「アヤは良い部員に恵まれたな。だけど頑張りすぎて体を壊すなよ。それじゃ本末転倒だからな」
と小首を傾げるお姉様に、ヨードーちゃんは
「ありがとうございます。それでは失礼致します」
再度ペコリとオジギし、エプロンドレスの裾をヒラヒラさせながら部室の方に戻って行った。
「さて、今日の外周は時計周りで行くか?」
桜花ホールの入口前。俺とミィちゃんにランニングのルートを尋ねているミユキ先輩。どっちでも大差はないからその辺はミィちゃんに任せるとして、それよりさっきからグランドで展開されている
”ものすごい勢いで転る超重量整地ローラー”
っていう怪現象について解説しておこうか。動力源はマリリン。もう見慣れてしまってる自分が怖いんだけど、朝はいつもああしてローラーを腰に取り付け、整地も兼ねてグランドのトラックを疾走している。ありえない脚力なんだけど、もっとあり得ないのがその握力と腕力だ。手品的な意味じゃなくて物理的な意味の手力でスプーンやフォークを曲げるのは朝飯前。その気になれば握力計を握りつぶしたり道路面を毟り取ったりすることもできる。そしてその怪腕の使い道が喧嘩空手というからあな恐ろしや。いずれその必殺の正拳突きが披露されると思うのでお楽しみに。マリサは息を切らしながらも
「あと500kg持って来いって感じね」
怖いこと言っていた。
学園の周りを走る”外周”、朝練最後のメニューであるそれが終わった俺達は柔道場を離れ、マリサ、ミキさんと合流して教室に向かっている最中。で、体育館からその二人と一緒に付いて来たスーパーロングポニーの日焼け娘はKYKMこと碓井桃花。ミヤコシスターズでいえば”桃姉”だ。健康的な小麦色の肌とちょっとキツめな目つきが特徴。黙ってたらそれなりというかかなり美人なんだけど、俺達と合流するや否や
「おはようさん。朝からハーレムやな〜高見山」
どこの力士だよそれっていう名前で俺を呼びながらバンバンと肩を叩いたりしているのだ。
「いい加減名前覚えるといいよ桃っち。おはよう」
当初はミィちゃんが呼んでいたこのニックネーム、桃ちゃんはこれがかなり”お気に入り”のようで、俺なんかが呼んだりすると
”碓井さん呼べ言うとるやろ!”
というカウンターが条件反射で帰ってくる。でも最近はちょっと学習したのか、
「も、もうその呼ばれ方にはウチ、いちいち突っ込まへんからな?」
とこんな風に自分の耳たぶをいじりながら平静を装うのだ。甘いね。甘過ぎるよ桃っち。そういうのは淀みなくスラスラっと吐いてせいぜい半信半疑のレベルなのに頬をピンクにして”も、もう”ってそれ大ダメージにも程があるよ。少しいじっておこうね。俺はワザとらしく
「そりゃすごい適応能力だね、桃たん」
そしたらさっきまで余裕こいてた顔がカーっとなって
「だ、誰が桃たんや! 碓井さんって呼べ言うとるやろ!」
耐久力低過ぎでしょこの子。あと最近知ったけど桃っちには簡単な口封じの手段があるのだ。ガミガミ食ってかかってる関西娘にビっと指さして
「東京特許許可局。リピート」
人差し指の先を見ながら”う”っと詰まって、でもスグに不敵な笑みを浮かべて
「い、いつまでもウチがそれにいてこまされる思っとるんか?」
無理に作った余裕の笑みが逆に余裕のなさを物語っております。そして桃ちゃんは
「と、東京特許許きゃ局」
ここで”アウトだ!”と指摘しても”セーフや!”と返されて水かけ論になるだけだ。自称、弁舌の奇術師キョウタロウここからが本番。ゴホンと咳を一つして
「東京特許許可局許可局長今日急遽特許許可拒否。リピート?」
腕組みして挑発。桃ちゃんは
「うわすげ〜」
とか呟きかけて口をつぐみ、”売られたケンカなんぼでも”が信条のロングポニーはスーっと息を吸い込んで
「と、東京特許許きゃきょくきゃガプ」
はい任務完了。しばらく静かになるよ。口を両手で押さえてピクピク俯いてる関西娘をチラチラ見て
「兄さん、桃姉どうかしたんですか、ワッツロング?」
とか可愛いこと言ってるミィちゃんに
「桃介がどうかしてるのはいつものことだよ。気にしない気にしない」
頭を撫でておいた。口は災いの門って名言だね。
誰もいない教室。授業が始まるまでのこの30分程度の時間を皆でダベって過ごすのが俺達の日課だ。俺、マリサ、ミィちゃん、ミキさん、桃ちゃん。実はこのメンツには一つの共通点があるのだ。それは
「なぁ前田、今日の放課後って生徒会あらへんかったっけ?」
「”消去法で俺”ってなる呼び方もどうかと思うよ桃介。あるよ」
生徒会役員なのだ全員が。まぁ今はそれより
「その座り方止めとけマジで。誘ってるのかお前は」
俺が指摘しているのはミキさんとマリサが談笑している隣の席、つまり俺の前の席の机の上でドカっと胡坐をかいている関西娘だ。まぁ見えてはいないんだけどね。それに”へ〜”とか言いながらこのKYは意味深に笑って
「なんやお前、そんなウチを意識しとるん?」
挑発に乗るのも面倒だな。
「ないね確実に。意識して欲しいならもう少し女の子らしくなると良いよ。例えば……」
そこでガラっと扉を開けて入ってきたあの子みたいにね。オレンジ色の大きなリボンで後ろ髪をまとめたポニーテール。優しげな目には栗色の瞳。小柄だけど出るとこはしっかり出た美少女。名前は園田美月、通称は美月ちゃん。あのミユキ先輩の実の妹でその美しさを受け継いだ上に可愛らしさまで加えたという人類の生んだ奇跡だ。そして
「おはようお姉ちゃん」
といきなりミィちゃんに抱きつかれて
「わわ」
とか驚いているこの子がミヤコシスターズ最後の一人、”お姉ちゃん”だ。ミィちゃんの頭をニコニコと撫でながら
「おはようミヤコちゃん。今日も練習お疲れ様」
もともと母性が強い美月ちゃんはギュっと義妹を抱きしめてもう花のような笑顔だ。俺はチラっとロングポニーを見て
「お前とは大違いだね?」
それに桃ちゃんは”チ”と聞こえよがしに舌打ちして
「ほっとけや、この絵呂宮」
”フン”と今みたいにソッポ向いたトコがちょっと可愛いのは君だけに言っておこう。まぁとにかく、俺をとりまくシスター諸君はこれで全部だ。たぶん。