■ゆうの助、走る
帰り道、ゆうの助の目は輝いていた。今まで鉛のように重かったその足は力強くなっていた。ゆうの助は大亀島まで飛ぶことを目標にがんばろうと思った。
「よしっ! やるぞーっ!」
ゆうの助は道ばたで大きな声を出した。すれ違う人々が驚きながら見た。
そして次の日から、ゆうの助の修行が始まった。
飛行術師範であるユリのお父さんに指導してもらうことになったのはいいのだが、悲しいまでも体力のないゆうの助は、「まずは足腰の鍛錬から始めよ」との指導を受けた。
飛行術はとてつもない足の力が必要だ。稽古はひたすら走ることにある。そう、まずは黙々と走り続けるのだ。
ゆうの助は来る日も来る日も走り込んだ。時には犬に追いかけられながら、時にはカラスの集団にお尻をつつかれながら、飛行術の稽古に励んだ。
村から少し山奥にはいると、険しい山々が連なっている。その山々を上り、降り、さらに上り、ひたすら走り込んだ。崖づたいの道を走るときは注意が必要だ。ちょっとでも雨が降ると、緩くなった山道はすぐに崩れ、崖の下へと真っ逆さまに落ちてしまう。ゆうの助は山道での稽古の時、途中雨が降りそうになると急いで山から駆け下りた。雲行きの悪い日は、もっぱら港沿いの道を走った。ただ、ただひたすらに走りつづけた。
そして、そのゆうの助を陰から見守る人がいた。サヨリちゃんだ。
サヨリちゃんは、あの相撲大会の日以来ゆうの助に元気がないことを知っていた。学校でも一人しょんぼり外を眺めていた。そんなゆうの助を見て心配でたまらなかった。でも、どうしても声をかけてやることができなかった。落ち込んでいるゆうの助にどう声を掛けて上げればいいのかわからなかったのだ。
ゆうの助は毎日のように、学校から帰るとすぐ走り込みの練習をしていた。それをサヨリちゃんが気がついたのは、つい最近のことだった。サヨリちゃんが雨の中お使いをしていると、雨合羽を着て走っている人とすれ違った。すれ違いざま横顔がちらっと見えた。ゆうの助だった。
それからというもの、サヨリちゃんはいつも同じ場所でゆうの助が来るのを待っていた。
なにごとにも鈍いゆうの助は、そんなことなど全く気づかずに修行を続けた。
おもしろくなかったのは太だ。
学校からの帰り、サヨリちゃんに一緒に帰ろうと誘ってもいつも断られる。サヨリちゃんは学校が終わるといつも忙しそうに帰っていった。
ある日、太はサヨリちゃんの後をつけていった。サヨリちゃんが港の近くの十字路にさしかかったところでふと立ち止まり木の陰に隠れた。サヨリちゃんは誰かを待っているみたいだ。太はその様子を遠くからじっとのぞいていた。しばらくするとサヨリちゃんの見つめる先に誰かが走ってきたのが分かった。ゆうの助だった。
(なんだー! そういうことだったのか。サヨリちゃんはあんなヤツに気をかけていたのか!?)
太はその大きな拳を握りしめながら心の中で叫んだ。
それからというもの、太の邪魔が始まった。
ゆうの助はいつも同じ道を走っていた。相撲会場の神社の横道は少し狭くなっていて、道ばたには大きな木が立っていた。太はそこでゆうの助がくるのを待ち伏せした。そしてしばらくもたたないうちに、いつものようにゆうの助がやってきた。ゆうの助が大きな木のそばを通り過ぎようとしたとき、太がその陰から行く手をふさぐ様に飛び出してきた。
「おう、ゆうの助。何やってんだよ」
ゆうの助は何も言わず太の横を通り過ぎようとした。が、次の瞬間、ゆうの助は勢いよくすっ転んでしまった。太が足を引っ掛けたのである。ゆうの助は砂利道にほっぺを思いっきりすりつけてはいつくばった。太は埃を払うように丸太ん棒の様な足をはたきながら、ニヤニヤとゆうの助を見下ろしている。
ゆうの助は、口の中に入った砂利をぬぐいながら頭を持ち上げた。悔しくて涙が出そうだった。しかし、ゆうの助はゆっくりと立ち上がり何も言わず走っていった。
それからも太の邪魔は続いた。遠くから石を投げつけられたりもした。犬をけしかけられたときは血相を変えて走って逃げた。おかげでその日の修行はぐだぐだに疲れてしまった。それからというもの、ゆうの助は太の邪魔が入っても、それも修行のうちだと思い気にせず黙々と走り続けた。